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第一部 血族
18毒の公爵④
しおりを挟む……“毒の公爵”ファルクは私室の窓辺に立って、城をあとにする二つの騎影を見送っていた。
白い右手に握られた玻璃の杯には、毒々しい紅色をした葡萄酒がなみなみと注がれている。彼はその杯を僅かに掲げ、窓硝子にカチン……と触れ合わせて微笑した。
「乾杯」
「ファルク」
不意に、長椅子の方から彼を呼ぶ声が上がった。女の声にしては低すぎ、男の声にしてはやや甲高い、艶のある声。
ファルクは振り返り、長椅子にゆったりと腰をおろした人影に眼を向けた。
「僕も葡萄酒が欲しいな」
声の主は唇の端に禍々しい微笑を浮かべる。ゆるやかに肩にかかる巻き毛は、鴉の羽根のような漆黒。
額に掛かるそれをしなやかな仕草でかきあげると、黒水晶のような瞳がその奥で、妖しげな耀きを放っている。
「………おや、お酒をお召しになられるのですか? 殿下」
「子供扱いは止してほしいな。僕だって酒ぐらい呑むさ」
ファルクは苦笑し、戸棚から杯をもうひとつ取り出して来ると、酒を注いで声の主に差し出した。
「何に乾杯致しましょう?」
「そうだな…………。美しい兄上に」
エベールは毒々しい微笑とともに杯を傾けた。
唇を離すと、思い出したようにファルクに問いかける。
「あの話、ホントなの。兄上に媚薬を盛ったって」
「聞いておられたのですか、我々の話を」
「僕の水晶は何でもお見通しなのさ。……あの兄上が貴方に触れられて男娼みたいに体をくねらせてる所だって全部見てたよ。で、ホントなの」
ファルクは喉の奥から忍び笑いを漏らした。
「どんな風だったのさ」
「薬の効き目を実験しただけですよ。陛下は、戯れにはもってこいだと興じておられましたが」
エベールは途端、むっとして貌を背けた。
「頼まれた薬、云われた通りに造ってやるつもりなの?」
「ご依頼はご依頼ですから。引き受けた以上は中途半端な仕事は致しません」
「あなたは僕の味方じゃなかったの、ファルク」
「勘違いしないで頂きたいですな。私は常に美しいものの味方なのです。ゆえに、時には兄君の味方でもあり、ときにはエベール殿下、あなたの味方もする……」
「二股なんて、ひどいひとだな。僕は兄上より、綺麗じゃない……?」
エベールは不満そうに眉を顰め、ファルクを見上げた。その黒水晶の瞳にうつるファルクの顔は、毒の公爵の異名にふさわしく狂気の色を宿している。
「貴方様は充分に美しくあらせられます、エベール殿下。わたくしには、あなたの兄君の気高いまでの神美は眩しすぎる。思わず高みから引き摺り降ろしてあげたくなってしまうのですよ。その点、貴方様の魔性の美は、私を落ち着かせ、安らがせる……」
「……だけど父上はそうは思っておられない」
口惜しそうに、ぎり……と歯噛みする。そのエベールの頬に、ファルクの手がそっと触れた。
「それでは、私が陛下の代わりを務めましょう。私では役不足でしょうか?」
「……あたりまえだよ。父上の代わりなんか誰にもできるものか。でも……」
エベールは長い睫毛に覆われた瞼を閉じ、身をゆだねる。
「あなたにだって、僕の寂しさをほんの少し癒すことぐらいなら、できるよね」
第二王子の手を離れた空杯が、床に落ちた。紅糸で織られたやわらかな絨毯の上であったので、それは割れずに済んだ。
「……あなたに抱かれながら、僕、父上のことを考えるよ? それでもいい?」
「どうぞ、御随意に」
わたくしも、貴方を抱きながら貴方の兄上のことを考えますから。
……などと余計な事はいわず、ファルクはエベールを抱き込んで長椅子の上に倒れ込んだ。
初め上がっていたくすくすという笑い声はやがて、しとやかな嬌声に変わって行った。
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