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北方遠征編
力試し
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「夜分遅くになってすまぬな」
ロルフが案内された部屋に入ると、立ち上がったままロルフを迎えたセスと、同じく立ったままのアレイスターが目に入った。シルヴェンヌはおらず、扉を閉めたのはいつもの従者ではなく、ナギサ。
どことなく、緊張感が漂っている。
「いやー、別に大丈夫ですよ」
いつもの軽い調子で返す。アレイスターは嫌悪こそ向けてはこないが好意的な感情も向けてこないようだ。
「そう言ってもらえると助かるの」
椅子は机にしっかりとしまわれており、机の上のアルコールは開いていないようだ。匂いもしない。清浄な空気が満ちている。
「さて、ロルフよ」
「はい」
「不躾で悪いが、アレイスターと戦ってはくれぬか?」
ロルフは先に頭を回そうとしてから、慌てて口を開いた。
「陛下の命ならば」
「うむ。助かる。傀儡は短期的な強化には繋がっても長期的に見れば旨みが薄いからの。生きたまま配下に加えたいのだ。そのために、アレイスターにそなたの実力を他の闘牙族と比べてもらおうと思うての」
黒い沼が一気に広がった。黒が天井からも落ちてくるようで、さして遠くないはずの机までの距離があり得ないほど開いた気がする。ぼたり、ぼたり、と黒が垂れ、すぐ後ろのはずのナギサとの距離も、互いに刀傷圏から脱している。
「我が結界に招待しよう。そこならば我とナギサ以外は見ることはできまい」
そして、景色が沈むように黒に飲みこまれた。
「ロルフ、アレイスター・ヘネラール殿の戦闘スタイルは王妃様を近接型にした廉価版のような方だ」
いつの間にやら、ナギサがロルフのすぐ後ろにいた。
「短期火力型ってことねえ」
「まあ、あくまで大まかな区分はという話だがな」
小声で言ったナギサが、片足で地面を蹴るような仕草をすると、結界の外ではありえない、斜めに滑り落ちるような軌道で移動した。
(陛下の結界の扱い方は心得ているってことか)
後方に下がって制止したナギサを見て、ロルフはそう思った。目を前へと戻す。
前方では、アレイスターが自身の前に巨大な氷柱を作っていた。氷が砕けて、中から分厚い片刃の大剣が現れる。とてもではないが持ち運べるような大きさではなく、容易に振り回せそうもない。
ロルフも大剣を抜き放つ。
「結界の中ならいつでも我が干渉できる。本気でやり合っても、死ぬ可能性は低かろう」
セスの言葉が終わると、大剣を持ち上げたアレイスターの目が鋭く冷たくなった。
「行きます」
アレイスターが突進してくる。
(避けてもいいけど、実力が知りたいなら受け止めるべきかな?)
念のためフェイントにも気をつけながら、ロルフもアレイスターの剣に自身の剣を合わせた。腰を落とし、左足をやや下げて受け止める。完全にアレイスターの勢いを殺すと、魔力を用いた斥力で吹き飛ばした。地面が設定されているのか、宙で足が止まることなどなく、ロルフと同じ高さでアレイスターが着地する。
「奥義、完全解放」
「あー……」
(まあ、予想の範疇と言えば範疇だけどさ)
実力を知りたいがためにそこまでしますか? とロルフは言いたかった。
そんな彼を無視して、アレイスターの変化は続く。体は一回り大きくなり、硬そうな白い毛が彼の体を覆った。犬歯が伸びて、口を閉じていても見えるほどに大きく鋭くなる。先程までは体をほとんど覆い隠せるような、巨大すぎる印象のあった大剣が今や大きいけど似合う大きさと言って差し支えない。片手で悠々と振るえそうだ。
(毛皮に見えて相当硬いんだったな、あの状態の皮膚)
解放前のイリアス・ヘネラールと比べれば体格で勝るような、二足歩行に適した白熊のようなアレイスターの上から下までをロルフは観察した。
変化が終わっても、アレイスターは仕掛けてこない。ロルフを見続けている。
ロルフは、だらりと大剣を右横にやった。
「奥義、完全解放」
本気を出させるために使ったのだ、ということだろうと推測し、ロルフも変化する。
灰銀の尻尾が生え、耳が生え、首元を毛皮の装飾品が覆う。足も力強く駆けやすく。
大分軽く感じるようになった大剣を、手の周りで一回転させた。
「じゃ、行っくよー」
