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「お前は……なんでそんなっ……」
それ以上は、言葉にならなかった。
村田は強いから、きれいなんだ。今さら気づいた。村田をしっかりと内側から支えている強さを、ただきれいだきれいだと思っていた俺は、その強さに思いっきり反撃を食らっちまった。
「……泣くなよ……」
本当に途方に暮れた声で、村田が言う。なんかもう、むちゃくちゃだ。ぼろぼろガキみたく涙が出てくる。
俺はバカだ。本当にバカだ。これは、凌太のため。村田にとってこれは取引。これで終わりにしてくれと、そういうことなんだ。
これだけはすべきじゃなかった。今さらそう思い知っても、遅い。もうこれからは、好きだった、と過去形にしなきゃならない。それが力ずくで人生を重ねる代償。
本当に欲しいものは、手に入らない方がいい。俺は口ではそんな分かったようなことを言って、実際には全然分かってなかった。そう言えば楽屋で俺の言うのを聞いて、凌太はなんでかやたらびっくりした顔をしてたっけ。あいつにはもう、分かってたんだろうか。
村田がベッドに座ると、いつもつけてるさわやかな香水の香りが、俺の鼻をそっとくすぐる。
「油断しちゃったな」
苦笑混じりの、低いつぶやき。まだ短くなった髪に慣れていないように、自分の髪をなでる手。やっぱり、俺は見とれてしまう。
俺はただ好きで、欲しくて、ヤりたい一心だった。だからダメだったとしてもさ、その強さはやっぱ、残酷だよ。俺だって、俺にだって、頑張れば……。
「なあ、好きなんだよ、村田。なのにまさか、まさか凌太とっ……!」
本当は俺には無理だって、これが俺なんだって、よく分かってる。だから涙が止まらねえんだ。せめて過去形にする前に、思う存分言っておきたい。届く前に壊れるって分かってたって。
「悪いけど」
村田は俺を見据えたまま、声をきっぱりと置いた。
この髪も、瞳も唇も声も、長くて細い指も、俺が好きでたまらないものは、なに一つ俺のものにならない。死ぬほど苦しい。肉食動物になりきれたらよかったのに、それもできない。最悪だ。
「でも、好きなんだ」
言うたびに、生命がむしり取られるようだ。それでも、俺は言う。言って、なに一つ俺のものにならないぬくもりを、愛でる。
「好きだよ」
村田はゆっくり、だけど隙なく冷たく、首を横に振った。
捕食者の傲慢をすっかり失くした俺は電気を消し、ベッドのそばのカーテンを開けて、うっすら入ってくる夜の街の明かりを取り入れた。そういう薄い闇の中で、村田がきれいに見えると分かってるから。
ほら、やっぱりきれいだ。涙でにじむ横顔に、俺は見とれた。
薄明かりを頼りに、村田が立ち上がってエアコンをつけようとする。その背中を後ろから抱いた。スイッチが入った合図が、一瞬やかましく闇を裂く。それさえ耳に刺さるのに耐え、じっとり汗ばんだ首筋に顔を押しつけた。
俺を避けるように首を傾ける。その仕草が、さっきよりも鋭く俺を刺す。でも俺にやめるつもりはなかった。苦しくても、これっきりでも、許された以上は村田を抱きたかった。
両手で村田の身体のラインをなぞり、腰にたどり着くとジーンズの前をはだけた。香水が鼻先でちょっとだけ強く香る。その、朝香水をつけただろう部分を軽く吸う。すると嫌がるように村田が身体を揺らした。構わず、下着の中に手を入れる。案の定そこは、ふにゃふにゃのままだ。
「ちょっとは、感じてくれよな」
下着ごとジーンズを膝まで下げて、両手で村田のそれを愛撫する。思いつく限り、感じて欲しくて技を尽くす。もちろん、舌は全力で耳を責める。
「あ……」
嫌々抱かれてたって、こうまでされたらたまったもんじゃないだろう。村田は俺の腕の中で、恥ずかしげに身をよじった。手の中のそれも、ゆっくりと硬くなっていく。
