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反乱鎮圧編

企み 2

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 かたん、と一度馬車が跳ねた。

 マルシャンが笑いを止めて、体の肉を揺らしながらバランスをとる。トラウテが、心配そうに手を伸ばして、マルシャンを椅子につかせた。

「伏せろっ!」

 突如、ナギサが抜刀して吼えた。
 懐から短刀を抜いたセスの上にナギサが被さり、そのままセスが床にしゃがむ形になる。

 直後、銃声。

 バチリ、と雷撃が舞い、銃弾を叩き落した。

「陛下、ご無礼いたしました」

 ナギサが銃撃のあった後方を睨みつつ、セスから離れた。目が、マルシャンとトラウテに行く。
 マルシャンは額にびっしりと汗をかいてはいるが、呼吸はさほど乱れていない。一方のトラウテは、目を白黒させて、歯をがちがち言わせている。ただ、それでも震える腕を伸ばして主たるマルシャンを守ろうとしているのは流石交渉に連れ出されている人物というだけはある。

 マルシャンがセスの暗殺を企んだ、という線を捨てたのか、ナギサが二人から目を離した。

 マルシャンが懐から拳銃を取り出す。弾倉を確認しようとしているらしいが、指が震えていて上手くいっていない。
 セスはマルシャンの手ごと拳銃を握った。ゆっくりと首を横に振る。

「荒事は我らの方が慣れておる。それに、下手に刺激しない方がよかろう」

 近距離じゃないと当てられないマルシャンの腕も考慮してでもある。

「出てこい! マルシャン! 今なら従者の命は考えてやるぞ!」

 馬車の外から、益荒男の声がした。
 セスは立っているナギサに目を向ける。

「やれるか?」
「お任せください」

 セスはマルシャンとトラウテの前になるように位置を変えた。
 ナギサが、セスの前に移動する。

「奥義、解放」

 静かに魔力が渦巻き、ナギサの頭に小麦色の狐耳が現れた。尻尾も二本生え、セスにぶつからない位置に垂れる。

「おいおい。ちびって出てこれないのか?」

 品の無い嘲笑。
 全員の位置の把握と、魔力から実力を推定し終えたらしいナギサが冷たい目を浮かべた。

「雷よ」

 二度目の銃声がまばらに響き、ど、と肉塊が地面に崩れ落ちる音がした。

 ナギサの目が数度動き、目を閉じる。元の人間態にナギサが戻った。

「賊は七人。おそらく全員が人間です」

 ナギサが馬車の扉に手をかけて、開けた。
 ナギサが降りて、再度周囲を確認する。

「全員、気を失っております」

 ナギサの言葉を受けて、セスも外に出た。

 形ばかりの舗装がされた道と、たくさんの木々。馬車の後ろには五人が倒れており、御者が青ざめたまま手綱を握って固まっていた。

「もう心配はいらぬ」

 セスは酒の入った小瓶を取り出して、御者に投げた。
 御者がお手玉をしつつ、何とかと言った形で小瓶を受け取る。しかし、受け取った後も青い顔でセスを見てきた。

「気付け代わりぞ」
「は、はあ」
「飲んでおけ」

 それだけ言って、セスは御者から離れた。
 糸を出して、ナギサに首輪をつける。彼女からの意思を受け取り、セスは遠くで伏している者たちを回収した。

 ナギサが人間をひっくり返し、服をあらって調べ始める。

「全員人間です」

 ナギサが全員の武装をはぎ取りながら報告してきた。
 探すのが面倒くさくなったのか、後半に調べられている者たちは服ごと切り裂かれ、丸裸にされている。

 馬車から不格好な足音が聞こえた。

「マルシャン、こ奴らの顔に覚えはあるかの?」

 重い足音がセスを抜き去り、伸びている男を見下ろした。

「さあ。ただ、記憶にないだけかもしれません」
「お主ほどの商人が人の顔を覚えておらぬことなどあるまい」

 セスは揶揄うように笑った。
 それから、マルシャンを追い抜いて伸びている男に近づき、しゃがむ。

「雇われた者か、とんだ逆恨み者であろう」
「西部の商売は、宗教が絡みますからな。独占しようとうわさが流れれば、こういう者も現れましょう」
「互いに、時間は無いの」

 セスは武装解除された男どもを、蜘蛛が巣にかかった昆虫を包み込むように糸で巻き取った。

 黒い沼に、七人全員を沈める。

「私としましては、陛下が素早く動いてくださるならそれに越したことはありませんな」

 額にびっしりと着いた汗を拭いながら、マルシャンが言った。

「マルシャン、頼みがある」

 セスが顔だけをマルシャンに向ける。体は、マルシャンに背を向けるように。

「教会との交渉の席、我も同席させよ」
「それは……」
「何。お主の商会の一人としてでよい。それと、人間が使う都市間転移装置。あれを我にも使わせよ。西部から、イシオンまででよい」

 返事を待たずに、セスは馬車へ向けて歩き出した。

「今日のところはきちんとお送りいたします。このようなこともありましたので、マルシャン殿の本邸にも人を遣わせましょう。何、子供も同伴させますので、口さがない者達からの良からぬ話は浮かびにくいかと」

 ナギサもそれだけ言って、馬車に乗った。

 マルシャン邸に送り込む魔族からの許可は得ていないが、黄土色の髪の目の色を変えられる彼らは、セスの誘いを断ったという後ろめたい事情がある。目立った手柄も無い。
 子供のことを大事にしている彼らなら、断ることはできないだろう。

 無論、脅しをかけるつもりは毛頭ないのだが。先王陛下のイメージも引き摺ってくれる種族ならば、負債を置いておくだけでこういう雑用を回しやすい。

「乗らぬのか?」

 馬車の中からセスが声をかけた。

「その乗るは、何にですかな」

 マルシャンも愉し気に言いながら、馬車に戻ってきた。
 トラウテが細い手足が三倍になっているかのように見えるほど震わせながら最後に馬車に入る。

「お主の、好きな方にぞ?」

 セスは馬車に深く腰掛けた。
 マルシャンがセスを上から下まで見回し、押し黙る。

 天秤にかけているのだろう。セスに要望を通したという実績、樹液香による利益。それと、教会にセスを晒して都市間転移装置を使わせるという、自分の種族への裏切り。

 葛藤の時間が長ければ長いだけ、マルシャンの位置づけが変わってくる。

 がたがたがた、と馬車が遅れを取り戻すべく速くなった。マルシャンが、のったりと息を吐きだす。

「都市間転移装置の利用につきましては、陛下ともう二、三名ならばなんとか致しましょう。されど、教会との交渉に陛下をお連れするには、こちらも条件がございます」

 ナギサが鋭くマルシャンを睨んだ。
 血を流すのはこちらだぞ、とでも言っているようである。

「申してみよ」

 セスは鷹揚に尋ねた。

「陛下が素早く、圧倒的な勝ちを収めることにございます。もちろん、陛下ならば怪猿を打ち破る策の一つや二つ既にあるでしょう。しかしですな、教会側が追い払えなかった怪猿を圧倒する力が陛下の下にあること。その陛下が樹液香の元を握ったということをアピールできなければ、リスクの方がちと高いですなあ」

 マルシャンがずんぐりとした人差し指と親指の間を、肉に埋まる程度に開けた。その隙間から、目を細くしてセスを覗いてくる。

「素早く、というのは、具体的にはどのくらいかの?」
「現在怪猿が握っている樹液香の採れる木の生息地。その半数を一か月以内に握っていただければ、それはもう文句なく」
「人間も追い払われた場所を、焼かずに一ヶ月で奪えと言うのか」

 ナギサが犬歯をむき出しにするようにマルシャンを睨む。

「はい。それだけのリスクがあると思っていただければ幸いです」

 マルシャンが人の良い笑みのまま返した。
 怪猿への調略は全くと言っていいほど進んでいない。
 窮状を訴えてきている者もみんな少数種族。物資面での協力は見込めるが、戦闘能力としては怪猿に敵う者はいないだろう。

 純粋に、力で押さねばならない。

(どのみち、短期決戦しか選べぬがの)

 アラクネが反旗を翻し、膝元で反乱が起こる。
 その中、素早く取って返すには、怪猿の心を素早くおり、講和に飛びつかせる必要があった。

「乗られますかな?」

 にまり、と笑って聞いてくるマルシャンに、セスも同種の笑いを返した。

「条件があるの」

 セスの言葉に、マルシャンの笑みが深くなった。

「我への挨拶は不要。誰に送るかを伝えず、上の立場の者に手紙を書かせて参れ」

 少し驚いた顔をしたが、すぐにマルシャンの顔は元に戻った。

「かしこまりました」
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