レイヤー少女の魔界謳歌

七海かおる

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 私たちは森の中にある天然の広場に来ていた。ここはぽっかりと木々がなく、背の低い草花ばかりで見晴らしが良い。
 見知らぬ男の子と二人、アルフレートの背から下ろされて、現在彼による状況確認の真っ最中である。
 アルフレートはいつの間にか人型をとっており、腕を組んで仁王立ちしている。彼の前に座っている身としては、非常に迫力があるお姿だ。

「それで、君は彼女から魔力を受け取って成長したというのか」
『うん、そう』

 男の子のあっさりとした答えに、アルフレートは眉間に手を当て溜め息をつく。
 なんと、突然現れた男の子は、さっきまで私の手の上で興奮していた、あの薄黄緑色の精霊だったらしい。
 確かに、よく見れば髪や瞳の色が同じ色をしている。芽吹き初めの若葉の色だ。肌は褐色がかった木肌色をしている。すらりと伸びた手足は少年らしさを残し、瞳は大きくつぶらで可愛らしい。
 不思議なことに、その男の子は一切口を動かしていなかった。言葉はさっきまでと同じように頭に直接響いてくる。

「ラキア、本当か?」
「いやいや、魔力をあげた覚えなんてないよ!?」
「と、言っているが?」

 心当たりがなく、すぐに否定する。「どうなんだ?」とアルフレートは男の子をめ付けた。

『ほんと。キス、してもらった』
「あ……。確かに、キスは……したね」
「……なに?」

 男の子がこちらを向いてぽっと顔を赤らめながら花を出すのと同時に、アルフレートから凄まじい怒気が伝わってきた。鼻筋に皺が寄って、なんとも凶悪なお顔立ちになってしまっている。

「いや、でも軽くちょっとキスしただけだよ?それくらいで、そんな……」

「言うほどのことでもないんじゃない?」という言葉を呑み込む。アルフレートの視線がとても痛い。なんだか居たたまれない気持ちになってくるのはなぜ。
 すいー、と視線を反らすときらきらとした眼差しで、男の子に見つめられていた。

『ラキア?』
「うん、そうだよ」 
『ラキア!』

 こちらを指指しながら聞いてくるので、頷いた。男の子のすごくにこにことご機嫌な様子に、釣られてこちらも笑顔になる。
 次に、男の子は自分を指しながら言った。

『フローリアーン』
「フロー……?」
『フローリアーン』
「フロー、リ……アーン?」
『そう!』

 中々一度に聞き取れず聞き返すも、彼は根気よく教えてくれた。それにしても、アルフレートといい、こっちの名前の発音は難しいな───。

「あ、そうだ!フロル、って呼んでもいい?」
『フロル?』
「そう、フロル!」

ぱっと思い付いたあだ名を言ってみる。
「どうかな?」とフローリアーンを見る。すると、フローリアーンの周りにまた花が咲き出した。

『フロル!ぼく、フロル!』
 
 愛称は無事お気に召してもらえたようだ。そんなに喜んでもらえると、こちらまで嬉しくなってくる。
 二人してにこにこしていると、正面から冷気が漂ってきてびくりとする。

「まだ、俺の話は終わっていないが?」
「はい……!」

 アルフレートに向かってぴしりと気を付けの姿勢をとる。全力で聞いてますよ、という意思表示を態度で表した。
 はあ、と一息吐き出して、アルフレートは言葉を続けた。
 
「おまえは軽いキスといったが、おまえたちの種族で口付けは立派な魔力交換の方法のひとつなんだが」
「ええ!?」

 なんだって!
 初めての情報に目を丸くする。いや、まあ淫魔サキュバスだし、ありえそうではある。
 慌ててフローリアーンの方に向き直る。

「うわあ、そうだったんだ!?ごめんね、びっくりしたよね!?」
『……?ううん。ラキアと一緒の姿、うれしい』

 無邪気な笑顔を向けられて、ついでにお花も咲いた。嘘ではなさそうだ。

「謝るようなことではない。そいつにとっては人型をとるのが早まっただけだ。問題はない」
「そうなんだ……。良かった」
「ただ……」

 アルフレートは言葉を止めた。続く言葉が気になる。
 アルフレートはフローリアーンの方を向いた。

「おい、名があったということは、誰かと契約していたのか」
『してない。ラキア、初めて』
「では何故名を持っている」
『お母さん、もらった』 
「なんだと?」

 幾分アルフレートの瞳が見開いたようだった。私はというと、どんどんと分からない会話が交わされるので話に全くついていけない。

(母なる大樹マザーフラネルから直々に名を貰ったというのか?直系精霊など滅多に見られるようなものでもないのだが……)

 アルフレートは少しの間考え込んでいたが、ラキアの「アルフ?」という呼び掛けに思考を止め、彼女の方を向く。
 
「まあ、いい。時間を潰した。もう発たねば、街に着くのが夜になる」

「行くぞ」と、アルフレートは再び狼の姿をとり、伏せの体勢でこちらを振り返った。また背中に乗せてくれるようだ。なんだかんだ、やっぱり彼は優しい。
 嬉しくなってアルフレートに駆け寄ろうとしたところ、つんと後ろに引っ張られた。
 振り返ってみると、フローリアーンがスカートの裾を持っていた。視線が下を向いているので彼の表情は分からない。

「フロル?どうしたの?」
『……どこ行く?』
「これから獣人の街に行くんだよ」

 私の答えを聞いて顔を上げたフローリアーンは、泣き出しそうになるのを堪えているような表情だった。瞳に浮かんだ涙が揺れ、今にも零れ落ちそうになっている。

『いや。ラキア、ずっと一緒』
「うっ……」

 うるうるとした瞳に見上げられぐらつく。なんだこの生き物、可愛すぎるんですけど!?
 それでも、今はアハトに教えてもらった獣人領にアルフレートと行きたい気持ちが勝る。そのことを伝えようと、口を開いた。

「ごめんね。でも私行かないと……」
『ラキア行くなら、ぼくも行く!』
「ええ!?」

 フローリアーンはぐじぐじと涙を拭い、決意を滲ませた表情で見上げてきた。さっきよりもしっかりとスカートの裾が掴まれ、皺が寄ってしまっている。
 ふと、昔も似たようなことがあったのを思い出す。

…………
「お姉ちゃん、待って!僕も連れて行って!」
「もう、ダメだったら!私急いでるから!」
…………

 フローリアーンの強い眼差しがあの子と被る。
 スカートの裾を掴んでいる彼の手をそっと持った。引き剥がされると思ったのか、フローリアーンの力が強まる。
 その様子に、「大丈夫」と微笑みかけて、剥がしたその手を握る。
 そのままフローリアーンと一緒にアルフレートに近寄った。

「アルフ。この子も一緒に連れて行ってもいいかな?」
『……!!ぼくも、一緒、行きたい!』
「…………」

 アルフレートは予想していたのか、静かに私たちを見つめてきた。私はなるべく誠意が伝わるよう見つめ返す。

「……仕方ない。二人とも早く乗れ。急ぐぞ」
「……!!ありがとう、アルフ!」
『ありがと!』

 嘆息しつつも、アルフレートは了承してくれた。嬉しさ余ってアルフレートの首に抱きつく。後を追うようにフローリアーンも抱きついていた。
 一瞬固まったアルフレートだったが、すぐに我に返ったのか「早くしろ!」と吠えられた。
 しかし私は見た。後ろでアルフレートの尻尾が左右に振られていたのを───。


 

 



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