デコボコな僕ら

天渡清華

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その3

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「ねえ、店変えない? お茶でもしようよ」
 俺はうなずいた。もっと大沼といたい。今日は贅沢しちまったけど、お茶代ぐらいなら出せるし。
 店を出た俺達は、近くにあった遅くまでやってるチェーンの喫茶店で閉店近くまでまったりして、浅草橋の駅前で別れた。駅のホームで、早速スマホで鶴松を検索。
「創業享保年間、受け継がれてきた味」なんてキャッチコピーが検索結果の上位に出てくる。享保の改革って確か、学校で習ったよな。八代将軍吉宗がやったんだったよな? 思ってたより古い。老舗も老舗じゃねえか。
 公式サイトを開いて、いろいろと見てみる。人形町に本店になる料亭と本社。それに弁当を作ってる工場も別に二ヶ所ある。従業員数はパート、アルバイトを入れて三百人ぐらい。従業員数だけで見ても、スター文具の三倍以上だ。
 会長、大沼清武、社長、大沼清成。これ、会長が大沼のじいちゃんで、社長は父ちゃんか。サイトに載ってる二人の写真は確かに、大沼に似てる。痩せてすらっとした、イケメンの名残を残しつつ年を取ってる、厳しそうな顔の会長。がっしりした体格に、優しそうな笑顔の社長。特に社長は、大沼が太ったらこうなるんだろうなってぐらい、笑った顔がそっくりだ。年取ったら、大沼はどっちに似るんだろう。
 電車が来た。運よく座れて、もう一度じっくりと会社沿革とかのページを読む。一七〇〇年代から始まる沿革には、大きな出来事しか書いてない。でも、戦争やらなにやらも乗り越えて成長してきた会社の歩みが分かって、すげえなって思っちまった。老舗なら、多かれ少なかれみんなそうなんだろうけど。
 スマホから目を離す。目の前には、腕組みしてだらしなく寝てる中年サラリーマン。隣で少し迷惑そうにしてる、俺と同い年ぐらいのスーツ姿の女性。頭上でゆらゆらしてる中吊り広告。
 代々受け継がれ、企業として大きくなってきた鶴松を、大沼はいずれ継がなきゃならねえ。それを考えたら、俺の方がめまいを起こしそうだ。俺があいつのためにしてやれること、なんかあるかな。ちょっとおこがましいけど、支えてやれたらいいな。
 
 
「え、誕生日に気づいてないふりして誘った!? ちょ、なんなんスかそれ!」
「バカ、声がでけえよ」
 昼休み、例によって隅田川テラスで。今の俺が気軽に相談できる相手というと寺田で、サプライズを成功させたくて誘い出して相談を持ちかけた。
「先輩、なかなかやりますね。恋愛テクとしてはかなり高度じゃないスか?」
 え、そうなのか? 全然そんなつもりはなかった俺は、思わずきょとんとしてしまった。
「大沼さんちの近くを選んだのも、ついでに家に行っちゃおうってことですよね?」
「いや、行くの楽な方が大沼にもOKもらいやすいかなって」
 きょとんとしたまま言うと、寺田は苦笑い。そっか、その発想はなかった。
「ま、結果オーライっスね。それで大沼さんはなんて?」
 俺は大沼とのやりとりをまんま伝えた。あの後も、大沼は誕生日のことはなんも言わない、それが不思議だとも。
「うわ、それ絶対わざと言わなかったんじゃないスか? 二人きりなのかどうかも、確認してるんスよねえ?」
 俺の話を聞いて、寺田の瞳が輝いた。
「さすが、策士だなあ」
 寺田は一人でワクワクしている。でも俺にはよく分からない。そんな俺に気づいて、少し得意げに言う寺田。
「誕生日だってバラしたら、分かってたにしろ分かってなかったにしろ、気まずくないスか?」
 なるほど、それはそうだ。あいつが黙ってるからこそ、俺の方も気づいてないふりのままサプライズの準備ができるわけで。
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