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名称継承編

ニチーダ・クリンゲルと先王陛下の命 3

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「さて、人払いをしてまでしたかった話はこれだけ……ではないな」

 この話題を終わらせるためにも、セスは推論をぶつける。

「先程から、父上が死ぬ前提の話の上に、我がどうやってまとめていくべきかの話になっておる。何か、父上ではできなくて我が上ならできる策でもあるのか?」

 ニチーダが音を立てずに椅子ごとセスに向いた。

「可能性がある、というお話ですが」

 セスは顎を小さく動かして、続きを促した。

「イリアス・ヘネラールの仮説が正しければ、勇者の持つ聖剣の力は著しく落ちているはずです」

 あれで、と思うものの、セスは無言で続きを待った。

「そもそも、聖剣と呼ばれるあの剣は何も人間だけが持てるものではありません。陛下が多くの種族を支配下に置いて判ったことですが、人間以外が持ったこともあります。ただし、全ての場合において全員が使えたわけではなく、選定の儀が行われていたらしいです。初めは」
「詳しいことは後で聞こう。なぜ落ちたかだけを先に言ってくれ」

 ニチーダの言葉を遮り、セスが言った。
 ニチーダが背中を弾くように伸ばし、それから小さく頭を下げる。

「あ、はい、すみません。あの聖剣は、一つの種族が実力差のある種族に打ち勝とうとするときに力を貸す物であると考えられます。今回の場合、人間は意思疎通の可能な言語を操る生命体を敵と仮定したのだと思います。結果、剣の力で逆転可能な実力を持ち、無垢に近い者として今回の勇者が選ばれ、彼よりも実力が上の者が生きている時に強大な力をもたらしました」
「上の実力者が、父上だったと」
「あと、イリアスさんなど、死んだ方々もそうだと思います」
「そうだな」

 セスとしては、実力差は本当のことなので認めざるを得ない。そもそも、彼単体の戦闘能力としてはトップレベルと言えても最強クラスとは言えない。

「もちろん、陛下も自分が倒せればそれが良いと思い全力で戦いました。でも、聖剣はその度に力を貸し、逆転を可能にしたのです。イリアスさんが武器も遺体も奪われるような敗北を喫したのは、あまり勇者を強くしすぎないようにと考えたからかもしれません」
「ヘネラールの詳しい死に際を……いや、ヘネラールだけでなくオフィシエとバタルの……いや、忘れてくれ。今はそこじゃないな」

 両手で瞼の上を引き延ばすように横に動かしてから、セスは改めてニチーダと顔を合わせる。

「確証は、あるか?」
「陛下が存命の頃、城の結界の突破に使われたのは聖剣の一撃です。見ての通り、時間をかけて強化していった結界は壊されました。それも、他の人が詰めてさらに強化していた正門からです」

(多量の血痕はその時のか)

「ですが、私たちが遺体を奪い返すために軍に攻撃を仕掛けた時、勇者はより城に近い位置で同じ攻撃を放ちましたが、今度は即席の結界を破るに留まり、城に目立った外傷はありませんでした。もちろん、同じ威力を撃とうとしたのかどうかはわからないですけど……」
「ナギサ。ニチーダの防御結界は覚えておるな。実際に受けてみて、勇者の一撃はどうだ? 城の結界を破れる威力があったか?」
「そのような威力は無いかと。あるのであれば、私の尻尾五本程度の損害で済むはずがありません」

 がた、とニチーダの椅子が大きな音を立てた。
 ニチーダが目を大きく開いて、開いた口を手で塞いでいる。

「え、それは、大丈夫なの? 動いてていいの?」
「一週間以上前の話ですから」

 凛とした声でナギサが返して、ニチーダに座るように続けた。
 ニチーダの腰が落ち着く。

「そうなれば、勇者一行は最大の攻撃だけでなく、前回の戦いで龍王の逆鱗とイージスの盾を失っているので最高の防御も失っているわけですね」

 ひゅ、と空気を吸う音が聞こえた。
 ニチーダの目が先程よりも大きくなっている。零れるんじゃないかというほど、大きくなっている。
 セスは沼から回収したイージスの盾の破片を取り出して、適当にニチーダの机の上に投げた。ニチーダが素早く手に取って、「ほんものだ……」と明後日の方向に行く声をだした。そして、すぐに表情が引き締まる。

「イージスの盾を破ってしまうほどの力があるなら、聖剣はまた陛下存名時の力を発揮できてしまうかも知れません」

 顎を引いて、ニチーダが言った。

「個々の実力で破ったとは言い難いがな。シルが、我の魔力を自身の許容量を超えるほど使って放った一撃による突破。捨て身にすぎる一撃ぞ」

 幾分かニチーダの表情が緩まる。

「しかし、問題は城の迎撃設備も全て使えぬことだな。戦力は強化されたが、未だに我らが不利なのは変わらぬ」

 ため息交じりにセスは言った。
 監禁場所、人数が増えたための拠点、集合をかけれるようなわかりやすい地点が必要だったとはいえ、ここまで何もかもを奪われ壊されているとは思わなかったのも事実。

「それですが殿下、一つ考えがあります」

 ナギサが硬い声で言った。
 人間の都市に置かれているような観光用の地図を取り出し、セスの目の前に広げる。

「スヴェルの痕跡が見つかり、勇者が滞在していることを確認した最後の町はコヅパです」
ナギサがイシオンの南西にある、壁に囲まれていない地点を指さした。
「近くには通行手形の必要な城塞都市リフルがあり、そこを襲うのは無理と考えるでしょうから、今もこの辺りを拠点にしているものと思われます」

 ロルフが身を隠した街だの、とセスは思った。
 同時に、彼から詳しい街の様子を聞いてもいる。

「コヅパは木造の建物が多く、火が広がりやすいと言える街です」

 リフルには海があるから、そこからの風が湿気を運んでくる、水も大量に運べるためにそういう街になったと言われている。

「混乱をたくさん振りまけると思いませんか?」
「……なるほど。人間共を騒がせてその間に分断を狙うのだな」

 ナギサが頷いた。

「はい。混乱させる方法は二つ。一つはサルンガによる家屋の焼き払い。もう一つは殿下の感染傀儡です」
「感染傀儡は、僧侶に簡単に防がれるのではないか?」
「いえ、その前にクリンゲルさんの結界を張ってもらいます」
「私の?」
「はい。先程、クリンゲルさんの魔法を無力化している間は僧侶の他の援護がなかったとおっしゃっていましたよね。ならば、何を阻害する結界でも、感知した瞬間その解除に動くはずです。そうなれば感染傀儡を発動することも容易かと。もちろん、クリンゲルさんは作戦行動中、ずっと僧侶と直接顔を合わせない戦いになります」
「なるほどの。それならば、後でロルフを呼んで地図を書かせよう。ある程度存在を確認できて、安全を確保しやすい場所を見繕うと良い」
「……ロルフの出身地は、その近くなのですか?」

 ナギサの手が固まる。表情は複雑なものになっていた。大方、作戦行動を変えるつもりはないけれど、ロルフにとって大事な地ならやめた方が良いかもしれないというところだろうか。

「実際に歩いて、土地の様子を記憶したそうだ」

 ナギサの表情から負の感情が消えて、凛々しいものに戻った。

「実行することになりましたら、詳しい計画の詰めにはロルフも加えましょう」
「それが良いの」

 ナギサの手が再び動く。

「混乱には城に残っていたものにもやっていただきます。と言いましても、攻撃をするのではなく、人間のフリをして声を上げて騒いでもらいたいのです。実際に怪我をしている者もおりますし、説得力は増すかと」
「ニチーダ、良いか?」

 セスがニチーダに話を振る。

「無理をさせないのであれば」

 肯定と受け取り、ナギサに続きを求める。

「戦闘場所にもなだれ込んでもらいますが、それは人間も誘導してもらいます。前衛と後衛を上手く分断できればと。そして、これはここにいるのが私達だけだからこそ提案できるのですが、姫にはサルンガを持って勇者と戦士を引き寄せる餌になってもらいたいと思っています」
「…………シルは、近接戦闘に秀でているわけではない」
「ええ。ですから、ロルフも一緒です。これまでを見る限り、勇者はクリンゲルさんの結界を打ち消すことに躍起になっている僧侶を自分が守れる位置に置き続けるでしょう。あるいは過剰に気に掛けるか。その状態ならば姫とロルフが逃げの手をうち続ければ時間は稼げましょう」
「その間に、魔法使いを討つ、か」
「はい。彼女自身は挑発に乗るタイプではないと思いますが、私が出れば楽しさ半分で最初の掴みは十分かと」
「勝てるか?」
「勝ちます。つきましては、いくつかお願いがございます」

 ナギサが一歩離れて、片膝をついた。
 頭を下げて、言葉を続ける。

「完全開放を使う許可と、殿下に首輪をつけていただきたく思います。加えてお許しが頂けるのであれば、いざという時は殿下が私を生きたまま操って下さるよう、お願い申し上げます」

 閉口する。
 生きたまま操るのはできないことはない。さらに言えば、相手の許可があるなら難易度が下がる。されど、それは他人の魔力が思いっきり流れ込むことであり、影響は大きい。だからこそセスは死体を中心にしていたし、シルヴェンヌと組むときも彼女主体で魔力を供給していた。

「殿下、この作戦は陽動役として怪我した者を配備することでこの城に引き込んだ時に彼らの安全を確保することも兼ねているです。そして勇者一行に冷静に仲間を増やしてからという戦略を取らせないためには、戦士か魔法使いを倒して勇者と僧侶による判断を押し通させる必要があります。特に、魔法使いを倒せれば城で殿下がその死体を操った時に相手が連携を取りにくい分断を行うことができます。後衛となるべき勇者が前に出るわけですから」
「ナギサの危険が大きすぎる」
「代案があるなら、その言葉を受け入れましょう」

 ナギサが、その薄紫色の瞳を強くセスに向けてきた。
(強情な奴め)
 奥歯を噛み締めながら、セスは頭をフル回転させる。しかし、何も出てこない。

「ニチーダ」
「良い策だと思いますよ。撤退はナギサの解放を使って巨大な妖狐になれば陽動をしつつ追いつかれることなく城に撤退できますし」

 否定の言葉が出ることを期待していたが、セスの予想通りにニチーダはこの策を受け入れた。
 ゆっくり息を吸い、大きく吐き出す。
 自分から振ったのだ。多数が自分の意見と違うことになったとしても、受け入れるしかあるまい。

「わかった。その作戦で行こう」

 セスは重い息とともに言葉を吐き出した。

「ありがとうございます」

 ナギサが静かに言って、立ち上がる。

「問題は、これ、ナギサが言ったら不味いですよね。殿下とシルヴェンヌさんを引き離すような作戦内容ですし……」

 ニチーダが一番不安げな顔をした。

「我から伝えよう。だが、伝える前に実行できる程に詰めておいた方が良いの。ナギサ、ロルフを呼んできてくれ」
「は」

 ナギサが離れていく。

「殿下、何か甘いもの持ってきますね」
「ああ」

 ニチーダに適当に返事をすると、彼女が立ち上がる音が聞こえた。次いで、足音と扉が開く音、閉まる音。最後に出たのは、セスの重い溜息だった。
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