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第三章 アイドルと怪異!4
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「あいねさんのように思いやり深いと、人のつらい気持ちをそのまま受け取めてしまうことがありますね……」
「あたし、そんなつもりじゃなかったんだ。ごめん、あいね」
私も時雨さんも、ふるふると頭を横に振る。
マリカちゃんこそ悪くない。
「私、そんな立派なものじゃないですよ。ただ、悲しくて」
「おつらいんですね、あいねさん。でも、人を大切にできないより、ずっといい。ぼくがそばにいますよ、悲しい時は頼ってください」
マリカちゃんが、頬杖をついて言ってきた。
「ふうん。なんだか、時雨さんがあいねに入れ込んでる理由、ちょっと分かった気がするな」
「ふふ。ぼくのご主人様の魅力が分かっていただけたなら、うれしいです」
二人はにこにこしながらうなずき合う。
あ、あのう、なんだか恥ずかしいんですけど。
「さて、ぼくのほうでも、シュン殿に憑いた怪異については、居場所の目星がつきました」
「えっ、本当ですか!? いつの間に!?」
時雨さんが、右手をすうっと横に動かした。
その指先の動きを目で追うと、いつの間にか、ガルちゃんの体に、カラスが十羽以上もとまってる。
「みんな、ぼくの友人たちです。ちなみに上からは見えませんが、ガルの体の下には、コウモリも一ダースほどぶら下がっています。彼らには、今の間に、テレビ局周りの偵察を頼んでいたんです。さきほどすぐに姿が見えなくなったところから見て、どこか近くに潜伏していると思いましたので」
「そんなことしてたんですか……?」
私が、マリカちゃんの話に聞き入ってる間に?
マリカちゃんが、吸血鬼やるじゃん、とつぶやくのが聞こえる。
「ですが、怪異のほうを捕まえる前に、シュン殿のほうを押さえないといけませんね」
「えっ! シュンくんも見つけたんですか!?」
すごい、時雨さん!
それにしてもシュンくん、もう怪異とは別のところにいるんだ。
……どうしてだろう?
「シュンくん、どこにいるんですか? この近くですか?」
「近くですね。あのテレビ局の、三十階のあたりにいます」
じゃあ、テレビ局の中に戻ったんだ。
でも、シュンくんの居場所が分かったのに、時雨さんが浮かない顔をしてる。
もしかして、シュンくんの身になにかあったの?
「どうかしたんですか、時雨さん? シュンくん、今どうしてるんです?」
「……言いにくいんですが、シュン殿は今……」
私とマリカちゃんは、そろって、のどを鳴らして、時雨さんの言葉に聞き入った。
「シュン殿は、今ですね……」
時雨さんが目を細めて、テレビ局のビルを見る。
「シュンくんは!? 今、どうしてるんです、時雨さんっ!?」
「……女の子に、ちょっかいを出しています……」
……
ん?
