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第一部 血族
16毒の公爵②
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「……遊びで私にあのような薬を盛ったと? 確かに貴様と父上ならばやりそうなこと。……あの件に関してはまだ父上とて許したわけではないぞ。貴様などなおさらだ」
ナシェルの瞳が羞恥を隠せずに伏せられる。屈辱的なあの出来事が起きたのは、いつのことだったか。あの件以来、ナシェルはファルクを生涯の敵と認知した、はずであった。
「陛下はあの薬のことを、大変お気に召したご様子でした。それもそうでしょうね、暗黒界を拝領してからというもの、いつもつれない素振りで陛下を躱してきた貴方様が、あれほど淫らに泣き乱れて……」
「やめろ、云うな」
「ふふ、でも貴方様は何ひとつ覚えてはおられないのでしょう。あの時の殿下はとても可愛かったんですよ……」
「それ以上云うと……!」
振り上げかけた手首を、思いがけない強い力で掴まれる。
ナシェルはファルクの滾る眼差しに一瞬、たじろいだ。
脳裏に蘇るのは、褥の上で密やかに行われた遊戯……。
覚えているのはただ、父の紅玉の瞳が舐めるように自分を見下ろしていたことだけ。媚薬に溺れた己が、父に対して譫言に何を求め、何を哀願したのかも、朧げなまま。
毒の公爵――自分にあの薬を盛ったこの男が、薬の効き目を確かめるために、王との夜伽の間じゅうずっと閨房の外に控えていたのかと思うと、羞恥で気が狂いそうだ。神と神が交わる、神聖な儀式が魔族ごときに踏み躙られたのだという屈辱で、いっそ気が触れてしまえたら、どんなに救われたことか。
自分が我を忘れている間に何があったのか、全ては語らぬまま、からかうように含み笑うばかりの冥王が、どんなに憎らしかったことか。
「薬の効き目が強すぎたのはあとで謝ったではありませんか。でも貴方様は覚えておられずとも、とても悦んでおられる様子でしたよ……?」
「それ以上……云うな。もうたくさんだ……」
「ふふ……では改めて、臣下としての口づけをお許しいただけますか? たとえば、この辺りなどに? ……いかがでしょう」
ニヤリと嗤うファルクは、指先で、薄い服越しにナシェルの鎖骨をなぞる。
ナシェルは身を強張らせ全身で拒絶の色を発しつつも、依頼のためとそれを渋々受け容れる。
苦渋に歯を食いしばるナシェルを抱き寄せ、ファルクは覆いかぶさるようにそのうなじに唇を寄せる。まるで吸血鬼が急所を探すときのように、蒼白い血の管の上をざらりと舐め、熱い舌はそのまま首すじを嘗め回して、つう…と滑り降りていく。
腕の中でびくんと身を引き攣らせるナシェルは、ファルクの意外な腕力の強さに驚く。
がっしりと抱きすくめられ、逃れられない。
ヴァニオン……!
思わず戸外へ向けて呼ぼうとした唇に、するりと掌があてがわれて、叫び声を指で塞がれた。
「ご依頼の件をお忘れなきよう! 瞳のお色を変える薬など、何に使うのか存じませんが、お見受けする所相当お困りのご様子。でなければ、貴方様が私を頼ってわざわざお越しになるはずがないですからな。
……私以外にそんないかがわしい薬を造れる者がいないとなると……貴方様は、嫌でも私と取引する以外にないわけだ」
「……っ、」
飛んで火に入る何とやら。とでも言いたげに、公爵は悠然と笑んでみせる。
「殿下。可愛い。うなじだけじゃ足りない。貴方様の体じゅうにキスさせて……。させてくれたら、お引き受け致しますよ」
全身に接吻、と聞いてナシェルは耳を赤くし自分を抱き寄せる男を睨み据えた。
「そんな馬鹿げたこと、許すと思うのか」
「駄目なんですか? 唇にキスもダメでしょう。どちらか選ぶとしたら?」
「どちらも選ばぬ」
「それでは殿下のお願いごとはお引き受けできませんね、残念…お役に立ちたかったのですが」
「……いや、待て」
熟考の末、ナシェルはしぶしぶ公爵を引き止める。
「全身はダメだ。く、……首から下の、上半身だけなら」
「上半身だけ……。うーん、まあ、良しとしましょうか」
ファルクはナシェルを抱きよせていた両手を離し一歩下がる。舌なめずりという表現以外当てはまらない表情だ。
「じゃ、ご自身で脱いで」
ナシェルは憮然としながら服の釦に指をかける。ファルクに背を向け、しゅるりと両肘あたりまで上衣を下ろした。
袖は抜かず、すぐまた羽織れるようにする。
長い黒髪ごしの体の線に、公爵の視線が痛いほど注がれるのを感じた。
「や、やるなら早くしろ」
ファルクの手が背後からゆっくりとナシェルの肩に触れ、黒髪を分けるようにして背中を露わにされる。
さきほど口づけされたうなじに再び唇が落とされ、ちゅ、ちゅ、と音を立てて肩甲骨から腰へと、唇がすべり降りてゆく。その間にもファルクの手が、ナシェルの脇腹を撫で廻す。
