王子の船旅は多難につき

佐宗

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第七章 ナシェル、墓穴を掘ろうとする

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 ……いろいろとふとどきヽヽヽヽなことを真面目に考えるうち、気がつけばアシールが真剣な表情でこちらを見つめていた。

「……私の顔になにか付いていますか?」
「あっ、これは失礼! あなたの俯いた表情が本当に素敵なのでつい見惚れてしまって……すみません」
 アシールは我に返ったように目の前の食事をつついた。しかし口に運ぼうとはせず、改めてナシェルに差し向った。

「ナシェルさん。正直、わたしは貴方にすっかり魂を奪われてしまいました。
 あなたの美貌を喩えるためには、夜空に浮かぶ月や星などでは到底足りません……たまにふとお見せになる愁いをおびた表情などは……なんと言ったらいいのでしょう、夕暮れになると湖畔に現れるという霧の女神のようでもあります。ご気分を害されたらすみません、女性に喩えるべきでないのは分かっているのですが、貴方の美しさを表す言葉がどうにも私の語彙の中にはほかに見つからなくて」
「なるほど……商売をされているからか、口上手でいらっしゃる」

 美辞麗句もナシェルにとっては無用の長物だし、神族の自分が魅力的に見えるのは当たり前、という感覚だ。うっすらと皮肉な笑みで応じる。

「いや、この歳になってもちっとも詩的表現がうまくならないのです、女神に喩えるなんて本当に失礼をしました、申し訳ない。私はこんなだからちっとも恋人ができないのかな」

 アシールは照れたように頭を掻く。ナシェルは少しばかり愛想はふりまいておかねばならぬと感じ、少し眉を開いて柔らかい表情を作った。

「謝られることはない、怒ってはおりません。それより意外です、貴殿は機転も利いて立ち居振る舞いも立派だ。お仕事も順調のように見受けられますし、なにより、男前でいらっしゃる。きっと到着先の港では、将来を誓われた方が首を長くして待っているのだろうと、勝手に拝察してうらやんでおりましたが……」
「とんでもない! そのような方は一人としておりません、恥ずかしい話ですが。……あの、ナシェルさんこそ……お互いに誓いを立てた方はいらっしゃらないのですか?」
「私ですか? ……そうですね、今は――その……」

 いろいろなものが瞼の裏で踊る。
 まさか兄(と偽っている父)が目下のそれ、だとは面倒くさくて口が裂けても言えないし、遠い将来に予定されている相手もいるが、その気心は春風の赴く先のように気ままで当てにはならない。

「い、――今は―――いないですね」
と、一応答えてみる。正直、この答えでまずい方向へ行くかな? と感じる部分もあったが、とりあえずの金ヅルを捕まえておくためには致し方ない。背に腹は代えられぬ。

 案の定、アシールは大きく安堵したような息を吐き顔を輝かせた。
「そうですか、この場合、良かったと申し上げるべきなのかな……? ほっとしてしまいました。私にも、チャンスがあるわけだ」
「チャ……チャンス、……と仰ると?」

 かまととぶってみせる。すると目の前の宝石商は身をずいと乗り出してきた。

「ナシェルさん――その、昨夕出会ったばかりだというのにこんな話をして、浮ついた男だと思われるかもしれないのは承知で申し上げます。この私と、真剣にお付き合いいただけないでしょうか。――むろん結婚を前提とした正式なお付き合いです」
「け、結婚?!」

 あまりにも飛躍した単語が出てきたので驚いて、口のなかの肉を思わず塊のまま呑み込んでしまった。んぐっ……と胸元を叩くと、アシールがグラスに酒を注ぎ足して勧めてくれる。
「大丈夫ですか?! すみません驚かせてしまって―――いや、分かってます。あなたは美しいけれど男性だってことも分かっているし、出会ったばかりで何を言っているんだと思われるのも分かってます……。けれどどうにも私は、あなたを一目見てから運命的なものを感じてしまって……」
 ナシェルは盃を干し、なんとか肉ごと嚥下した。

(危なかった。この富豪、本当は大陸ごとに女囲ってるような性質タイプなんじゃないだろうな? 金にものをいわせて気に入った相手には次々にこうして結婚を申し込んでいたりして……恋人もできないような男が果たして昨日出会ったばかりの相手に結婚を申し込んだりするものか――いや、恋人がいないからこそかけひきに慣れてないのか?)

 ナシェルは一部、鋭いのだが、そもそもにおいて彼にはアシールの職業に対する誤認があって、その間違った前提において相手を適度にひっかけようとしているのである。アシールも同様に、ナシェルの立場を家出中のどこぞの国の王侯貴族の御曹司だと思っていて口説いているのだから、お互い様なのである。

 アシールはまだ照れたように話を続けている。

「ナシェルさん、知っていますか? 西の大陸では認められていませんでしたが、東の大陸では今や同性婚が認められている国のほうが多いのですよ。ナシェルさん、私でよかったら、一緒にそうした国へ行っていずれ合法的に結婚しませんか。何一つ、不自由はさせません。良かったら、お兄さんも一緒に住むといい」
「っ!!」

 今度こそ口に含んだ酒を吹きそうになったがすんでのところで堪えた。こいつ冥王ごと囲う気か―――無知というのは時に、恐ろしく壮大な発言を生み出すものだ。
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