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第十章 船旅は穏便に?
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しおりを挟むラミは広い船内のどこに消えたか分からない。三人は、食堂やバーなどの共用スペースをくまなく探し回った。途中からはヴァニオンを三等客室の捜索に回すなど、手分けして探すも見つからない。
手掛かりのないまま、三人は夜の甲板に集合した。あと探していないのはここだけだ。
「さすがに甲板は広すぎて隠れる場所少なすぎだろ」
乳兄弟が周囲を見渡して言う。
「それはそうだが、船客が行けるような場所はもうだいたい探しつくした。あとは操舵室やら船長室やら、船員しか入れない場所ぐらいしかない」
ナシェルは少々疲れた顔で応じた。船員たちを巻き込めば更なる大騒動になってしまう。『罪は問わない』と約束したはずなのに、彼らの処遇を船長らに委ねるような事態になれば、本気で港湾警察沙汰になりかねない。
甲板の縁から東の水平線を眺めると、藍色の空がやや色薄くなっているのが見受けられた。
「まずいな、もうじき夜が明ける……」
ぽろっと口に出すとアシールが、
「なぜ夜が明けるのがまずいのですか?」
とキョトンとして訊いてくる。
「深い意味はない。気持ちの問題だ」
「超夜型なんだよ俺たち……」
ナシェルとヴァニオンはそれぞれに答えた。二人の目には、闇の精霊たちが夜明け前の空を浮遊しているのが見える。
ナシェルは万が一『天敵』が襲来したときに備え、今の時間帯のうちに精霊たちをふところへ取り込んでおくべきかどうか迷った(夜が明けきってしまうと闇の精霊らは別の場所へ移動してしまう)。
しかし、むやみに支配域を広げ精霊を集めるのは、逆に自分の居場所を敵に知らせるようなものだ。葛藤の末、ナシェルは自重し、彼らが夜明けを避けるように西へ西へと飛び去っていくのを眺めた。
アヴェイロニア号の白帆の広がる暁の空を見上げ、げんなりと嘆息したナシェルの目に、唐突にそれは飛び込んできた。
「―――居た!! ラミ!!」
ナシェルの放った声に、他の二人も宙を振り仰ぐ。
夜風になびく白帆の間、ナシェルたちのいる場所から垂直に立ったメイン帆柱の一番てっぺんの帆桁(帆を張るためにマストに横に渡してある木)に、ラミ少年が腰かけていた。甲板からゆうに20メートルの高さはあるだろう。夜陰にまぎれて、普通の人間ならば発見することは不可能に違いないが、あいにくとナシェルもヴァニオンも、夜目は効くのだ。
「ラミ! そんな所にいたら危ないぞ!!」
ヴァニオンが呼びかける。一方アシールは、まだ白帆の陰にいるラミが視認できないようだ。
「ほっといてくれよ!」
少年の叫び返す声が降ってきた。
「どうせ次の街についたらオイラたちのこと警察に突き出すつもりだろ!?」
「そんなことはしないから、降りて来なさい! 落ちたら大変だ」
ナシェルが答えても、少年のこちらを見下ろす目には不信感がありありと浮かんでいる。大人を信用していない目だ。
「ラミ!」
アシールも必死にそちらへ向けて呼びかける。
「どうして宝石を盗んだりしたんだ?」
「だって――だって、このままじゃオイラたち、次の街についても何の希望もないじゃないか!!」
ラミは泣きそうな声で答えた。
「オイラたち、帰りの船で前の港町に戻されたりしたら足抜けの罰で仲間たちにぶっ殺されちまうだろうし、たとえ開放されても一文無しじゃ、またスリや詐欺やって生きてくしかないんだからさ。
でもこの宝石があれば、苦労しなくてすむんだ。
オイラ、もう貧乏暮らしも、罪のない人を騙して盗んだりするのもイヤなんだよ。だから」
「――それで古物商から奪ったその宝石を売って、その金で新しい生活を始めようというのか? ラミ、そなたの言っていることは矛盾しているではないか」
ナシェルは少年を刺激しないよう穏やかに、しかしハッキリと指摘した。
「人から盗むのはもうイヤだと言いながら、そなたが思い描いている新大陸での生活は、まさに人から奪った財産をもとに構成されることになるではないか」
「う、うるさいうるさいっ。あんたらみたいな金持ちにはどうせ、オイラたちの抱えてる生活への不安なんて分かりゃしないんだ!」
ラミはマストのてっぺんの帆桁に腰かけたままぐすぐすと泣き始めた。
言いたいことは分かる。底辺暮らしから抜け出すためにはある程度のお金が必要だということはナシェルにも分かっていた。だったらなぜそう言ってくれなかったのだろう。ラミの大人への不信感はそこまで根強いものだったのだ。たくさんの大人に裏切られて生きてきて、彼はもう、ナシェルの口約束など信用できず、目の前にある物質や、自分で手に入れたものしか信じられないようになってしまっているのだ。
「……どうするナシェル、あのままじゃ危ないぜ?」
「しかし、無理やり捕まえようとすればその方が危ない。もみ合いになって落っこちでもしたら大変だ」
ヴァニオンと相談していると、背後から誰かが近づいてきた。
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