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北方遠征編

派閥長会議

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 それまで漂っていた緊張感、緊迫感も何だったのかと思わせるほど呆気なく不遇派の砦街は開門した。中は綺麗に清掃されており、中央通りには見本市のように武器が並べられている。
 恐らく、アレイスターらに見せつける以外にもセスへのアピールも含まれていたのだろう。
 銃なども並べられていたのは技術力を見せつけるためか。奥に入れば野菜の類も多く、酒の種類も豊富だったとロルフの耳に報告も届いている。

(さてと)

 その中で、ロルフは水しか用意されなかった一室に来ていた。
 いや、正確には、水しか用意させなかっただろう。下手に歓待をされるとセスが口にしてしまう。それは避けなければならない。ナギサが怖いから。だけではないが。

 セスが送らせた手紙には対話をするという旨も書かれていた。そのため、円形のテーブルにセス、シルヴェンヌ、ロルフと言ったヴァシム城からの面子の他にアレイスター、レオニクスのヘネラール兄弟、武闘派の頭目ステラクラス、不遇派のまとめ役スパイトフルが揃っている。

「シルも座るがよい」

 セスが自身の椅子と密着するように、隣の椅子を引いた。
 シルヴェンヌが困ったように、目をセスと椅子の間で細かく動かす。

「疲れているであろう?」
「それは……セス様が」
「遠征続きで、という話ぞ」

 セスにしては珍しく、僅かに慌てた色の浮かんだ声でシルヴェンヌの声を遮った。
 この部屋では最年少で最高権力者のセスのために、誰も口を開かない。突っ込まない。そもそも、主たるセスのそう言う事情に口を出すのは基本的にはご法度だろう。

「護衛は、メゼスがおるしの」

 ゆったりとセスが言った。
 シルヴェンヌが耳を紅くしながらも昏い目で全員を睨み、椅子につく。
 少しだけ弛緩した空気が、完全に凍り付いた。

「さて」

 その空気を溶かしたのはやはりセス。

「我(われ)が玉座についてから、アレイスターは事細かに連絡をくれたの」
「陛下に挨拶に行けぬ以上、詳しくお伝えするのが責務と心得ていましたゆえにございます」

 アレイスターが深々と頭を下げた。
 レオニクスはアレイスターに比べるとやや浅く下げている。

「アレイスターの目指していた闘牙族の統治は力だけに頼らぬもの。先代の意思を継ぎ、戦闘を繰り広げずとも良い農耕の確立。この繰り広げずとも良い戦闘には、奪ってくるものだけでなく、イリアス・ヘネラールのように対価としての戦闘も含まれる。そうだの」
「その通りにございます。先の大戦、勇者一行を始めとする人間の攻勢により父をはじめとして多くの腕の立つ者が討たれてしまいました。同じ道では立ちいくわけがありません。ゆえに、まずは国力の回復に注力したいと思っております」

 セスが鷹揚に頷いた。
 ステラクラスが厳しい視線をアレイスターに注ぐ。

「それでは頭を押さえ続けられるだけではないか。人間に、闘牙族の恐ろしさを今一度植え付けねばならん。この先何十年も人間の顔色を窺いながら生きるつもりか!」
「世の中には妖狐やアラクネなど巧妙に人間の攻撃対象から外れた種族がおります。それを陛下がまとめ上げれば、十二分に人間に対抗できるかと」
「それが逃げ腰だと言っているのだアレイスター!」

 ステラクラスが立ち上がった。
 セスが目を向ける。目を二度泳がせた後、ステラクラスが席に戻った。

「先の大戦、敗北の要因は勇者一行を少数と侮り、個別に対応したこと。脅威とわかってからは人間に利益を提供して逃げる者も出たこと。種族が協力し、連携を強くしていかねば対抗はできない。お前のような者が居れば、勇み足になり闘牙族を孤立させかねん」

 アレイスターが強い声音をステラクラスに向けた。
 ステラクラスも目玉が飛び出るのではないかというほど開き、圧力を返している。

「フロスト・ブレイヴに闘牙族が居て、下手に数を減らさないからこそ陛下の役に立つのだ。此処に居ればカイーブ、アイズオジュ、サフアンという三つもの城塞都市を睨める。二万を超える兵力をここに固定させ、その後ろの都市も空けさせはしない。カイーブ前の大河すら思うように利用はさせない。昔のイメージを崩さないようにするからこそ役に立つのだ」

