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北方遠征編
自由な会議
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「王妃様、陛下が止めるまでそのような行動は慎みますようお願いいたします」
ナギサにシルヴェンヌの昏い目が行く。ナギサもシルヴェンヌを見ることなく、顔はニチーダの方を向いていた。
別にニチーダを見ているわけではないだろうが。
「この再演はアラクネの死体とゼグロから造った物なのだが」
セスの声がして、二人の雰囲気から剣呑さが掻き消える。
「残念ながら突き付ける証拠にはなるまい。改編も可能だしの」
ということは、
「アラクネに攻め込むんですか?」
「いや、まだせぬ」
セスが否定した。
「機が熟せば、向こうからこよう。父上の遺体から筆は抜き取られていたわけだしの。無論、他にもいくつか紛失した物はあるが、それが人間に奪われたかアラクネに奪われたかはわからぬ」
「相手が偽書を乱発するのを待つ、と。でも、それって危なくないですか?」
いつもの軽い調子だったためか、ナギサがロルフに鋭い目を向けてきた。
セスは気にしていないように返してくる。
「筆を失って、探しているというのは流布し始めておる。エルマロにも伝えておるしの。無論、人間にもマルシャンを使って静かに流しておる」
その状況でアラクネにとって有利な情報が流れだしたら、疑われることもあって効果が薄くなるということだろうか。
ナギサが顔は誰にも向けないまま口を開いた。
「同時にこれは機を熟させるための策でもある。陛下とアラクネの仲が悪いとなれば、火中の栗をアラクネに拾わせようとする者も現れるだろう。ミュゼルで成功を収めた我らと、敗走することになったアラクネ。勝った時に制しやすいのはアラクネと見るだろう。負けたとしても、弱らせることに成功すれば人間にとっておいしい状態であることに変わりはない」
ニチーダが感心したように何度も頷いている。
「人間と手を組ませるか、唆された愚か者にしてしまってアラクネにヘイトを集めさせる、と。でも実益的には人間と組むのが一番安定するし、アラクネはそこまで拒否はしないか」
成功すればおいしいな、とロルフも思った。
「エルマロには伝えてあるが、彼奴等が『サグラーニイ』を名乗るのは現サグラーニイ家の当主である我が禁じていると流す必要もある。サグラーニイを名乗れるのは、我と、シルだけだとの。魔王かどうかではなく、家の問題として周知させればさしたる抵抗もなかろう」
種族に関係のあることなら首を突っ込むかもしれないが、家の問題だと言えば変に巻き込まれたくもないだろう。少なくとも、ロルフは主導権争いのためにと言われたことには熟慮して決めるが、呼び名だけで家のことですから、内々ですからと言われれば、『あ、はい』で済ませる気がする。
(ああ、帰参する際の手土産にもなるか)
今後、セスが勢いを増してきたときに後ろめたい思いのある種族は多いだろう。その時に、先王陛下の所有物を奪い返しましたとなればいい手土産になる。気持ち的に傘下に入りやすい。
「情報の流布は、俺らでもやりますか?」
神狼族を使って、ということである。
「うむ。それも考えたが、今回は雷獣や妖狐にお願いしようと思っておる」
ロルフはナギサを見た。隠し切れていない渋面が、口元に浮かんでいる。
妖狐を使うことに抵抗があるからであろうということは、この場にいる誰もがわかった。
「南にある妖狐の部族があるのも知っておりますが、神狼族の方が情報伝達速度が速く、信用もできるのではないでしょうか」
メゼスが言った。
一応、勉強は重ねてどこに何がいるのかなども頭に入れているらしい。
「そうだの。周りから見ても、我が神狼族を信用していることはよく知っておろう」
