66 / 116
北方遠征編
ガイエル邸にて
しおりを挟む
「何卒、何卒、陛下におとりなしを!」
ロルフは頭を下げるガーゴイルを見て、道化師の仮面を被ったまま視線を天井に上げた。
(陛下がアラクネを見逃した理由は何か)
一、実の母の種族だから情けを掛けた。
一、言い訳ができる状態で敵対すると、先王陛下の時に救援に駆けつけなかった他の種族が自分も難癖をつけられるのではないかと態度を硬化させる可能性があったから。
一、アラクネの作る布製品は高品質であるため、経済を抑える意味でも取り込みたいから。
一、今後の他種族の粛清のために、セスが許しても何度も裏切った種族が居た、という大義名分が欲しいから。
一、まずは内情が知りたいから。一つにまとまって先王の遺体を奪いたかったのか、それとも一部が暴走したのか。それによって処遇を変えるつもりである。
一、取り込める存在がいるかを確認したいから。種族の首を挿げ替えられるなら、変えた方が良いだろうとはロルフも思っている。
一、セスとしてはまだ遠征できるだけの体力がないと思っているから。
現在はヴァシム城周りの足場を固めたい。遠征は少数で、と。ただし、エルマロ・オフィシエには神狼族から援軍を出している。と言ってもこれは形だけだろうとロルフは睨んでいた。今後も良好な関係を築きたい、逆らう気が無い、ということをエルマロは示したい。だから仕上げの段階でセスの旗が欲しかった。エルマロにセスの兵を損なう気はないし、前線に出すつもりもないだろう。
一、アラクネを吸収させたい種族がいる。それこそ、近くに居るエルマロ達に、とか。
一、人間との関係をでっち上げたい。あるいは、ずぶずぶなのを掴み、人間に恨みを持つ種族のはけ口としたい。
(まあ、いくつかの複合だろうな)
ガーゴイルを簡単に許すのは多分、アラクネの活用法とは相反する可能性が高いだろう。
ロルフはソファに深く腰掛けたまま、背もたれにも体を埋めた。
「取りなしてもいいけどさあ、頼む人、間違えてない?」
机を挟んで向かい合うように置かれているソファに座らず、床に膝をついているガーゴイル、モリテに言った。
「間違えておりません。ガイエル様以外に頼める人がおりましょうか」
「んー……。それが自分の種族の置かれた状況を理解しての言葉なら、俺がとりなししても絶望的だというのがわかると思うけど」
「…………」
「あえて言うなら、王妃様とナギサが殲滅を訴えて、陛下が少しでも迷った場合はひっくり返らないよ。しかも陛下の目の前であからさまに裏切ったのは君たちだけ。名目上は四天王筆頭のニチーダさんにとっても、ガーゴイルはわざわざあの二人に反対してまで救いたいような存在ではないよ。メゼスにとっては見ず知らずの存在だし」
「わかっております。ですから、ガイエル様を御頼りしたのです」
顔を下げたまま、モリテが声を張った。
「俺があの城で君たちの同胞を幾人も斬り殺したこと、忘れてなーい?」
「だからこそ、ガイエル様にお願いしているのです」
(挑発には乗らないかあ)
できれば顔を上げて欲しかったけど、なんて思いはしたが、声から真剣に頼んでいることが伝わってきた。伝わってはきたが、翼人族が手持無沙汰になってきたから刃が向かないうちにという必死さかもしれない。
次にシルヴェンヌの目がガーゴイルを捉えた時には、ガーゴイルが大きく数を減らすのは火を見るよりも明らかである。下手をすれば、種の存亡にかかわるものだ。
「言っておくけどさあ、成功させようと思ったら焦っちゃダメだからね。切り出すタイミングとしては陛下の傍に王妃様もナギサもいない時がベスト。でもそんなタイミングはほとんどない。……多くの者を納得させられる忠誠を示す必要があるかもねえ」
それが何を意味するのか。
続けようとして、それまで言う義理はないとロルフは思いなおした。
「どっちにしろ、覚悟を決めといた方が良いよ。中途半端でも選択で後悔しても、ガーゴイルに次をやりなおすだけの体力はなくなるわけだからさ」
