泉界のアリア

佐宗

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第二部 虚構の楽園

8 晩餐の席で②

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 晩餐が開始され、前菜、スープ、主菜と進む間、冥王は公爵達と雑談を交わしている。

 次の叙勲式で誰を叙勲者筆頭にするか、若年の騎士達の評判、ここに居らぬ魔獣界のヴァレフォール公や女妖界のヴェルゼフォニア公の噂話、氷獣界遠征でのこと、冥王の趣味の馬のこと……尽きることのない、下らぬ話題。

 暗黒界エレボスの、辺境らしい荒涼殺伐とした風景をナシェルは思い浮かべた。

 アシュレイド率いる守備隊は先日氾濫したステュクス河の護岸工事と橋梁工事に泥まみれになって追われているというのに、冥府にいる連中はいい気なものだ。まあ、ここで成り行きで相伴にあずかっている自分が云える道理ではないが……。


 公爵たち、とりわけジェニウスはナシェルを会話に参加させようという心遣いからか、黙々と食事に取り掛かる彼に時おり水を向けたりする。しかし目論見は外れ、王子は生返事で返しながら何か気に障ることでもあるかのように角鹿肉にフォークを突き立てた。

 ナシェルは、家臣たちと談笑しながら驚異的な食欲を発揮しているこの無神経な父王に、どうにか一泡吹かせてやりたいとそればかりを考えていた。

 己にそっくりな、しかし正反対の表情をした横顔をつい窺っていると、ふとセダルがこちらを向いたので目が合ってしまう。

 冥王はナシェルがなぜ苛々しているかすべて判った上であると云いたげに、含み笑う。
 額に飾られた華麗な紅玉ルビーの額環がまるで三つめの瞳のように妖しい光を湛えてナシェルを捉えていた。
 取り込まれそうなその視線に、慌てて、ナシェルは目を伏せた。

 危ない……何だ……、只の石か、あれは……?


「…それで、我が孫娘との縁談を持ちかけたが断られてしまったのだよ、なあジェニウス殿」
 ヴェルゼブル公が皺々の顔を酔いで赤らめ、ジェニウスに絡んでいる。

「美女の誉れ高い、ヴェルゼブル家のご令嬢との縁談を蹴るとは、ヴェルキウス公のご子息は相当理想が高くていらっしゃるようですな」
「まことに私もそう噂に聞いております」
「その節は申し訳なかった。しかし私も息子が何を考えているのかさっぱり分からんのです」

 ヴァニオンの縁談話まで話題に上っているようだ。ジェニウスが困り顔で再び水を向けてくる。

「殿下はご存知ありませんか、我が息子の好みを」
「……ヴァニオンの?」

 疑似天アルカシェルに住まわせている、サリエルの顔をナシェルは思い浮かべた。ジェニウスは以前、息子が得体の知れぬ男の愛人を領地に囲っていたことには薄々気づいていたようだが、今でも疑似天に場所を移して続いているとはまさか思っていないのだろう。

「ヴァニオンの好みは無論、髪が長くて腰が細くて流麗なタイプであろう。な? ナシェル」
「……」

 冥王がにやにやと割り込んでくる。サリエルとナシェルに共通する二つの意味を含めて云っているのだ。冥王は疑似天に行幸した際サリエルを見かけたことがある。


 冥王が意味深に王子を見たので、ジェニウスは常々感じていた悪い予感が的中したと思ったのか、小声で尋ねてきた。

「まさか殿下……うちの息子が臣下としてあるまじき……その……恐れ多くも殿下に……」
「大丈夫だ、ジェニウス。それは勘違いだ」

 今はな、と胸中で付け加える。
 黙って聞いていた向かいのヴェンディート公が声を上げた。

「ご結婚といえば殿下のほうが先でありましょう」
「おお、そうじゃった。ヴァニオン殿は殿下に遠慮しておられるのやもしれませぬぞ」
「結婚だと? 私が?」
 急に話題が自分のことに摩り替わったために、ナシェルは思わず問い返した。



 冥王がどんな反応をしているのかと興味が湧き、視線を向けると、王は悠然と食後の茶菓を口に運んでその会話を聞いている。
 視線こそ向けて来ないが、ナシェルがどんな風に切り返すのか、興味津々の様子だ。

(………ッ、)

 ナシェルは怒りに震えた。あくまで己を弄ぼうとするかのようなその態度に。
 なんとしても冥王の鼻を明かしてやらねばなるまい、と思った。

「そうですよ殿下。どうなさるおつもりなのです?」
 微笑んで会話を傍聴していたファルクまでが、揶揄するように云って身を乗り出してくる。

 そこでナシェルは平然を装いつつ、父王を慌てさせようと、爆弾発言をひとつこの場でぶちまけてみることにした。


「では私は、王女ルーシェルミアを娶ります」



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