王子の船旅は多難につき

佐宗

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第二章 冥王、愛しの王子を追いかけてくる

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「何故、ナシェルにすぐに会いに行ってはならんのだ?」

 ヴァニオンは咳払いする。

「客室のランクが違いすぎるんですよ。それに船員の目を運よく盗んでVIP階に入れたところで、いきなり陛下が現れたらナシェ……殿下がびっくりするでしょうが。
 さっきも言いましたが殿下は今、猛烈に機嫌が悪いんです。もしかしたら貴方に向かって「何でこんなところにいる、このストーカー親父」とか、それに類するような暴言を吐いてくるかもしれません。そこであなたが意にも介さず、そんなことはどうでもいいではないかさーさーみたいなことをいいながら鼻息荒く躍りかかれば、殿下はすでに抜剣状態なんですから瞬時に修羅場と化すのは目に見えてるんです」
「色々聞き捨てならぬ気もするが、さすが展開の読みが具体的だな」
「すみません、だてに長期間仕えてません(何百年あんたらの修羅場見てきたと…)」
「だが、そなたが心配する必要はない。余はあれとやり合って負けたことは実は一度もないのだ」
 と冥王は胸を張る。暗にナシェルが自分に対してだけドMだってことが自慢したいのだろうか。

「……いや勝敗を心配してるわけじゃなくて! 万が一でも大騒動になって船の中で目立っちゃうこと心配してるんですよ! もうどうします!? やめときますか(泣)?」
「馬鹿を言え、ここへ来て『乗らぬ』という選択肢などあるか」
「ですよね……もう一ぺん言いますけど、くれぐれも目立たないで下さいよ。じゃあ俺、ぐずぐずしてらんないので、貴方は先に乗っちゃってください」
「うむ、わかった」
(俺の話ちゃんと理解してんのかなこの人…)

 三等客用の桟橋から乗船していく黒ずくめの姿を遠目に確認して、これで本当によかったのだろうかとヴァニオンは自信がなくなってきた。ツンデレ王子様ナシェルのお守だけでも厄介なのに、その上結局あれまで乗せてしまった……。

「とんでもない船旅になりそうな気がするぜ……つか、このままだと一文無しの船旅だし!」

 天頂をはるかに過ぎた太陽を振り仰ぎ、夕刻までますます時間がないことに気づく。ヴァニオンは慌てて繁華街に引き返した。

  何だかんだ言いながら、ナシェルが乳兄弟の自分を本気で置いて行くわけがないと分かってはいるのだが、スられた金を取り返すか否かで、今後の船旅における肩身の狭さが全く違ってくるのだ……。



****



 ボォー……。ボォー……。
 出港を告げる汽笛の音が、港に響き渡る。
 船出の準備にとりかかる船夫たちの、威勢のいい声が、ほどよい喧噪となって聞こえてくる。


 潮風に、絹糸のような黒髪が靡いていた。
 甲板に出たナシェルは白い手すりに身を預けて頬杖をつき、ひとり港の夕焼けを眺めている。
 美麗な唇が皮肉っぽく歪む。

「……ふん、時間切れだ」

 眼下の港には、まだ旅の連れが現れる気配がない。
 まだスリを捜索しているのだろうか?

 どちらにせよ、すごすごと戻ってくるだろうと予測していただけに、予定時刻になってもヴァニオンが現れないのは意外だった。



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