23 / 52
第七章 ナシェル、墓穴を掘ろうとする
2
しおりを挟む「ナシェルさん」
「……はい?」
「昨日はたくさんお話ができなくて残念でした。今夜はぜひお食事をご一緒したいのです……二人きりで」
「無理です」
思わず秒で断ってしまってから、昨日と態度があまりに違いすぎることに気づいたナシェルは一応、困ったような愛想笑いと社交辞令を付け加える。
「ええとその、兄の許しが出そうにないので……まことに失礼」
「あ、お兄さんのことなら大丈夫ですよ。他の船客たちとものすごく盛り上がってて、宴会状態でしたから。それで私、貴方のことが気になってお兄さんにお尋ねしてみたんです。そうしたら、貴方はまだ部屋で休んでいるからあとで食事を運ばせる、とおっしゃって。だから私もせめて食事だけでもと思ってご一緒にルームサービスを頼んだんですよ。ほら、来た」
「え?」
見計らったようなタイミングで、アシールの後ろからゴロゴロとワゴンでルームサービスが運ばれてきた。銀のドーム蓋がされていて中身は見えないが2名分のディナーということらしい。
私の部屋に運んでくれ、とアシールは船員に告げてからナシェルを振り返った。
「お節介なことをしてすみません、ナシェルさん……私があの場を抜けて戻ってきたのは、独りぼっちで過ごしておられるであろう貴方が心配になったからなんです。お付きの方も、客室を下の階にうつられたと伺いましたし、初めて出会ったゆうべも、甲板で寂しそうにしておられましたよね。じつは、あのときの貴方の様子が頭から離れなくて……」
「そ、そんなに心配してくれていたのですか。どうも……(ほとんど演技だったんだがな……)」
「では、食事だけでもご一緒していただけますよね? 1人で食べるよりも、2人の方が絶対に美味しいです。さ、改めて我々の出会いに乾杯しましょう」
強引なアシールにぐいぐいと袖を引っ張られ部屋に入ると、船員がてきぱきとディナーの用意を整えている所だった。美味しそうな香りに思わず腹が鳴る。アシールはくすりと笑ってナシェルを席に誘導した。
ナシェルは(まぁ、短時間食事につきあうだけならいいか……腹が減っては何とやらだしな。父上も私がまだ寝てると思ってて当分、部屋には戻ってこないだろうし)と思い、ちゃっかり腰を下ろした。
「ナシェルさん、あなたは本当にミステリアスで不思議な魅力をお持ちの方だ……あまり多くを語られない所がまた素敵です」
ディナーに取り掛かりながらアシールは、口数少ないながらも完璧なテーブルマナーで食事をすすめるナシェルを絶賛する。多くを語らないのは父との関係などボロが出るのを避けるためなのだが、アシールはそんなナシェルを『秘密主義』とでも勘違いしているようだ。
「ナシェルさん、昨日は聞きそびれてしまいましたが、ご出身はどちらの国ですか?」
「貴方がご存じないような辺境の国、とでも申しておきましょう」
「辺境の……きっと自然に囲まれた美しい国なのでしょうね。失礼ですが、貴方がた二人とも、とても身分の高い方なのではないかとお見受けするのですが……この旅はお忍びか何かで?」
ご想像におまかせします、とナシェルは答えるにとどめ果実酒を干した。
見た目はワインのようだがかなり強い酒らしく1杯空けただけで頭がふわっとしてくる。これ以上は飲まないように気をつけなければ……。
「貴殿こそ、大事な商談のためにこの船に乗っているとおっしゃっていましたね。昨日みせていただいたあの『暁の雫』なる名のついた貴重な石も、売ってしまわれるおつもりですか?」
「ええ。あれを売るのがこの旅の目的でして。1億ラールは下らない価格がつくと思うんですが……」
1億ラールと言われてもナシェルにはよく分からない単位なので頷くにとどめたが、頭の中では素早く考えを巡らせている。
(父上が船内のカジノで少々の小金を稼いだところで長旅を続けるには限度がある……。あの『暁の雫』とまではいかないが、せめて宝石の2,3粒この男に貢がせるまでは、多少愛想よく振舞う必要があるな……。
好きでもない男に色目を使うのは酷な作業だが、この夕食もどうやらアシールのおごりのようだ。ごちそうになっておいて終始素気無い態度というわけにはいかぬ。幸いにして向こうもこちらに気がある様子だし、旅の間は良好な関係は保っておきたい。……そうだ、こちらも羽振りの良いふりをして、なおかつ昵懇になって旅の間じゅうおごらせるというのはどうか。問題はどう考えても父だな……事情を話したところで(演技とはいえ)若い男に色目を使うのを許すはずがない……)
ベッドの中であれだけ貞操を誓わされたばかりだというのに早速この有様である……。といってもナシェルにとってはこの思考はあくまで金策なのであり、表面的な微笑も武器としてのものだ。冥王にクギをさされた『他の男にフラフラする』といった意図は全くない。
0
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
訳ありな家庭教師と公爵の執着
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝名門ブライアン公爵家の美貌の当主ギルバートに雇われることになった一人の家庭教師(ガヴァネス)リディア。きっちりと衣装を着こなし、隙のない身形の家庭教師リディアは素顔を隠し、秘密にしたい過去をも隠す。おまけに美貌の公爵ギルバートには目もくれず、五歳になる公爵令嬢エヴリンの家庭教師としての態度を崩さない。過去に悲惨なめに遭った今の家庭教師リディアは、愛など求めない。そんなリディアに公爵ギルバートの方が興味を抱き……。
※設定などは独自の世界観でご都合主義。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日(2025.1.26)からHOTランキングに入れて頂き、ありがとうございます🙂 最高で26位(2025.2.4)。
※断罪回に残酷な描写がある為、苦手な方はご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる