上 下
24 / 116
名称継承編

アイタイ

しおりを挟む
 コヅパの都市長の住居は丁度街の真ん中にあり、大通りだけでなく逃げ出せるように小路にも屋敷の下を掘って、隠し扉を通して、あるいは裏口を堂々と作って繋がっている。今の市長になってから増設が相次いでいるのでその性格がしれようものであり、それだけ多くの侵入口をきっちりと見張ることなどできるはずがない。これはセス達にとっては幸運であり、管理が行き届いていない通路から侵入することなどたやすかった。
 結果、執務室には感染傀儡の原体と変わり果てた市長が転がり、各扉の前では指示が降りるのが今か今かと待っている死体が列を作っている。一部は撒き餌として路地に転がしてあるが、あまり転がしすぎても不審なので多くは建物の中に置いているのが現状だ。

 部屋の中央に立っていたナギサの狐耳が二度、小さく動く。二本の尻尾も宙で無造作に少し動いた。半ば傀儡と化している彼女からも、ある程度情報は流れてくる。

「勇者一行を発見いたしました」

 それでもナギサが言葉で報告をしてきた。
 視覚情報ではなく、街に散らばった仲間が立てた報告の音を拾っての解析であるため、セスは音を立てないように頷いて返事をした。ナギサの放出されていた魔力が弱まる。セスはそれを聴覚の感覚を弱めたものと受け取り、発煙筒に火をつけて窓の外にほうった。しゅー、という音を立てて、赤く着色された煙が空に上がって行く。直後、しゃあん、と涼やかな音が鳴って結界が展開された。
 軽い着地音をナギサの耳が捉えたのがセスにも伝わり、窓の外ではサルンガから放たれた炎の矢が軌跡を描いて街で一番高い時計塔を貫き、炎上させた。同時に外に転がしている感染傀儡を起動させ、近場に居た人間から襲わせる。紛れ込ませた人が騒ぎ出したのか、窓の外の喧騒がどんどん大きくなり、セスの耳にはもう物音の詳しい判別はできなくなった。サルンガの矢が、延焼の結界による援助を受けてあらかじめ決めた地点を焼いていく。
 味方は燃やさないように。されど逃げ道を潰すように。
 原体が攻撃を受けて沈む確かな感覚があり、結界の効果を打ち消すような魔力の高まりを感じた。こちらの目論見通り、僧侶の攻撃を結界の効果を消す方に回し、数の少ない傀儡は手で潰すことにしたらしい。

「ロルフが戦士を誘い出したようです」

 ナギサが片膝を落として、目を閉じた。彼女の魔力が高まる。

「姫の攻撃は、魔法使いが援護射撃で打ち消したのかと。でも、その隙に僧侶に一撃を加えたようですね。勇者もロルフと姫を追って動き出しました。移動阻害の結界を僧侶が都度破りつつ動いている様です。魔法使いの足音はあまり動いてません。今が、離れたのかと」

 屋敷に待機させていた原体を一斉に解き放つ。
 正面玄関から出た個体が、窓の下を駆けて行った。

「では、行ってまいります」

 ナギサが部屋を出て、駆けだした。セスもゆっくりと糸を辿りながら付いて行く。南西にある裏口から出て、角を三つ曲がる。道は全て小道。その先に魔法使いは居た。勇者が離れているためか、遠慮なく人間の死体を炎で焼き払っている。
 セスが身を隠すと、ナギサが解放状態を解いて、人間態で魔法使いの視界に入った。

「失恋でもしたの、小娘?」

 魔法使いが邪悪な笑みを浮かべながら言った。

「ああ。折角首を取って近くに置けるようにしたのに、逃げられてしまったからな。だから、今回は殿下の傀儡になってもらってから、近くに置こうと思ってね」

 ナギサが平時と同じ声で返す。

「そっちの気もあったか。死体愛好家で同性愛者とは死んだ両親も救われないね。でも、首輪もしてるからドМだったりする? 変態じゃん。殴られることのどこがいいのさ」
「ははは。まあ、あまりいい初めてではなかったからな」

 ナギサが柄に手をかけた。

「奥義、完全解放」

 抜刀しながらナギサが言った。
 魔力が高まり、頭の上に狐の耳が生える。尻尾が九本顕現し、通路を埋めた。毛皮のマフラーのようなものが首輪ごと首を隠し、毛皮で出来た羽織のような物が上半身を覆う。足は人間のそれよりは獣のそれのように細く筋肉質に変形した。

「最終形態ってやつね。ま、あたしからしたら人と獣の中間に見えるんだけど」

 魔法使いが杖を構えて半歩右足を下げる。

「ま、そっちがその気なら、逃げるだけなんだけどさ」

 杖の先端を炎が渦巻く。
 ナギサが地を蹴った。地面が抉れ、距離が詰まる。魔法使いが足を前に出して炎の壁を作り、押し出した。ナギサが右足を軸に強引に速度を落として反転する。地面が抉れ、尻尾が建物を砕いた。

「炎よ!」

 尻尾が燃え上がるようにして実の炎と偽りの炎が発生し、魔法使いの炎をかき消した。偽りの炎が魔法使いに迫り、身を焼いたかのような幻想を抱かせる。

「ち、まやかしか」

 一瞬で気づいたのか、魔法使いは強引に魔力の流れを変えて幻術を断ち切った。
 エビの殻のような物を魔法使いがまき散らす。魔力が流れ、『爆裂腰曲がり』が形成された。文字通り、過度な刺激を与えると破裂する海老である。卵を散らすときも爆ぜ散って遠くに飛ばす。だから、産卵直後は卵の殻が無駄に硬く、正確には海老の仲間ではないだろう。
ナギサが魔法使いに向き直り、爆裂腰曲がりを気にすることなく尻尾の先から炎の柱を放った。盛大な爆裂音が響き、両隣りの建物が倒壊する。

「逃がすか!」

 ナギサが跳び、大通りを飛び越えて向こう路地を無理矢理拡張しながら降り立った。直後に炎が巻き上がり、砂を巻き上げ傀儡の一部を消し飛ばす。浮遊したような状態で魔法使いが煙から離脱した。

「ヘクセ!」

 遠くで戦士が離脱しようとする。隙をついて人間に紛れ込ませたサクラが勇者に助けを求めて足を止めさせ、ロルフが戦士に一撃を加えた。シルヴェンヌが足場となっている屋根を吹き飛ばす。
 逃げる方向を間違った人たちが周りを見ずにナギサと魔法使いの方へとやってくるのが見えた。

「あー、邪魔だなあここの人たち。何で皆殺しにしなかったのさ。あの狂った女ならできたじゃん」

 おふざけで杖の照準を合わせるように動かしながら魔法使いが低い声を出した。

「生かしておきたいとも思わないが、積極的に殺したいとも思わないからな」

 ナギサが刀を構えて跳ぶ。魔法使いが魔法を切ったように地面に落ちるように移動した。建物の壁を蹴って、ナギサが方向を変える。

「守るって言うのはさ、別の存在を殺す言い訳だって教えてやってよ。多くの人間様を守るのに邪魔だから殺しますって」

 呆れたように魔法使いが言って、民衆を睨む。目をナギサにもどして、毒々しいほど綺麗な水色の物体が中を満たしている小瓶を三つ取り出した。

「ポイズンスライム」

 魔法使いが魔力を込めながら落とすと、急激に膨らんで不定形の生物による壁ができた。文字通り毒をもつこのスライムは、触れた時だけでなく、例えば炎などで蒸発するときも毒をまき散らす。

「あんたの父親も母親も、毒には悶え苦しんでたから、当然効くでしょ?」

 馬鹿にしたように魔法使いが笑った。

「ご名答だな」

 ナギサが鉄のような声で返して、勢いを止めずに自身の身長よりも大きい尻尾を九本とも前に出した。炎が一瞬でスライムを天に召し、毒が満ちる。魔法使いも危険な位置であるためにさっと引き、ナギサも追うように足を踏み出して、毒を熱波で吹き飛ばし魔法使いを蹴り飛ばした。もろに入った一撃は、店に並ぶ果物を潰して魔法使いを露まみれにする。
 セスはナギサの中に入れた自身の魔力を操って毒素を排出、無効化させていった。

「効いてないって感じ?」

 果物全てを宙に浮かせて、宙で潰して目くらましにしながら魔法使いが言った。

「私には効いても、人形に毒が効くとは言ってないからな」

 もちろん、ナギサの意思で体を動かしており、毒も普通に効く。
 ただの、これ以上同じ戦法をとらせないためのブラフに過ぎない。

「はは。見上げた忠誠心だね、小娘。一周回って気に入ったよ。両親の代わりに、あんたをこき使ってやる」

 魔法使いが自身の魔法空間から金色の矢羽のついた矢と刺突に向いた氷のような輝きを放つ剣を取り出した。オフィシエのグシスナウタルとヘネラールのフロッティである。

「時間を稼げ」

 魔法使いが爆裂腰曲がりの殻を大量に投げた。宙で十分な魔力を吸った物から爆発する。爆発に含まれる魔力が次の欠片が爆発する力になり、連鎖的に爆発が起こる。

「死せる強敵よ、我らに砕かれた野望を持つ猛者よ。その魂、我のために今一度働かせたまえ! 目覚めよ、『ヘインエリヤル』」

 魔力が吹き荒れる。セスは大通りに出て、スヴェルを高くに投げた。糸で繋ぐ。

「死せる友よ、忠義に殉じた猛者よ。その魂、我のために今一度働かせたまえ。目覚めよ、『ヘインエリヤル』」

 見様見真似と、過去の知識をフル動員して同じ魔法を紡ぐ。顕現させようとした存在は同一。互いに干渉し合い、完成度が高まるがお互いに攻撃すべき相手が違う。目的が違う。目論見通り、存在を補完するためにフロッティとスヴェルが異なる魔力で結ばれ、創りだそうとしたヘネラールを象った人形は完成することなく霧散した。
 だが、サルンガを使って干渉のできなかったオフィシエの幻影は完成してしまう。