ガーゴイルの領地はだいぶ削れている。セスがガーゴイルから接収した失地の回復ですら余程の豪運が無いと無理だろう。そこを望みたいのなら、こっちにはつかない方が良い。人間にまた尻尾を振ってみろという話だ。
「着く方の迷いという点では、最早ありません」
「そう」
こんこん、と低い位置で扉の叩く音がした。
ロルフが返事をするよりも早く、がちゃがちゃと何度かドアノブが動いて、扉が開いた。黄色い目をしたロルフの愛息たちが入ってくる。
「ととっ」
愛らしく舌足らずに叫び、ロルフの元に我先にと二人が競い合ってきた。
だらけた顔をしたロルフが二人を抱きとめて、持ち上げる。
「どうした?」
先程とは全く違う、溶けかけた声だ。
子供たちが手に持ったお菓子を振り回す。
「とと、おかしのおにーたん、きた」
「あまいおにーたん!」
メゼスのことである。
一応、無性というか雌雄同体と言うかという存在なのだが、小さい二人にとっては『お兄ちゃん』らしい。
「そうかそうか。なら、たくさんねだってくるといい」
「とともいっしょ」
小さな手で精一杯服を引っ張られて、ロルフの意思が揺らぎそうになるが、扉の近くに来た第一婦人のウェヌスタと目があい、二人の子を下ろした。
奥からもう一人の母親であるオモルフィが現れ、子供へ手招きをする。
「お父様はお忙しいですから、先に行ってましょうねー」
オモルフィとの間の子はさっさと彼女の元に行ってしまったが、ウェヌスタとの子は、ちらちらとロルフを見ている。
「ととも後でいきますよー」
手を振っていると、オモルフィが兄弟を抱き上げたのも手伝ってか、とたとた、と戻って行った。ウェヌスタの紫式部の目がモリテに行き、ロルフに来た。ロルフは頷いて返す。
「アファナーン様がお呼びです。登城するように、とのことです」
「わざわざメゼスを伝令にして?」
ウェヌスタが小さく形のいい肩を動かした。薄い銀色の髪があわせてやわらかく動く。
「子供たちに会いに来たのも含まれていてもおかしくはないと思うわ」
「やりかねないな」
笑いながら返して、ロルフは扉に向かった。
「モリテ、しばらくあける。まあ、好きに居てもいいけど、帰りたくなったらウェヌスタに伝えておいてねえ」
返事は待たずに扉を閉める。
隣では年上の彼女が小さくため息を吐いた。私の仕事を増やすな、と言ったところだろうか。
文句を言いつつ、いや、言わずか。何はともあれ、群れに必要であれば何でも引き受けてくれるところは子供ができてからも変わっていない。だからこそ、第一婦人にしたのだが。
(子供ができると変わるというからな。その点、一夫多妻型は変わることへの抑止としての期待もあったりしたから、残ってきてたりしてな)
歩き出すと自然と渡してくれた報告書に目を通しながら、考えは別の所へ。
そうなると、一夫一妻で行こうとしているセスとシルヴェンヌの関係は子供ができた後はどうなるのか。変わるのか、変わらないのか。互いを想い合ったままなのか、どうなのか。
(あまり、変わらなさそうだなあ)
簡潔にまとめられた報告書から目をあげる。
「なあ」
「はい」
「もう一人、どう?」
「……順番がございます。間違えないように」
「両陛下のタイミングに合わせるとかさ、言い訳はあるじゃん」
「ご予定があるのですか?」
「いや……」
「はあ」
盛大なため息を吐かれた。
しかも、やり取りの間、ウェヌスタがロルフを見ることは一度もなく、表情が変わることもなく。
苦笑いのまま、ロルフはこの話題は終わりかな、と思った。
「どの種族に当てられたのかは知りませんが、私たちはリーダーが多くの異性を虜にし、関係を持つからこそ頼もしいと思うことをお忘れなく。一人に入れ込んでいるように見えるのは良い事ではありませんよ」
「へいへい」
子供たちの声が聞こえる部屋の扉にたどり着く。
「でも」
ロルフはドアノブに手を伸ばしかけて、止める。
顔を後ろに向けると、ウェヌスタと視線が合った。
「まあ、悪い気はしませんでしたよ。しっかりと避妊してくださるのなら、お好きな時に来てくださいな」
表情を変えずに甘い声を出せるのだから、少しばかりやり辛い。
ロルフは頭を下げるガーゴイルを見て、道化師の仮面を被ったまま視線を天井に上げた。
(陛下がアラクネを見逃した理由は何か)
一、実の母の種族だから情けを掛けた。
一、言い訳ができる状態で敵対すると、先王陛下の時に救援に駆けつけなかった他の種族が自分も難癖をつけられるのではないかと態度を硬化させる可能性があったから。
一、アラクネの作る布製品は高品質であるため、経済を抑える意味でも取り込みたいから。
一、今後の他種族の粛清のために、セスが許しても何度も裏切った種族が居た、という大義名分が欲しいから。
一、まずは内情が知りたいから。一つにまとまって先王の遺体を奪いたかったのか、それとも一部が暴走したのか。それによって処遇を変えるつもりである。
一、取り込める存在がいるかを確認したいから。種族の首を挿げ替えられるなら、変えた方が良いだろうとはロルフも思っている。
一、セスとしてはまだ遠征できるだけの体力がないと思っているから。
現在はヴァシム城周りの足場を固めたい。遠征は少数で、と。ただし、エルマロ・オフィシエには神狼族から援軍を出している。と言ってもこれは形だけだろうとロルフは睨んでいた。今後も良好な関係を築きたい、逆らう気が無い、ということをエルマロは示したい。だから仕上げの段階でセスの旗が欲しかった。エルマロにセスの兵を損なう気はないし、前線に出すつもりもないだろう。
一、アラクネを吸収させたい種族がいる。それこそ、近くに居るエルマロ達に、とか。
一、人間との関係をでっち上げたい。あるいは、ずぶずぶなのを掴み、人間に恨みを持つ種族のはけ口としたい。
(まあ、いくつかの複合だろうな)
ガーゴイルを簡単に許すのは多分、アラクネの活用法とは相反する可能性が高いだろう。
ロルフはソファに深く腰掛けたまま、背もたれにも体を埋めた。
「取りなしてもいいけどさあ、頼む人、間違えてない?」
机を挟んで向かい合うように置かれているソファに座らず、床に膝をついているガーゴイル、モリテに言った。
「間違えておりません。ガイエル様以外に頼める人がおりましょうか」
「んー……。それが自分の種族の置かれた状況を理解しての言葉なら、俺がとりなししても絶望的だというのがわかると思うけど」
「…………」
「あえて言うなら、王妃様とナギサが殲滅を訴えて、陛下が少しでも迷った場合はひっくり返らないよ。しかも陛下の目の前であからさまに裏切ったのは君たちだけ。名目上は四天王筆頭のニチーダさんにとっても、ガーゴイルはわざわざあの二人に反対してまで救いたいような存在ではないよ。メゼスにとっては見ず知らずの存在だし」
「わかっております。ですから、ガイエル様を御頼りしたのです」
顔を下げたまま、モリテが声を張った。
「俺があの城で君たちの同胞を幾人も斬り殺したこと、忘れてなーい?」
「だからこそ、ガイエル様にお願いしているのです」
(挑発には乗らないかあ)
できれば顔を上げて欲しかったけど、なんて思いはしたが、声から真剣に頼んでいることが伝わってきた。伝わってはきたが、翼人族が手持無沙汰になってきたから刃が向かないうちにという必死さかもしれない。
次にシルヴェンヌの目がガーゴイルを捉えた時には、ガーゴイルが大きく数を減らすのは火を見るよりも明らかである。下手をすれば、種の存亡にかかわるものだ。
「言っておくけどさあ、成功させようと思ったら焦っちゃダメだからね。切り出すタイミングとしては陛下の傍に王妃様もナギサもいない時がベスト。でもそんなタイミングはほとんどない。……多くの者を納得させられる忠誠を示す必要があるかもねえ」
それが何を意味するのか。
続けようとして、それまで言う義理はないとロルフは思いなおした。
「どっちにしろ、覚悟を決めといた方が良いよ。中途半端でも選択で後悔しても、ガーゴイルに次をやりなおすだけの体力はなくなるわけだからさ」
ガーゴイルの領地はだいぶ削れている。セスがガーゴイルから接収した失地の回復ですら余程の豪運が無いと無理だろう。そこを望みたいのなら、こっちにはつかない方が良い。人間にまた尻尾を振ってみろという話だ。
「着く方の迷いという点では、最早ありません」
