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第二章 怪異との闘い!1
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時雨さんと出会った夜、お父さんとお母さんが返ってくる前に、時雨さんはうちを出て行った。私と二人で、晩ご飯の洗い物だけは済ませつつ。
「どこか近くにおります。なにかあればお呼びください」
「呼ぶって、どうやってですか?」
「いえもう普通に、時雨来なさいで大丈夫です」
「ふ、普通かなあ……」
ともあれそうして、食器用洗剤を含ませたスポンジでお皿をきゅっきゅっとふき取ってから、時雨さんはどこへともなく消えていった。
お父さんとお母さんが返って来るまで待っていて、一緒に帰ってきた二人に、私はお帰りの後すぐに、
「お父さんお母さん、うちって、妖怪退治やってる親戚とかいる?」
って聞いてみた。言ってから気づいたけど、かなり変なこと聞いちゃったかも。
二人とも驚いてたけど、お父さんは、
「そういえば、お父さんのおじいさんがそんなことやってたって聞いたことあるな。どうしたんだいきなり、そんなこと?」
「なんでもないっ。ありがとう、私寝るね、おやすみっ」
じゃあ、私のご先祖様には、祓い師っていう人がいたんだ。
その才能がほんの少しだけ、私に受け継がれてたのかな。あんまりうれしくないけど、でも時雨さんと知り合えたのは、うれしいかな……
次の日は、早めに目が覚めちゃった。
パンを焼いて紅茶のティーバッグをカップにぷかぷかしてると、お母さんが「行ってくるわね」って言って先に出て行って、そのあとお父さんも出かけていく。
私も今日は、行くところがあるのだった。
友達の、志田メイのうち。
メイとは小学生の時から仲が良くて、よく一緒に遊んでたんだけど、ちょっとしたことでケンカしたまま冬休みに入っちゃった。
気まずいけど、早く仲直りしたいから、今日家に行ってみる。
先に連絡を入れようかと思ったんだけど、スマホからのメッセージとかだと、なんて言っていいのかが難しいから、直接会ったほうがいいとよね。
うちから歩いて十何分とかで、メイの家には着いちゃうし。
そんなわけで、朝ご飯を食べて少ししてから、着替えて支度をした。
もしメイが家にいなかったら、その時はメッセージを入れよう。
そう決めて家を出る。
よく晴れてて、冬だけど日差しのおかげでぽかぽかしてた。
平和だあ……。歩きなれたうちの近くの道は穏やかで、静かで、怪異がこの世界にいるなんて信じられないくらい。
怪異といえば。……そういえば、時雨さんって、本当に呼べば来るのかな。
「時雨さん、来てください……とか?」
私がそうつぶやくと、
「お待たせしました」
真横一メートルくらいのところから、声がした……って、いつの間に!?
「ひゃっ!?」
「お呼びですか、あいねさん」
「あ、ご、ごめんなさいっ! ちょっと言ってみただけで、ぜんぜんなんにも起きてないんですっ!」
用もないのに呼んだりして、迷惑かけちゃった。
でも、時雨さんは、にこにこしてる。
「なにも起きていないなら、それに越したことはありません。……おや、あいねさん」
「はいっ、なんでしょう」
「今日のお姿、とてもかわいらしいですね。太陽の下で見ると、明るい色の服がお似合いなのがよりよく分かります」
「えっ!? ど、どうもっ!?」
今日の私は、白いブラウスにピンクのスカートで、うまくメイと仲直り出来たらそのまま二人でどこかに出かけられるような格好にしてた。
そう言う時雨さんは、濃いブルーのシャツに黒いズボン。それで道に立ってると普通の男の子に見えるんだけどね。
「時雨さんて、本当に昼間でも平気なんですね」
「通常の行動をする分には、ほぼ問題ありません。吸血鬼の力は、陽光の下ではかなり抑えられてしまいますけどね。太陽がさえぎられていれば、すべての能力が使えるのですが、こうまでさんさんと照らされていると、だいぶ使える力は限られます。普通の人間とあまり変わらないかもしれませんね」
そうなんだ、と思いつつ、いや、変わる、と思い直す。
こんなにきれいな顔の男の子なんて、普通にはいないよ。
明るいところで見ると、時雨さんの美形ぶりはよりはっきり分かっちゃう。
私が時雨さんと、もし道ですれ違ったら、知り合いじゃなくても振り向いちゃうだろうな……。
「あいねさん、お出かけですか? 隣をご一緒しても?」
「はい、メイっていう友達の家に行くんです。……ちょっと、ケンカしちゃって、その仲直りに」
そう言って、私たちは並んで歩き始めた。
「……少し前に、メイがずっとふさぎこんでるみたいだから、気分転換にどっか行こうよって私が誘ったんです。でも、そんな能天気なことしてる気分じゃないって言われて……メイにそんなこと言われたの初めてだったから、私びっくりして、それでかっとなっちゃって、言い合いになって……。私なにか、メイの嫌がることとか言ったのかも……」
メイが深刻に落ち込んでたのなら、私のほうがもっと思いやりを持つべきだったのに。
「あいねさん、そのお気持ちが大切ですよ。きっと伝わります。大事なご友人なんですね」
「はい。親友なんです。小学生の時、私、クラスのみんなからからかわれてた時があって。自分なりになんとかしようとしたんですけど、空回りになって、クラスで仲間外れみたいになっちゃったんです。その時、メイともう一人の男子だけが、クラス中を向こうに回しても私を助けてくれたんです。二人は、ずっと私の大事な友達です」
時雨さんが答えてこないので、ふいっとそっちを見ると、なんと時雨さんが涙ぐんでる。
「し、時雨さん? どうしたんですか?」
「美しい……そして、麗しい友情です……いいお話だ……人間最高……」
「今のだけでそこまで……? 私から見たら、吸血鬼のほうがすごいですけど」
「確かに、人間よりもできることは多いんですけどね。どうも吸血鬼同士というのは、単体として強力すぎるせいか、仲間としての絆が希薄なことが多くて。実際、ぼくの両親は、親族との抗争で相打ちになって亡くなりましたからね」
「そう……だったんですか……」
いつか生き返るって聞いてても、やっぱり時雨さんのご両親の話を聞くと、沈んじゃう。
「……すみません、あいねさん。人間の命ははかなく、一度きりですもんね。そんなに寂しい顔をさせるつもりではありませんでした」
「いえっ。私こそ、時雨さんのほうがつらいのに。私も、もっといろんな超能力とかあったらよかったんですけど」
「あいねさんはそのままでじゅうぶん素敵ですよ。それにぼくは今やあなたのしもべ、ぼくの持つ能力とはすべてあなたのために使えるのですから、なんなりとおっしゃってください」
「もう、しもべじゃなくていいんですよー……って、あっ?」
道の向こうに、一人の男子が通りかかった。
見覚えのある顔……あれは、小学四年生の時、同じクラスだった石田くんだ。
私は思わず、時雨さんの後ろに隠れちゃった。
「あいねさん?」
「すみません、あの男の子……さっき言った、私をからかった子の一人なんです。そのせいで、今でも苦手で……」
からかわれた内容は、私のテストの点が悪かった時に、両親が仕事で家にいないから勉強を教えてもらえなくて成績が悪いんだ、みたいなことだった。
両親が共働きの家は珍しくなかったけど、うちの場合は二人とも忙しすぎて家にいる時間がすごく少ないことがご近所中に知られてたから、私の両親は子供を適当に扱ってるんだっていう人は昔からいた(もちろん、そんなことはなかったのに!)。
どこからかそれを聞きつけた石田君が、面白おかしくクラスでその話を広めたんだ。
お父さんとお母さんのことを勝手に悪く言われたみたいで、すごく悔しかったんだよね。
私はそのことを、小声で素早く時雨さんに伝えた。
時雨さんの顔がこわばる。あんまり聞きたくない話を聞かせちゃったかな。
すると石田くんも私に気づいて、こっちを見てにやっと笑った。
うう、あの笑い方が苦手なんだ……。
時雨さんの笑顔は、思わずドキッとしちゃうくらい見てていい気持ちになるのに、なんでこんなに違うんだろう。人間と吸血鬼の違い? そうじゃない気がする。
「なんだ、空羽じゃん。なにしてんの、お前。誰そいつ?」
「そいつなんて言わないで。行きましょう、時雨さん」
「兄ちゃんじゃないよなあ? えーっ、もしかして彼氏? やっべえ!」
恥ずかしくて、顔が赤くなった。
なんてこと言うの、信じられない。
「あいねさん。一応確認なのですが、この失礼な小坊主は、打倒してもいいものでしょうか?」
時雨さんがなぜか微笑みながらそう言う。
な、なんだか怖いんですけど……もしかしてこれ、怒ってるのかな!?
「だ、打倒はよくないと思います! で、でも早く行きましょうっ」
「ふむ。しかし、このまま放っておくのもよくありませんね……そうだ」
時雨さんが私のほうを見て、人差し指をぴっと立てた。
「ぼくの能力ですが、いい機会なので、ひとつご紹介しておきましょう。あいねさん、ぼくに『許す』と言ってみてください」
「え? ……許す?」
その瞬間、ひゅっと体が真上につまみ上げられたみたいな感じがして、「ひゃっ?」と声が出た。
そして気がつくと、……なんだか、視界が高い?
急に十何センチか、身長が伸びたみたいな。
「あれ? 今なにが起きて……」
そう言ってすぐ横を見てみて、今度は悲鳴をあげそうだった。
そこには、「私」が立ってた。
「え!? 私!? なんで!?」
それから自分の体を見下ろしてみる。
ブルーのシャツ。黒いズボン。これって……
横に立ってた「私」が、いたずらっぽく笑って言ってくる。
「悪いようにはいたしません。少しだけお体を貸してください」
や、やっぱり!?
私と時雨さん、入れ替わってる!?
そして、「私」はずいっと前に出ると、びしりと人差し指を石田くんに向けた。
「な、なんだよ空羽。お前、急になんか雰囲気変わったな」
「黙れッ! この痴れ者が!」
「し、痴れ者?」これは私と石田くんが同時につぶやいたのだった。
「いきなり指をさしたのは失礼しました。石田といいましたね。いい機会です、私に対して、頭のひとつくらい、ここで下げたらどうです?」
「……はあ? なにお前、敬語だけど上から? てかなんでおれが?」
「当時は幼かったかもしれませんが、今は若くはあっても幼くはないでしょう。していいことと悪いことの区別くらいはつくはずです。過去の過ちを認める勇気くらいは、持ち合わせておいででしょう」
「お前……なんだよそのしゃべり方、なんか変だぞ」
そう言われて、「私」はくわっと目を見開く。な、中身が違うと、迫力が全然違うんだね……。
「その口からお前呼ばわりされるいわれはないッ!」
「し、時雨さん! いいです、もうその辺で!」
石田くんはすっかり混乱してるみたいで、いつもとはぜんぜん違う様子の「私」を見ておどおどしてる。
私としては時雨さんをなだめはしつつも、……正直ちょっぴり気分いいな。
「さあ石田とやら、今ここでその頭を下げて詫びるならよし、さもなくば――」
「さ。さもなくば? なんだよ?」
「――さもなくば、すごくつつかれることになります」
「はあ? つつ……? そんなんで誰か謝ったりするか!」
すると。
周りの電線に、いつの間にか十何羽もののカラスがとまってた。
そのカラスたちがいっせいに石田くんめがけて舞い降りてきて、頭をくちばしでつつき始める。
「い、いててっ!? あいって! な、なんだこれ!? 空羽、お前か?」
「お前?」と、時雨さんが入った「私」の体が耳に手を当てた。なかなかの意地悪アクションだった。
「そ、空羽! 空羽さん! 分かった、悪かったよ! これお前……じゃない、空羽さんがやってんのか!? やめて、やめさせてくれよ、いてててて!」
「悪かった? それで謝ったおつもりで?」とまた時雨さん。
「す、すみませんでしたああ! ばかなこと言いました、おれがばかでした! ごめんなさいいいっ!」
時雨さんが、「私」の指をぱちんと鳴らす。
カラスたちは、一斉に飛び上がって、影も形もなくなった。
ついでに、石田くんもどこかへ逃げて行っちゃった。
「カラスたちには、つまらぬものをつつかせてしまいました。……とまあ、」
時雨さんの「私」の目が、ぱちんとウインクする。
「こんなところです。いかがでしたでしょうか」
「えっ? あっ?」
私は、まばたきした後に、自分の体に戻ってた。
目の前には、戻ってもウインクしたままの、ブルーのシャツの時雨さんがいる。
「こんなことできるんですか……」
「しもべとして、主の危機の際に体をお借りして助力するためのものです。だから誰とでもというわけにはいきませんが、今日は有意義に使えましたね。それと」
「それと?」
「思わぬ邪魔が入りました、目的地へひとっとびでお運びします。いでよ、ガルガンチュワ・コンドル!」
「今度はなんですか? ……わっ!?」
「どこか近くにおります。なにかあればお呼びください」
「呼ぶって、どうやってですか?」
「いえもう普通に、時雨来なさいで大丈夫です」
「ふ、普通かなあ……」
ともあれそうして、食器用洗剤を含ませたスポンジでお皿をきゅっきゅっとふき取ってから、時雨さんはどこへともなく消えていった。
お父さんとお母さんが返って来るまで待っていて、一緒に帰ってきた二人に、私はお帰りの後すぐに、
「お父さんお母さん、うちって、妖怪退治やってる親戚とかいる?」
って聞いてみた。言ってから気づいたけど、かなり変なこと聞いちゃったかも。
二人とも驚いてたけど、お父さんは、
「そういえば、お父さんのおじいさんがそんなことやってたって聞いたことあるな。どうしたんだいきなり、そんなこと?」
「なんでもないっ。ありがとう、私寝るね、おやすみっ」
じゃあ、私のご先祖様には、祓い師っていう人がいたんだ。
その才能がほんの少しだけ、私に受け継がれてたのかな。あんまりうれしくないけど、でも時雨さんと知り合えたのは、うれしいかな……
次の日は、早めに目が覚めちゃった。
パンを焼いて紅茶のティーバッグをカップにぷかぷかしてると、お母さんが「行ってくるわね」って言って先に出て行って、そのあとお父さんも出かけていく。
私も今日は、行くところがあるのだった。
友達の、志田メイのうち。
メイとは小学生の時から仲が良くて、よく一緒に遊んでたんだけど、ちょっとしたことでケンカしたまま冬休みに入っちゃった。
気まずいけど、早く仲直りしたいから、今日家に行ってみる。
先に連絡を入れようかと思ったんだけど、スマホからのメッセージとかだと、なんて言っていいのかが難しいから、直接会ったほうがいいとよね。
うちから歩いて十何分とかで、メイの家には着いちゃうし。
そんなわけで、朝ご飯を食べて少ししてから、着替えて支度をした。
もしメイが家にいなかったら、その時はメッセージを入れよう。
そう決めて家を出る。
よく晴れてて、冬だけど日差しのおかげでぽかぽかしてた。
平和だあ……。歩きなれたうちの近くの道は穏やかで、静かで、怪異がこの世界にいるなんて信じられないくらい。
怪異といえば。……そういえば、時雨さんって、本当に呼べば来るのかな。
「時雨さん、来てください……とか?」
私がそうつぶやくと、
「お待たせしました」
真横一メートルくらいのところから、声がした……って、いつの間に!?
