泉界のアリア

佐宗

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第一部 血族

26寵愛と枷④※

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 「やっ……んぁぁ……!」

 食いしばった歯の間から、叫びが漏れる。
 濡れてもいない後ろの腔内に強引に怒張を突き込まれ、下半身に裂かれるような激痛がはしった。

 冥王はいつも閨を共にするときには全く見せないような荒々しさで、怒りに任せてナシェルを蹂躙した。

 衣服をちゃんと脱がすことすらされず、ただ下半身のみを露わにされている。下準備も、昂らせるための愛撫も、何もなかった。
 もっとも両手に手枷が嵌められているので、上着は脱がそうとしても袖が取れないのだが…。

 「あッ……あっ、あ……――!」

 ナシェルは片膝を王の肩に担がれるような形に、持ち上げられている。
 もう一方の膝は長椅子の背凭れに預けられ、大きく足を割り拡げられていた。尻が高く浮きあがり、まるで反り返るような格好だ。

 長椅子の上に片足を載せ、椅子ごと跨るような形で王が貫いてくる。
 太腿がぶつかり合い、折檻されるような乾いた音が響き渡る。
 穿き物が足に絡まり、腰が打ち付けられるたびずるずるとだらしなく揺れていた。
 己と父の結合部分はファルクの前に曝け出され、ぬちぬちと卑猥な音を発し続けている。

「っは……、ふ……、ッあぅ……っ」

 気を失ってしまえたらいいのに……。
 家臣の見ている前で、家臣にその様を絵に描かせながら、襟一つ乱さず吾が子を犯すことのできる己が半身の、その頭の中がナシェルにはどうにも理解できなかった。

 父はまだ永い狂気の淵にあるなと、犯されながらうすぼんやり考えていた。

 片足を担ぎ直され、さらに角度をつけられた。
 激しく揺すられ、鎖がひじ掛けを擦ってがしゃがしゃと嫌な音を立てている。
 手首がこすれて痛い。かすかに濡れている。血が…滲んでいるようだ。

「いッ……や、……あぁッ……!」

 躯の最奥を太い剣で突かれるような痛み。
 もはや下肢の感覚も失われつつあった。

 涙を流し、屈辱と痛みに苦悶の声を上げるナシェルを、冥王は冷ややかに見下しつつ、貫くことをやめようとはしない。

 ナシェルは全面降伏し子供のように嗚咽しつつひたすら赦しを請うたが、王は眉ひとつ動かさず、ただ王子を犯すことだけを遂行する。

「父、うえ……っ、や、ぁっ、あ、もう、ぃやぁ……」
「そんな声を出して恥ずかしくないのか……公が聞いておるというのに」

 冥王は、ぐらぐらと覚束なげに揺れるナシェルの顔を掴んでファルクの方へ振り向ける。
「公、この淫らな顔をしっかりと描くが良い」

 耐え難い羞恥。だがそれも結合部の痺れとともに徐々に麻痺していく。
 ナシェルの、泣き濡れた虚ろな眼差しの向こうにファルクの姿が滲んでいる。
 大きな白い画帳の向こうから、王への激しい嫉妬に満ちた暗紅色の瞳が、二人の絡み合う様を苦しげに見つめ、木炭を握って走らせる指は畏怖の余りか、ぶるぶると震えていた。

 ――そうか、ファルクに対してもこれは罰であったのか、と今さらながらに気づく。

 晒け出された己のモノは、第三者の視線の前に淫らに疼き、後庭を荒らす抽挿が激しさを増すたびに反りあがり、透明な蜜を滴らせていく。

 王の怒気に満ちた紅玉の瞳が、淫らに波打つ中心に注がれているのを感じた。
 すすり泣きながら、もう限界だ、達して良いのかと視線で問えば、王はようやくそれを赦すように一段と腰の動きを早める。
 同時にナシェルの上反りに指が添えられ、あふれた先走りの露ごと扱き上げられる。
 後ろと前とを一緒に、丹念に責められる。

「ひぁぁん、もう、もう……、あぁああ……ッ!!」
 ナシェルは悲痛な叫び声を上げて果てた。

 放たれた精蜜が、腹の上で白い淫靡な模様を描き、脇腹をつう……と滴り落ちる。
 半身が絶頂を迎え果てたのを認めると、王もまたナシェルの体内にことさら深く穿ち入れ、短い吐息と共にたっぷりとした精を吐く。

「………っ、」

 どくん、どくんと、繋がった部分から注ぎ込まれる闇の神司は、どんな催淫剤よりも強烈にナシェルの心身を蕩かせる。痲薬のようなものだ。幼き頃から身の内に受け入れ続けて、その常習性を厭わしく思いながらもそれ・・なしでは生きられぬ躯になってしまった…。