「胸は、感じんのか?」
それ以上は、言葉にならなかった。
村田は強いから、きれいなんだ。今さら気づいた。村田をしっかりと内側から支えている強さを、ただきれいだきれいだと思っていた俺は、その強さに思いっきり反撃を食らっちまった。
「……泣くなよ……」
本当に途方に暮れた声で、村田が言う。なんかもう、むちゃくちゃだ。ぼろぼろガキみたく涙が出てくる。
俺はバカだ。本当にバカだ。これは、凌太のため。村田にとってこれは取引。これで終わりにしてくれと、そういうことなんだ。
これだけはすべきじゃなかった。今さらそう思い知っても、遅い。もうこれからは、好きだった、と過去形にしなきゃならない。それが力ずくで人生を重ねる代償。
本当に欲しいものは、手に入らない方がいい。俺は口ではそんな分かったようなことを言って、実際には全然分かってなかった。そう言えば楽屋で俺の言うのを聞いて、凌太はなんでかやたらびっくりした顔をしてたっけ。あいつにはもう、分かってたんだろうか。
村田がベッドに座ると、いつもつけてるさわやかな香水の香りが、俺の鼻をそっとくすぐる。
「油断しちゃったな」
苦笑混じりの、低いつぶやき。まだ短くなった髪に慣れていないように、自分の髪をなでる手。やっぱり、俺は見とれてしまう。
俺はただ好きで、欲しくて、ヤりたい一心だった。だからダメだったとしてもさ、その強さはやっぱ、残酷だよ。俺だって、俺にだって、頑張れば……。
「なあ、好きなんだよ、村田。なのにまさか、まさか凌太とっ……!」
本当は俺には無理だって、これが俺なんだって、よく分かってる。だから涙が止まらねえんだ。せめて過去形にする前に、思う存分言っておきたい。届く前に壊れるって分かってたって。
「悪いけど」
村田は俺を見据えたまま、声をきっぱりと置いた。
この髪も、瞳も唇も声も、長くて細い指も、俺が好きでたまらないものは、なに一つ俺のものにならない。死ぬほど苦しい。肉食動物になりきれたらよかったのに、それもできない。最悪だ。
「でも、好きなんだ」
言うたびに、生命がむしり取られるようだ。それでも、俺は言う。言って、なに一つ俺のものにならないぬくもりを、愛でる。
「好きだよ」
村田はゆっくり、だけど隙なく冷たく、首を横に振った。
捕食者の傲慢をすっかり失くした俺は電気を消し、ベッドのそばのカーテンを開けて、うっすら入ってくる夜の街の明かりを取り入れた。そういう薄い闇の中で、村田がきれいに見えると分かってるから。
ほら、やっぱりきれいだ。涙でにじむ横顔に、俺は見とれた。
薄明かりを頼りに、村田が立ち上がってエアコンをつけようとする。その背中を後ろから抱いた。スイッチが入った合図が、一瞬やかましく闇を裂く。それさえ耳に刺さるのに耐え、じっとり汗ばんだ首筋に顔を押しつけた。
俺を避けるように首を傾ける。その仕草が、さっきよりも鋭く俺を刺す。でも俺にやめるつもりはなかった。苦しくても、これっきりでも、許された以上は村田を抱きたかった。
両手で村田の身体のラインをなぞり、腰にたどり着くとジーンズの前をはだけた。香水が鼻先でちょっとだけ強く香る。その、朝香水をつけただろう部分を軽く吸う。すると嫌がるように村田が身体を揺らした。構わず、下着の中に手を入れる。案の定そこは、ふにゃふにゃのままだ。
「ちょっとは、感じてくれよな」
下着ごとジーンズを膝まで下げて、両手で村田のそれを愛撫する。思いつく限り、感じて欲しくて技を尽くす。もちろん、舌は全力で耳を責める。
「あ……」
嫌々抱かれてたって、こうまでされたらたまったもんじゃないだろう。村田は俺の腕の中で、恥ずかしげに身をよじった。手の中のそれも、ゆっくりと硬くなっていく。
「胸は、感じんのか?」
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