■
会議室みたいな部屋の中で、男の子と女の子が向かい合ってる。二人のほかには誰もいない。
その女の子は、どっちかというと、地味な服装をしてた。
彼女の、ほんの三メートルくらい先に、男の子――シュンくんが立ってる。
シュンくんは、気分が悪そうだった。
顔色が悪くて、右手をおでこに当ててる。その口は、なにかしゃべってるみたいで、ぱくぱくと動いてた。
女の子は、そんなシュンくんを心配する様子で、顔を赤くしてる。ふらふらした足取りで、少しずつシュンくんに近づいていく。
二人の間の距離は、二メートルになり、一メートルになり。
もう、女の子は次の瞬間にはシュンくんに歩み寄って、抱きしめちゃいそうに見える。
仕方ない。
私は、思いっきり、窓ガラスを手のひらでたたいた。
「シュンくーん!」
地上三十階のところにある窓ガラスが、いきなりバンバンと音を立てたので、シュンくんも女の子もびっくりしてこっちを見た。
でも、ガルちゃんに乗ってる私は、二人からは見えない。
私の隣で、マリカちゃんが低い声でうなってる。
「あの子、うちのメンバーのルリっていうんだけど……なにやってんの……今、男の子とくっついてる場合じゃないのに……! っていうか、シュンが女の子に妙なことしてんのなんて見たことないのに……あれが怪異の仕業?」
私たちは、テレビ局の窓の外、地上何十メートルもの上空にいた。
もう、さすがに、怖くて下が見られないよ……。
「では、一瞬だけ、ぼくたちの姿を彼らにも見えるようにしましょう」
時雨さんがそう言うと、窓の外で宙に浮いてる私たちの体がビルの中の二人にも見えたみたいで、ものすごくびっくりされた。
シュンくんはその場に立ち尽くしてたけど、女の子のほうは、おばけーと叫んで会議室から出て行っちゃった。
う、うーん、怖いよね、これは。
それから少し遅れて、シュンくんも、逃げるように走っていった。
「今、シュン殿の唇の動きを呼んだのですが」
「あの子になんて言ってたんですか、シュンくん?」
「口説いていましたね」
「くど……!?」
ひえっ、と私ののどが鳴る。
男の子が女の子を口説く、なんて、まだまだ私には遠い世界の話だもんね。
「おれとつき合わないか、ファンに内緒ってお互いにスリルあるだろ、そういう恋愛っておれたちにしかできないよな、……と、そんな感じのことを。ちなみに女の子のほうも、ほとんどイエスと答えているようなものでした」
「そ、それって……」
わたわたしている私に、声をかけたのはマリカちゃんだった。
「あたしはシュンと知り合ってそんなに長いわけじゃないけど、そんな性格じゃないでしょ、あいつ」
「そう思われます。怪異の影響でしょうね。早めに誤解を解かないと、今の子とシュン殿はもめそうです。その辺はマリカ殿に任せるとして、……ほぼ、怪異の正体が見えてきましたね」
時雨さんが、あごに手を添えてうなずいてる。
「そうなんですか? 今ので?」
「ええ。今のは、シュン殿が女の子に魅了をしかけていました。そして怪異は鳥人間の様相。おそらく、ランド・ハーピーでしょう」
ランド・ハーピー……。
それが、シュンくんにとり憑いた怪異の名前?
「どんな怪異なんですか、それって」
「腕の代わりに鳥のような翼を肩から生やしていますが、それ以外は人間の女性のような外見です。足の先が鉤爪になっていることが多いはず。日本にの怪異ではありませんが、スカイ・イビルらと同じように、外国から船や飛行機に乗って来たのでしょう」
鉤爪……なんだか、怖いな……。
「強いんですか……?」
「それなりに。ハーピー系は海辺にいることが多いんですが、ランド・ハーピーは内陸を縄張りにしていて、好戦的です。魅力的な歌声で人間を誘惑する能力があるのですが、シュン殿にその力を与えているようです。あいねさんもマリカさんも、もし魅了をしかけられても、気を強く持って耐えてください。一瞬我慢してもらえれば、ぼくがすぐに解呪しますから」
そう言ってる間に、ガルちゃんは、テレビ局の屋上に着いた。
背筋がぞくっとする。マリカちゃんも、怒った顔をしながら震えてた。嫌な予感がしてくる。
「この屋上から、ランド・ハーピーの気配がします」
時雨さんが、鋭い目つきで前をにらみながら言った。
……それにしても時雨さんといい、怪異って、屋上が好きなのかな。
さすが大きいビルだけあって、屋上は中学校の校庭のトラックくらいの広さがある。
でもいくつかの、まちまちの高さのでっぱりが床から突き出てて、向こうまでは見通せなかった。
……あの物陰のどこかに、ランド・ハーピーがいるのかもしれない。
時雨さんはすうっと息を吸い込むと、大きな声で呼びかけた。
「ランド・ハーピー! そのあたりにいるんだろう! ぼくは吸血鬼の時雨、お前がとり憑いている人間はぼくと縁のある者だ! おとなしく彼を開放して去るならよし、そうでないならここで退治する!」
その時、右前にある、三メートルくらいの高さの小屋のドアが開いた。
中から出てきたのは――
「シュンくん!」
シュンくんだ。がっくりと肩を落として、下を向いてるせいで顔がよく見えないけど、間違いない。
マリカちゃんが私に耳打ちしてくる。
「確かにあれシュンだけど、おとなしく返しますって感じじゃないよね」
そう。
明らかにシュンくんの様子がおかしい。
「時雨さん……」
「まだ動かないでください。なにか罠をしかけられているかもしれません」
シュンくんは、そろそろと、私たちのほうに向かって歩いてきた。
でも足取りは弱弱しくて、たまによろめいて、まっすぐに歩けてない。
その口が、なにかぼそぼそつぶやいてる。
「おれは、……おれの人気は、偽物で……全部、ハーピーのおかげ……ハーピーがいなければ、おれは、誰にも見向きもされない……」
「シュンくん、なに言ってるの。そんなわけないよ!」
思わず言い返しちゃった私に、時雨さんが人差し指をぴっと立てた。
「しっ、あいねさんお静かに。どうやらシュン殿は、ハーピーの術で、ああ思い込まされているようです」
「だって、シュンくんの人気は、シュンくんががんばったからなのに」
感情が高ぶってるせいか、また涙が出てきた。
うう、最近、すぐ泣いちゃってる気がする。
「あれがランド・ハーピーの常套手段なんです。自信をなくさせ、ハーピーがいなくては自分は成功できないのだと思い込ませる。どんな栄光も、どんなに夢が叶っても、すべてはハーピーのおかげだとね。そうすると、ハーピーなしには生きていけなくなります」
「そんな……」
「ランド・ハーピーの一番の好物は、自分にすがりついてくる人間の魂です。それを効率的に手に入れられるよう、努力家で才能のあるアイドルに目をつけたのでしょう。うまい作戦ではあります。ただ――」
ただ?
「――ただ、ぼくに出会わなければね。そして、ぼくのご主人様の友人に手を出したりしなければ」
そう言って、時雨さんの唇が、私のおでこでちゅっと音を立てた。
……。
……ちゅっ?
目を向いた私のすぐ上に、時雨さんの顔がある。
「しっ……時雨さんっ!?」
「失礼。こちらでした」
今度は、時雨さんが、私の目元に唇を当てた。
また、ちゅっと音がして、肌にほんの小さな刺激を感じる。
「ありがとうございます。ご主人様から、栄養をいただきました」
「えっ? い、今、涙に、私の涙に、キ――」
キスしました?
……って、口に出せない。
マリカちゃんが、真っ赤になって、口に両手を当ててた。
それを見てさらに恥ずかしくなる。
「え、栄養って!? 栄養なんですか!?」
「そうです。血の代わりですから」
「じゃ、じゃあおでこは? おでこのはなんだったんですか?」
「……ああ。そうですね、あれは、」
「あ、あれは?」
「あれはあれで、必要だったような気がします」
時雨さんがそう言って笑い、ガルちゃんの背中からひらっと飛び降りて、屋上に着地した。
な、なんであんなに平然としてるの。気がしますってなに?
その時雨さんのすぐ目の前、五メートルくらいのところに、ふらふら歩いてるシュンくんがいる。
「さて。ではシュンどのは、ぼくがもらって帰ろう。そうすれば術の解きようもあるだろう。それが困るなら――」
ぞくっ!
「きゃっ!?」
さっきより、ずっと強い寒気が背中に走った。
「――それが困るなら、さっさと出てくるんだな!」
黒い影が見えたのは、屋上の左手のへりからだった。なにかが、さっと舞い上がって、こっちに突っ込んでくる。
鳥? ううん、カラスよりずっと大きい。
翼のある人型の怪異だって聞いてたけど、確かに人間の形はしてるものの、人間の大人より体が一回りは大きい。
「し、時雨さんっ!」
「やっとお出ましか!」
「あたし、そんなつもりじゃなかったんだ。ごめん、あいね」
私も時雨さんも、ふるふると頭を横に振る。
マリカちゃんこそ悪くない。
「私、そんな立派なものじゃないですよ。ただ、悲しくて」
「おつらいんですね、あいねさん。でも、人を大切にできないより、ずっといい。ぼくがそばにいますよ、悲しい時は頼ってください」
マリカちゃんが、頬杖をついて言ってきた。
「ふうん。なんだか、時雨さんがあいねに入れ込んでる理由、ちょっと分かった気がするな」
「ふふ。ぼくのご主人様の魅力が分かっていただけたなら、うれしいです」
二人はにこにこしながらうなずき合う。
あ、あのう、なんだか恥ずかしいんですけど。
「さて、ぼくのほうでも、シュン殿に憑いた怪異については、居場所の目星がつきました」
「えっ、本当ですか!? いつの間に!?」
時雨さんが、右手をすうっと横に動かした。
その指先の動きを目で追うと、いつの間にか、ガルちゃんの体に、カラスが十羽以上もとまってる。
「みんな、ぼくの友人たちです。ちなみに上からは見えませんが、ガルの体の下には、コウモリも一ダースほどぶら下がっています。彼らには、今の間に、テレビ局周りの偵察を頼んでいたんです。さきほどすぐに姿が見えなくなったところから見て、どこか近くに潜伏していると思いましたので」
「そんなことしてたんですか……?」
私が、マリカちゃんの話に聞き入ってる間に?
マリカちゃんが、吸血鬼やるじゃん、とつぶやくのが聞こえる。
「ですが、怪異のほうを捕まえる前に、シュン殿のほうを押さえないといけませんね」
「えっ! シュンくんも見つけたんですか!?」
すごい、時雨さん!
それにしてもシュンくん、もう怪異とは別のところにいるんだ。
……どうしてだろう?
「シュンくん、どこにいるんですか? この近くですか?」
「近くですね。あのテレビ局の、三十階のあたりにいます」
じゃあ、テレビ局の中に戻ったんだ。
でも、シュンくんの居場所が分かったのに、時雨さんが浮かない顔をしてる。
もしかして、シュンくんの身になにかあったの?
「どうかしたんですか、時雨さん? シュンくん、今どうしてるんです?」
「……言いにくいんですが、シュン殿は今……」
私とマリカちゃんは、そろって、のどを鳴らして、時雨さんの言葉に聞き入った。
「シュン殿は、今ですね……」
時雨さんが目を細めて、テレビ局のビルを見る。
「シュンくんは!? 今、どうしてるんです、時雨さんっ!?」
「……女の子に、ちょっかいを出しています……」
……
ん?
■
会議室みたいな部屋の中で、男の子と女の子が向かい合ってる。二人のほかには誰もいない。
その女の子は、どっちかというと、地味な服装をしてた。
彼女の、ほんの三メートルくらい先に、男の子――シュンくんが立ってる。
シュンくんは、気分が悪そうだった。
顔色が悪くて、右手をおでこに当ててる。その口は、なにかしゃべってるみたいで、ぱくぱくと動いてた。
女の子は、そんなシュンくんを心配する様子で、顔を赤くしてる。ふらふらした足取りで、少しずつシュンくんに近づいていく。
二人の間の距離は、二メートルになり、一メートルになり。
もう、女の子は次の瞬間にはシュンくんに歩み寄って、抱きしめちゃいそうに見える。
仕方ない。
私は、思いっきり、窓ガラスを手のひらでたたいた。
「シュンくーん!」
地上三十階のところにある窓ガラスが、いきなりバンバンと音を立てたので、シュンくんも女の子もびっくりしてこっちを見た。
でも、ガルちゃんに乗ってる私は、二人からは見えない。
私の隣で、マリカちゃんが低い声でうなってる。
「あの子、うちのメンバーのルリっていうんだけど……なにやってんの……今、男の子とくっついてる場合じゃないのに……! っていうか、シュンが女の子に妙なことしてんのなんて見たことないのに……あれが怪異の仕業?」
私たちは、テレビ局の窓の外、地上何十メートルもの上空にいた。
もう、さすがに、怖くて下が見られないよ……。
「では、一瞬だけ、ぼくたちの姿を彼らにも見えるようにしましょう」
時雨さんがそう言うと、窓の外で宙に浮いてる私たちの体がビルの中の二人にも見えたみたいで、ものすごくびっくりされた。
シュンくんはその場に立ち尽くしてたけど、女の子のほうは、おばけーと叫んで会議室から出て行っちゃった。
う、うーん、怖いよね、これは。
それから少し遅れて、シュンくんも、逃げるように走っていった。
「今、シュン殿の唇の動きを呼んだのですが」
「あの子になんて言ってたんですか、シュンくん?」
「口説いていましたね」
「くど……!?」
ひえっ、と私ののどが鳴る。
男の子が女の子を口説く、なんて、まだまだ私には遠い世界の話だもんね。
「おれとつき合わないか、ファンに内緒ってお互いにスリルあるだろ、そういう恋愛っておれたちにしかできないよな、……と、そんな感じのことを。ちなみに女の子のほうも、ほとんどイエスと答えているようなものでした」
「そ、それって……」
わたわたしている私に、声をかけたのはマリカちゃんだった。
「あたしはシュンと知り合ってそんなに長いわけじゃないけど、そんな性格じゃないでしょ、あいつ」
「そう思われます。怪異の影響でしょうね。早めに誤解を解かないと、今の子とシュン殿はもめそうです。その辺はマリカ殿に任せるとして、……ほぼ、怪異の正体が見えてきましたね」
時雨さんが、あごに手を添えてうなずいてる。
「そうなんですか? 今ので?」
「ええ。今のは、シュン殿が女の子に魅了をしかけていました。そして怪異は鳥人間の様相。おそらく、ランド・ハーピーでしょう」
ランド・ハーピー……。
それが、シュンくんにとり憑いた怪異の名前?
「どんな怪異なんですか、それって」
「腕の代わりに鳥のような翼を肩から生やしていますが、それ以外は人間の女性のような外見です。足の先が鉤爪になっていることが多いはず。日本にの怪異ではありませんが、スカイ・イビルらと同じように、外国から船や飛行機に乗って来たのでしょう」
鉤爪……なんだか、怖いな……。
「強いんですか……?」
「それなりに。ハーピー系は海辺にいることが多いんですが、ランド・ハーピーは内陸を縄張りにしていて、好戦的です。魅力的な歌声で人間を誘惑する能力があるのですが、シュン殿にその力を与えているようです。あいねさんもマリカさんも、もし魅了をしかけられても、気を強く持って耐えてください。一瞬我慢してもらえれば、ぼくがすぐに解呪しますから」
そう言ってる間に、ガルちゃんは、テレビ局の屋上に着いた。
背筋がぞくっとする。マリカちゃんも、怒った顔をしながら震えてた。嫌な予感がしてくる。
「この屋上から、ランド・ハーピーの気配がします」
時雨さんが、鋭い目つきで前をにらみながら言った。
……それにしても時雨さんといい、怪異って、屋上が好きなのかな。
さすが大きいビルだけあって、屋上は中学校の校庭のトラックくらいの広さがある。
でもいくつかの、まちまちの高さのでっぱりが床から突き出てて、向こうまでは見通せなかった。
……あの物陰のどこかに、ランド・ハーピーがいるのかもしれない。
時雨さんはすうっと息を吸い込むと、大きな声で呼びかけた。
「ランド・ハーピー! そのあたりにいるんだろう! ぼくは吸血鬼の時雨、お前がとり憑いている人間はぼくと縁のある者だ! おとなしく彼を開放して去るならよし、そうでないならここで退治する!」
その時、右前にある、三メートルくらいの高さの小屋のドアが開いた。
中から出てきたのは――
「シュンくん!」
シュンくんだ。がっくりと肩を落として、下を向いてるせいで顔がよく見えないけど、間違いない。
マリカちゃんが私に耳打ちしてくる。
「確かにあれシュンだけど、おとなしく返しますって感じじゃないよね」
そう。
明らかにシュンくんの様子がおかしい。
「時雨さん……」
「まだ動かないでください。なにか罠をしかけられているかもしれません」
シュンくんは、そろそろと、私たちのほうに向かって歩いてきた。
でも足取りは弱弱しくて、たまによろめいて、まっすぐに歩けてない。
その口が、なにかぼそぼそつぶやいてる。
「おれは、……おれの人気は、偽物で……全部、ハーピーのおかげ……ハーピーがいなければ、おれは、誰にも見向きもされない……」
「シュンくん、なに言ってるの。そんなわけないよ!」
思わず言い返しちゃった私に、時雨さんが人差し指をぴっと立てた。
「しっ、あいねさんお静かに。どうやらシュン殿は、ハーピーの術で、ああ思い込まされているようです」
「だって、シュンくんの人気は、シュンくんががんばったからなのに」
感情が高ぶってるせいか、また涙が出てきた。
うう、最近、すぐ泣いちゃってる気がする。
「あれがランド・ハーピーの常套手段なんです。自信をなくさせ、ハーピーがいなくては自分は成功できないのだと思い込ませる。どんな栄光も、どんなに夢が叶っても、すべてはハーピーのおかげだとね。そうすると、ハーピーなしには生きていけなくなります」
「そんな……」
「ランド・ハーピーの一番の好物は、自分にすがりついてくる人間の魂です。それを効率的に手に入れられるよう、努力家で才能のあるアイドルに目をつけたのでしょう。うまい作戦ではあります。ただ――」
ただ?
「――ただ、ぼくに出会わなければね。そして、ぼくのご主人様の友人に手を出したりしなければ」
そう言って、時雨さんの唇が、私のおでこでちゅっと音を立てた。
……。
……ちゅっ?
目を向いた私のすぐ上に、時雨さんの顔がある。
「しっ……時雨さんっ!?」
「失礼。こちらでした」
今度は、時雨さんが、私の目元に唇を当てた。
また、ちゅっと音がして、肌にほんの小さな刺激を感じる。
「ありがとうございます。ご主人様から、栄養をいただきました」
「えっ? い、今、涙に、私の涙に、キ――」
キスしました?
……って、口に出せない。
マリカちゃんが、真っ赤になって、口に両手を当ててた。
それを見てさらに恥ずかしくなる。
「え、栄養って!? 栄養なんですか!?」
「そうです。血の代わりですから」
「じゃ、じゃあおでこは? おでこのはなんだったんですか?」
「……ああ。そうですね、あれは、」
「あ、あれは?」
「あれはあれで、必要だったような気がします」
時雨さんがそう言って笑い、ガルちゃんの背中からひらっと飛び降りて、屋上に着地した。
な、なんであんなに平然としてるの。気がしますってなに?
その時雨さんのすぐ目の前、五メートルくらいのところに、ふらふら歩いてるシュンくんがいる。
「さて。ではシュンどのは、ぼくがもらって帰ろう。そうすれば術の解きようもあるだろう。それが困るなら――」
ぞくっ!
「きゃっ!?」
さっきより、ずっと強い寒気が背中に走った。
「――それが困るなら、さっさと出てくるんだな!」
黒い影が見えたのは、屋上の左手のへりからだった。なにかが、さっと舞い上がって、こっちに突っ込んでくる。
鳥? ううん、カラスよりずっと大きい。
翼のある人型の怪異だって聞いてたけど、確かに人間の形はしてるものの、人間の大人より体が一回りは大きい。
「し、時雨さんっ!」
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