 ――ああ、狂っているのは私も同様か……。

 家臣の見ている前で辱められた屈辱感は多大だったが、体内に浴び受けた極上の精は、確実にナシェルの意識を陶酔に引き込んでゆく。

 ナシェルの胸の上に身を屈め、吐精した姿勢のまま、王は押し殺した声で命じた。
「もういいであろう、公爵、もう退がれ……!」

 安堵と、嫉妬と、畏怖が綯い交ぜになったような硬い表情で、ファルクは一礼し、画材を抱えて素早く退出していった。





 冥王は堪らずここで初めてナシェルを胸に掻き抱いた。


「余はどうかしている……。そなたを失うのが怖いのだ」
「父上……」

 王の苦しげに翳った眼差しは己を取り戻したかのようだった。

「そなたを繋ぎとめる術を知らぬ。嫉妬に狂い、逆上し大人げなく奪うよりほか知らぬ。愚かな余を赦せ。
 そしてそなただけは何処へも行かぬと誓ってくれ!……余は孤独の苦しみにはもう、耐えられぬ」
「……私は、お側に、おります……」

 ナシェルは放心した眼差しを虚空に投げた。
 生温い風が吹き込む露台からは、暗黒界――この洞窟世界のそらが、一望できる。
 正気の沙汰ではないこの交わりの一部始終を、宙を旋回する魔鳥どもも見ていただろうか。

 ……遥かな昔に傷ついたまま未だに癒えぬ父神の孤独への恐怖は、半身であるナシェルにも痛いほど伝わってくる。
 それなのに更に孤独の宿命は、彼にティアーナを失わせ、今度は、セファニアを失わせたのだ。

 己が半身よ、せめてそなただけは奪わせはせぬと。セダルはまるで訴えるように云う。
 そして躯の中心で繋がったまま顔を背けるように、ナシェルの胸に頭をつけた。

 ナシェルのそれよりさらに長い黒髪が、王の肩口からさらさらと流れてナシェルの胸の上に落ちかかった。
 ナシェルのそれと絡み合い、二本のきらめく黒い河のように長椅子の下に零れ落ちる。



 王は、泣いているのだろうか? ――葬送からずっと、悲しむ暇もなかったから?
 まさか。あり得ない。

 だが胸の上で微かに震えている頭を今は抱いてやりたかった。
 ああ、手の自由が利きさえすれば。

 その腕に縋り付いてもっと激しく抱いて欲しいと叫ぶことさえ厭わなかった。
 私は貴方のものだと叫ぶことさえも。

 今なお孤独の幽夢に囚われている半身が哀れで、この上なく愛おしかった。
 双子のように寸分も違わぬというのに、どうして貴方だけに運命は孤独を強いるのか?

 その荷を分かち合わねばならぬ。その荷を背負う義務が、自分にはある。
 なのに何故、私は意固地に貴方を、騙し続けているのだろう……。

「私はお側におります……父上……何処へも行きませぬ……」

 ナシェルは王へ向けて迸る千々の想いの代りに、ただそれだけを繰り返した。
 こんなうわべの言葉などで、王の御心を少しでも安んじることができるのならば、と。



 ――どうしたらいい? 
 狂った愛情をこれ以上振りかざさないで欲しい。重すぎる愛から逃れたい。
 だが、傍にいてやりたい……。
 
 身勝手な、己がいる。波間に漂う心は浮き沈みを繰り返し、王の力づくの愛を厭わしいと思う心と同じ重さで、王の眼差しを受ければ受けるほど彼を憐憫する。互いの神司は共鳴し反応し、欲情を誘う。 

 今は……。今この時だけは!
 未来永劫・・・・、私を貴方の枷に縛り付けてほしい。私の心が何処へも行かぬように。

 それは犯し続けている罪の所以とは、真逆の望み。

 何も知らなかった己を堕落させ、『神司』という身毒で縛り続けるこの憎き父から、逃れたい、いつか復讐してやりたい、という想いと。

 己を縛ることであなたが孤独の病から救われるなら、もう貴方以外何も見えないように、この眼をその闇で覆ってくれ、という想いと。

 二つの己の狭間に揺れる……。

 これほどの孤独に晒された者を癒すすべを、私は知らぬ。
 知らぬがゆえに、惑うのだ。
 この先にあるものが見えずに。

 彷徨うわれの様を滑稽と、嗤いたい者があれば、好きに嗤うがいい……。



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