上 下
9 / 16

第三章 アイドルと怪異!1

しおりを挟む
「ふうん、アイドル、ですか」
「はい。時雨さんはあんまり見ないですか、アイドル?」

 お父さんとお母さんが出かけた後、私は一人で朝ご飯を食べてたら、窓の外に時雨さんの影が見えたので、中に入ってもらった。
 私はバターを塗ったトーストと紅茶、時雨さんはよっぽど気に入ったのか、私があげた生のトマトをそのまま食べてる。

「歌ったり踊ったりして、その魅力で人を惹きつける方々ですよね。それをお仕事にしているとは、実に立派です。歳もぼくとそう変わらないようですのに」

 そう言って時雨さんが少し伏せた目の、まつ毛の長さにまたちょっとびっくりする。
 時雨さんがアイドルになったら、かなり人気出そうだけどなあ……。

「もっとも、個人的には、思い入れが加味されているとはいえ、あいねさん以上に魅力的な方はアイドルの中にもなかなか見当たりませんけどね」

 思わず紅茶を吹きそうになった。
 こ、こういうことをたまにいきなり言うんだよね、時雨さん。
 ちらっと彼の顔に目をやる。
 あれっと思った。

「時雨さん、なんだか、疲れてます? あ、吸血鬼って夜起きてるから、朝って眠いですか?」
「ああいえ、人間ほど眠る必要はないので、それは大丈夫です」

 それは大丈夫、ってことは。
 ほかにもなにかあるということであって。

「……もしかして、私が寝てる間に、なにかありました?」
「大したことではありません。またしても不埒なやつめらが、この家の近くに潜んでいたので、退治しただけです」

「えっ。それって怪異ですよね? ど、どんな怪異だったんですか?」
「人狼……いわゆる狼男でした。それなりに強力な怪異で、しかも徒党を組んでいましたが、当分はこのあたりに近づきもしないでしょうから、ご安心ください」

 あ、安心っていうかっ。
 私は紅茶のマグを置いて立ち上がる。ちなみに、時雨さんは「しもべですので」なんて言ってずっと立っていようとするんだけど、私がむりやりテーブルの向かいに座ってもらってた。

「私がよくったって、時雨さんが危ないじゃないですかっ」

 そうはいっても、時雨さんに一方的に守ってもらってるんだから、どうしようもないんだけど。
 でも、これは言わずにはいられないよ。

「ぼくだって、それなりに考えながら戦っていますよ。とてもかなわないと思ったら、あなたを連れて逃げます。それにしても、この程度の疲労を見抜かれてしまうとは、ぼくも未熟ですね」
「疲れて当たり前じゃないですかっ。私徹夜ってしたことないですけど、一晩ずっと起きてたら次の日ふらふらですよっ」

「ふふふ、見くびらないでください、あいねさん。このぼくは、一晩くらいではどうってことありません」
「だって、疲れてるって言ったじゃないですか」

「あっ」
「あっ、って……?」

 もしかして。

「昨夜だけじゃなくて、もしかしてここ何日か!?」
「これは口が滑りました。あいねさん、鋭いですね」

 そうだ、さっき時雨さん、「またしても不埒なやつめらが家の近くに潜んでた」みたいなこと言ってた。
 メイの時はメイの家だったんだから、私の家の近くに潜んでる怪異なんて私は見てない。
 時雨さんが、知らない間に追い払ってくれてたんだ。

「ううう、ありがとうございます……けがとかはしてないんですか?」
「ほんのかすり傷程度です。吸血鬼の治癒力なら、今日中にはきれいさっぱり治るでしょう……」

 時雨さんの言葉の終わりに、おかしな余韻があったので、なんだろうと思って彼の顔をじっと見る。
 時雨さんは、少し笑ってるみたいだった。

「なにかおかしいんですか、時雨さんっ。こっちは心配してるのにっ」
「い、いえ、失礼。おかしくて笑っていたのではないのです。ただ、うれしくて」

「……今の話の中に、うれしいところありました!?」
「ありましたとも。昔、母に聞いたことがあったんです。人間の中には、自分のことより、他人の負った傷のことを心配したり怒ったりする人がいると。本当だ、と思っただけです」

 い、言い方が毎回大げさなんだってば……!

「あいねさんといると、うれしいことばかりですね。……ただ、心配事もまだまだ尽きないようですが」

 いつの間にか、時雨さんがまじめな顔になってる。

「この方ですよね、あいねさんの幼友達というのは」

 テレビでは朝の番組の中で、またもシュンくんが映ってた。本当に活躍してるなあ。
 ……でも、やっぱり。肩のところに、黒いモヤがある。

「あいねさんにも見えますか」
「ぼんやり、ですけど……あれって、まさか……」

「怪異ですね。あの少年にとり憑いています。人の形をしていますが、翼のようなものが生えているな……。見たところ、かなり強力に憑いていますね。国内のものには見えない。どこか、外国で拾ってきたのかな……」

 そういえば、と思い出す。

「シュンくん、少し前にアジアをツアーで回ってきたって特番で言ってました……」
「もしかしたら、その時かもしれません。どうしたものかな」

「シュンくん……どうなっちゃうんですか?」
「怪異の影響は、いろいろです。大して害がないこともあれば、憑かれた人間の性格が変わってしまったり、体や心が病気になったり。悪くすれば、アイドルというお仕事は続けられなくなると思います。最悪の場合には、……めったにありませんが、命を落とすことも」

 い、命!?

「だ、だめですそんなの! シュンくん、アイドルになるために小学校の時から歌やダンスをすっごくがんばってたんですから! 」
「ほほう。そんなに。生半可なことではありませんね」

「そうですよ! やっと夢がかなって、ううん、これからだってかなっていくところなんですから!」
「なるほど。それはまったくもって、ほうってはおけません」

 あれ。
 なんだか、時雨さんの様子がおかしいような……?

「あの、時雨さん。私、なにか変なこと言ってますか?」
「いいえ。あいねさんは、あのご友人を助けたいんですね?」

 もちろん、と私は頭を縦にぶんと振る。

「都合のいいことに、ここに、お力になれるしもべがおります」
「力を、……貸してもらえますか?」

 そこで、時雨さんががたんと椅子から立ち上がったので、びっくりした。

「もちろんです! ご主人様のご希望のために尽くすのが、しもべの喜びですからね。喜んで」

 よ、様子が変だったのは、うずうずしてたの!?

「それにしても、なんだか時雨さん……しもべなのを、楽しんでないですか?」

 すると、時雨さんは微笑んだ。

「吸血鬼が、魔術儀式などで服従させられるのではなく、自分から人間のしもべになるってなかなかないことですから、貴重な体験なんです。しかも、ほかならぬあいねさんのしもべですからね。今のうちに、しもべライフを満喫しないと」

しもべライフって何ですか……!?

「と、とはいえどうしようかなあ。シュンくんの家に行ってみましょうか、近所なので。時雨さん、本当に体の調子って……」
「問題ありません。さ、行きましょう行きましょう」

「せめて、寝ないと」
「うかうかしていると取り返しがつきませんよ。ほらほら、お支度をどうぞ」



 シュンくんの家は、うちから歩いて五分くらいのところにある。
 メイの家よりもさらに近いので、今回はガルちゃんに乗らなくてもすぐに着いた。

「久しぶりだな、シュンくんの家のチャイム押すの」

 うちと同じような大きさの二階建ての家の門の前で、私はチャイムを押した。
 ぴんぽーん、と高い音がする。
 すぐに、おばさんがドアから出てきた。
 おばさんと会うのも久しぶりだ。

「あらあ、あいねちゃん。もしかしてシュンになにかご用? ごめんなさいね、あの子最近全然家に戻ってきてなくて。大晦日とお正月も、テレビのなんとかいう番組に出るって言って、昼間は帰ってこないみたいなのよ」
「あ、いえ、ちょっと用事があっただけなんですけど、またにします」

 シュンくんは、ちょうどお互いにスマホを持ったころからなかなか会えなくなっちゃったので、本人に直接連絡を取るのが難しい。
 それで私がしゅんとしたのを見たおばさんが、

「よかったら、シュンのスマホの電話番号と、メッセージアプリのID教えようか」

 と言ってくれた。

「えっ、いいんですか」
「あいねちゃんなら、シュンもいいっていうよ絶対。ちょっと待っててね」

 おばさんは一度家の中に入ると、メモ用紙に番号とIDを書いて持ってきてくれた。

「はいどうぞ。あんまりすぐに返事帰ってこないことのほうが多いけど」
「いえ、そんなの全然平気です。ありがとうございますっ」

 おばさんには姿が見えない時雨さんが、数字やアルファベットの並んだメモを興味深そうに覗き込んでる。

 私はシュンくんの家を離れると、さっそくシュンくんのIDに、私が空羽あいねだって分かるようにしてアプリでのつながり申請を送った。
 いきなり電話だと、迷惑かけちゃうかもだし。
 でも電話番号が分かるんだから、ショートメールも送っておこうかな。

「あいねさん。ひとつ、分かったことがあります。あの家からは怪異の気配がしませんでしたから、怪異はシュン殿ひとりにとり憑いているようです」
「え、そんなこと分かるんですか?」

「ええ。これでやりやすくなりました。なんとかシュン殿と直接会えれば、ぼくが怪異を退治します」

 うう、ありがとうございます、時雨さん。
 その時、スマホが小さく震えた。
 アプリからの通知だ。
 見ると、シュンくんからつながりの許可がもらえたところだった。

「やった、それじゃシュンくんに……」

 シュンくんに。
 そこではたと指が止まる。
 シュンくんに、なんて言おう?