「そう」
こんこん、と低い位置で扉の叩く音がした。
ロルフが返事をするよりも早く、がちゃがちゃと何度かドアノブが動いて、扉が開いた。黄色い目をしたロルフの愛息たちが入ってくる。
「ととっ」
愛らしく舌足らずに叫び、ロルフの元に我先にと二人が競い合ってきた。
だらけた顔をしたロルフが二人を抱きとめて、持ち上げる。
「どうした?」
先程とは全く違う、溶けかけた声だ。
子供たちが手に持ったお菓子を振り回す。
「とと、おかしのおにーたん、きた」
「あまいおにーたん!」
メゼスのことである。
一応、無性というか雌雄同体と言うかという存在なのだが、小さい二人にとっては『お兄ちゃん』らしい。
「そうかそうか。なら、たくさんねだってくるといい」
「とともいっしょ」
小さな手で精一杯服を引っ張られて、ロルフの意思が揺らぎそうになるが、扉の近くに来た第一婦人のウェヌスタと目があい、二人の子を下ろした。
奥からもう一人の母親であるオモルフィが現れ、子供へ手招きをする。
「お父様はお忙しいですから、先に行ってましょうねー」
オモルフィとの間の子はさっさと彼女の元に行ってしまったが、ウェヌスタとの子は、ちらちらとロルフを見ている。
「ととも後でいきますよー」
手を振っていると、オモルフィが兄弟を抱き上げたのも手伝ってか、とたとた、と戻って行った。ウェヌスタの紫式部の目がモリテに行き、ロルフに来た。ロルフは頷いて返す。
「アファナーン様がお呼びです。登城するように、とのことです」
「わざわざメゼスを伝令にして?」
ウェヌスタが小さく形のいい肩を動かした。薄い銀色の髪があわせてやわらかく動く。
「子供たちに会いに来たのも含まれていてもおかしくはないと思うわ」
「やりかねないな」
笑いながら返して、ロルフは扉に向かった。
「モリテ、しばらくあける。まあ、好きに居てもいいけど、帰りたくなったらウェヌスタに伝えておいてねえ」
返事は待たずに扉を閉める。
隣では年上の彼女が小さくため息を吐いた。私の仕事を増やすな、と言ったところだろうか。
文句を言いつつ、いや、言わずか。何はともあれ、群れに必要であれば何でも引き受けてくれるところは子供ができてからも変わっていない。だからこそ、第一婦人にしたのだが。
(子供ができると変わるというからな。その点、一夫多妻型は変わることへの抑止としての期待もあったりしたから、残ってきてたりしてな)
歩き出すと自然と渡してくれた報告書に目を通しながら、考えは別の所へ。
そうなると、一夫一妻で行こうとしているセスとシルヴェンヌの関係は子供ができた後はどうなるのか。変わるのか、変わらないのか。互いを想い合ったままなのか、どうなのか。
(あまり、変わらなさそうだなあ)
簡潔にまとめられた報告書から目をあげる。
「なあ」
「はい」
「もう一人、どう?」
「……順番がございます。間違えないように」
「両陛下のタイミングに合わせるとかさ、言い訳はあるじゃん」
「ご予定があるのですか?」
「いや……」
「はあ」
盛大なため息を吐かれた。
しかも、やり取りの間、ウェヌスタがロルフを見ることは一度もなく、表情が変わることもなく。
苦笑いのまま、ロルフはこの話題は終わりかな、と思った。
「どの種族に当てられたのかは知りませんが、私たちはリーダーが多くの異性を虜にし、関係を持つからこそ頼もしいと思うことをお忘れなく。一人に入れ込んでいるように見えるのは良い事ではありませんよ」
「へいへい」
子供たちの声が聞こえる部屋の扉にたどり着く。
「でも」
ロルフはドアノブに手を伸ばしかけて、止める。
顔を後ろに向けると、ウェヌスタと視線が合った。
「まあ、悪い気はしませんでしたよ。しっかりと避妊してくださるのなら、お好きな時に来てくださいな」
表情を変えずに甘い声を出せるのだから、少しばかりやり辛い。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
7
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる