王子の船旅は多難につき

佐宗

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第三章 ナシェル、クサいナンパにあえて引っかかってみる

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 いよいよ寄港地をはなれての出航。
 水夫たちの威勢の良い掛け声が港に響き渡る。
 豪華客船アヴェイロニア号は桟橋を離れ、しずかに海原へと進み始めた。


 その甲板上。港の景色がゆるやかに遠ざかり始めたのを視界の隅に入れつつ、ナシェルは冷ややかな目で、そのナンパ男を上から下まで観察した。
 頭には白布を巻き、額には大きな宝石の耀く頭環サークレットをつけている。髪はゆるやかに波打つ金髪で、肩の下ほどの長さ。その金髪と褐色の肌のミスマッチが、かえって人目を惹きつけるようだ。
 そして瞳は、浅い珊瑚の海のようなエメラルド色をしていた。
 ナシェルも人間の平均に比すればかなりの長身に入るが、この男はナシェルよりもさらに背が高くみえる。ヴァニオンと同じぐらいだろうか。
  衣装も、布生地をふんだんに使用した豪勢なものを着ている。どこの世界でも貧富の差は服装に使われる布地の量に如実に現れるものであるから、少なくともこのナンパ男、懐具合も相当豊かなのだろうということだけは窺えた。指にも、たくさん指輪が嵌っている。
  ……自分と同じ、VIP船客とみて間違いないだろう。

 瞬時にそれらのことを見て取ったナシェルは、素早く考えを巡らせた。
 ヴァニオンが船に戻って来ないのならば己で金策に走るしかない。そう思った矢先にこの出会いである。……もしかして、この上客にナンパされた自分はツイているとしか言いようがないのではないか?

  ナシェルはあえて拒絶する表情をしてみせた。
 「……せっかくですが、今はとても気分が塞いでいるのです。夕陽などに乾杯する気分ではないので……」

  そして男から目を逸らし、水平線に視線を投げて嘆息してみせる。


  憂いありげな仕草に、案の定、褐色肌の男はますますナシェルに興味を示した様子。

 「おお、その胸にどんな悩みを抱えておいでだとおっしゃるのです……美しい方? 私などでよければ、どうかお悩みを聞かせては頂けないでしょうか? これからしばらくは同じ船の上で暮らすことになるのですし……、失礼ながらどうやらあなたも、私と同じ、特等船室に宿泊されているとお見受けします。同じ特等船室の客同士、これも何かの縁……」

 男の口説き文句を最後まで聞きもせず、ナシェルは悲しげに眉をひそめ波間に向けて声を落とした。
「……してしまったのです」
「……何ですって?」 
「一緒に旅をしてきた友人と、この港でけんか別れしてしまったのです。友人は港で船を降り、私は今、たったひとりで東へ向かおうとしている……。それぞれの針路、それぞれの生き方のために決めた別れでしたが、あまりに唐突すぎて、果たしてこの別れは正解だったのだろうかと……」

 極めつけにまた一つ、小さな溜息をついてみせると、男は同情の表情でいよいよナシェルに間を詰めてきた。


    
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