 怪異がとり憑いてるから、退治してあげるよって?
 なぜ私にそんなことができるかというと、吸血鬼のしもべがいるからなんだよって?
 メイの時はあんな状況だったから分かってもらえたけど、言葉のやり取りだけだと、どうだろう……。

「う……うーん……! なんて書けばいいのか、む、難しい……!」
「そうですか? 話があるので会えないか、と送ればいいのでは?」

「でも向こうは人気アイドルですよ、今年何回も歌番組で見たもん……! 理由は言わないけど会いたいから時間作って、ってなんだか嫌な感じじゃないですか……!?」
「あいねさんから嫌な感じなんて、受け取るほうに問題があります、が。確かに、少しデリケートなところですね」

 家に入って、リビングに戻ったけど、いまだにメッセージが送れない。
 そうこうしてたら、なんとシュンくんのほうからメッセージがきた。

「あいね、申請ありがとう。もしかして母さんからID聞いた?」

 このくらいの内容なら、普通に話せる。
 もともと友達だもんね。
 私はメッセージを送り返す。

「うん、そう。最近、シュンくん忙しそうだね。昨日も今日もテレビで見たよ。動画サイトも見てるからね」 
「本当か!? ありがとう、すごくうれしいよ。最近はなかなか会えないな。今日も昼過ぎまで、大空テレビで収録なんだ。忙しいのは、ありがたいけどな」

 大空テレビ。
 前に、社会科見学で行ったことがあるな……。
 横を見ると、会話を見てた時雨さんが、こくんとうなずいた。

「そうなんだ。お昼過ぎって何時くらい?」
「十三時くらいかな。あ、呼ばれてる。それじゃまた。メッセージ、ありがとうな!」

 最後にスタンプを送り合ってから、私はスマホを閉じた。

「時雨さん。チャンス、ですよね?」
「ええ。行きましょう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オタわん〜オタクがわんこ系イケメンの恋愛レッスンをすることになりました〜

石丸明
児童書・童話
 豊富な恋愛知識をもち、友人からアネゴと呼ばれる主人公、宮瀬恭子(みやせきょうこ)。けれどその知識は大好きな少女漫画から仕入れたもので、自身の恋愛経験はゼロ。  中二で同じクラスになった、みんなのアイドル的存在である安達唯斗(あだちゆいと)から、好きな人と仲良くなるための「恋愛レッスン」をして欲しいと頼まれ、断りきれず引き受ける。  唯斗はコミュニケーション能力が高く、また気遣いもできるため、恭子に教えられることは特になかった。それでも練習として一緒に下校などするうちに、二人は仲を深めていった。  恭子は、あどけない唯斗のことを「弟みたい」だと感じ、惹かれていくが……。

DRAGGY!-ドラギィ!- 【一時完結】

Sirocos(シロコス)
児童書・童話
〈次章の連載開始は、来年の春頃を想定しております! m(_ _"m)〉 ●第2回きずな児童書大賞エントリー 【竜のような、犬のような……誰も知らないフシギ生物。それがドラギィ! 人間界に住む少年レンは、ある日、空から落ちてきたドラギィの「フラップ」と出会います。 フラップの望みは、ドラギィとしての修行を果たし、いつの日か空島『スカイランド』へ帰ること。 同じく空から降ってきた、天真らんまんなドラギィのフリーナにも出会えました! 新しい仲間も続々登場! 白ネズミの天才博士しろさん、かわいいものが大好きな本田ユカに加えて、 レンの親友の市原ジュンに浜田タク、なんだか嫌味なライバル的存在の小野寺ヨシ―― さて、レンとドラギィたちの不思議な暮らしは、これからどうなっていくのか!?】 (不定期更新になります。ご了承くださいませ)

【1章完】GREATEST BOONS ~幼なじみのほのぼのバディがクリエイトスキルで異世界に偉大なる恩恵をもたらします!~

丹斗大巴
児童書・童話
 幼なじみの2人がグレイテストブーンズ(偉大なる恩恵)を生み出しつつ、異世界の7つの秘密を解き明かしながらほのぼの旅をする物語。  異世界に飛ばされて、小学生の年齢まで退行してしまった幼なじみの銀河と美怜。とつじょ不思議な力に目覚め、Greatest Boons(グレイテストブーンズ:偉大なる恩恵)をもたらす新しい生き物たちBoons(ブーンズ)とアイテムを生みだした! 彼らのおかげでサバイバルもトラブルもなんのその! クリエイト系の2人が旅するほのぼの異世界珍道中。  便利な「しおり」機能を使って読み進めることをお勧めします。さらに「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届いて便利です! レーティング指定の描写はありませんが、万が一気になる方は、目次※マークをさけてご覧ください。

大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる。

takemot
児童書・童話
 薬草を採りに入った森で、魔獣に襲われた僕。そんな僕を助けてくれたのは、一人の女性。胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。身にまとうのは、真っ黒なローブ。彼女は、僕にいきなりこう尋ねました。 「シチュー作れる?」  …………へ?  彼女の正体は、『森の魔女』。  誰もが崇拝したくなるような魔女。とんでもない力を持っている魔女。魔獣がわんさか生息する森を牛耳っている魔女。  そんな噂を聞いて、目を輝かせていた時代が僕にもありました。  どういうわけか、僕は彼女の弟子になったのですが……。 「うう。早くして。お腹がすいて死にそうなんだよ」 「あ、さっきよりミルク多めで!」 「今日はダラダラするって決めてたから!」  はあ……。師匠、もっとしっかりしてくださいよ。  子供っぽい師匠。そんな師匠に、今日も僕は振り回されっぱなし。  でも時折、大人っぽい師匠がそこにいて……。  師匠と弟子がおりなす不思議な物語。師匠が子供っぽい理由とは。そして、大人っぽい師匠の壮絶な過去とは。  表紙のイラストは大崎あむさん(https://twitter.com/oosakiamu)からいただきました。

【完結】落ちこぼれと森の魔女。

たまこ
児童書・童話
魔力が高い家系に生まれたのに、全く魔力を持たず『落ちこぼれ』と呼ばれるルーシーは、とっても厳しいけれど世話好きな魔女、師匠と暮らすこととなる。  たまにやって来てはルーシーをからかうピーターや、甘えん坊で気まぐれな黒猫ヴァンと過ごす、温かくて優しいルーシーの毎日。

怪談掃除のハナコさん

灰色サレナ
児童書・童話
小学校最後の夏休み……皆が遊びに勉強に全力を注ぐ中。 警察官の両親を持つしっかり者の男の子、小学6年生のユウキはいつでも一緒の幼馴染であるカコを巻き込んで二人は夏休みの自由研究のため、学校の不思議を調べ始める。 学校でも有名なコンビである二人はいつもと変わらずはしゃぎながら自由研究を楽しむ……しかし、すすり泣くプール、踊る人体模型、赤い警備員……長い学校の歴史の裏で形を変える不思議は……何にも関係ないはずの座敷童の家鳴夜音、二次動画配信者として名を馳せる八尺様を巻き込んで、本物の不思議を体験することになった。 学校の担任や校長先生をはじめとする地域の大人が作り上げた創作不思議、今の世に発祥した新しい怪異、それを解明する間にユウキとカコは学校の最後のにして最初の不思議『怪談掃除のハナコさん』へと至る。 学校の不思議を舞台に紡がれるホラーコメディ! この夏の自由研究(読書感想文)にどうですか?

GREATEST BOONS+

丹斗大巴
児童書・童話
 幼なじみの2人がグレイテストブーンズ(偉大なる恩恵)を生み出しつつ、異世界の7つの秘密を解き明かしながらほのぼの旅をする物語。  異世界に飛ばされて、小学生の年齢まで退行してしまった幼なじみの銀河と美怜。とつじょ不思議な力に目覚め、Greatest Boons(グレイテストブーンズ:偉大なる恩恵)をもたらす新しい生き物たちBoons(ブーンズ)を生みだし、規格外のインベントリ&ものづくりスキルを使いこなす! ユニークスキルのおかげでサバイバルもトラブルもなんのその! クリエイト系の2人が旅する、ほのぼの異世界珍道中。  便利な「しおり」機能、「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届いて便利です!

犬と歩けば!

もり ひろし
児童書・童話
孤独な少年らのもとにやって来た犬たち、犬たちは彼らの周辺を変えてゆく。犬のいる生活。

処理中です...