王子の船旅は多難につき

佐宗

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第十一章 ナシェル、天敵と遭遇す

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 その場にいた全員が、陽光に目がくらみ立ちすくむ。
 
 やがて強い光が収まり、瞼を開いて恐る恐る海上の空を見上げた彼らが見たものは。

「やっほーー!! カワイコちゃんからのコールかな? 散歩してたらこっちのほうで呼ばれた気がしたから来てみたんだけど……カワイコちゃんはどこにいるのかなァ~」

 白い天馬に乗った、栗色の短髪の美青年だった。

 白い胴衣に編み上げの靴、頭には常緑樹の葉でできた冠を飾り、弓矢を背負い腰に剣を吊っている。ちょうど朝空を巡回していたところらしいその男は……間違いない、忘れもしない、ナシェルにとっての宿敵・暁の神アドリスだ。
 いつも半笑いの表情の裏で何を考えているか分からない男神で、周囲を蕩かすような甘いルックスとは裏腹に、相手の気持ちを一切汲まない非常識で無神経な言動をする。

(ご存知ない方のために補足するが『天王(光神)・冥王(闇神)・太陽神』は歳の近い三兄弟で、このアドリスは太陽神の次男。…つまり、冥王の子ナシェルにとっては従兄弟にあたる。しかしナシェルは彼ら光神一族に対し強い遺恨があるため、たとえ歳の近い親戚といえど宿敵なのだ。特にコイツとその兄はもう『次に会ったら創世界あのよ送りにしてやるレベル』の敵である)



 ともかくも、いかにも神様っぽい恰好をした、神々しい美青年が翼の生えた白馬に乗って出現したのだ。その場にいた人間たちは全員、目も口もあんぐりと開けて硬直した。ぽかんとしていないのはナシェルとヴァニオンだけだ。

 アドリスは気だるげに、半開きのまぶたの下から、青い目でぐるりと船全体を見渡した。

「オレを呼んだのはどのコかな~? ……あれ、もしかしてそこのガキか?? なんでこんなガキが召喚グッズ持ってんのさ! オレはそいつを、地上界の街でワンナイトラブしたカワイコちゃんに『次回も遊ぼうね♡』って約束で渡したんだぞぉ~!」

 マストの上のラミが光り輝く『暁の雫』を手にしているのを見て、アドリスは少々怒ったように宝石を指差した。案の定というかもうナシェルの予想そのまんまである。

「『岬の灯台の上とか、朝焼けがチョーゼツ綺麗なところで俺を呼んでくれたらまた来るね……絶対また楽しいことしようね』っつってさ。泣く泣く別れたの。俺もアノのことは気になってたけどオヤジからしばらく地上界で遊ぶの禁止されてたから、いつの間にか忘れてたわ。数百年ぶりにコールもらった気がしたから来てみたけど、カワイコちゃんじゃないならチェンジだ!!」

 最後の言葉はそっくりそのままぶつけ返したい。アドリス、貴様こそチェンジだ。
 ナシェルは密かに舌打ちした。



「せっかく呼び出してくれたところ悪いけどさ~、オレはさすがにガキんちょは趣味じゃないの。だからチェンジね……てか何でカワイコちゃんに渡したはずの石をお前が持ってんだよ~! それは子供がそういう風にホイホイ気軽に使っていいオモチャじゃないんだぞ。返しなさいね~!」
 かつて美女にあげた宝石にまんまとおびき寄せられた形のアドリスは、バツが悪そうにラミ少年に指を突きつけた。

「か、神様! お願い事を聞いてくれるっていう言い伝えは……?」
 ラミがこわごわ訊ねる。
「お願い事だぁ? あのね何かカン違いしているみたいだけど、そういう何でも1つだけ叶えます系は、カワイコちゃんのお願いに対してのみ有効なんだよ」
「そんなひどい話があるかよアイツ! ラミは勇気ふり絞ってあそこまで登ったっつーのによ」
 ヴァニオンがなにか違う理由でキレているが無論、あちらに聞こえぬよう小声である。
「つかナシェルやばいぞ、見つかりそうだ。ここは船室にでも退避しようぜ?」
「馬鹿言うな、あの子をほったらかしにして自分たちだけ隠れることなどできるか」
 ナシェルは毅然と仁王立つ。

「だけど万が一ヤツとバトルになったら……」
「バトルなどしない。他人の空似でやり過ごす」
「何だよやり過ごすって! ヤル気あるのかねえのかどっちなんだよ」

 一方、アドリスは『暁の雫』を取り返そうとラミに近づいた。
 大柄な天馬が鼻息荒く近づいてきたので、恐怖におののいたラミは帆桁の上でバランスを崩す。
「わ、わぁぁあっ」
「ラミ!!」
「危ない、落ちるぞ!!」

 ナシェルとヴァニオンはとっさにマストの真下へ駆け寄る。
 しかし間に合わず、震えあがったラミは帆桁から足を踏み外して落下した。
「わぁあああーー!」ドサッ

 ―――間一髪、下で帆布をひろげていた船員たちがうまく受け止めたため、ラミに怪我はない。
「ラミ‼ 良かった」
 アシールが駆け寄り、帆布に沈んだ彼を助け起こす。

 ナシェルは上空を見上げた。
 暁の神アドリスも、こちらに気づき「ん?」という顔で馬上から見下ろしてくる。



 ナシェルの前にはヴァニオンの背中がある。間に立ち、守ろうとしてくれているようだ。
 しかしナシェルはそっと乳兄弟の腕を掴んで制し、厳然たる眼差しでアドリスを見据えた。

 人間の子供など、あいつにとってはしょせん取るに足らぬ命なのだろう。ラミが落ちそうになっても助けようともしなかった。――どうしても気に入らぬ。それで、厄介なことになると分かっていつつナシェルは声を張らずにはいられなかった。

「降りて来いアドリス!! 貴様の相手はこの私だ!!」
「えっ? チョ……すごい……コレどういうこと?!」

 アドリスが目を丸くして叫ぶ。

「なんかむちゃくちゃヤバい目つきで睨んでくる黒髪美人ちゃん居るなと思ったらやっぱナシェルじゃん!! わー夢みたい!! お相手チェンジして正解だったー!!♡」
「黙れ! そういう意味の相手をする気はない!」



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