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第三章 アイドルと怪異!2
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私はもう一度靴を履いて、玄関を出たところで時雨さんと並んで、
「ガルちゃん!」
と空に向かって叫んだ。
「キュー!」
大きなピンクのうさぎが、どこからともなく空に現れて、私たちの前にふわりと降りる。
私はスマホの地図アプリを開いて、ガルちゃんの背中に乗った。
隣に、また時雨さんが座る。
「ガルちゃん、今度はちょっと遠いけど、お願い! 道案内するから、大空テレビまで行きたいの!」
キュー、と高く鳴いて、ガルちゃんは空に舞い上がった。
■
三十分も経たずに、ガルちゃんは、大空テレビの上に着いた。
テレビ局のビルはテレビ番組で見ることはあるけど、上から、しかも直に見下ろすことなんてほぼないので、新鮮すぎて不思議な気持ちになる。
「ガルちゃんに乗ると、ほんとに早く着くね……!」
……冬休みが終わったら、登校の時とかに、ガルちゃんに乗せてもらったらだめかなあ……。
それはそれとして、まだ十三時まではかなり時間がある。
「あいねさん、時間には余裕がありますよね。よかったら、どこか人目につかないところで、悪魔のカードの使い方を、練習でもしませんか?」
時雨さんの提案で、近くにあったに十階建てくらいのビルの屋上に降りることにする。
「風が吹くと、冷えますね。あいねさんが風邪を引いてはいけない。周りの風を止ませましょう」
「そんなことまでできるんですか?」
時雨さんがウインクした。
「できますとも。ガルがね。これでも風の精の一種ですから」
するとガルちゃんがきゅーと鳴き、本当に、びゅうびゅう吹いてた風が止んだ。
それに気のせいか、ほんのり暖かい。
「わー、ガルちゃん、すごい」
ガルちゃんが得意げに、もう一度鳴いた。
すっかりおぜん立てされて、私は、スマホを取り出す。
「えっと、たしか、怪異の名前を呼ぶんでしたっけ」
「そうです。スマートフォンを掲げて、まずはダーク・インプと唱えてみてください」
言われたとおりにスマホを顔の前に突き出して、すうと息を吸ってから、その名前を口に出す。
……結構恥ずかしい気がするなあ、これ……
「だ、ダーク・インプ!」
すると、スマホの画面にダーク・インプの図柄が現れた。
そしてそこから黒い雲が飛びだして、私の体を包んじゃった。
「きゃっ!? く、暗っ!? なんにも見えないんですけど!?」
「慣れれば、闇の濃さや形を自由に操れるようになります。では次、スカイ・イビルも使ってみましょうか」
「い、一度この暗闇を消してからにさせてくださいっ。怖すぎます!」
「では、スマートフォンを掲げて、戻れと唱えてください」
私はおとなしく、言われたとおりにする……っていうか、それしかできないんだけど。
「戻れー!」
すると、黒い雲はさあっと消えて、屋上の景色が広がった。
「では次のスカイ・イビルですが、これはそれなりに練習しておかないと、いざという時に使えません。なにしろ、限定的にとはいえ空を飛ぶのですからね。慣れておかないと危ないですから」
「うう……それをなんで、ビルの屋上でやるんですかっ……」
「なにがあっても、ぼくが助けますよ。さ、まずは浮くところから始めましょう」
「は、はい。スカイ・イビル!」
そうして初めて体験した空を飛ぶという感覚は、とにかく不安定で、頼りなくて、そばに時雨さんがいなければ練習だってしたくないくらい怖かった。
ともあれ、そんなことをしながら、過ごしていたら。
十三時が迫ってきた。
時雨さんが一度地上に降りて、紅茶とサンドイッチを買ってきてくれた。
ほかには誰もいない屋上の上で、私と時雨さんはガルちゃんの背中に乗せてもらい、周りに広がるビルを見渡しながらお昼を食べた。
「あいねさん、ダージリンでよかったでしょうか? アールグレイも買ってきたので、お好きなほうを」
「はいっ、ダージリン大好きです。いいにおい!」
「紙のカップで温かい飲み物を飲むというのは、なかなかいいですよね」
「あ、分かります。手のひらがじんわりあったかくなって、気持ちいいです」
