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名称継承編
ニチーダ・クリンゲルと先王陛下の命 1
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「ここが、陛下の最期の部屋にございます」
先に様子を知っておきたい、と言って回った城の中のほとんどは、どこもかしこも壊れていた。絵画は外されて適当に地面に落とされ、破けているものもある。絨毯は剥がされ、カーテンは強引にちぎられ、棚と言う棚は文字通りひっくり返されて、部屋はしっちゃかめっちゃかになっており、武器庫の多くは中身を空にしていた。厨房は片付けたような跡があったが、物は大分減っているように見受けられた。
そして、この玉座の間も、同様に、荒れ果てている。
ただ、一部違う点は、こちらは物取りのように荒された痕跡よりも戦闘の痕跡が多いこと。床が割れ、所々足よりも少し大きい形を中心にひび割れている。高い天井から吊り下げられていたシャンデリアは一部が欠けており、潰れた卵の様だ。壁は破壊痕が蜘蛛の巣のように張り巡らされており、無事な場所を探すのに苦労する。玉座が無事なのは、ある種の奇跡かそれとも守り切ったのか。
「最期の場所。そうわかるってことは、貴方は見ていたのかしら?」
「戦闘になったところと、部屋から生きて出てきたのが勇者一行だったことは見ていました」
ナギサが柄に手をかけ、セスとニチーダの間に入った。質問をしたシルヴェンヌも弓を取り出し握っている。ロルフは、のんびりと警戒している様子すらなく、むしろ無事な天井を興味深げに見ていた。
「武器を下げよ」
動じる様子のないニチーダを見ながら、セスはナギサとシルヴェンヌに言った。
ナギサが柄から手を離すものの、柄の上に浮かせたままニチーダを見据えている。シルヴェンヌはそもそも構える段階にもなってなかったというのを言い訳にするのか、指先一つ動かさなかった。
「殿下、お心遣い感謝します。ですが、お二人が敵意を向けるのも尤もなこと。陛下の命どころか遺体すら取り戻すことができなかったのは事実ですから」
(やはりないのか)
セスは玉座を横目で見た。
セスの父の遺体は、感情的な意味と戦略的な意味としても欲しかったものである。仮にも恐れられた王だ。その実力の十割を発揮できなくとも、セスの力で使えるのだから勇者一行に対する一番の札になったはずである。
「取り戻せなかったのか、取り戻そうとしなかったのか。なぜ四天王でありながら、陛下が身罷られたのに五体満足で効果の違う結界を二重に張れるほどの力が残っていたのか。説明してくださる?」
随分と棘のある音だったが、セスも聞きたいことだったので何も言わない。
ニチーダが座る場所のある所へ案内しようとしているのか、腰を少し曲げて手で廊下に行こうと合図をした。セスが歩き出し、三人も続く。
「殿下やベルスーズ姫、クノヘ嬢と……ええと……すみません、お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
ニチーダが引き締まった表情で口を開いたのにも関わらず、すぐに困ったような申し訳ないような顔に変わった。
「ロルフ・ガイエルです。四天王仲間になるはずなんで覚えてくれるとありがたいなあ」
「はい! しっかりと覚えました!」
ロルフは何かしらのツッコミやもしかしたら戸惑いなどを期待していたのかもしれないが、素直にニチーダが返した。
「えっと、とにかく、皆さんも聞きたいことが多いと思いますので、まずは陛下から賜った最後の命令から話をさせていただきます」
セスは先頭を行くニチーダの顔を斜め後ろから見た。
「陛下が私に下された命令は四つあります。優先順位の高いものから行きますと、第一に殿下をお出迎えすること。第二に陛下の死後も生き残った城にいる者をまとめること。第三にヴァシム城の保持。第四に、死亡した者の遺体を取り返すことです」
シルヴェンヌかナギサ辺りが口を挟むだろうと思って、セスは後ろに向けて手を肩の上まで上げて、後方からの発言を封じる。
「順を追って、命令の背景を聞かせてもらおうかの」
「はい。第一の命令に関しましては、先にヴァシム城が襲われた以上、無駄な戦いを挑みはしないだろうという判断がありました。殿下の元に戦いを決断できるだけの勢力を配備してはおりませんでしたから」
「配備、しなかった……?」
絶対零度のシルヴェンヌの声が後ろから聞こえた。
「はい。一番避けなければならないことは、陛下と殿下が同時に討ち取られることです。代々サグラーニイ家が行って来たことは種族間の争いに武力が用いられることを減らすための体系づくり。衝突を減らすために積極的に武力介入を行うなど矛盾した面も見られましたが、数を大きく減らす羽目になる種族が減ったのも事実です」
冷え切った空気の中にニチーダのやわらかな声が入るが、温度は変わらない。
知っていることを言っているだけだから仕方ないと言えば仕方ないことだが。
「そうしているうちに、言葉を介する種族のまとめ役としてサグラーニイ家が長として君臨するようになりました。特に先王、アンヘル・サグラーニイ陛下は歴代最大版図を築き上げるカリスマ性の持ち主。しかし、それは軍事力を背景にした力による屈服も多く含まれており、また、外から見たら纏まっているように見える集団は人間の敵とみなされて勇者と呼ばれる者を作り上げてしまったのです。では、ここでサグラーニイの血が途絶えてしまえば、どうなると思いますか?」
先生のようにニチーダがセスの後ろの三人にふった。
「力に自信のある種族が真似を始めて、自信のない奴らは近くの種族にくっつく。押さえつけられていた奴らは不満を発散するように陛下の味方に攻撃を始めて荒れる、とか?」
ロルフが答える。
「そうです。折角まとめ上げたものが、崩れるのは容易に想像がつきます。ですが、唯一の正統後継者である殿下が生きていれば、混乱は少なくなります。だから陛下は殿下以外の子を作ろうとしなかったわけでもありますし、殿下に着けた軍の構成を領地が近いだけの日和見主義者や反乱の可能性がある者を多くして戦わせないようにしました。故に、殿下をお出迎えするように、と私に言ったのです」
「それは、セス様に期待していないのと同義ではなくて?」
「いいえ。そうではありません。殿下の置かれる状況が大変であるからこそ第二の命令があるのであり、殿下が立て直せると判断したからこそ陛下は自分に殉じないように言ったのです」
長机のある部屋に着く。
何時の間に準備していたのか飲み物が人数分置かれており、セスを上座にして席に着いた。ナギサだけは飲み物を無視して、セスの後ろに立っている。
「陛下は三度、非戦闘員に逃げるように言いました。泣く泣く部族の者をまとめて撤退した者も、それでも断った城に残った者もおります。私の仕事は、その残った者が殉じるのを思いとどまらせて殿下に仕え、殿下にできる限りの権威を持たせることです」
「そのための城の保持か」
信頼を示すために、誰よりも早くセスは飲み物を口に含んだ。
いつも通り、ナギサからきつい視線が送られてくる。
「はい。ヴァシム城はその美麗さで圧倒する城です。残念ながら、保持と言ってもこれ以上荒れないように落城時の状況を残すので精一杯になってしまいましたけど……」
「いや、よくぞ守り通してくれた」
ニチーダが目を閉じて、首を横に振った。髪の毛の先がゆらゆらと動きに従う。
「守れたのかは、わかりません。城の景観は損なわれ、武器は七割、食料は九割が奪われました。奪われた物、壊された物が相次いだため、残された芸術品の類は四割ほどでしょう」
「奪われた物は取り返せばよい」
「それだけではないのです……」
責めているように見えないように気をつけながら、セスはニチーダに視線を注ぎ続ける。
「第四の命令。陛下の遺体の奪還。これを、一つも遂行することができませんでした。非戦闘員であろうと人間と出会えば殺され、取り返そうとする人を止めることもできず、私の援護は僧侶イルザに防がれ、彼女の援護をなくすのが精一杯。地力の差で死人を増やしてしまい、大勢の仲間の死体を運び出されてしまいました」
(我が種族だけで四百人近く。無事な遺体はもっと少ないだろうが、相当な数だの。その時から既に、魔族展の企画があったかもしれぬな)
ふと、セスが思考を忌々しい出来事に飛ばしている間にニチーダが立ち上がり、跪いた。
「殿下。陛下の命令を全て遂行することができず、申し訳ありません。ひとえに私の不徳の致すところ。どのような処罰も受ける所存です」
髪はさらりと垂れさがり、先に至っても揺れはない。ほんわかとした雰囲気とは正反対に、ロルフの名前を聞くとき以外には目立った動揺無く、我を貫いている。
流石は四天王。魔族の最上位の存在。といったところか。
「ニチーダ、そなたはよくやってくれている。称賛や感謝の言葉を贈ることはあっても、処罰を言い渡すことはない」
「ありがとうございます」
頭が一つ下がった。
同時に、扉が三回叩かれる。
ニチーダに動きが無いのを確認してから、セスが口を開いた。
「入れ」
「は。失礼します」
くぐもった声が聞こえてから、扉が開く。案内役と思われる男性と、その後ろにフェガロフォト。それだけで、大体の用件は察することができた。
扉が閉まる。
「ナリズマ以下五名、無事に入城しました」
ナリズマは侍女の一人だ。一番年齢が高く、まとめ役であると、セスは記憶している。
「ご苦労」
セスの言葉の後に、返事ときびきびした動作があった。その間に、ニチーダが顔を上げて立ち上がる。
「殿下、保存の結界は文字通り状態を維持するものですが、私の許可があれば変わることもあります。厨房や浴場などの最低限の生活の場は整えてありますので、順次旅の疲れを取って行っては如何でしょうか」
「そうだの」
「さしあたって、まずはその、ここにいる皆様からと言うことになりますが……シルヴェンヌ様から、という形でしょうか?」
言いにくそうにした後、ニチーダがシルヴェンヌの方へと近づいて、耳打ちするようになにやら口を動かした。ニチーダの顔はほんのりと紅くなっている。シルヴェンヌの顔色は変わらなかったが、合点がいったように、小さく背を伸ばし、セスの方をちらりとみてからニチーダと視線を合わせた。ニチーダが離れる。
「セス様、不敬かもしれませんが、ニチーダさんの提案通り、わたくしからでもよろしいでしょうか?」
「ああ。構わん。後の者のことは気にせず、ゆっくりとするがよい」
席から立ちあがり、シルヴェンヌがスカートをつまんで優雅に礼をする。
反転すると今度は一転して軍人のごとくきびきびと歩き、フェガロフォトに「ナリズマを呼んで」と指示を飛ばして部屋を出た。案内役の男も部屋を出る。
「あー、俺も、ちょっとお手洗いに」
ニチーダと視線の合ったロルフがあっけらかんと言って部屋から出て行った。
先に様子を知っておきたい、と言って回った城の中のほとんどは、どこもかしこも壊れていた。絵画は外されて適当に地面に落とされ、破けているものもある。絨毯は剥がされ、カーテンは強引にちぎられ、棚と言う棚は文字通りひっくり返されて、部屋はしっちゃかめっちゃかになっており、武器庫の多くは中身を空にしていた。厨房は片付けたような跡があったが、物は大分減っているように見受けられた。
そして、この玉座の間も、同様に、荒れ果てている。
ただ、一部違う点は、こちらは物取りのように荒された痕跡よりも戦闘の痕跡が多いこと。床が割れ、所々足よりも少し大きい形を中心にひび割れている。高い天井から吊り下げられていたシャンデリアは一部が欠けており、潰れた卵の様だ。壁は破壊痕が蜘蛛の巣のように張り巡らされており、無事な場所を探すのに苦労する。玉座が無事なのは、ある種の奇跡かそれとも守り切ったのか。
「最期の場所。そうわかるってことは、貴方は見ていたのかしら?」
「戦闘になったところと、部屋から生きて出てきたのが勇者一行だったことは見ていました」
ナギサが柄に手をかけ、セスとニチーダの間に入った。質問をしたシルヴェンヌも弓を取り出し握っている。ロルフは、のんびりと警戒している様子すらなく、むしろ無事な天井を興味深げに見ていた。
「武器を下げよ」
動じる様子のないニチーダを見ながら、セスはナギサとシルヴェンヌに言った。
ナギサが柄から手を離すものの、柄の上に浮かせたままニチーダを見据えている。シルヴェンヌはそもそも構える段階にもなってなかったというのを言い訳にするのか、指先一つ動かさなかった。
「殿下、お心遣い感謝します。ですが、お二人が敵意を向けるのも尤もなこと。陛下の命どころか遺体すら取り戻すことができなかったのは事実ですから」
(やはりないのか)
セスは玉座を横目で見た。
セスの父の遺体は、感情的な意味と戦略的な意味としても欲しかったものである。仮にも恐れられた王だ。その実力の十割を発揮できなくとも、セスの力で使えるのだから勇者一行に対する一番の札になったはずである。
「取り戻せなかったのか、取り戻そうとしなかったのか。なぜ四天王でありながら、陛下が身罷られたのに五体満足で効果の違う結界を二重に張れるほどの力が残っていたのか。説明してくださる?」
随分と棘のある音だったが、セスも聞きたいことだったので何も言わない。
ニチーダが座る場所のある所へ案内しようとしているのか、腰を少し曲げて手で廊下に行こうと合図をした。セスが歩き出し、三人も続く。
「殿下やベルスーズ姫、クノヘ嬢と……ええと……すみません、お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
ニチーダが引き締まった表情で口を開いたのにも関わらず、すぐに困ったような申し訳ないような顔に変わった。
「ロルフ・ガイエルです。四天王仲間になるはずなんで覚えてくれるとありがたいなあ」
「はい! しっかりと覚えました!」
ロルフは何かしらのツッコミやもしかしたら戸惑いなどを期待していたのかもしれないが、素直にニチーダが返した。
「えっと、とにかく、皆さんも聞きたいことが多いと思いますので、まずは陛下から賜った最後の命令から話をさせていただきます」
セスは先頭を行くニチーダの顔を斜め後ろから見た。
「陛下が私に下された命令は四つあります。優先順位の高いものから行きますと、第一に殿下をお出迎えすること。第二に陛下の死後も生き残った城にいる者をまとめること。第三にヴァシム城の保持。第四に、死亡した者の遺体を取り返すことです」
シルヴェンヌかナギサ辺りが口を挟むだろうと思って、セスは後ろに向けて手を肩の上まで上げて、後方からの発言を封じる。
「順を追って、命令の背景を聞かせてもらおうかの」
「はい。第一の命令に関しましては、先にヴァシム城が襲われた以上、無駄な戦いを挑みはしないだろうという判断がありました。殿下の元に戦いを決断できるだけの勢力を配備してはおりませんでしたから」
「配備、しなかった……?」
絶対零度のシルヴェンヌの声が後ろから聞こえた。
「はい。一番避けなければならないことは、陛下と殿下が同時に討ち取られることです。代々サグラーニイ家が行って来たことは種族間の争いに武力が用いられることを減らすための体系づくり。衝突を減らすために積極的に武力介入を行うなど矛盾した面も見られましたが、数を大きく減らす羽目になる種族が減ったのも事実です」
冷え切った空気の中にニチーダのやわらかな声が入るが、温度は変わらない。
知っていることを言っているだけだから仕方ないと言えば仕方ないことだが。
「そうしているうちに、言葉を介する種族のまとめ役としてサグラーニイ家が長として君臨するようになりました。特に先王、アンヘル・サグラーニイ陛下は歴代最大版図を築き上げるカリスマ性の持ち主。しかし、それは軍事力を背景にした力による屈服も多く含まれており、また、外から見たら纏まっているように見える集団は人間の敵とみなされて勇者と呼ばれる者を作り上げてしまったのです。では、ここでサグラーニイの血が途絶えてしまえば、どうなると思いますか?」
先生のようにニチーダがセスの後ろの三人にふった。
「力に自信のある種族が真似を始めて、自信のない奴らは近くの種族にくっつく。押さえつけられていた奴らは不満を発散するように陛下の味方に攻撃を始めて荒れる、とか?」
ロルフが答える。
「そうです。折角まとめ上げたものが、崩れるのは容易に想像がつきます。ですが、唯一の正統後継者である殿下が生きていれば、混乱は少なくなります。だから陛下は殿下以外の子を作ろうとしなかったわけでもありますし、殿下に着けた軍の構成を領地が近いだけの日和見主義者や反乱の可能性がある者を多くして戦わせないようにしました。故に、殿下をお出迎えするように、と私に言ったのです」
「それは、セス様に期待していないのと同義ではなくて?」
「いいえ。そうではありません。殿下の置かれる状況が大変であるからこそ第二の命令があるのであり、殿下が立て直せると判断したからこそ陛下は自分に殉じないように言ったのです」
長机のある部屋に着く。
何時の間に準備していたのか飲み物が人数分置かれており、セスを上座にして席に着いた。ナギサだけは飲み物を無視して、セスの後ろに立っている。
