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第十章 船旅は穏便に?
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しおりを挟む「――なんの騒ぎですかな?」
振り向くと、上等な青い船員服を着た、白髪まじりの男性が立っている。
ヴァニオンもナシェルも、彼には見覚えがあった。初めてこのアヴェイロニア号に乗船した際、VIP船室にあいさつをしに来たことがある。
「船長……」
ラミがマストに登ってしまい危険な状態に置かれている以上、隠すことはもう無理だと判断し、ナシェルはかいつまんで事の成り行きを説明することにした。
「なるほど、あの少年が一等船客のだいじな商品を盗みマストに登った、と」
船長は状況を理解し屈強な船夫たちを呼んだ。
「とにかく落下の危険性があるので一刻も早く彼を下へ下ろしましょう」
「船長、彼はまだ子供です。私たちが言って聞かせるのでここは穏便に処理願いたい」
「分かっております、大丈夫ですよ」
幸い船長は穏やかな人柄のようだ。
船長の指示を受けた船員らはてきぱきとマストの下で帆布を広げて持ち、少年の予期せぬ落下に備えた。2名の操帆夫が、横静索(マストを支えるために網目状に張られたロープ)をするすると伝いのぼり、マストにたどり着く。
船夫たちの見事な登縄技術を見ながらヴァニオンが呟いた。
「よかったぁ、捕まえて来いってオレに無茶振りされなくて。あんなにスルスル上まで登れねえもん」
「何だよ!こっち来るなよ」などとラミが叫んでいる間にも、熟練の登檣技術をもつ船夫たちはあっという間に一番上の帆桁までたどり着いた。
ラミが船夫たちに捕えられると思ったそのときだった。
穏やかな東の水平線からついに太陽がのぼりはじめた。船の帆が眩しい朝陽に照らされる。
ナシェルはうんざりして極力目を背けたが、その場で帆布を広げていた船夫たちは上を見上げ、口々に何か呟きはじめた。
「なんだあれは?」
「何か光ってるぞ」
ヴァニオンに腕をつつかれナシェルもしぶしぶ上を見ると、なんだかラミの胸元が光り輝いて、反射光が夜明け空の一点を照らしている。
「あれ何だと思う? ナシェル」
「知らん。……だが何か猛烈に嫌な予感がする」
隣で一緒に見上げていたアシールが、不意にこんなことを言い始めた。
「まさか。あんなの迷信だと思っていたのに……!?」
「迷信? なんのことだ」
思わず聞き返すと、アシールは説明した。
「あの『暁の雫』のことです。長年その名で呼ばれてきたのには、あの石にまつわる古い言い伝えが残っているからなんです。
曰く、あの宝石を、何も曙光を遮るもののない所――つまり地上でもっとも朝日の美しい場所で、登り始めの暁光にかざして願うと……」
「最初の暁光にかざして願うと……?」
「夜明けを司る神様が現れて、願いごとを叶えてくれるとか何とか……」
「………、」
ナシェルのリアクションが思いのほか薄かったので、アシールが戸惑い気味にチラ見してくる。
「な、何かまずいことを言いましたか私?」
「……貴様なんでそれを早く言わなかった? その言い伝えを知っていたら欲など出さず夜のうちに海に捨てていたのに……」
「え?! 海に捨てるって……そんな!」
「おいナシェルどうするよ? あの石がまじでそんなヤバい石だったなんてよ……」
ヴァニオンも空を見上げ焦っている。
視線の先、ラミ少年ははじめ宝石が光るのを見てびっくりしていたが、やがて懐に手を入れて石を取り出すと、高々と曙光に向けて持ち上げた。曙光を受けた『暁の雫』は、マストの上で、まるで灯台の明かりのように光を放った。目がくらんで、マストを登った船夫たちもなかなか少年まで辿りつけない。
強い反射光は空の一点を示し、それが目印となって光の精霊たちが、集まってきている。
「ラミ! やめるんだ! その石ではロクな神が来ない!!」
ナシェルは頭を抱えとっさに声を張ったが、なんの説得力もないことは自分でも分かっている。逆に自問するがロクな神などこの世に存在するだろうか。現状、知り合いの中には皆無だ――。
(――夜明けの神といえばアレしかいない。
死んでも会いたくないアイツだ……!)
夜明けの神……。
それは闇系の神族であるナシェルが蛇蝎のごとく嫌う『天上界の神族』中でも最も嫌いなヤツのひとり――『暁の神』・アドリスのことを指すに決まっている。
なんでそんなヤツを呼び出す石が地上界に存在するのか分からないが、どうせヤツのことだから、昔ツバを付けた人間の女に『この石で合図くれたらまた遊びに来るね~』とか何とか言って、目印代わりに手渡したに違いない。おそらく数百年は経っていて忘れているだろう。ぜひとも忘れていて欲しい。
「まずい、陽が昇ってきやがった……」
ヴァニオンが不利な状況を実況するうちに、あたり一面が眩しい光に包まれてーー……。
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