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第十二章 そして新大陸へ!
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しおりを挟む穏やかさを取り戻した大海原を、客船アヴェイロニア号は東へ東へと進む。
後方へ陽が沈んでゆく。そして船首の赴く先からはまた静夜が訪れようとしていた。
昼間は船室に籠り極力日差しを避けるナシェルも、夕べには甲板に出て海風を浴びるのが日課となっている。
その日も夕涼みに出、ナシェルは鼻歌交じりに船首甲板のほうへ歩いていった。船体に打ち寄せる波は穏やかで、行く手に広がる夜空は晴れ渡っている。船内にも何らのトラブルもなく、乗客は皆それぞれに航海を楽しんでいるようだ。今朝までのあの喧騒が嘘かと思えるほど。
船首のいちばん尖った部分は補強のために頑丈な材木を何重にも重ねて作られていて、転落事故を防ぐためか少々縁が高い。手摺が胸あたりまで来る。ナシェルは誰も見ていないのをいいことに船首部分の出っ張りにひらりと登って船頭尖端部へ立ち、船の赴く先を見つめた。
時刻はちょうど日没を過ぎたころ。後方に少し夕焼けが残るのみで、前方視界はもうすっかり暗くなっている。太陽神の息子らもこの時間となれば、よもや反撃しては来ないだろう……。ナシェルは完全に抑え込んでいた神司を少しばかり開放した。ナシェルが存在を顕わにしたのでたちまち四方より闇の精霊と死の精霊たちがやってきて挨拶し、手に口づけしたがる。
ナシェルは薄衣の袂から白い手の甲を伸ばした。地上の眷属たちは許しを得て、闇の御子の指先に愛を込めて接吻し、また飛び去ってゆく。ナシェルは彼らを懐に入れたり周囲に侍らせたりはしないでおく。死の精たちは本来、人里を好むのだ。自分の手持ち駒に入れておくよりも、人里に遣わせておいた方が良い働きをしてくれるだろう。
気配を感じて振り向くと、ちょうど冥王が船橋から出てきた所だった。王もすぐにこちらに気づき優雅な歩調で向かってくる。
「どうしてそんな際どい所に立っているのだね、ナシェルや」
「ここに立つと前方の視界を遮るものがなく、夜の海を独り占めできるのです」
冥王は、精霊に囲まれ蒼白い神司を揺らめかせているナシェルをほれぼれと見上げた。
「余もそこへ登っていいかな?」
「むろんです、どうぞ」
ナシェルが半歩よけたところへ王もひらりと音もなく昇ってきて、双りは船首の先端に立った。帆を支える帆索が近くにあったので片手で掴まり、それぞれの背中に手を回して軽く口づけを交わす。
同じように夜の海原を眺めながら王が言った。
「船長と話をしてきた」
「船長と? なんの話を?」
はじめ三等の乗船券で乗ってきたわりにすっかりVIP乗客の振る舞いをしている冥王は、今朝のあの一件で船長と面識を得たらしい。夕方になって船橋へ出かけていき、船長室でなにやら相談をしていたようだ。
「あの少年のことだ」
「ラミ、ですか」
『港についたらきっと警察に突き出される』と思ってヤケを起こした彼が、“暁の雫”を盗み出して帆柱へよじ登ったためにあの騒動が起きたのだ。王はおそらく船長に、寛大な処置を頼みに行ってくれたのだろうとナシェルは思った。
「そう。ラミ少年だ。聞けば彼は身寄りもなく、居ついた先は港町の盗賊団。アシールとかいうあの詐欺師を追いかけてきたとはいえ、盗賊団を勝手に抜けたのだから元の街へ戻れば制裁が待ち受けているやもしれぬし、そもそももう戻りたいとは思っていないだろう。
かといって我々が引き取って面倒をみるわけにもいかぬし、どうしたものかと考えていたのだ。彼が真っ当に自立できるようになるためには……」
ナシェルは、そう語る冥王の横顔を眺めた。遠き海原をみつめる王の紅の瞳は理知的で、弱き立場の者への優しさに溢れている。
「それでふと思いついたのだ。彼……ラミが、教えもしていないのにあの高いメイン帆柱へするすると昇ることできたのは、身軽さと度胸という立派な才能だとな。普通の者ならまず、あの高さに恐れをなすであろう。
それで『物は試し』と船長に相談したのだ。身寄りのない彼を、できれば見習い船員としてこの船で雇ってやってくれはしないだろうかと」
「船長は何と?」
「少年に、船乗りになる覚悟とやる気があるのなら、大歓迎だと」
「それ、素晴らしいですね父上」
ナシェルは王の腰に回した手に力を込める。
たしかにそうだ。次の大陸に着いたのち、当面の生活資金を渡して『ハイここでお別れ』というのは本当の支援とはいえない。少年の将来のことまで考えてそのように王がすぐに動いてくれたのは、ナシェルにとって驚きであるとともに感動でもあった。冥王にとって、本来人間の子供などとるに足らぬ存在のはず。正直そこまで気を回してくれるとは思っていなかった。
「ラミのことまで考えていただいて、ありがとうございます」
「なぜそなたが礼を言うのだ」
こちらをチラリと見て王は苦笑を浮かべ、続けた。
「それに礼を言うのはまだ早いぞ。問題は少年自身がそれを望むかどうかだ」
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