「私も信用されてますよ!」
何を張り合っているのか。
ニチーダがメゼスに頬を膨らませてアピールをした。メゼスが遠い目をして、ロルフの方に瞳を逃がしてくる。
「そうだの。此処に居る者はみな信用しておる。得難き大事な仲間ぞ」
セスが優しい声でそう言った。
「だがの、周りはそうとは言えぬ者も多い。故に、アラクネなどの敵組織からの調略を警戒せねばならぬ。ニチーダの結界の外には怪しい存在が多い。神狼族にはその者らに連絡を取ろうとする輩がおらぬかどうかを見張って欲しいのだ」
「りょーかい」
(ということは、遠征からは外れたかな)
見張って連絡するだけならロルフが居なくてもできるが、居た方が良いのは確かだ。ミュゼル遠征の時はヴァシム城周りの神狼族を動かさないことと、エヘルシットの付近にも根を伸ばすために選ばれた面もある。今回は、すでにロルフの息がかかった面子が北部にいるのだ。あまり、選出する理由はないかもしれない。
「さて、次の議題だが、既に皆が承知のようにアレイスターが我が城に来た。先触れによれば、我らの助力を仰ぎたいそうだ」
暗黙の了解が、公然の事実になった瞬間である。
「無論、断るという選択肢は存在せぬ。受けるつもりではあるが、どの面子を連れて行くかが問題だの」
そうは言いつつも、表情に困っている様子は存在しない。
「陛下が直々に行かなくてもよろしいのではないでしょうか」
ナギサがいつも通りの調子で言った。とは言っても、やや恨みがましいものが見え隠れしている。シルヴェンヌは、どこか嬉しそうにセスにくっついていた。
(やっぱ翼人族が中心だから王妃様を連れて行く必要があってってことか)
「今我の近くに居って、一番戦闘が得意なのは翼人族だからの。こればかりは変えられぬ」
「ならば私も連れて行ってください」
ナギサが食い下がった。
前回は主君を比較的安全な城に残してだったが、今回は自分が比較的安全な城に残って、主君を危険がある地に送るため、嫌なのだろう。
「それは困る」
「陛下。私が頼りないからとか言わないでくださいね」
セスの話の腰を折るように、ニチーダが顔を上げて言った。直後に、鋭い視線が二つニチーダに注ぎ、彼女が慌てて顔をそむける。
メゼスがロルフは見て来たので、ロルフは軽く肩をすくめた。鋭い視線がロルフにもやってくる。
「ニチーダを頼りにしておるから多くの戦力を城の外に割けるのだ」
セスが一言フォローを入れた。
褒めてもらって嬉しい幼子のように、ニチーダが息を吹き返す。
「だが、防備と家事を取り仕切っていては他のことに出す手がなかろう。ゆえに、ナギサに残って欲しいのだ。ミュゼルに行った影響でたまったものも多い。何より、アラクネの調略をそなたに任せたいのだ」
そのためにナギサが頼っている雷獣だけでなく妖狐も南部で動かすのだろう。
明確に不穏分子たるプロディエルは許せないが、アラクネは必要だ。調略は、きっとプロディエルを排しての族長の地位と言うのが餌だろう。
「他の者には申し訳ないが、そなたが一番安心して裁量を任せられるしの」
「……かしこまりました」
ナギサが小さく頭を下げた。
セスが満足げに頷いて、メゼスに目を向ける。
「メゼス。そなたには遠征についてきてもらうぞ。個人としても群体としても戦えるそなたは外せない存在だ」
「陛下の仰せのままに」
文言とは異なり、不服そうな色がありありと浮かんでいた。
ナギサが雰囲気を尖らせてメゼスに対して口を開く。
「人間に奪われた量が多すぎて、一度収穫期を越えたくらいでは食糧の不足を解消できないからな。あまり、多くの人員を遠征に割くことはできない。その点、メゼスは一人で数の解消もできる。だからこその陛下のお言葉だ」
「んー、まあ、のんびりお菓子を作らせてもらってたからねー。契約だし、うん、仕方ないかなぁ」
「……陛下の御前だぞ」
「かわいい顔が台無しだよー」
こてん、とメゼスが顔を横に倒した。
ニチーダも何故かメゼスの言葉に同意するように頷いている。
ナギサは目を大きくして二人に圧を掛けているが、メゼスには効いていないようだ。ニチーダには、効果は抜群なのだが。
(ナギサも大変だなあ)
ロルフも自分自身のことを考えれば言える立場ではないが。
「ナギサ、そなたのもつ忠心は最も得難いものだと思っておる。我も随分と助けられた。誰よりもそなたが我に忠誠を誓っておることは我が一番わかっておる。それで許してはくれぬか?」
「陛下が許しを請うようなことではございません。私の方こそ、不和をまき散らしてしまい、申し訳ありませんでした」
ナギサが頭を下げる。
思うところがあったのか、慌ててメゼスも頭を下げた。きっちりと、ナギサより深い位置に頭がある。動作が立てた衣擦れも、ナギサの耳に届いただろう。
「良い。面を上げよ」
「は」
ナギサがあげて、それからメゼスがあげた。
「ロルフ」
「はい」
「そなたには申し訳ないが、また着いてきてもらうぞ。土地勘が無いのでな、地図の作成と、現地での食料調達を神狼族に頼みたいのだ」
「えっと、それはまた俺一人で、ということでしょうか?」
ナギサの代わりか、シルヴェンヌのやや強い視線が来たが、あえて気にしていないように振舞う。
「難しい注文をするが、不穏な輩に睨みを存分に効かせられ、一時的にしかならぬだろうがそなたの代わりをできるだけの者が残るのであれば数に注文は付けぬ」
ロルフは頭の中でそろばんを弾く。
まあ、なんだかんだ言っても食糧や移動手段の問題があるため、現地で北部アプリカドに集めさせるのが無難だろう。
(それに、必要なのは個人の力を示すことか。闘牙族だし。身の回りの世話をさせたいならって話だろうし)
そこまで考えて、ふと、他の、たとえば人間などに対する抑止の数としてガーゴイルにチャンスを与えればよいのではないかとロルフは思い至った。
問題はここでそれを伝えることはできないこと。確実に、反発にあう。
「陛下。今晩お時間宜しいでしょうか。その時にどうするか相談って言うかお伝えって言うか、ま、そんなとこのをします」
シルヴェンヌの圧に耐えたつもりだったが、上手い言葉が出てこなくなってしまった。
未だにあの昏い目には慣れない。
セスが右手をあげてシルヴェンヌの頭を撫でた。雰囲気が和らぐ。
「よかろう。いや、アレイスターとの会食にも同行するか?」
セスとしては本当は同行させたいのだろうが、ロルフとしても群れとの約束がある。今日は夕食を共にする、というものだが、それでも立派な約束だ。
それに、ガーゴイルとどのくらいまでなら身を切れるのかの相談もある。
「申し訳ありませんが、それは次の機会でも宜しいでしょうか?」
一応、言葉を丁寧に。
『不和をまき散らす』とナギサが言った上で、セスからの提案を断るのにいつも通りの言葉を使うのは良くないだろう、という配慮からだ。
「家族と、今日は一緒に夕食を囲もうと約束してしまっていて……」
家族と言えばセスを思い浮かべるらしいシルヴェンヌからはこれで完全に許してもらえる。
ニチーダも「家族は大事ですよねー。いいなあ」と漏らしているので悪い空気にはならないだろう。
「うむ。しばらく離れることになるかもしれぬからの。しっかりと楽しんでくると良い」
「ありがとうございます」
ロルフが頭を下げる。
上げた時には一段落着いたと言わんばかりに、一度空気が弛緩した。
横の扉から小さくノックの音が聞こえ、ナギサがそちらに近づく。扉が開いて、雷獣であるベルファが現れた。ナギサに、何やら耳打ちをしている。
「ご苦労」
とナギサが言うと、ベルファが頭を下げて場を辞していった。
ナギサが戻ってくる。
「陛下。ヘネラール殿の準備が整ったそうです」
「そうか」
シルヴェンヌがセスの斜め後ろに戻り、ニチーダが服をもう一度確認している。
セスがそれを少し待ったのか、間が空いてから「通せ」と低い声で言った。
ナギサにシルヴェンヌの昏い目が行く。ナギサもシルヴェンヌを見ることなく、顔はニチーダの方を向いていた。
別にニチーダを見ているわけではないだろうが。
「この再演はアラクネの死体とゼグロから造った物なのだが」
セスの声がして、二人の雰囲気から剣呑さが掻き消える。
「残念ながら突き付ける証拠にはなるまい。改編も可能だしの」
ということは、
「アラクネに攻め込むんですか?」
「いや、まだせぬ」
セスが否定した。
「機が熟せば、向こうからこよう。父上の遺体から筆は抜き取られていたわけだしの。無論、他にもいくつか紛失した物はあるが、それが人間に奪われたかアラクネに奪われたかはわからぬ」
「相手が偽書を乱発するのを待つ、と。でも、それって危なくないですか?」
いつもの軽い調子だったためか、ナギサがロルフに鋭い目を向けてきた。
セスは気にしていないように返してくる。
「筆を失って、探しているというのは流布し始めておる。エルマロにも伝えておるしの。無論、人間にもマルシャンを使って静かに流しておる」
その状況でアラクネにとって有利な情報が流れだしたら、疑われることもあって効果が薄くなるということだろうか。
ナギサが顔は誰にも向けないまま口を開いた。
「同時にこれは機を熟させるための策でもある。陛下とアラクネの仲が悪いとなれば、火中の栗をアラクネに拾わせようとする者も現れるだろう。ミュゼルで成功を収めた我らと、敗走することになったアラクネ。勝った時に制しやすいのはアラクネと見るだろう。負けたとしても、弱らせることに成功すれば人間にとっておいしい状態であることに変わりはない」
ニチーダが感心したように何度も頷いている。
「人間と手を組ませるか、唆された愚か者にしてしまってアラクネにヘイトを集めさせる、と。でも実益的には人間と組むのが一番安定するし、アラクネはそこまで拒否はしないか」
成功すればおいしいな、とロルフも思った。
「エルマロには伝えてあるが、彼奴等が『サグラーニイ』を名乗るのは現サグラーニイ家の当主である我が禁じていると流す必要もある。サグラーニイを名乗れるのは、我と、シルだけだとの。魔王かどうかではなく、家の問題として周知させればさしたる抵抗もなかろう」
種族に関係のあることなら首を突っ込むかもしれないが、家の問題だと言えば変に巻き込まれたくもないだろう。少なくとも、ロルフは主導権争いのためにと言われたことには熟慮して決めるが、呼び名だけで家のことですから、内々ですからと言われれば、『あ、はい』で済ませる気がする。
(ああ、帰参する際の手土産にもなるか)
今後、セスが勢いを増してきたときに後ろめたい思いのある種族は多いだろう。その時に、先王陛下の所有物を奪い返しましたとなればいい手土産になる。気持ち的に傘下に入りやすい。
「情報の流布は、俺らでもやりますか?」
神狼族を使って、ということである。
「うむ。それも考えたが、今回は雷獣や妖狐にお願いしようと思っておる」
ロルフはナギサを見た。隠し切れていない渋面が、口元に浮かんでいる。
妖狐を使うことに抵抗があるからであろうということは、この場にいる誰もがわかった。
「南にある妖狐の部族があるのも知っておりますが、神狼族の方が情報伝達速度が速く、信用もできるのではないでしょうか」
メゼスが言った。
一応、勉強は重ねてどこに何がいるのかなども頭に入れているらしい。
「そうだの。周りから見ても、我が神狼族を信用していることはよく知っておろう」
「私も信用されてますよ!」
何を張り合っているのか。
ニチーダがメゼスに頬を膨らませてアピールをした。メゼスが遠い目をして、ロルフの方に瞳を逃がしてくる。
「そうだの。此処に居る者はみな信用しておる。得難き大事な仲間ぞ」