「ひゃっ!?」
「お呼びですか、あいねさん」
「あ、ご、ごめんなさいっ! ちょっと言ってみただけで、ぜんぜんなんにも起きてないんですっ!」
用もないのに呼んだりして、迷惑かけちゃった。
でも、時雨さんは、にこにこしてる。
「なにも起きていないなら、それに越したことはありません。……おや、あいねさん」
「はいっ、なんでしょう」
「今日のお姿、とてもかわいらしいですね。太陽の下で見ると、明るい色の服がお似合いなのがよりよく分かります」
「えっ!? ど、どうもっ!?」
今日の私は、白いブラウスにピンクのスカートで、うまくメイと仲直り出来たらそのまま二人でどこかに出かけられるような格好にしてた。
そう言う時雨さんは、濃いブルーのシャツに黒いズボン。それで道に立ってると普通の男の子に見えるんだけどね。
「時雨さんて、本当に昼間でも平気なんですね」
「通常の行動をする分には、ほぼ問題ありません。吸血鬼の力は、陽光の下ではかなり抑えられてしまいますけどね。太陽がさえぎられていれば、すべての能力が使えるのですが、こうまでさんさんと照らされていると、だいぶ使える力は限られます。普通の人間とあまり変わらないかもしれませんね」
そうなんだ、と思いつつ、いや、変わる、と思い直す。
こんなにきれいな顔の男の子なんて、普通にはいないよ。
明るいところで見ると、時雨さんの美形ぶりはよりはっきり分かっちゃう。
私が時雨さんと、もし道ですれ違ったら、知り合いじゃなくても振り向いちゃうだろうな……。
「あいねさん、お出かけですか? 隣をご一緒しても?」
「はい、メイっていう友達の家に行くんです。……ちょっと、ケンカしちゃって、その仲直りに」
そう言って、私たちは並んで歩き始めた。
「……少し前に、メイがずっとふさぎこんでるみたいだから、気分転換にどっか行こうよって私が誘ったんです。でも、そんな能天気なことしてる気分じゃないって言われて……メイにそんなこと言われたの初めてだったから、私びっくりして、それでかっとなっちゃって、言い合いになって……。私なにか、メイの嫌がることとか言ったのかも……」
メイが深刻に落ち込んでたのなら、私のほうがもっと思いやりを持つべきだったのに。
「あいねさん、そのお気持ちが大切ですよ。きっと伝わります。大事なご友人なんですね」
「はい。親友なんです。小学生の時、私、クラスのみんなからからかわれてた時があって。自分なりになんとかしようとしたんですけど、空回りになって、クラスで仲間外れみたいになっちゃったんです。その時、メイともう一人の男子だけが、クラス中を向こうに回しても私を助けてくれたんです。二人は、ずっと私の大事な友達です」
時雨さんが答えてこないので、ふいっとそっちを見ると、なんと時雨さんが涙ぐんでる。
「し、時雨さん? どうしたんですか?」
「美しい……そして、麗しい友情です……いいお話だ……人間最高……」
「今のだけでそこまで……? 私から見たら、吸血鬼のほうがすごいですけど」
「確かに、人間よりもできることは多いんですけどね。どうも吸血鬼同士というのは、単体として強力すぎるせいか、仲間としての絆が希薄なことが多くて。実際、ぼくの両親は、親族との抗争で相打ちになって亡くなりましたからね」
「そう……だったんですか……」
いつか生き返るって聞いてても、やっぱり時雨さんのご両親の話を聞くと、沈んじゃう。
「……すみません、あいねさん。人間の命ははかなく、一度きりですもんね。そんなに寂しい顔をさせるつもりではありませんでした」