「へー、一応、切り札の魔法だったんだけどな」

 これまでで一番低い声と、昏い光を放つ瞳が大通りに出てきたセスに向けられた。セスが隠れようとした人混みごと魔法使いが焼き払う。セスは方向を変えて離れた。
 魔法使いの隣には膝下まである長い手のオフィシエ。完全解放ではないらしいのが救いか。

「真似をして悪いの」

 次のを防ぐために、アダマスを沼から引きずり出して握った。スヴェルは回収して、沼にしまう。
 青果店から、魔法使いとオフィシエが出てきた。

「じゃ、反撃させてもらうし」

 オフィシエがフロッティを拾い、駆けだす。
(まあ、前衛にするしかないしの)
 本来は後衛型だが、四天王である生前のオフィシエは前衛としても非常に優秀だった。
リーチで勝るオフィシエに対して、ナギサは基本的には引きながら尻尾と炎で応戦する。間を縫ってやってくる刃には刀の峰を合わせて流しているようだ。容赦ない魔法使いの援護にはセスが魔力球を飛ばして対処するが、ナギサの巨大な尻尾にいくつかの攻撃が吸い込まれるように当たって行く。

「間に合ってませんよ、『殿下』」

 くすり、と意地悪い笑みを浮かべながら、魔法使いが攻撃を激しくした。ナギサの体勢を削り、オフィシエの攻撃がナギサの皮膚を裂き始める。

「傀儡よ」

 一部の傀儡を呼び寄せる。

「邪魔だし」

 傀儡はまだ遠くにいるが、魔法使いが攻撃の対象を傀儡に変えたことでナギサにいく攻撃が弱まる。オフィシエの伸びた腕に、ひょいとナギサが乗っかって、さらに跳びあがる。
目を大きくひん剥いて、ナギサが勢いよく九本の尻尾をオフィシエに叩きつけた。オフィシエがフロッティを左手に持ち替えて、右手でそれを受け止める。勢いが止まったところで左手の突き。尻尾を避けてナギサが剣をかわす。そのままオフィシエの左手に尻尾を巻き付けて、着地した。持ち上げて、地面に叩きつける。受け身も取らずにもろに地面と激突した。紫色の炎が多量にオフィシエに流れ込む。奥から黄金の炎が巻き上がり、炎を排除した。ナギサがうめき声を上げ、尻尾を放して距離を取る。セスも魔法使いに魔力球を撃ちながら押していたが、ついに呼んだ傀儡が全部灰にされた。

「殿下!」

 ナギサが左手で首輪のあたりを掴んで叫んだ。
 セスは特大の魔力球を放ち、魔法使いへと向かう途中で魔力球の外の膜を破って、小さな魔力球をたくさん放出した。めくらましを十分にして、セスはナギサに魔力を多量に流し込む。

「炎よ!」

 二階建ての建物と同じ高さの炎が道路を津波のように突き進む。
 黄金の炎が、魔法使いの防壁がせき止めるように妨害してきた。

「雷よ」

 ナギサが左手中指を魔法使いのいる方向に伸ばす。凝縮された雷が突き進んだ。
 硬質なものに激突するような音が鳴り、雷も防がれる。直後に黄金の炎が紫の炎を食い破った。黒くなった路地が露になる。

「対策されてるだろうと考えたから炎で来たと思ったんだけど、切り札にするつもりだったの? 流石に対策ぐらいするんですケド」

 魔法使いの前に逆鱗が二つ宙に浮かんで、障壁を形成していた。
 恐らく、炎龍と雷龍のものだろう。

 オフィシエがナギサに炎を放った。迎え撃つナギサの炎の方が魔力量は圧倒しているが、炎同士は拮抗、ややオフィシエが優勢である。

「奥義、完全解放」

 上空から高潔な声が高らかに響き、高角度から鋭い魔力の塊がオフィシエの幻影に撃ち込まれた。核をなしているグシスナウタルが弾き出されるように幻影からこぼれ、幻影も薄れていく。セスは糸を伸ばして魔法使いよりも早くグシスナウタルを回収した。
 魔法使いは大した執着を見せずに、石を多量に零し、魔力を込めて半透明のゴーレムを作成した。
しおりを挟む

処理中です...