大剣が下を向いたところで柄を掴み、今度はロルフから距離を詰めた。大剣を大振りで叩きつける。アレイスターの大剣がやや下がった。ロルフが床を蹴る。剣を支点に飛び上がり、アレイスターを上から蹴りつけた。大木のような腕に防がれるが、そのまま腕に逆の足も乗せ、裏に回って着地する。アレイスターの振り向きざまに一閃。距離を開けさせると、筒に代えて砲撃。アレイスターは守勢に徹している。
演技か本気か。
籠める魔力の量を増大させた一撃を放つと、ロルフは筒を剣に変えながら再度距離を詰めた。砲撃でよろめいたアレイスターの首筋へ大剣を突く。アレイスターが剣を持っていない左手でロルフの大剣を掴んだ。少しだけ押し込んだところで止まる。
アレイスターの右手が持ち上げられた。影がロルフにかかり、振り下ろされる。ギリギリまで待ってから、ロルフは剣から手を放した。アレイスターの体がロルフから見て左側へ少し倒れる。崩れた軌道の隙間を回ってロルフは横に出た。魔力を籠めた蹴り。振り下ろされていたアレイスターの右手首を撃ち抜いた。
そのまま距離をなくす。アレイスターの右手をロルフが両腕で挟み込み、無理矢理アレイスターの手首に負荷をかけた。握力が弱まる。峰に噛みついて、大剣を奪い取った。離脱。
「重いなあ」
傍から見れば同じように大剣を回転させながらロルフが言った。
完全解放状態のロルフでも持て余すような、身の丈に迫る巨大すぎる大剣。大してアレイスターが握りなおしたロルフの大剣は、完全解放状態の彼が持てば大剣ではなく大柄の剣に見える。
両手で大剣を掴むと、ロルフは後ろに引いて駆けだした。
アレイスターがロルフの大剣を右手に持ち替えて腰を落とす。加速。ロルフが一気に自身の間合いをも潰す内側に入った。適性距離よりも近い。アレイスターが顔をのけぞらす様に上半身を下げ、足も半歩引いた。ロルフは急停止する。離脱。アレイスターから離れ、ロルフが回転しながら大剣を振るった。
激突。
金属音。
両手を剣から放したロルフが、アレイスターの顎に向けて飛ぶ。蹴り。顎には入らなかったものの、アレイスターが下がった。投げ捨てた片刃の大剣を掴み、アレイスターに切っ先を向ける。
アレイスターの魔力が何度かロルフの物である大剣に行くが、変形機能は稼働しない。
諦めたのか、アレイスターがロルフの大剣を後ろに投げ捨てた。新たな氷塊が現れる。
「主よ、捕縛したまえ」
神官、グイド・ポペスクがロルフの拘束に使ったような鎖が現れ、アレイスターを囲うように地面から射出された。氷塊が砕けて、メイスが現れる。アレイスターがメイスを掴んだが、鎖が彼を固定した。
大剣に魔力を籠めて、ロルフが振り上げる。
「凍らせよ」
冷たい魔力がロルフに襲ってきた。大剣を振り下ろして、籠められた魔力とぶつける。
凍り付くことはなかったが、折角籠めた魔力は使い切ってしまった。
再度大剣に魔力を籠める。
「絶対零度」
アレイスターの呟きに反応したかのように、彼の魔力が大量に放出された。濃密で、まだ形作られていない状態でも冷気を帯びているかのように。
ロルフは大剣に籠めた魔力の質を変化させる。アレイスターの魔力が覆い被さるようにやってきた。ロルフの残留魔力に触れたところから凍って行き、囲むようにして一気に内部まで凍った。巨大な氷塊が出来上がり、内部へ向けて潰れていく。
(当たったらヤバかったな)
大剣自身を身代わりにして避けたロルフは、自分に標的が戻ってこないようにしばらく息をひそめる。
潰れて潰れて潰れて。
氷塊がロルフを隠せないほどに小さくなった。冷気が満ちて、黒い空間に白い靄を漂わせているためアレイスターからは見えないだろうが、捕えられなかったことはもうわかっただろう。
「来い! 我が剣よ!」
投げ捨てられたロルフの大剣がアレイスターの側頭部を掠めて手元に返ってくる。
筒に変えると、膨大な魔力を次々と注ぎ込み、氷塊ごとアレイスターの大剣を撃つ。氷が砕けて飛び、アレイスターを襲う。躱せない彼に大剣も襲い掛かり、鎖を切断しながら激突した。
礫に隠れて進んでいたロルフがアレイスターの首元に自身の大剣を突きつける。
「とまあ、こんなんでいいでしょうか?」
大剣を首元から離した。
完全解放もやめ、尻尾も耳も装飾も消える。足も、人間のそれに。
「十分かの、アレイスター」
「はい。ありがとうございました」