サンドイッチは、ハムとレタス、卵とポテトサラダ、それにトマト。
風が止まった中で座るふかふかのガルちゃんの背中は、今日も気持ちよかった。
■
「もしかして、あれ、……ですよね……?」
「もしかして、あれ、ですね」
私のつぶやきに、時雨さんが返してくれる。
テレビ局の、タレントさん用の出口の前に、数えきれないくらいの女の子が大集合してた。
ガルちゃんはすぐそばの別のビルの上で待機してくれてて、私たち二人は地面に降り立ってた。
「あれが、出待ちってやつなんだ……シュンくんのサニーパレスっていうグループって、こんなに人気があるの……?」
よく見ると、女の子の中には、「シュン」って書かれたグッズを持ってる子がたくさんいる。
私と同じくらいの学年の子もいるし、お母さんくらいの歳の人もいた。ほんとに人気なんだなあ……。
私はその集団からは何十メートルか離れているんだけど、甲高い声で、サニパレ、サニパレ、と歓声を上げてるのが聞こえる。
こういう時って、本当にあの出入り口からタレントさん本人が普通に出てくるのかな。
すぐに囲まれて、さらに大騒ぎになっちゃいそうだけど……。
なんて思ってたら、女の子たちの声がさらに大きくなった。
これは、ひょっとして。
「カズヤー!」
「ジュリくんー!」
「シュンくーん!」
サニーパレスの人たちが出てきたんだ。
ほとんど悲鳴みたいな声の中で、確かにシュンくんを呼ぶ声が聞こえた。
「私も行かないと……で、でも行けるかな……」
女の子の塊の一番外側まで近づいた。
でもその向こうにシュンくんがいるのかどうか、全然見えない。
ちょっと先を見ると、白い大きな車が停まってた。
たぶん、サニーパレスの人たちはあれに乗って帰るか、事務所とかに戻るんだろうな。
シュンくんのおばさんは、シュンくんはなかなか帰ってこないって言ってたから、少なくともすぐには家に帰らないんだと思う。
なんとかして、ここで会えれば。
顔さえ合わせられれば、ちょっとだけでも話せると思うんだけど。
でも、私の周りは、私より背の高いお姉さんたちがたくさんいて、しかも小刻みにジャンプしてる。
ど、どうしよう。このままじゃ、すぐにシュンくん、あの車に乗っちゃう。
「お困りですか、あいねさん」
時雨さんが、私のすぐ隣に立ってそう言った。
「うう、そうですね……このままじゃ、だめそう」
とは言っても、ここで空を飛ぶわけにもいかないし。
どうすればいいんだろう。早くシュンくんに最近の調子を聞いて、できることならとり憑いてる怪異を退治しないと、どんどん体調が悪くなっていっちゃうはずなのに。
「では僭越ながらこのぼくが、少しばかり出しゃばりましょう」
「えっ。なんとかなるんですか? あ、でも、サニパレのファンの人たちを力ずくでどかしたりはだめですよっ。けがしたら大変ですから」
「ふふ、そんな無粋な真似はしません。では、あいねさん、ぼくに『許す』と言ってください」
「え、はい。許す……?」
あっ。
これは、もしかしてあの時の。
そう思った時には、一瞬気が遠くなって、気がつけば私の視界が今までより一段高くなってる。
そして、横を見ると「私」がそこに立ってた。
や、やっぱり!
隣に立つ「私」は、こちらを見上げると一度ぺこりと頭を下げて、
「あいねさん、では、お体をしばしお借りします」
って言ってきた。
私と時雨さん、また入れ替わってる!
「あの、時雨さん、いったいなにをするつも……」
「シュンくーん! 聞こえますかー!」
時雨さんが入ってる「私」は、本物の私が出したこともない大声で、いきなりそう叫んだ。
な、なんてことを!
周りのお姉さんたちが、一斉に私たちを見る。
「し、時雨さあん!」
「むう。届かないか。あいねさん、彼には昔のあだ名か何かありませんか?」
「え、シュンくんのあだ名ですか? 小さい頃は、シュンヤくんだからシュヤッチって呼んでたかな」
「いいですね。それでいきましょう」
「なにがですか?」
「シュヤーッチ! 聞こえますかー!? 私です、あいねですー! シュヤアーッチ!」
「時雨さああん!?」
ファンのお姉さんたちの目が、変な中学生の二人組を見る目から、「なんなのこの子たち」ってだんだんと攻撃的なものに変わってくのがとてもよく分かった。
こ、これ、つまみ出されちゃうのでは?
その時。
「あいね……? どうしたんだ?」
一瞬、周りが静まり返って、それからまるで大きい花火が連続で鳴ったみたいな歓声が響き渡った。
なんと、シュンくんが、人波をかき分けて私のすぐ目の前に出てきてくれている。
シュンくんをじかに見るのは久しぶりだ。
ちょっと鋭い目つきに、濃いグレーの少し長い髪。昔から同い年の男子たちより背が高くて、サニパレでは最年少なのに、グループの中でもちょっとお兄さんぽかった。
ほんとに、かっこよくなったんだな。人気が出るの、よく分かるよ。前から知ってる私だって、少しどきっとしちゃう。
「シュン殿ですね。お会いできてなによりです。つきましては、ぼく――ではなかった、私たちだけで話がしたいのですが」
そう言ったのは、もちろん、時雨さんが入った「私」だった。
ファンの皆さんの目が、いよいよ、オオカミみたいに険しくなる。
「時雨さああああん!」
「え、あ、ああ。あいね、ここではちょっと……。また連絡するよ」
「それでは困ります。なんなら、今この場であなたを連れ去ってもいいんですよ」
シュンくんは「私」にそんなことを言われて、目をぱちくりさせる。
……それはそうなるよね。
シュンくんの後ろから、「おい、シュン! なにやってんだ、こっち来い!」って男の人の声がした。
シュンくんが「はい、今――」って言って、振り返る。
その瞬間。シュンくんの姿が、その場からふっと消えた。
……え?
消えた?
そこにいた何十人ものファンが、みんなで、「あれ?」「え?」って言いながら首をぶんぶん振ってシュンくんを探す。
でも、どこにもいない。
人波に紛れて、隠れたのかな。
「あれ!? シュン!? どこいった、シュン!」
スタッフの人が人波をかき分けるけど、シュンくんは出てこない。
やがて、ファンのお姉さんのひとりが、ぽつりと言った。
「ねえ。……この子がなにかしたんじゃない? なんか、連れ去るとか言ってたし」
う、うわあああっ!
ち、違う! 違いますよね、時雨さん!
「ふっ――」って、時雨さんがなぜか余裕の笑みを浮かべてる。
私の顔って、こんな笑い方できたんだ……。
「――ふっ、見くびらないでいただきたい! このぼく(私からぼくにもどっちゃった)なら、たかが人間の少年一人、誰にも気づかれずに連れ去るくらい簡単です! あなたがたに気づかれるような不手際もなくね!」
とうとう、お姉さんたちの何人かが、「なんなのこの子」ってスマホを取り出して私の写真か動画を撮ろうとし始めるのが見えた。
こ、これはまずいのでは?
「ガルちゃん!」
と空に向かって叫んだ。
「キュー!」
大きなピンクのうさぎが、どこからともなく空に現れて、私たちの前にふわりと降りる。
私はスマホの地図アプリを開いて、ガルちゃんの背中に乗った。
隣に、また時雨さんが座る。
「ガルちゃん、今度はちょっと遠いけど、お願い! 道案内するから、大空テレビまで行きたいの!」
キュー、と高く鳴いて、ガルちゃんは空に舞い上がった。
■
三十分も経たずに、ガルちゃんは、大空テレビの上に着いた。
テレビ局のビルはテレビ番組で見ることはあるけど、上から、しかも直に見下ろすことなんてほぼないので、新鮮すぎて不思議な気持ちになる。
「ガルちゃんに乗ると、ほんとに早く着くね……!」
……冬休みが終わったら、登校の時とかに、ガルちゃんに乗せてもらったらだめかなあ……。
それはそれとして、まだ十三時まではかなり時間がある。
「あいねさん、時間には余裕がありますよね。よかったら、どこか人目につかないところで、悪魔のカードの使い方を、練習でもしませんか?」
時雨さんの提案で、近くにあったに十階建てくらいのビルの屋上に降りることにする。
「風が吹くと、冷えますね。あいねさんが風邪を引いてはいけない。周りの風を止ませましょう」
「そんなことまでできるんですか?」
時雨さんがウインクした。
「できますとも。ガルがね。これでも風の精の一種ですから」
するとガルちゃんがきゅーと鳴き、本当に、びゅうびゅう吹いてた風が止んだ。
それに気のせいか、ほんのり暖かい。
「わー、ガルちゃん、すごい」
ガルちゃんが得意げに、もう一度鳴いた。
すっかりおぜん立てされて、私は、スマホを取り出す。
「えっと、たしか、怪異の名前を呼ぶんでしたっけ」
「そうです。スマートフォンを掲げて、まずはダーク・インプと唱えてみてください」
言われたとおりにスマホを顔の前に突き出して、すうと息を吸ってから、その名前を口に出す。
……結構恥ずかしい気がするなあ、これ……
「だ、ダーク・インプ!」
すると、スマホの画面にダーク・インプの図柄が現れた。
そしてそこから黒い雲が飛びだして、私の体を包んじゃった。
「きゃっ!? く、暗っ!? なんにも見えないんですけど!?」
「慣れれば、闇の濃さや形を自由に操れるようになります。では次、スカイ・イビルも使ってみましょうか」
「い、一度この暗闇を消してからにさせてくださいっ。怖すぎます!」
「では、スマートフォンを掲げて、戻れと唱えてください」
私はおとなしく、言われたとおりにする……っていうか、それしかできないんだけど。
「戻れー!」
すると、黒い雲はさあっと消えて、屋上の景色が広がった。
「では次のスカイ・イビルですが、これはそれなりに練習しておかないと、いざという時に使えません。なにしろ、限定的にとはいえ空を飛ぶのですからね。慣れておかないと危ないですから」
「うう……それをなんで、ビルの屋上でやるんですかっ……」
「なにがあっても、ぼくが助けますよ。さ、まずは浮くところから始めましょう」
「は、はい。スカイ・イビル!」
そうして初めて体験した空を飛ぶという感覚は、とにかく不安定で、頼りなくて、そばに時雨さんがいなければ練習だってしたくないくらい怖かった。
ともあれ、そんなことをしながら、過ごしていたら。
十三時が迫ってきた。
時雨さんが一度地上に降りて、紅茶とサンドイッチを買ってきてくれた。
ほかには誰もいない屋上の上で、私と時雨さんはガルちゃんの背中に乗せてもらい、周りに広がるビルを見渡しながらお昼を食べた。
「あいねさん、ダージリンでよかったでしょうか? アールグレイも買ってきたので、お好きなほうを」
「はいっ、ダージリン大好きです。いいにおい!」
「紙のカップで温かい飲み物を飲むというのは、なかなかいいですよね」
「あ、分かります。手のひらがじんわりあったかくなって、気持ちいいです」
サンドイッチは、ハムとレタス、卵とポテトサラダ、それにトマト。
風が止まった中で座るふかふかのガルちゃんの背中は、今日も気持ちよかった。
■
「もしかして、あれ、……ですよね……?」
「もしかして、あれ、ですね」
私のつぶやきに、時雨さんが返してくれる。
テレビ局の、タレントさん用の出口の前に、数えきれないくらいの女の子が大集合してた。
ガルちゃんはすぐそばの別のビルの上で待機してくれてて、私たち二人は地面に降り立ってた。
「あれが、出待ちってやつなんだ……シュンくんのサニーパレスっていうグループって、こんなに人気があるの……?」
よく見ると、女の子の中には、「シュン」って書かれたグッズを持ってる子がたくさんいる。
私と同じくらいの学年の子もいるし、お母さんくらいの歳の人もいた。ほんとに人気なんだなあ……。
私はその集団からは何十メートルか離れているんだけど、甲高い声で、サニパレ、サニパレ、と歓声を上げてるのが聞こえる。
こういう時って、本当にあの出入り口からタレントさん本人が普通に出てくるのかな。
すぐに囲まれて、さらに大騒ぎになっちゃいそうだけど……。
なんて思ってたら、女の子たちの声がさらに大きくなった。
これは、ひょっとして。
「カズヤー!」
「ジュリくんー!」
「シュンくーん!」
サニーパレスの人たちが出てきたんだ。
ほとんど悲鳴みたいな声の中で、確かにシュンくんを呼ぶ声が聞こえた。
「私も行かないと……で、でも行けるかな……」
女の子の塊の一番外側まで近づいた。
でもその向こうにシュンくんがいるのかどうか、全然見えない。
ちょっと先を見ると、白い大きな車が停まってた。
たぶん、サニーパレスの人たちはあれに乗って帰るか、事務所とかに戻るんだろうな。
シュンくんのおばさんは、シュンくんはなかなか帰ってこないって言ってたから、少なくともすぐには家に帰らないんだと思う。
なんとかして、ここで会えれば。
顔さえ合わせられれば、ちょっとだけでも話せると思うんだけど。
でも、私の周りは、私より背の高いお姉さんたちがたくさんいて、しかも小刻みにジャンプしてる。
ど、どうしよう。このままじゃ、すぐにシュンくん、あの車に乗っちゃう。
「お困りですか、あいねさん」
時雨さんが、私のすぐ隣に立ってそう言った。
「うう、そうですね……このままじゃ、だめそう」
とは言っても、ここで空を飛ぶわけにもいかないし。
どうすればいいんだろう。早くシュンくんに最近の調子を聞いて、できることならとり憑いてる怪異を退治しないと、どんどん体調が悪くなっていっちゃうはずなのに。
「では僭越ながらこのぼくが、少しばかり出しゃばりましょう」
「えっ。なんとかなるんですか? あ、でも、サニパレのファンの人たちを力ずくでどかしたりはだめですよっ。けがしたら大変ですから」
「ふふ、そんな無粋な真似はしません。では、あいねさん、ぼくに『許す』と言ってください」
「え、はい。許す……?」
あっ。
これは、もしかしてあの時の。
そう思った時には、一瞬気が遠くなって、気がつけば私の視界が今までより一段高くなってる。
そして、横を見ると「私」がそこに立ってた。
や、やっぱり!
隣に立つ「私」は、こちらを見上げると一度ぺこりと頭を下げて、
「あいねさん、では、お体をしばしお借りします」
って言ってきた。
私と時雨さん、また入れ替わってる!
「あの、時雨さん、いったいなにをするつも……」
「シュンくーん! 聞こえますかー!」
時雨さんが入ってる「私」は、本物の私が出したこともない大声で、いきなりそう叫んだ。
な、なんてことを!
周りのお姉さんたちが、一斉に私たちを見る。
「し、時雨さあん!」
「むう。届かないか。あいねさん、彼には昔のあだ名か何かありませんか?」
「え、シュンくんのあだ名ですか? 小さい頃は、シュンヤくんだからシュヤッチって呼んでたかな」
「いいですね。それでいきましょう」
「なにがですか?」
「シュヤーッチ! 聞こえますかー!? 私です、あいねですー! シュヤアーッチ!」
「時雨さああん!?」
ファンのお姉さんたちの目が、変な中学生の二人組を見る目から、「なんなのこの子たち」ってだんだんと攻撃的なものに変わってくのがとてもよく分かった。
こ、これ、つまみ出されちゃうのでは?
その時。
「あいね……? どうしたんだ?」
一瞬、周りが静まり返って、それからまるで大きい花火が連続で鳴ったみたいな歓声が響き渡った。
なんと、シュンくんが、人波をかき分けて私のすぐ目の前に出てきてくれている。
シュンくんをじかに見るのは久しぶりだ。
ちょっと鋭い目つきに、濃いグレーの少し長い髪。昔から同い年の男子たちより背が高くて、サニパレでは最年少なのに、グループの中でもちょっとお兄さんぽかった。
ほんとに、かっこよくなったんだな。人気が出るの、よく分かるよ。前から知ってる私だって、少しどきっとしちゃう。
「シュン殿ですね。お会いできてなによりです。つきましては、ぼく――ではなかった、私たちだけで話がしたいのですが」
そう言ったのは、もちろん、時雨さんが入った「私」だった。
ファンの皆さんの目が、いよいよ、オオカミみたいに険しくなる。
「時雨さああああん!」
「え、あ、ああ。あいね、ここではちょっと……。また連絡するよ」
「それでは困ります。なんなら、今この場であなたを連れ去ってもいいんですよ」
シュンくんは「私」にそんなことを言われて、目をぱちくりさせる。
……それはそうなるよね。
シュンくんの後ろから、「おい、シュン! なにやってんだ、こっち来い!」って男の人の声がした。
シュンくんが「はい、今――」って言って、振り返る。
その瞬間。シュンくんの姿が、その場からふっと消えた。
……え?
消えた?
そこにいた何十人ものファンが、みんなで、「あれ?」「え?」って言いながら首をぶんぶん振ってシュンくんを探す。
でも、どこにもいない。
人波に紛れて、隠れたのかな。
「あれ!? シュン!? どこいった、シュン!」
スタッフの人が人波をかき分けるけど、シュンくんは出てこない。
やがて、ファンのお姉さんのひとりが、ぽつりと言った。
「ねえ。……この子がなにかしたんじゃない? なんか、連れ去るとか言ってたし」
う、うわあああっ!
ち、違う! 違いますよね、時雨さん!
「ふっ――」って、時雨さんがなぜか余裕の笑みを浮かべてる。
私の顔って、こんな笑い方できたんだ……。
「――ふっ、見くびらないでいただきたい! このぼく(私からぼくにもどっちゃった)なら、たかが人間の少年一人、誰にも気づかれずに連れ去るくらい簡単です! あなたがたに気づかれるような不手際もなくね!」
とうとう、お姉さんたちの何人かが、「なんなのこの子」ってスマホを取り出して私の写真か動画を撮ろうとし始めるのが見えた。
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