セスが優しい声でそう言った。
「だがの、周りはそうとは言えぬ者も多い。故に、アラクネなどの敵組織からの調略を警戒せねばならぬ。ニチーダの結界の外には怪しい存在が多い。神狼族にはその者らに連絡を取ろうとする輩がおらぬかどうかを見張って欲しいのだ」
「りょーかい」
(ということは、遠征からは外れたかな)
見張って連絡するだけならロルフが居なくてもできるが、居た方が良いのは確かだ。ミュゼル遠征の時はヴァシム城周りの神狼族を動かさないことと、エヘルシットの付近にも根を伸ばすために選ばれた面もある。今回は、すでにロルフの息がかかった面子が北部にいるのだ。あまり、選出する理由はないかもしれない。
「さて、次の議題だが、既に皆が承知のようにアレイスターが我が城に来た。先触れによれば、我らの助力を仰ぎたいそうだ」
暗黙の了解が、公然の事実になった瞬間である。
「無論、断るという選択肢は存在せぬ。受けるつもりではあるが、どの面子を連れて行くかが問題だの」
そうは言いつつも、表情に困っている様子は存在しない。
「陛下が直々に行かなくてもよろしいのではないでしょうか」
ナギサがいつも通りの調子で言った。とは言っても、やや恨みがましいものが見え隠れしている。シルヴェンヌは、どこか嬉しそうにセスにくっついていた。
(やっぱ翼人族が中心だから王妃様を連れて行く必要があってってことか)
「今我の近くに居って、一番戦闘が得意なのは翼人族だからの。こればかりは変えられぬ」
「ならば私も連れて行ってください」
ナギサが食い下がった。
前回は主君を比較的安全な城に残してだったが、今回は自分が比較的安全な城に残って、主君を危険がある地に送るため、嫌なのだろう。
「それは困る」
「陛下。私が頼りないからとか言わないでくださいね」
セスの話の腰を折るように、ニチーダが顔を上げて言った。直後に、鋭い視線が二つニチーダに注ぎ、彼女が慌てて顔をそむける。
メゼスがロルフは見て来たので、ロルフは軽く肩をすくめた。鋭い視線がロルフにもやってくる。
「ニチーダを頼りにしておるから多くの戦力を城の外に割けるのだ」
セスが一言フォローを入れた。
褒めてもらって嬉しい幼子のように、ニチーダが息を吹き返す。
「だが、防備と家事を取り仕切っていては他のことに出す手がなかろう。ゆえに、ナギサに残って欲しいのだ。ミュゼルに行った影響でたまったものも多い。何より、アラクネの調略をそなたに任せたいのだ」
そのためにナギサが頼っている雷獣だけでなく妖狐も南部で動かすのだろう。
明確に不穏分子たるプロディエルは許せないが、アラクネは必要だ。調略は、きっとプロディエルを排しての族長の地位と言うのが餌だろう。
「他の者には申し訳ないが、そなたが一番安心して裁量を任せられるしの」
「……かしこまりました」
ナギサが小さく頭を下げた。
セスが満足げに頷いて、メゼスに目を向ける。
「メゼス。そなたには遠征についてきてもらうぞ。個人としても群体としても戦えるそなたは外せない存在だ」
「陛下の仰せのままに」
文言とは異なり、不服そうな色がありありと浮かんでいた。
ナギサが雰囲気を尖らせてメゼスに対して口を開く。
「人間に奪われた量が多すぎて、一度収穫期を越えたくらいでは食糧の不足を解消できないからな。あまり、多くの人員を遠征に割くことはできない。その点、メゼスは一人で数の解消もできる。だからこその陛下のお言葉だ」
「んー、まあ、のんびりお菓子を作らせてもらってたからねー。契約だし、うん、仕方ないかなぁ」
「……陛下の御前だぞ」
「かわいい顔が台無しだよー」
こてん、とメゼスが顔を横に倒した。
ニチーダも何故かメゼスの言葉に同意するように頷いている。
ナギサは目を大きくして二人に圧を掛けているが、メゼスには効いていないようだ。ニチーダには、効果は抜群なのだが。
