君にぼくをくれてやる――はぐれ吸血鬼の王子様が、私のしもべになりました

クナリ

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第三章 アイドルと怪異!1

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「ふうん、アイドル、ですか」
「はい。時雨さんはあんまり見ないですか、アイドル?」

 お父さんとお母さんが出かけた後、私は一人で朝ご飯を食べてたら、窓の外に時雨さんの影が見えたので、中に入ってもらった。
 私はバターを塗ったトーストと紅茶、時雨さんはよっぽど気に入ったのか、私があげた生のトマトをそのまま食べてる。

「歌ったり踊ったりして、その魅力で人を惹きつける方々ですよね。それをお仕事にしているとは、実に立派です。歳もぼくとそう変わらないようですのに」

 そう言って時雨さんが少し伏せた目の、まつ毛の長さにまたちょっとびっくりする。
 時雨さんがアイドルになったら、かなり人気出そうだけどなあ……。

「もっとも、個人的には、思い入れが加味されているとはいえ、あいねさん以上に魅力的な方はアイドルの中にもなかなか見当たりませんけどね」

 思わず紅茶を吹きそうになった。
 こ、こういうことをたまにいきなり言うんだよね、時雨さん。
 ちらっと彼の顔に目をやる。
 あれっと思った。

「時雨さん、なんだか、疲れてます? あ、吸血鬼って夜起きてるから、朝って眠いですか?」
「ああいえ、人間ほど眠る必要はないので、それは大丈夫です」

 それは大丈夫、ってことは。
 ほかにもなにかあるということであって。

「……もしかして、私が寝てる間に、なにかありました?」
「大したことではありません。またしても不埒なやつめらが、この家の近くに潜んでいたので、退治しただけです」

「えっ。それって怪異ですよね? ど、どんな怪異だったんですか?」
「人狼……いわゆる狼男でした。それなりに強力な怪異で、しかも徒党を組んでいましたが、当分はこのあたりに近づきもしないでしょうから、ご安心ください」

 あ、安心っていうかっ。
 私は紅茶のマグを置いて立ち上がる。ちなみに、時雨さんは「しもべですので」なんて言ってずっと立っていようとするんだけど、私がむりやりテーブルの向かいに座ってもらってた。

「私がよくったって、時雨さんが危ないじゃないですかっ」

 そうはいっても、時雨さんに一方的に守ってもらってるんだから、どうしようもないんだけど。
 でも、これは言わずにはいられないよ。

「ぼくだって、それなりに考えながら戦っていますよ。とてもかなわないと思ったら、あなたを連れて逃げます。それにしても、この程度の疲労を見抜かれてしまうとは、ぼくも未熟ですね」
「疲れて当たり前じゃないですかっ。私徹夜ってしたことないですけど、一晩ずっと起きてたら次の日ふらふらですよっ」

「ふふふ、見くびらないでください、あいねさん。このぼくは、一晩くらいではどうってことありません」
「だって、疲れてるって言ったじゃないですか」

「あっ」
「あっ、って……?」

 もしかして。

「昨夜だけじゃなくて、もしかしてここ何日か!?」
「これは口が滑りました。あいねさん、鋭いですね」

 そうだ、さっき時雨さん、「またしても不埒なやつめらが家の近くに潜んでた」みたいなこと言ってた。
 メイの時はメイの家だったんだから、私の家の近くに潜んでる怪異なんて私は見てない。
 時雨さんが、知らない間に追い払ってくれてたんだ。

「ううう、ありがとうございます……けがとかはしてないんですか?」
「ほんのかすり傷程度です。吸血鬼の治癒力なら、今日中にはきれいさっぱり治るでしょう……」

 時雨さんの言葉の終わりに、おかしな余韻があったので、なんだろうと思って彼の顔をじっと見る。
 時雨さんは、少し笑ってるみたいだった。

「なにかおかしいんですか、時雨さんっ。こっちは心配してるのにっ」
「い、いえ、失礼。おかしくて笑っていたのではないのです。ただ、うれしくて」

「……今の話の中に、うれしいところありました!?」
「ありましたとも。昔、母に聞いたことがあったんです。人間の中には、自分のことより、他人の負った傷のことを心配したり怒ったりする人がいると。本当だ、と思っただけです」

 い、言い方が毎回大げさなんだってば……!

「あいねさんといると、うれしいことばかりですね。……ただ、心配事もまだまだ尽きないようですが」

 いつの間にか、時雨さんがまじめな顔になってる。

「この方ですよね、あいねさんの幼友達というのは」

 テレビでは朝の番組の中で、またもシュンくんが映ってた。本当に活躍してるなあ。
 ……でも、やっぱり。肩のところに、黒いモヤがある。

「あいねさんにも見えますか」
「ぼんやり、ですけど……あれって、まさか……」

「怪異ですね。あの少年にとり憑いています。人の形をしていますが、翼のようなものが生えているな……。見たところ、かなり強力に憑いていますね。国内のものには見えない。どこか、外国で拾ってきたのかな……」

 そういえば、と思い出す。

「シュンくん、少し前にアジアをツアーで回ってきたって特番で言ってました……」
「もしかしたら、その時かもしれません。どうしたものかな」

「シュンくん……どうなっちゃうんですか?」
「怪異の影響は、いろいろです。大して害がないこともあれば、憑かれた人間の性格が変わってしまったり、体や心が病気になったり。悪くすれば、アイドルというお仕事は続けられなくなると思います。最悪の場合には、……めったにありませんが、命を落とすことも」

 い、命!?

「だ、だめですそんなの! シュンくん、アイドルになるために小学校の時から歌やダンスをすっごくがんばってたんですから! 」
「ほほう。そんなに。生半可なことではありませんね」

「そうですよ! やっと夢がかなって、ううん、これからだってかなっていくところなんですから!」
「なるほど。それはまったくもって、ほうってはおけません」

 あれ。
 なんだか、時雨さんの様子がおかしいような……?

「あの、時雨さん。私、なにか変なこと言ってますか?」
「いいえ。あいねさんは、あのご友人を助けたいんですね?」

 もちろん、と私は頭を縦にぶんと振る。

「都合のいいことに、ここに、お力になれるしもべがおります」
「力を、……貸してもらえますか?」

 そこで、時雨さんががたんと椅子から立ち上がったので、びっくりした。

「もちろんです! ご主人様のご希望のために尽くすのが、しもべの喜びですからね。喜んで」

 よ、様子が変だったのは、うずうずしてたの!?

「それにしても、なんだか時雨さん……しもべなのを、楽しんでないですか?」

 すると、時雨さんは微笑んだ。

「吸血鬼が、魔術儀式などで服従させられるのではなく、自分から人間のしもべになるってなかなかないことですから、貴重な体験なんです。しかも、ほかならぬあいねさんのしもべですからね。今のうちに、しもべライフを満喫しないと」

しもべライフって何ですか……!?

「と、とはいえどうしようかなあ。シュンくんの家に行ってみましょうか、近所なので。時雨さん、本当に体の調子って……」
「問題ありません。さ、行きましょう行きましょう」

「せめて、寝ないと」
「うかうかしていると取り返しがつきませんよ。ほらほら、お支度をどうぞ」



 シュンくんの家は、うちから歩いて五分くらいのところにある。
 メイの家よりもさらに近いので、今回はガルちゃんに乗らなくてもすぐに着いた。

「久しぶりだな、シュンくんの家のチャイム押すの」

 うちと同じような大きさの二階建ての家の門の前で、私はチャイムを押した。
 ぴんぽーん、と高い音がする。
 すぐに、おばさんがドアから出てきた。
 おばさんと会うのも久しぶりだ。

「あらあ、あいねちゃん。もしかしてシュンになにかご用? ごめんなさいね、あの子最近全然家に戻ってきてなくて。大晦日とお正月も、テレビのなんとかいう番組に出るって言って、昼間は帰ってこないみたいなのよ」
「あ、いえ、ちょっと用事があっただけなんですけど、またにします」

 シュンくんは、ちょうどお互いにスマホを持ったころからなかなか会えなくなっちゃったので、本人に直接連絡を取るのが難しい。
 それで私がしゅんとしたのを見たおばさんが、

「よかったら、シュンのスマホの電話番号と、メッセージアプリのID教えようか」

 と言ってくれた。

「えっ、いいんですか」
「あいねちゃんなら、シュンもいいっていうよ絶対。ちょっと待っててね」

 おばさんは一度家の中に入ると、メモ用紙に番号とIDを書いて持ってきてくれた。

「はいどうぞ。あんまりすぐに返事帰ってこないことのほうが多いけど」
「いえ、そんなの全然平気です。ありがとうございますっ」

 おばさんには姿が見えない時雨さんが、数字やアルファベットの並んだメモを興味深そうに覗き込んでる。

 私はシュンくんの家を離れると、さっそくシュンくんのIDに、私が空羽あいねだって分かるようにしてアプリでのつながり申請を送った。
 いきなり電話だと、迷惑かけちゃうかもだし。
 でも電話番号が分かるんだから、ショートメールも送っておこうかな。

「あいねさん。ひとつ、分かったことがあります。あの家からは怪異の気配がしませんでしたから、怪異はシュン殿ひとりにとり憑いているようです」
「え、そんなこと分かるんですか?」

「ええ。これでやりやすくなりました。なんとかシュン殿と直接会えれば、ぼくが怪異を退治します」

 うう、ありがとうございます、時雨さん。
 その時、スマホが小さく震えた。
 アプリからの通知だ。
 見ると、シュンくんからつながりの許可がもらえたところだった。

「やった、それじゃシュンくんに……」

 シュンくんに。
 そこではたと指が止まる。
 シュンくんに、なんて言おう?

 怪異がとり憑いてるから、退治してあげるよって?
 なぜ私にそんなことができるかというと、吸血鬼のしもべがいるからなんだよって?
 メイの時はあんな状況だったから分かってもらえたけど、言葉のやり取りだけだと、どうだろう……。

「う……うーん……! なんて書けばいいのか、む、難しい……!」
「そうですか? 話があるので会えないか、と送ればいいのでは?」

「でも向こうは人気アイドルですよ、今年何回も歌番組で見たもん……! 理由は言わないけど会いたいから時間作って、ってなんだか嫌な感じじゃないですか……!?」
「あいねさんから嫌な感じなんて、受け取るほうに問題があります、が。確かに、少しデリケートなところですね」

 家に入って、リビングに戻ったけど、いまだにメッセージが送れない。
 そうこうしてたら、なんとシュンくんのほうからメッセージがきた。

「あいね、申請ありがとう。もしかして母さんからID聞いた?」

 このくらいの内容なら、普通に話せる。
 もともと友達だもんね。
 私はメッセージを送り返す。

「うん、そう。最近、シュンくん忙しそうだね。昨日も今日もテレビで見たよ。動画サイトも見てるからね」 
「本当か!? ありがとう、すごくうれしいよ。最近はなかなか会えないな。今日も昼過ぎまで、大空テレビで収録なんだ。忙しいのは、ありがたいけどな」

 大空テレビ。
 前に、社会科見学で行ったことがあるな……。
 横を見ると、会話を見てた時雨さんが、こくんとうなずいた。

「そうなんだ。お昼過ぎって何時くらい?」
「十三時くらいかな。あ、呼ばれてる。それじゃまた。メッセージ、ありがとうな!」

 最後にスタンプを送り合ってから、私はスマホを閉じた。

「時雨さん。チャンス、ですよね?」
「ええ。行きましょう」
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