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第三部 天 獄
27消滅の際に立ち②
しおりを挟むナシェルが露呈した脆弱さの原因はしかし、実はそれだけではなかった。
いまひとつの原因をこの男にわざわざ説明してやる気にはなれず、またそうしたくとも声を発することすらも億劫で、ナシェルは黙っていた。
が、そちらのほうがより重大な要因だ。
ナシェルは今、かつてないほどの体の異変を覚えていた。
おそらくそれは、凌辱者たる神族の男どもによって、身の内に幾度となく精の白濁を吐かれたことによって、起きているものであろう。
背筋を奔りぬける悪寒。感じたことのないほどの虚脱感。
直接体内に放たれた光の神々の精気によって、体内の闇の神司が根こそぎ食い荒らされていく感覚……。
(これは、まずい、ぞ)
……同じ神族であるはずの男達によって姦された今……、ナシェルの体に起きている様々な害は、魔族と交わったときなどより遙かに強烈だった。
光と闇。
属性の差が、これほどまでに躯に悪影響を及ぼすものなのだと、身をもって気づいたのだ。
光の司をこのまま浴び続けていれば、おそらく、いずれ自分は消滅するだろう。
魔族の穢れだけではない、神族の光の神司でさえも、己をこれほどまでに弱らせる。
ならば異端神である己が身の内に入れていいのは、もしかすると、
この世で唯一……、同じ属性の、冥王の神司だけなのではないか?
……今まで考えもしなかったその事実が、激震となってナシェルの胸奥を揺さぶっていた。
『余とそなたは二人きりなのだよ』…囁かれ続けてきた言葉の、真の重みを感じる。
『そなたの体はね、余以外の者から愛されることができるようには出来ておらぬのだよ』
冥王がナシェルを溺愛する理由。
それは単なる分身としてのナシェルへの、歪んだ陶酔だけでは決してなかった……。
我々は、お互い以外と交わることなど、本来許されぬのだ。
ならば今まで王の愛をずっと重荷と感じ、厭い続けてきた自分は。
……自分は、何という裏切りを。何という遠回りを繰り返していたのか?
それに今さら、それに気づいて何になる?
手を伸ばしても、声を限りに叫んでも、決して届かぬ場所まで来てしまったのに……。
ナシェルは更に、男として今まで交わったことのある唯一の女神、つまり、セファニアのことを想った。
彼女は何も云わなかったが、おそらく今、自分が感じているのと同様の苦痛を味わっていたはずだ。
…セファニアの死の原因となった病は、本当に、冥界の瘴気だけに端を発していたのだろうか?
己が同じように『弱められる側』となってはじめて、ナシェルは答えに辿りつきたくない恐ろしい疑問に遭遇したのであった。
◇◇◇
急に視線を下げ黙り込んでしまったナシェルを、レストルは支えて起こしながら、場所を移動させなければならないと考えていた。
ここは天王宮の中でも外郭にあたり、神々の出入りは少ないが完全に制限されているわけではない。先ほどのような連中がまたやってこないとも限らない。
それに……せめて陽の光の入らぬ、もう少し暗い部屋がいいだろう。
ナシェルの異変の原因を察知し得ぬレストルにとっては、それだけが今の最良の策だった。
「お前に死なれては困る。貴重な人質だからな」
虜囚の白い頬を、支えた手の指で撫でながら、レストルは手の中の蒼白い容貌を食い入るように見つめる。
物思いに沈んでいたかに見えたナシェルはその言葉に静かに視線を上げた。
「私を…だしに、冥界に何の強請りをかけるつもりだ……」
「そんなことはお前に話すつもりはない」
レストルは父アレン神の言葉を思い返していた。処分が決まるまで、丁重に扱うように、と。おそらくこの者はいずれ取引の材料になるだろう。血気盛んに冥界に傾れ込んでいったベレス神ら、10名の如何によってはだが。こうなることを予期したわけではないが、この状況下ならば人質交換などの流れになってもおかしくはない。
「貴重な人質といったな……私を殺すつもりはないということか。
では、冥界の後継者としてそれ相応の待遇を要求する」
支えようとするレストルの手を振り払おうと力を込めながら、死神はやがて強い口調で主張を始める。精一杯背筋を伸ばし、失ってはおらぬ誇りを発揮しようとするが、レストルからすれば疲弊を押し隠す虚勢としか映らない。
「この……鎖を外せ。それからこの部屋は明るすぎる。別の部屋を用意しろ……。着替えもだ。それから、湯を使わせろ……気持ちが悪い」
「……いきなり立て続けに要求か?」
レストルは呆れた。なんなのだ、この態度のでかさは。先ほどまでは凌辱の衝撃に震え、何かに怯えるような表情さえ見せていたというのに、我に返るなりこれか。
しかし天王からも父からも、丁重な扱いをと命ぜられている。光で体調を崩すというなら、無論、云われなくとも場所の移動もやぶさかではない。
と思っているとそこへ弟神が拭くものと羽織るものを手に戻った。ナシェルに貸し与えてやり、身仕舞を正させながら、レストルは弟を脇へ呼んだ。
「……あいつはここには置いておけない。ここは外宮のはずれとはいえ人の出入りが完全に遮断できるわけでもないからな。それに、どうやらこの部屋は明るすぎて体調が悪いらしい……。だから、場所を移動させることにした。あいつをつれて今から来い」
「なんだよそれ。最初この部屋に繋いどけって云ったの、兄貴じゃんか」
「それはまあ、ここはもともと拘置部屋だからな。鎖もあるし繋いでおくのに最適だと思ったんだ。だが伯父貴からも親父からも、傷つけず丁重に扱うよう云われている。……お前にさっきみたいな連中を、また手引きされてはかなわん」
「悪かったってば。で、どこへ移すのさ、」
レストルは紫がかった青の瞳で、ちらりと虜囚を振り返った。体を拭いた手拭をぞんざいに放り、弟神の持ってきた白磁色の長衣に袖を通しゆっくりと立ち上がったナシェルは、例の、ひとを見下すような眼差しをこちらへ向けてくる。
群青色の双眸に燦然と貫かれ、レストルの魂は再び跳ねた。
そうだ……その目で、俺を見ろ。
「兄貴? どこへ連れて行けばいいんだよぅ」
「……俺の宮だ」
「えぇー?」
目を瞠ったアドリスはしかし次の瞬間には、悟りのこもった笑みを浮かべ声を低めた。
「ははぁ……さっきの奴らを散々殴っといて、よく云うよ。兄貴も結局考えてること一緒じゃんか」
「俺の宮なら内宮にあるから人目は避けられるし、部屋も余ってるからだ。おかしなことを云っていると……」
「うわ、ハイハイ、判りましたよぉ。でもさ、親父にバレたらまずいんじゃないの」
その時背後で盛大な舌打ちの音がした。
「おい…さっさとしろ……私を、待たせるな。何処でもいいからもっとマシな場所へ連れて行け」
死神は己の立場も弁えず、苛立たしげに背後で腕組みしている。どうやらぽつんと据え置かれている状況がお気に召さないらしい。
虜囚とは思えぬほどの傲慢さに、兄弟神は開いた口が塞がらない。
兄弟の視線を浴びながら、ナシェルはぐるりと傷の癒えた肩を廻し、流れる黒髪を指で後ろへばさりと掻きやる。
レストルの舐めるような視線を真っ向から受け止めるように、片眉を上げ彼を睥睨した。
ナシェルの視線を受けたレストルは、心臓の高鳴りを覚えつつ弟に囁く。
「……傷をつけなきゃいいんだろ。丁重にしてやるさ」
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