最後に解除された鎖が散る中で、アレイスターも人間態に戻りながらセスに頭を下げていた。
ロルフが案内された部屋に入ると、立ち上がったままロルフを迎えたセスと、同じく立ったままのアレイスターが目に入った。シルヴェンヌはおらず、扉を閉めたのはいつもの従者ではなく、ナギサ。
どことなく、緊張感が漂っている。
「いやー、別に大丈夫ですよ」
いつもの軽い調子で返す。アレイスターは嫌悪こそ向けてはこないが好意的な感情も向けてこないようだ。
「そう言ってもらえると助かるの」
椅子は机にしっかりとしまわれており、机の上のアルコールは開いていないようだ。匂いもしない。清浄な空気が満ちている。
「さて、ロルフよ」
「はい」
「不躾で悪いが、アレイスターと戦ってはくれぬか?」
ロルフは先に頭を回そうとしてから、慌てて口を開いた。
「陛下の命ならば」
「うむ。助かる。傀儡は短期的な強化には繋がっても長期的に見れば旨みが薄いからの。生きたまま配下に加えたいのだ。そのために、アレイスターにそなたの実力を他の闘牙族と比べてもらおうと思うての」
黒い沼が一気に広がった。黒が天井からも落ちてくるようで、さして遠くないはずの机までの距離があり得ないほど開いた気がする。ぼたり、ぼたり、と黒が垂れ、すぐ後ろのはずのナギサとの距離も、互いに刀傷圏から脱している。
「我が結界に招待しよう。そこならば我とナギサ以外は見ることはできまい」
そして、景色が沈むように黒に飲みこまれた。
「ロルフ、アレイスター・ヘネラール殿の戦闘スタイルは王妃様を近接型にした廉価版のような方だ」
いつの間にやら、ナギサがロルフのすぐ後ろにいた。
「短期火力型ってことねえ」
「まあ、あくまで大まかな区分はという話だがな」
小声で言ったナギサが、片足で地面を蹴るような仕草をすると、結界の外ではありえない、斜めに滑り落ちるような軌道で移動した。
(陛下の結界の扱い方は心得ているってことか)
後方に下がって制止したナギサを見て、ロルフはそう思った。目を前へと戻す。
前方では、アレイスターが自身の前に巨大な氷柱を作っていた。氷が砕けて、中から分厚い片刃の大剣が現れる。とてもではないが持ち運べるような大きさではなく、容易に振り回せそうもない。
ロルフも大剣を抜き放つ。
「結界の中ならいつでも我が干渉できる。本気でやり合っても、死ぬ可能性は低かろう」
セスの言葉が終わると、大剣を持ち上げたアレイスターの目が鋭く冷たくなった。
「行きます」
アレイスターが突進してくる。
(避けてもいいけど、実力が知りたいなら受け止めるべきかな?)
念のためフェイントにも気をつけながら、ロルフもアレイスターの剣に自身の剣を合わせた。腰を落とし、左足をやや下げて受け止める。完全にアレイスターの勢いを殺すと、魔力を用いた斥力で吹き飛ばした。地面が設定されているのか、宙で足が止まることなどなく、ロルフと同じ高さでアレイスターが着地する。
「奥義、完全解放」
「あー……」
(まあ、予想の範疇と言えば範疇だけどさ)
実力を知りたいがためにそこまでしますか? とロルフは言いたかった。
そんな彼を無視して、アレイスターの変化は続く。体は一回り大きくなり、硬そうな白い毛が彼の体を覆った。犬歯が伸びて、口を閉じていても見えるほどに大きく鋭くなる。先程までは体をほとんど覆い隠せるような、巨大すぎる印象のあった大剣が今や大きいけど似合う大きさと言って差し支えない。片手で悠々と振るえそうだ。
(毛皮に見えて相当硬いんだったな、あの状態の皮膚)
解放前のイリアス・ヘネラールと比べれば体格で勝るような、二足歩行に適した白熊のようなアレイスターの上から下までをロルフは観察した。
変化が終わっても、アレイスターは仕掛けてこない。ロルフを見続けている。
ロルフは、だらりと大剣を右横にやった。
「奥義、完全解放」
本気を出させるために使ったのだ、ということだろうと推測し、ロルフも変化する。
灰銀の尻尾が生え、耳が生え、首元を毛皮の装飾品が覆う。足も力強く駆けやすく。
大分軽く感じるようになった大剣を、手の周りで一回転させた。
「じゃ、行っくよー」
大剣が下を向いたところで柄を掴み、今度はロルフから距離を詰めた。大剣を大振りで叩きつける。アレイスターの大剣がやや下がった。ロルフが床を蹴る。剣を支点に飛び上がり、アレイスターを上から蹴りつけた。大木のような腕に防がれるが、そのまま腕に逆の足も乗せ、裏に回って着地する。アレイスターの振り向きざまに一閃。距離を開けさせると、筒に代えて砲撃。アレイスターは守勢に徹している。
演技か本気か。
籠める魔力の量を増大させた一撃を放つと、ロルフは筒を剣に変えながら再度距離を詰めた。砲撃でよろめいたアレイスターの首筋へ大剣を突く。アレイスターが剣を持っていない左手でロルフの大剣を掴んだ。少しだけ押し込んだところで止まる。
アレイスターの右手が持ち上げられた。影がロルフにかかり、振り下ろされる。ギリギリまで待ってから、ロルフは剣から手を放した。アレイスターの体がロルフから見て左側へ少し倒れる。崩れた軌道の隙間を回ってロルフは横に出た。魔力を籠めた蹴り。振り下ろされていたアレイスターの右手首を撃ち抜いた。
そのまま距離をなくす。アレイスターの右手をロルフが両腕で挟み込み、無理矢理アレイスターの手首に負荷をかけた。握力が弱まる。峰に噛みついて、大剣を奪い取った。離脱。
「重いなあ」
傍から見れば同じように大剣を回転させながらロルフが言った。
完全解放状態のロルフでも持て余すような、身の丈に迫る巨大すぎる大剣。大してアレイスターが握りなおしたロルフの大剣は、完全解放状態の彼が持てば大剣ではなく大柄の剣に見える。
両手で大剣を掴むと、ロルフは後ろに引いて駆けだした。
アレイスターがロルフの大剣を右手に持ち替えて腰を落とす。加速。ロルフが一気に自身の間合いをも潰す内側に入った。適性距離よりも近い。アレイスターが顔をのけぞらす様に上半身を下げ、足も半歩引いた。ロルフは急停止する。離脱。アレイスターから離れ、ロルフが回転しながら大剣を振るった。
激突。
金属音。
両手を剣から放したロルフが、アレイスターの顎に向けて飛ぶ。蹴り。顎には入らなかったものの、アレイスターが下がった。投げ捨てた片刃の大剣を掴み、アレイスターに切っ先を向ける。
アレイスターの魔力が何度かロルフの物である大剣に行くが、変形機能は稼働しない。
諦めたのか、アレイスターがロルフの大剣を後ろに投げ捨てた。新たな氷塊が現れる。
「主よ、捕縛したまえ」
神官、グイド・ポペスクがロルフの拘束に使ったような鎖が現れ、アレイスターを囲うように地面から射出された。氷塊が砕けて、メイスが現れる。アレイスターがメイスを掴んだが、鎖が彼を固定した。
大剣に魔力を籠めて、ロルフが振り上げる。
「凍らせよ」
冷たい魔力がロルフに襲ってきた。大剣を振り下ろして、籠められた魔力とぶつける。
凍り付くことはなかったが、折角籠めた魔力は使い切ってしまった。
再度大剣に魔力を籠める。
「絶対零度」
アレイスターの呟きに反応したかのように、彼の魔力が大量に放出された。濃密で、まだ形作られていない状態でも冷気を帯びているかのように。
ロルフは大剣に籠めた魔力の質を変化させる。アレイスターの魔力が覆い被さるようにやってきた。ロルフの残留魔力に触れたところから凍って行き、囲むようにして一気に内部まで凍った。巨大な氷塊が出来上がり、内部へ向けて潰れていく。
(当たったらヤバかったな)
大剣自身を身代わりにして避けたロルフは、自分に標的が戻ってこないようにしばらく息をひそめる。
潰れて潰れて潰れて。
氷塊がロルフを隠せないほどに小さくなった。冷気が満ちて、黒い空間に白い靄を漂わせているためアレイスターからは見えないだろうが、捕えられなかったことはもうわかっただろう。
「来い! 我が剣よ!」
投げ捨てられたロルフの大剣がアレイスターの側頭部を掠めて手元に返ってくる。
筒に変えると、膨大な魔力を次々と注ぎ込み、氷塊ごとアレイスターの大剣を撃つ。氷が砕けて飛び、アレイスターを襲う。躱せない彼に大剣も襲い掛かり、鎖を切断しながら激突した。
礫に隠れて進んでいたロルフがアレイスターの首元に自身の大剣を突きつける。
「とまあ、こんなんでいいでしょうか?」
大剣を首元から離した。
完全解放もやめ、尻尾も耳も装飾も消える。足も、人間のそれに。
「十分かの、アレイスター」
「はい。ありがとうございました」
最後に解除された鎖が散る中で、アレイスターも人間態に戻りながらセスに頭を下げていた。
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