この街で

天渡清華

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 鼻歌が立ち上る湯気と溶けあって消えていくのが、見えるようだった。穏やかな微笑みを浮かべて料理するダイスケ。そのそばで鼻歌を歌いながら、料理ができるのを待つ自分。料理をするにおいや音はそのまま、幸福感となってシュウを包む。優しくなでて大事にしたいような時間。
「俺もその歌、好きだよ」
 大きめの皿を三枚食器棚から出しながら、ダイスケが微笑みを深める。
「あれっ、なんで三人分?」
 今日はクラブの定休日だった。せっかくの二人きりの時間を邪魔されてしまうのかと、シュウは思わず立ち上がってダイスケの方に身を乗り出す。
「帰った時に自分の分がないと、カズキが怒るんだ」
「子供かよ。あいつも料理人なら自分で作ればいいじゃん」
 ダイスケは少し困ったように笑い、できあがったばかりの炒め物を均等に三枚の皿の端に盛りつけ、作っておいたマリネなどもその横に皿を飾りつけるように置いていく。あっという間に華やかな、そのまま店でも出せるような惣菜の盛りあわせができたと同時に、ガーリックトーストを焼いていたトースターが鳴った。
「魔法みたいだよね」
 もう何度も、ダイスケの部屋で料理を作ってもらっていても、計算された料理の彩りや時間配分の巧みさに感心せずにはいられない。
「そう思わせられたら、成功だよ」
 ただ優しいだけではない笑顔を裏から支えている自信が、一瞬きらめいて消える。
 料理を盛りつけた皿の一つにラップをかけると、ダイスケはあとの二つをカウンターに置き、ワイングラスを二つ手にしてキッチンを出た。シュウはその皿を、すでにカトラリーがセッティングされている食卓に並べる。
 カウンターには何本もワインが置かれており、少しその前で悩んで、ダイスケは赤ワインを一本選んだ。ダイスケが料理を作ることはもちろん、食べることも楽しみ、おろそかにしない態度がシュウは好きだった。
「さて、食べようか」
 ワインで乾杯し、イカの炒め物を頬張る。イカに絡む、トマトの酸味とガーリックの風味のバランスがいい。ダイスケは料理を頬張った途端に笑顔になったシュウを、少しうれしそうに見ながらワインを飲む。
「ホントにうまいよ。最高」
 いろいろ言ってほめたいが、結局そんなことしか言えない。それでもダイスケは、うれしそうにうなずく。おいしいと言ってもらえれば、それで充分なのだという。
 二人で食卓を囲み、同じものを食べる。ただそれだけでこんなにも心満たされる。それはシュウにとって、ほぼ忘れかけていた感覚だった。
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