(ナギサも大変だなあ)
ロルフも自分自身のことを考えれば言える立場ではないが。
「ナギサ、そなたのもつ忠心は最も得難いものだと思っておる。我も随分と助けられた。誰よりもそなたが我に忠誠を誓っておることは我が一番わかっておる。それで許してはくれぬか?」
「陛下が許しを請うようなことではございません。私の方こそ、不和をまき散らしてしまい、申し訳ありませんでした」
ナギサが頭を下げる。
思うところがあったのか、慌ててメゼスも頭を下げた。きっちりと、ナギサより深い位置に頭がある。動作が立てた衣擦れも、ナギサの耳に届いただろう。
「良い。面を上げよ」
「は」
ナギサがあげて、それからメゼスがあげた。
「ロルフ」
「はい」
「そなたには申し訳ないが、また着いてきてもらうぞ。土地勘が無いのでな、地図の作成と、現地での食料調達を神狼族に頼みたいのだ」
「えっと、それはまた俺一人で、ということでしょうか?」
ナギサの代わりか、シルヴェンヌのやや強い視線が来たが、あえて気にしていないように振舞う。
「難しい注文をするが、不穏な輩に睨みを存分に効かせられ、一時的にしかならぬだろうがそなたの代わりをできるだけの者が残るのであれば数に注文は付けぬ」
ロルフは頭の中でそろばんを弾く。
まあ、なんだかんだ言っても食糧や移動手段の問題があるため、現地で北部アプリカドに集めさせるのが無難だろう。
(それに、必要なのは個人の力を示すことか。闘牙族だし。身の回りの世話をさせたいならって話だろうし)
そこまで考えて、ふと、他の、たとえば人間などに対する抑止の数としてガーゴイルにチャンスを与えればよいのではないかとロルフは思い至った。
問題はここでそれを伝えることはできないこと。確実に、反発にあう。
「陛下。今晩お時間宜しいでしょうか。その時にどうするか相談って言うかお伝えって言うか、ま、そんなとこのをします」
シルヴェンヌの圧に耐えたつもりだったが、上手い言葉が出てこなくなってしまった。
未だにあの昏い目には慣れない。
セスが右手をあげてシルヴェンヌの頭を撫でた。雰囲気が和らぐ。
「よかろう。いや、アレイスターとの会食にも同行するか?」
セスとしては本当は同行させたいのだろうが、ロルフとしても群れとの約束がある。今日は夕食を共にする、というものだが、それでも立派な約束だ。
それに、ガーゴイルとどのくらいまでなら身を切れるのかの相談もある。
「申し訳ありませんが、それは次の機会でも宜しいでしょうか?」
一応、言葉を丁寧に。
『不和をまき散らす』とナギサが言った上で、セスからの提案を断るのにいつも通りの言葉を使うのは良くないだろう、という配慮からだ。
「家族と、今日は一緒に夕食を囲もうと約束してしまっていて……」
家族と言えばセスを思い浮かべるらしいシルヴェンヌからはこれで完全に許してもらえる。
ニチーダも「家族は大事ですよねー。いいなあ」と漏らしているので悪い空気にはならないだろう。
「うむ。しばらく離れることになるかもしれぬからの。しっかりと楽しんでくると良い」
「ありがとうございます」
ロルフが頭を下げる。
上げた時には一段落着いたと言わんばかりに、一度空気が弛緩した。
横の扉から小さくノックの音が聞こえ、ナギサがそちらに近づく。扉が開いて、雷獣であるベルファが現れた。ナギサに、何やら耳打ちをしている。
「ご苦労」
とナギサが言うと、ベルファが頭を下げて場を辞していった。
ナギサが戻ってくる。
「陛下。ヘネラール殿の準備が整ったそうです」
「そうか」
シルヴェンヌがセスの斜め後ろに戻り、ニチーダが服をもう一度確認している。
セスがそれを少し待ったのか、間が空いてから「通せ」と低い声で言った。
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