(こりゃ平行線のままになるわけだ)
 とロルフは一人納得した。

 アレイスターの声はセスに対しては平身低頭なのにも関わらず、ステラクラスにはやや高圧的な雰囲気を宿している。隣のレオニクスも、それが当然のように振舞っている。
 これでは、不満もたまるだろう。

「ステラクラスよ」

 セスが間に入った。
 やや大きくなっていたステラクラスの息が静かになっていく。

「そなたが闘牙族をまとめた際、どのような方向を目指していたのかの」

 一拍、詰まる。
 アレイスター憎しで統率していたとしたら、将来像無く批判していたとしたらそれは頭目として失格だ。族長などに指名できるはずもない。

「古くからの力による統制、力ある者が上になる社会です。明確な基準があるからこそ皆が従う。理屈をこねくり回すよりも、分かり易いものがあった方が種族はまとまる。そこに戦い、武力を持ってきて決めるのはそれが闘牙族の風習だからです」

 正直な話、質問に対する返答としては弱いだろう。

「返答になっていませんよ、ステラクラス」

 静かに澄んだ声でスパイトフルが言った。
 ステラクラスのにらみに対して目も合わせずに水を口に含み始めている。

「分かり易く誰に付いて行けばいいのかを示す必要があると言っているのだ! 理屈や言葉じゃない。闘牙族に必要なのは、圧倒的な戦闘力だ。イリアス・ヘネラールに付いて行けば最善だと皆が思っていた。そう言う力だ! 力こそカリスマに繋がる!」
「父上と貴様が同じ? ガイエル殿に手も足も出ていなかっただろ」

 レオニクスが鼻で笑った。

「その話は聞いております。何でも簡単に三人抜きされたとか。個人の武勇ではサグラーニイ陛下の配下に敵う者はいないでしょう。私どもだけで抵抗する方が馬鹿馬鹿しいというもの。闘牙族の個人の武勇などこの程度ですよ」

 スパイトフルがレオニクスの援護をする。
 机が強くたたかれた。幾人かのコップから、水が零れる。

「我らを愚弄するか、この引きこもり」
「事実を言ったまでですよ。それほどまでに個人の武力が頂点であってほしいと思うのなら、ガイエル殿に族長をしてもらえばよろしいのではないでしょうか?」

 火と水。
 明らかに、ステラクラスとスパイトフルの仲も良くない。

「種族ごとの特性にあわせた統治は確かに必要だの」

 またもやセスが間に入る。
 本来ならば闘牙族同士で対話をして、誰が族長に相応しいのかを見極めて欲しかったのだが、内乱になる程に荒れていればそれも無理だったのか。
 常に、他派閥に対して喧嘩腰である。

「陛下、わかって下さいますか」

 味方を得たと、ステラクラスの顔に喜色が浮かぶ。

「うむ。だがの、これまでと同じでは闘牙族が立ち行かないのも良くわかる。その数を大きく減らし、完全解放を使えぬ者を決闘に用意せざるを得なかった。三派閥の兵力を合わせても五千に届かぬ」

 ステラクラスが歯を噛み締めた。

「武闘派は、そのほとんどが戦闘要員であったの。軍を動かすには最低でも同数以上の後方支援要員が必要であるが、それは叶うのかの?」

 ステラクラスが視線を下げた。
 レオニクスが勝ち誇ったように胸を張り、スパイトフルが呆れたような目を一度ステラクラスに向けて前に向き直る。アレイスターは動かない。

「とはいえ、そのような偏った編成でも戦い続け、そなたが降伏しただけで武闘派がことごとく降伏するほど心を掴むということは誰にでもできることではない。族長を任せるには怖いが、どうであろう? 軍勢を駆る立場となりて族長を支えにはなってくれぬか?」

 ステラクラスが目を剥き、口を閉ざして顔をそむける。

「陛下がそう仰せならば」

 震える拳を隠すように、ステラクラスが席に着いた。

「うむ。軍勢を駆る立場でも十二分に闘牙族の運営には関われると思うが、より関与したいのであれば四天王を目指すと良い。武力的には、そなたが一番近かろう? 族長でなくとも影響力は持てるぞ。無論、今の四天王に求められるのは武力だけではないがの」

 ステラクラスが口を開いたが、何も言わずに閉じた。
 認めるということは族長を諦めることであり、かつ、力の差を認めるということもステラクラスの目指す族長の像を諦めるということに繋がる。

 そう判断したためだろうと、ロルフは声には出さずに考えた。
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