ナシェルは全身を強張らせて屈辱に耐える。
「さあ、前もさせて……」
肩を掴まれ振り向かされ、はっと身を竦めたのもつかの間。
ファルクはナシェルの腰に手を廻して体を支えると、うっとりと身をかがめてその胸に唇を落としたのである。
「……っ」
ナシェルは声が漏れぬよう息を止めた。
ファルクは途端にナシェルの背に回した両腕に力を込め、熱く濡れた舌でナシェルの胸の尖りをべろりと、舐め上げた。
「……っぁ、!」
声になりきらぬほどの小さな声を上げ、ナシェルは身を震わせる。
ファルクはナシェルをしっかりと抱き込んで放さず、目は虚ろで、胸を這う長い舌は蛇のように小躍りしていた。
熟れさせるように舌先で乳首を揉まれ、背を仰け反らせたナシェルは虚空に吐息を吐き出す。
双眸を閉じた先の脳裏に浮かぶのは、冥王の畏怖すべき姿。
永劫に、余のもので在り続けよと命じられ、己は、押し流された陶酔の中でそれを誓ったはず。
己は一体、こんなところで何をしているのだろう。
どこかで王が見ているかもしれないという不安にナシェルは陥り――そんなはずはないのだが――我に返ってファルクから身を離そうともがいた。
だが濡れた感触はますます性急に、気が遠のくほどの激しさで、精気を貪るように胸の一点をしゃぶる。
「……やめろ、其処までだ!!」
甘美すぎる感触に淫らになる心を抑えつけ、鋭く命じると、途端にファルクの悪戯な唇が離れて行った。
ナシェルは深く息を吐き出し背を丸め、己の身を掻き抱く。
「少し声が出ていましたね殿下、ふふふ……貴方様の喘ぎ声ほど美しい声はない。いつまでも聞いていたいほどです。あの夜伽の折、閨のお傍に控えて貴方様の上げる淫らなお声を初めて耳にして以来、わたくしはずっとね……」
「……戯れ言は止せ!」
ナシェルの憤激を受け止めるファルクは、いつもの意地悪そうな冷笑に戻っている。
「さすが、冥王陛下に普段から慣らされていらっしゃるようですね? 少し舐めただけですぐ柔らかく熟して……それにその色づきもですよ」
「もう黙れと云っている! いい加減にしろ。これで交渉は成立だな? 私は対価を、支払ったのだから」
「でも今のですと薬の試作品、1回分の対価にしかなりませんよ」
「……ッ貴様……、ふざけるなよ……」
怒りのあまり足元からぶるぶると、震えが上ってくる。
対するファルクは狂気の笑みともとれる微笑を浮かべた。
ナシェルの瞳が羞恥を隠せずに伏せられる。屈辱的なあの出来事が起きたのは、いつのことだったか。あの件以来、ナシェルはファルクを生涯の敵と認知した、はずであった。
「陛下はあの薬のことを、大変お気に召したご様子でした。それもそうでしょうね、暗黒界を拝領してからというもの、いつもつれない素振りで陛下を躱してきた貴方様が、あれほど淫らに泣き乱れて……」
「やめろ、云うな」
「ふふ、でも貴方様は何ひとつ覚えてはおられないのでしょう。あの時の殿下はとても可愛かったんですよ……」
「それ以上云うと……!」
振り上げかけた手首を、思いがけない強い力で掴まれる。
ナシェルはファルクの滾る眼差しに一瞬、たじろいだ。
脳裏に蘇るのは、褥の上で密やかに行われた遊戯……。
覚えているのはただ、父の紅玉の瞳が舐めるように自分を見下ろしていたことだけ。媚薬に溺れた己が、父に対して譫言に何を求め、何を哀願したのかも、朧げなまま。
毒の公爵――自分にあの薬を盛ったこの男が、薬の効き目を確かめるために、王との夜伽の間じゅうずっと閨房の外に控えていたのかと思うと、羞恥で気が狂いそうだ。神と神が交わる、神聖な儀式が魔族ごときに踏み躙られたのだという屈辱で、いっそ気が触れてしまえたら、どんなに救われたことか。
自分が我を忘れている間に何があったのか、全ては語らぬまま、からかうように含み笑うばかりの冥王が、どんなに憎らしかったことか。
「薬の効き目が強すぎたのはあとで謝ったではありませんか。でも貴方様は覚えておられずとも、とても悦んでおられる様子でしたよ……?」
「それ以上……云うな。もうたくさんだ……」
「ふふ……では改めて、臣下としての口づけをお許しいただけますか? たとえば、この辺りなどに? ……いかがでしょう」
ニヤリと嗤うファルクは、指先で、薄い服越しにナシェルの鎖骨をなぞる。
ナシェルは身を強張らせ全身で拒絶の色を発しつつも、依頼のためとそれを渋々受け容れる。
苦渋に歯を食いしばるナシェルを抱き寄せ、ファルクは覆いかぶさるようにそのうなじに唇を寄せる。まるで吸血鬼が急所を探すときのように、蒼白い血の管の上をざらりと舐め、熱い舌はそのまま首すじを嘗め回して、つう…と滑り降りていく。
腕の中でびくんと身を引き攣らせるナシェルは、ファルクの意外な腕力の強さに驚く。
がっしりと抱きすくめられ、逃れられない。
ヴァニオン……!
