聖女召喚という名の誘拐をされたので、魔王と手を組むことにした

七海かおる

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「おお、よくぞいらっしゃいました、聖女様!どうぞ我が国をお救いください!」

(───は、)

 気がつけば、見知らぬ場所にいた。目の前には明らかに日本人顔ではない男共に見覚えのない室内。足元には意味のわからない円形の模様───。

「あなたがいらっしゃれば、魔族共など怖れるに足りぬ!さあ、お早くこちらへ!」
「───っ!」

───パシッ

 さきほどから興奮しっぱなしの、恰幅の良い金髪中年男が脂ぎった手をこちらに伸ばしてきた。思わずその手を振り払う。
 瞬間、周囲の気温が下がったような気がして肝が冷える。

「まあまあ、まだ聖女様はこちらに来たばかりで混乱しているのでしょう。聖女様、ご説明させていただきますので、こちらへ」

 そのとき、静かにこちらを見据えていただけだった白髪の老年男が近づいてきて肩に手を置いてきた。柔らかな表情とは裏腹に、見上げた顔の皺の奥、その瞳の中にあたたかさは見られず嫌悪感が湧く。

「さあ」
(───痛っ)

 肩に置かれた手に力を込められる。問答無用なその様子に従うしかないのだと感じた。


 彼らに説明されたのはこういうことだった。

───国が荒れ、苦しみの中にあったとき、異世界から聖女が舞い降り、人々を救済した。侵攻してきた魔王を封印し、国はそれを期に栄えた。

「そして、此度残虐な魔族共が再びこの地へと進攻してきているのです。どんなに待っても聖女様が現れなかったので、今回は我々が直々に貴女様をお呼びしたというわけなのです!」

(───ふざけるな)

 興奮気味な男にもう嫌悪の情しか湧かない。
 私は別に特別善人でも、悪人でもなかった。ただ平凡に毎日を過ごしていただけだ。家族もいて、日常に不満なんてなかった。
 それなのに、突然異世界に喚び出して「この国を救ってくれ」だ?しかも、召喚の儀は喚ぶことは出来ても返すことはできない?
 冗談じゃない。こんなのただの拉致監禁だ。犯罪だ。

 しかし、どんなに怒りを覚えても私は聖女という肩書き以外には何もない。聖なる力とやらは使えても、人を傷つけるような力はなかった。
 ついでに言えば私の平凡な容姿もそのままだった。黒髪黒目。中の中な顔立ち。
 聖女だからと王城の一室を与えられはしたが、外には護衛という名の見張りがいて自由に外も出歩けない。

(どうすれば……)

 このままこいつらの言いなりになるなんて絶対に嫌だ。


「聖女様、今日も祝福をよろしくお願いいたします」

 目の前には最初に私を出迎えた金髪中年男。実はこの男、この国の国王だったらしい。
 しかし、どうにも善王ではないようだ。

(明らかにこの人祝福いらないよね。肥え太っててこれ以上祝福なんてかけたらぶくぶくじゃない?)

 まあ、そうは思っても最高権力者には逆らえない。
 趣味でもないひらひらふりふりの露出度高めの白のワンピースを着させられ、祈りを今日も強制される。

「───あなたに祝福を」

 なおざりな短い私の一言でも、その男の頭上からは祝福の光がきらきらと舞い落ちた。

「おお!これが聖女様のご祝福!!ありがとうございます!───王よ、これが此度のお布施でございます、お納めください」

 金品が王へと献上されるのを横目で見る。
 私はこの男に言われるがまま祝福を行っているわけだが、どうにも世界平和のためというよりも私腹を肥やすためにしか私は使われていないようだ。

「神官長殿へも、こちら聖女様への感謝の気持ちです」
「有り難く頂戴いたします」

 私の横に控えていた白髪男が慇懃に礼をする。なんとこの男はこの国の一大勢力のひとつである神殿の最高権力者らしい。

(はあ、ほんとこの国終わってる)

 権力者共の醜い応酬にうんざりしながら無意味な時間を耐えた。


「誰か、私をここから連れ出してください。お願いします」

 バルコニーに出てお祈りする。これが今の私の日課だった。
 他力本願だと言われても構わない。だけど、私の自力ではどうにもできないのだ。あの男共が居る限り、この城には私の味方はできない。

(そういえば……)

 先程、私をこの部屋まで送る道中、護衛騎士(という名の見張り)たちが言っていた。

『そういや、目覚めたらしい魔王ってのは今どうしてるんだ?』
『それがまだなんの行動も報告されてないらしい。だからって、陛下たちは呑気なもんだよなあ』

(そうだ、『魔王』だ……!)

 そもそも私は魔王に対抗するために喚ばれた聖女だ。神に祝福されてる(らしい)聖女と同等程度の力を持ち、人間にはどうにもできない存在である魔王に。

(ここの権力者たちは自分のことしか考えてないクズばかりだ。私はそんな奴らに囲われるよりも、その魔王に望みをかけたい!というかそれしかない!)

 きっとそうだと。もう私には魔王へ助けを求める以外、他には道はないのだと思った。

「魔王よ、どうか私をここから助け出してください。後生です。どうかお願いします」

 駄目でもともと。そんな気持ちで、私の日課は漠然とどこかの誰かに祈るのではなく、魔王へ助けを求めて祈ることへと変わったのだった。


 そんな毎日が繰り返されたある日。

「煩いぞ、小娘。我を呼んでいるのはおまえだな?」

 なんと本当に魔王がやってきた。



 
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