王子の船旅は多難につき

佐宗

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第七章 ナシェル、墓穴を掘ろうとする

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「ナシェルさん」
「……はい?」
「昨日はたくさんお話ができなくて残念でした。今夜はぜひお食事をご一緒したいのです……二人きりで」
「無理です」
 思わず秒で断ってしまってから、昨日と態度があまりに違いすぎることに気づいたナシェルは一応、困ったような愛想笑いと社交辞令を付け加える。
「ええとその、兄の許しが出そうにないので……まことに失礼」

「あ、お兄さんのことなら大丈夫ですよ。他の船客たちとものすごく盛り上がってて、宴会状態でしたから。それで私、貴方のことが気になってお兄さんにお尋ねしてみたんです。そうしたら、貴方はまだ部屋で休んでいるからあとで食事を運ばせる、とおっしゃって。だから私もせめて食事だけでもと思ってご一緒にルームサービスを頼んだんですよ。ほら、来た」
「え?」

 見計らったようなタイミングで、アシールの後ろからゴロゴロとワゴンでルームサービスが運ばれてきた。銀のドーム蓋がされていて中身は見えないが2名分のディナーということらしい。
 私の部屋に運んでくれ、とアシールは船員に告げてからナシェルを振り返った。

「お節介なことをしてすみません、ナシェルさん……私があの場を抜けて戻ってきたのは、独りぼっちで過ごしておられるであろう貴方が心配になったからなんです。お付きの方も、客室を下の階にうつられたと伺いましたし、初めて出会ったゆうべも、甲板で寂しそうにしておられましたよね。じつは、あのときの貴方の様子が頭から離れなくて……」
「そ、そんなに心配してくれていたのですか。どうも……(ほとんど演技だったんだがな……)」
「では、食事だけでもご一緒していただけますよね? 1人で食べるよりも、2人の方が絶対に美味しいです。さ、改めて我々の出会いに乾杯しましょう」

 強引なアシールにぐいぐいと袖を引っ張られ部屋に入ると、船員がてきぱきとディナーの用意を整えている所だった。美味しそうな香りに思わず腹が鳴る。アシールはくすりと笑ってナシェルを席に誘導した。
 ナシェルは(まぁ、短時間食事につきあうだけならいいか……腹が減っては何とやらだしな。父上も私がまだ寝てると思ってて当分、部屋には戻ってこないだろうし)と思い、ちゃっかり腰を下ろした。



「ナシェルさん、あなたは本当にミステリアスで不思議な魅力をお持ちの方だ……あまり多くを語られない所がまた素敵です」
 ディナーに取り掛かりながらアシールは、口数少ないながらも完璧なテーブルマナーで食事をすすめるナシェルを絶賛する。多くを語らないのは父との関係などボロが出るのを避けるためなのだが、アシールはそんなナシェルを『秘密主義』とでも勘違いしているようだ。


「ナシェルさん、昨日は聞きそびれてしまいましたが、ご出身はどちらの国ですか?」
「貴方がご存じないような辺境の国、とでも申しておきましょう」
「辺境の……きっと自然に囲まれた美しい国なのでしょうね。失礼ですが、貴方がた二人とも、とても身分の高い方なのではないかとお見受けするのですが……この旅はお忍びか何かで?」
 ご想像におまかせします、とナシェルは答えるにとどめ果実酒を干した。
 見た目はワインのようだがかなり強い酒らしく1杯空けただけで頭がふわっとしてくる。これ以上は飲まないように気をつけなければ……。

「貴殿こそ、大事な商談のためにこの船に乗っているとおっしゃっていましたね。昨日みせていただいたあの『暁の雫』なる名のついた貴重な石も、売ってしまわれるおつもりですか?」
「ええ。あれを売るのがこの旅の目的でして。1億ラールは下らない価格がつくと思うんですが……」
 1億ラールと言われてもナシェルにはよく分からない単位なので頷くにとどめたが、頭の中では素早く考えを巡らせている。

(父上が船内のカジノで少々の小金を稼いだところで長旅を続けるには限度がある……。あの『暁の雫』とまではいかないが、せめて宝石の2,3粒この男に貢がせるまでは、多少愛想よく振舞う必要があるな……。
 好きでもない男に色目を使うのは酷な作業だが、この夕食もどうやらアシールのおごりのようだ。ごちそうになっておいて終始素気無すげない態度というわけにはいかぬ。幸いにして向こうもこちらに気がある様子だし、旅の間は良好な関係は保っておきたい。……そうだ、こちらも羽振りの良いふりをして、なおかつ昵懇じっこんになって旅の間じゅうおごらせるというのはどうか。問題はどう考えても父だな……事情を話したところで(演技とはいえ)若い男に色目を使うのを許すはずがない……)

 ベッドの中であれだけ貞操を誓わされたばかりだというのに早速この有様である……。といってもナシェルにとってはこの思考はあくまで金策ヽヽなのであり、表面的な微笑も武器としてのものだ。冥王にクギをさされた『他の男にフラフラする』といった意図は全くない。

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