「陛下は三度、非戦闘員に逃げるように言いました。泣く泣く部族の者をまとめて撤退した者も、それでも断った城に残った者もおります。私の仕事は、その残った者が殉じるのを思いとどまらせて殿下に仕え、殿下にできる限りの権威を持たせることです」
「そのための城の保持か」
信頼を示すために、誰よりも早くセスは飲み物を口に含んだ。
いつも通り、ナギサからきつい視線が送られてくる。
「はい。ヴァシム城はその美麗さで圧倒する城です。残念ながら、保持と言ってもこれ以上荒れないように落城時の状況を残すので精一杯になってしまいましたけど……」
「いや、よくぞ守り通してくれた」
ニチーダが目を閉じて、首を横に振った。髪の毛の先がゆらゆらと動きに従う。
「守れたのかは、わかりません。城の景観は損なわれ、武器は七割、食料は九割が奪われました。奪われた物、壊された物が相次いだため、残された芸術品の類は四割ほどでしょう」
「奪われた物は取り返せばよい」
「それだけではないのです……」
責めているように見えないように気をつけながら、セスはニチーダに視線を注ぎ続ける。
「第四の命令。陛下の遺体の奪還。これを、一つも遂行することができませんでした。非戦闘員であろうと人間と出会えば殺され、取り返そうとする人を止めることもできず、私の援護は僧侶イルザに防がれ、彼女の援護をなくすのが精一杯。地力の差で死人を増やしてしまい、大勢の仲間の死体を運び出されてしまいました」
(我が種族だけで四百人近く。無事な遺体はもっと少ないだろうが、相当な数だの。その時から既に、魔族展の企画があったかもしれぬな)
ふと、セスが思考を忌々しい出来事に飛ばしている間にニチーダが立ち上がり、跪いた。
「殿下。陛下の命令を全て遂行することができず、申し訳ありません。ひとえに私の不徳の致すところ。どのような処罰も受ける所存です」
髪はさらりと垂れさがり、先に至っても揺れはない。ほんわかとした雰囲気とは正反対に、ロルフの名前を聞くとき以外には目立った動揺無く、我を貫いている。
流石は四天王。魔族の最上位の存在。といったところか。
「ニチーダ、そなたはよくやってくれている。称賛や感謝の言葉を贈ることはあっても、処罰を言い渡すことはない」
「ありがとうございます」
頭が一つ下がった。
同時に、扉が三回叩かれる。
ニチーダに動きが無いのを確認してから、セスが口を開いた。
「入れ」
「は。失礼します」
くぐもった声が聞こえてから、扉が開く。案内役と思われる男性と、その後ろにフェガロフォト。それだけで、大体の用件は察することができた。
扉が閉まる。
「ナリズマ以下五名、無事に入城しました」
ナリズマは侍女の一人だ。一番年齢が高く、まとめ役であると、セスは記憶している。
「ご苦労」
セスの言葉の後に、返事ときびきびした動作があった。その間に、ニチーダが顔を上げて立ち上がる。
「殿下、保存の結界は文字通り状態を維持するものですが、私の許可があれば変わることもあります。厨房や浴場などの最低限の生活の場は整えてありますので、順次旅の疲れを取って行っては如何でしょうか」
「そうだの」
「さしあたって、まずはその、ここにいる皆様からと言うことになりますが……シルヴェンヌ様から、という形でしょうか?」
言いにくそうにした後、ニチーダがシルヴェンヌの方へと近づいて、耳打ちするようになにやら口を動かした。ニチーダの顔はほんのりと紅くなっている。シルヴェンヌの顔色は変わらなかったが、合点がいったように、小さく背を伸ばし、セスの方をちらりとみてからニチーダと視線を合わせた。ニチーダが離れる。
「セス様、不敬かもしれませんが、ニチーダさんの提案通り、わたくしからでもよろしいでしょうか?」
「ああ。構わん。後の者のことは気にせず、ゆっくりとするがよい」
席から立ちあがり、シルヴェンヌがスカートをつまんで優雅に礼をする。
反転すると今度は一転して軍人のごとくきびきびと歩き、フェガロフォトに「ナリズマを呼んで」と指示を飛ばして部屋を出た。案内役の男も部屋を出る。
「あー、俺も、ちょっとお手洗いに」
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