デコボコな僕ら

天渡清華

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その2

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 九月になった。いよいよ俺も営業としてひとり立ちというのか、担当エリアを持たされることになり、明日は引き継ぎの挨拶で改めて各取引先を回ることになる。
 さすがに不安で、渡された引き継ぎの資料を何度も読みこんだり書きこみしてたら、いつの間にか周りも帰ってた。帰る時に声をかけられた気もするけど、覚えてねえ。
 もう時計は七時半になろうとしてた。そりゃ腹が減るはずだ。さすがに帰ろう。社内資料は持ち帰り禁止だから、まだ読みたい気もするけどきれいにまとめて引き出しにしまう。
 立ち上がると、奥の広報部にぽつんと三谷部長が残ってた。森部長と同じく、窓を背負うようにして、部下達のシマとちょっと離したところに広めのデスクがある。
 物音に気づいて、三谷部長が顔を上げた。華奢なフレームのメガネが、ちょっと神経質そうなシャープな顔立ちによく似合ってる。
「なんだ、まだ残ってたのか」
 がらんとしたオフィスに響く、部長の低めの声。この人はうちの部長とは正反対って感じだけど、同い年で大学も一緒だったとかで、仲がいい。
「はい、でももう帰ります」
 俺の言葉に、三谷部長が微笑む。笑うとすごく柔らかい表情になって、俺はこの人が嫌いじゃない。
「気をつけてな」
 お疲れさまでした、と頭を下げ、俺はオフィスを出た。今日はそこら辺で適当になんか食べて帰ろうかな。
 駅前のチェーン店に行くことにして、歩き出す。九月に入ると少し秋めいてきて、夜風が気持ちよく感じられる日も多くなってきた。
 俺は今夜寝れるんだろうか。だいぶ緊張してる気がする。寝なけりゃ頭も回らないから、しっかり睡眠を取りたいとこだけど。
「よし、もう一軒、いつもの店行こう。面倒だからタクシーな」
 そんな声が前から聞こえて、なんとなく声のした方に目をやる。背の高いサラリーマンらしき男性二人……って、大島専務と大沼じゃん!
 俺は二人に見つからないように、こそこそと歩道の右端に寄れるだけ寄った。少し二人に背を向けるようにして、スマホを取り出していじっているふりをする。
「じゃあタクシー代は俺が出すね」
「なに言ってんだ、お前に払わせるわけにはいかねえよ」
 そうっと斜め後ろをうかがうと、専務は大沼の肩を抱いて、優しくたたいていた。地元が一緒の知りあい同士にしては、やっぱり仲よすぎねえ? 
「え~、俺に出させてよ」
 心なしか甘えるような、大沼の声。専務は少し顔が赤い。酔ってるみてえだ。だから密着度がアップしてるのか。
「俺も自分の給料を好きにできるようになったのに」
「その気持ちだけでうれしいよ」
 専務が大沼の頭をぽんぽんと撫でる。にこにこして、かわいくて仕方ない、って感じで。大沼の表情はここからは見えない。でもされるままってことはまんざらでもねえんだろう。
「酔っぱらっちゃって。ほら、乗って」
 タクシーを止めた大沼が専務を支えるようにして先に乗せ、自分も乗りこむとタクシーは進行方向にそのまま走り去った。
 どう見たってただの知りあいじゃねえだろ、あれは。
 俺は呆然としながら、歩き始めた。腹が減ってる。でも、なんか食うって行為がかったるくなっちまった。それでも惰性で、行こうと思ってた店に入り、適当に食券を買って空いてたカウンター席に座る。なにかに操られてるみてえに、ぎこちなく。
 やっぱり、大沼と専務はデキてるんじゃねえのか? 二人で昼行ったり、夜会ってたり。いつもの店ってことは、それなりの頻度で一緒に飲んでるってことだよな? もう一軒行ったその後に帰る先は、大沼んちだったりして? いやいやダメだろ、そんなこと考えちゃ。
 やけに明るい店内で、俺は頭を抱え肘をテーブルにつけて、ため息をついた。苦しい。恋って、こんなに苦しいもんか?
 お待たせしました、と言う店員の声に顔を上げる。落ちこむ暇もなく、目の前にハンバーグ定食が置かれた。立ちのぼるにおいに腹は反応しても、うまそうだとは思えない。でも食わなきゃな。
 こんなに、なんとも感じねえメシは初めてだ。なんかあったかいもんを食ってる、そんな感覚。ただ、口に運ぶ。さっき見た情景や、大沼の笑顔。浮かんでは消えて、泣きそうになる。
 裏切られたとか思うのは、お門違いだ。俺が勝手に大沼を好きになって、勝手にへこんでるんだから。それに俺の誤解かも知れない。そう思っても、心はどんどん闇に沈んでいくようだ。
 なんらかの物質としか思えなくなっちまったメシを、咀嚼しては飲みこむ作業を繰り返す。飲みこむ度に、じわっと涙がにじむ。鼻をすすり上げる。
 ああ俺、大沼が好きだ。本当に好きだ。人を好きになるって、つれえな。
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