思わず戸外へ向けて呼ぼうとした唇に、するりと掌があてがわれて、叫び声を指で塞がれた。
「ご依頼の件をお忘れなきよう! 瞳のお色を変える薬など、何に使うのか存じませんが、お見受けする所相当お困りのご様子。でなければ、貴方様が私を頼ってわざわざお越しになるはずがないですからな。
……私以外にそんないかがわしい薬を造れる者がいないとなると……貴方様は、嫌でも私と取引する以外にないわけだ」
「……っ、」
飛んで火に入る何とやら。とでも言いたげに、公爵は悠然と笑んでみせる。
「殿下。可愛い。うなじだけじゃ足りない。貴方様の体じゅうにキスさせて……。させてくれたら、お引き受け致しますよ」
全身に接吻、と聞いてナシェルは耳を赤くし自分を抱き寄せる男を睨み据えた。
「そんな馬鹿げたこと、許すと思うのか」
「駄目なんですか? 唇にキスもダメでしょう。どちらか選ぶとしたら?」
「どちらも選ばぬ」
「それでは殿下のお願いごとはお引き受けできませんね、残念…お役に立ちたかったのですが」
「……いや、待て」
熟考の末、ナシェルはしぶしぶ公爵を引き止める。
「全身はダメだ。く、……首から下の、上半身だけなら」
「上半身だけ……。うーん、まあ、良しとしましょうか」
ファルクはナシェルを抱きよせていた両手を離し一歩下がる。舌なめずりという表現以外当てはまらない表情だ。
「じゃ、ご自身で脱いで」
ナシェルは憮然としながら服の釦に指をかける。ファルクに背を向け、しゅるりと両肘あたりまで上衣を下ろした。
袖は抜かず、すぐまた羽織れるようにする。
長い黒髪ごしの体の線に、公爵の視線が痛いほど注がれるのを感じた。
「や、やるなら早くしろ」
ファルクの手が背後からゆっくりとナシェルの肩に触れ、黒髪を分けるようにして背中を露わにされる。
さきほど口づけされたうなじに再び唇が落とされ、ちゅ、ちゅ、と音を立てて肩甲骨から腰へと、唇がすべり降りてゆく。その間にもファルクの手が、ナシェルの脇腹を撫で廻す。
ナシェルは全身を強張らせて屈辱に耐える。
「さあ、前もさせて……」
肩を掴まれ振り向かされ、はっと身を竦めたのもつかの間。
ファルクはナシェルの腰に手を廻して体を支えると、うっとりと身をかがめてその胸に唇を落としたのである。
「……っ」
ナシェルは声が漏れぬよう息を止めた。
ファルクは途端にナシェルの背に回した両腕に力を込め、熱く濡れた舌でナシェルの胸の尖りをべろりと、舐め上げた。
「……っぁ、!」
声になりきらぬほどの小さな声を上げ、ナシェルは身を震わせる。
ファルクはナシェルをしっかりと抱き込んで放さず、目は虚ろで、胸を這う長い舌は蛇のように小躍りしていた。
熟れさせるように舌先で乳首を揉まれ、背を仰け反らせたナシェルは虚空に吐息を吐き出す。
双眸を閉じた先の脳裏に浮かぶのは、冥王の畏怖すべき姿。
永劫に、余のもので在り続けよと命じられ、己は、押し流された陶酔の中でそれを誓ったはず。
己は一体、こんなところで何をしているのだろう。
どこかで王が見ているかもしれないという不安にナシェルは陥り――そんなはずはないのだが――我に返ってファルクから身を離そうともがいた。
だが濡れた感触はますます性急に、気が遠のくほどの激しさで、精気を貪るように胸の一点をしゃぶる。
「……やめろ、其処までだ!!」
甘美すぎる感触に淫らになる心を抑えつけ、鋭く命じると、途端にファルクの悪戯な唇が離れて行った。
ナシェルは深く息を吐き出し背を丸め、己の身を掻き抱く。
「少し声が出ていましたね殿下、ふふふ……貴方様の喘ぎ声ほど美しい声はない。いつまでも聞いていたいほどです。あの夜伽の折、閨のお傍に控えて貴方様の上げる淫らなお声を初めて耳にして以来、わたくしはずっとね……」
「……戯れ言は止せ!」
ナシェルの憤激を受け止めるファルクは、いつもの意地悪そうな冷笑に戻っている。
「さすが、冥王陛下に普段から慣らされていらっしゃるようですね? 少し舐めただけですぐ柔らかく熟して……それにその色づきもですよ」
「もう黙れと云っている! いい加減にしろ。これで交渉は成立だな? 私は対価を、支払ったのだから」
「でも今のですと薬の試作品、1回分の対価にしかなりませんよ」
「……ッ貴様……、ふざけるなよ……」
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