レイヤー少女の魔界謳歌

七海かおる

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 訳も分からないままアルフレートの背に乗って、顔を上げるとそこは神秘的な森だった。

「ここは安全だ。精霊たちの森だからな」
「精霊たちの、森……?」

 アルフレートの言葉に驚く。この世界には精霊なるものも存在しているのか。
 辺りを見渡す。詳しい木の種類なんて分からないが、青々と苔むした木々が頭上高く茂っている。それでいて木漏れ日が所々洩れているから、不思議と暗くない。
 すると、顔の周りにふわふわと浮遊した物体がたくさん集まってきた。

「わっ……!なんかふわふわしたものがいっぱい!」
「それが精霊だ。それはまだ生まれたばかりの力小さな者たちだな」
「おお……!かわいいー」

 これが精霊か……!
 目の前のひとつを手にすくう。大きさも色も様々だが、ふわふわとして気持ちいい。それに彼らはうっすらと発光していた。
 頬に精霊たちが擦り寄ってくる。くすぐったくて笑みが漏れた。

「……進むぞ」
「あ、うん!」

 そういえば、まだアルフレートの背に乗ったままだった。急なことで堪能できなかったけど、今私の下半身はもふもふに沈んでいる……。

 ボフッ。
「───!!」

 そのまま目の前の鬣に沈む。
 下からは、息を呑む様子が伝わってきたが、構わず全身をアルフレートの毛皮に埋めた。
 露出しているお腹や腕に毛が当たる。アルフレートには悪いが、高級な毛布みたいだ。その感触を堪能しつつ、アルフレートの歩く振動を感じながらだらけた姿勢で顔を横に向けてみると、木の影に小さな人影が見えた。

「……っ!」
「なんだ」
「いっ、今、そこに人影が……」

 とっさに体を起こして、指を指す。が、そこにはもうすでに影はなかった。

「いない……」
「おそらく、それも精霊だろう。力ある精霊は人型をとる」
「へえー」

 私が指指した方に目を向けたアルフレートが教えてくれる。
 周りにたくさんいる精霊たちを見る。相変わらずふよふよと浮いて付いてきている。

(すごいな、このふわふわが人型になるのか……)

 両手に乗っている薄黄緑色の個体を見る。彼(?)はこの中で一際輝いていた。比喩ではなく物理的に。
 感心しながら見ていると、目鼻立ちがないのに目が合っている気がしてきたから不思議だ。

「わわっ」

 突然ポポポポンッ、と精霊の周りから花が咲いた。綺麗な桃色の小さな花だ。

「かわいい」

 桜草のような花だ。家の近所で咲いていたのを思い出した。懐かしくて、微笑む。
 すると、またポンポンと精霊の周りから花が咲き出てきた。

『……な……き……』
「え?」

 どこからか声が聞こえてきた。聞いたことのない声だ。

「どうした?」
「今、声が聞こえなかった?」

『……お……好き?』

 さっきよりもはっきりと聞こえた。まだあどけない、少年のような声音だ。頭に直接響いてきている……ような。
 と、精霊が手にすりすりと擦り寄ってきたので、意識が手元に戻る。手の上でぽんっぽんっ、と精霊が跳び跳ねて、何だか存在を主張しているようだ。

『お花、好き?』
「……もしかして、君なの?」

 そうだよ、というように精霊が点滅した。

「……うん、好きだよ。これ、知ってる花に似てるんだ。ありがとう」

 お礼を言うと、今度はぶわわわっ、と大量の花が咲き乱れて降ってきた。 アルフレートの背が花でいっぱいになって溢れる。

「ぅおう……」
『好き、好き、お花好き』

 何かのスイッチを押してしまったように、精霊が興奮して跳び跳ねている。周りに浮いている精霊たちもはしゃいでいるようで、彼らの勢いに圧倒される。

「おい、何をしている?」
「いや、なんか、精霊たちが興奮しちゃったみたいで……」

 さすがに人の背中で騒ぎ過ぎたようで、アルフレートが訝しげに訊いてきた。
 彼らの興奮が全く冷めやらず、だんだん収拾がつかなくなってきた。

(こういうときは───)

 友人が言っていた、興奮したペットを落ち着けるにはこれが一番効くという方法を使ってみよう。
 手に乗っている精霊を顔の高さまで持ち上げる。

 ───ちゅっ。

 まだ興奮してうずうずしながら花を出している精霊に、ちょんとキスをした。これをするとすぐ大人しくなるんだよーと友人が太鼓判を押していたやり方だ。
 すぐに、精霊がピシッと固まったのを目にして、成功したとほくそ笑んだ。

「……落ち着いた?」

 精霊はぶるぶるっと身を震わせた。そのまま光が点滅し始める。……なんだか照れてるように見えてきて気持ちが和む。

「ふふっ。君の顔が見れたらもっとわかりやすくて良かったんだけど」
『───!』

 パアアアア───。

 突然、精霊の体が直視出来ないほど光が増した。咄嗟に目を瞑る。
 次に目を開けたとき、なぜか目の前に男の子がちょこんと座っていた。お互い呆然と見つめ合う。

「おい、本当になにをしている!?」

 さすがに痺れを切らしたのかアルフレートが振り向きながら、声を上げた。アルフレートは、自身の背にラキア以外の見知らぬ少年が乗っているという光景に目を見張った。

「どういうことだ、これは……」
「わかんない……」
『……』

 周りでは相変わらず精霊たちがふよふよと浮いている中、三人はしばらく固まっていたのだった。




 

 






   
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