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第八話 炎の化身
幸せそうなひと時
しおりを挟む一方ナガレが住むアパート。建物の入り口にて、普段着の緑ボーダーTシャツ姿のナガレと、つば広帽子に白のキャミソールワンピースといったいかにも『令嬢』ファッションなサキミが並んでベンチに座っていた。そばには彼女愛用の松葉杖が立てかけられている。廊下でばったり出会ったナガレが勇気を出したことで、こうして二人で話しているのだ。
「へ~、サキミの出身はコウヨウ地方なんだな。ここいらじゃ聞かない名前だから、何となくそうだと思ってたんだ。やっぱり春には綺麗なチェリーブロッサムが咲いてるの?」
「はい! 私たちは『サクラ』って呼んでます。コウヨウ地方では春になると、サクラの木の下でピクニックをするんです。『お花見』っていう文化で、私も足が悪くなる前はよく行ったんですよ」
コウヨウ地方は異文化情緒のある場所。建物の外見や食性やエンタメ、さらに人の名前まで他地方とは一線を画す。サキミという名前も、ナガレたちは聞きなれないものだった。
「楽しそうだな! 春になったら一緒に行こうぜ! コウヨウ地方まで旅行しよう! ……あ、そっか。サキミはあまり遠出出来ないよね……」
「はい、せっかくのお誘いですが、遠慮させて下さい……。でもコウヨウ地方には『オンセン』とか『ドージョー』とか『ジンジャ』とか、面白い場所もたくさんあるんですよ。私としても故郷なので、お友達を誘ってぜひ行ってみてくださいな」
「え、あ……ああ、そうだな……」
サキミがいなければ意味がない。そんな思いをナガレはグッと飲み込んだ。思えば相変わらず敬語で接してもらっている……まだまだ心の距離を縮める必要がありそうだ。
「……ん、ジンジャ? それって『生姜』のこと?」
「いえ、それはジンジャーです。ジンジャは伸ばしません」
「同じに聞こえるけど……」
「違いますよ~!」
そんな感じに話している二人を陰から見つめる者がいた。それはいつものゴシップ精神を発動させたアリッサとルック…………ではなく。
「何話してるんですかねー……」
「見た感じとっても楽しそうねぇ~」
なんと、ラフな普段着姿のスキル鑑定屋コンビだった。コバルトブルーのワンピースと、三つ編みの先を留めているリボンが可愛いドロシー。その横には胸元がざっくり開いたヘソ出しシャツとロングスカートのイチコさんがいる。
これまたファッショナブルな外見で、道ゆく人々の視線を集める二人。……実際は男女問わず魅惑の豊満ヒツジボディを持つイチコさんしか見られていない。
「そんなに気になるなら、話に混ざってくればいいじゃない。私もコウヨウ地方出身だから、それを話のネタにすれば?」
「わ、私一人でですかー⁉︎ む、ムリです緊張しちゃいますー! ……てかどうして急に出身を? もしかして話聞こえてるんですかー⁉︎」
「まあね~。私は獣人の中でも耳がいいタイプなのよ。教えてあげないけど」
「教えてくださいー! 先輩の意地悪~!」
ぽかぽかぽか!
(そういうとこあるから意地悪したくなっちゃうんじゃない。可愛い娘ねぇ……う、うぐっ!)
割と強い力で背中を叩かれながら、こっそり微笑むイチコさん。しかしすぐに顔を顰める……結構痛いようだ。ドロシーはこんなに小さな体でもれっきとした魔族なので、常人に比べ力も強めである。
「てか、どうして覗き見なんかしてるの? あの二人が推しカップルな訳?」
「ち、違いますー! 別に大したことじゃありません……ナガレ君と私は、その……と、友達なので、その様子が気になるだけですー」
「……ああ、そういうこと。そりゃ気になるわよねぇ……ボーイフレンドが他の女と楽しそうにしてたら……関係をメェ~白にしたいわよねぇ」
「な……ぜ、全然分かってないじゃないですかぁーっ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るドロシー。あまりに大きな声なので……。
「きゃっ⁉︎」
「うわ! ……って、ドロシー?」
「あら……」
当のナガレとサキミに、気付かれてしまった。
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