「いえっ。私こそ、時雨さんのほうがつらいのに。私も、もっといろんな超能力とかあったらよかったんですけど」
「あいねさんはそのままでじゅうぶん素敵ですよ。それにぼくは今やあなたのしもべ、ぼくの持つ能力とはすべてあなたのために使えるのですから、なんなりとおっしゃってください」
「もう、しもべじゃなくていいんですよー……って、あっ?」
道の向こうに、一人の男子が通りかかった。
見覚えのある顔……あれは、小学四年生の時、同じクラスだった石田くんだ。
私は思わず、時雨さんの後ろに隠れちゃった。
「あいねさん?」
「すみません、あの男の子……さっき言った、私をからかった子の一人なんです。そのせいで、今でも苦手で……」
からかわれた内容は、私のテストの点が悪かった時に、両親が仕事で家にいないから勉強を教えてもらえなくて成績が悪いんだ、みたいなことだった。
両親が共働きの家は珍しくなかったけど、うちの場合は二人とも忙しすぎて家にいる時間がすごく少ないことがご近所中に知られてたから、私の両親は子供を適当に扱ってるんだっていう人は昔からいた(もちろん、そんなことはなかったのに!)。
どこからかそれを聞きつけた石田君が、面白おかしくクラスでその話を広めたんだ。
お父さんとお母さんのことを勝手に悪く言われたみたいで、すごく悔しかったんだよね。
私はそのことを、小声で素早く時雨さんに伝えた。
時雨さんの顔がこわばる。あんまり聞きたくない話を聞かせちゃったかな。
すると石田くんも私に気づいて、こっちを見てにやっと笑った。
うう、あの笑い方が苦手なんだ……。
時雨さんの笑顔は、思わずドキッとしちゃうくらい見てていい気持ちになるのに、なんでこんなに違うんだろう。人間と吸血鬼の違い? そうじゃない気がする。
「なんだ、空羽じゃん。なにしてんの、お前。誰そいつ?」
「そいつなんて言わないで。行きましょう、時雨さん」
「兄ちゃんじゃないよなあ? えーっ、もしかして彼氏? やっべえ!」
恥ずかしくて、顔が赤くなった。
なんてこと言うの、信じられない。
「あいねさん。一応確認なのですが、この失礼な小坊主は、打倒してもいいものでしょうか?」
時雨さんがなぜか微笑みながらそう言う。
な、なんだか怖いんですけど……もしかしてこれ、怒ってるのかな!?
「だ、打倒はよくないと思います! で、でも早く行きましょうっ」
「ふむ。しかし、このまま放っておくのもよくありませんね……そうだ」
時雨さんが私のほうを見て、人差し指をぴっと立てた。
「ぼくの能力ですが、いい機会なので、ひとつご紹介しておきましょう。あいねさん、ぼくに『許す』と言ってみてください」
「え? ……許す?」
その瞬間、ひゅっと体が真上につまみ上げられたみたいな感じがして、「ひゃっ?」と声が出た。
そして気がつくと、……なんだか、視界が高い?
急に十何センチか、身長が伸びたみたいな。
「あれ? 今なにが起きて……」
そう言ってすぐ横を見てみて、今度は悲鳴をあげそうだった。
そこには、「私」が立ってた。
「え!? 私!? なんで!?」
それから自分の体を見下ろしてみる。
ブルーのシャツ。黒いズボン。これって……
横に立ってた「私」が、いたずらっぽく笑って言ってくる。
「悪いようにはいたしません。少しだけお体を貸してください」
や、やっぱり!?
私と時雨さん、入れ替わってる!?
そして、「私」はずいっと前に出ると、びしりと人差し指を石田くんに向けた。
「な、なんだよ空羽。お前、急になんか雰囲気変わったな」
「黙れッ! この痴れ者が!」
「し、痴れ者?」これは私と石田くんが同時につぶやいたのだった。
「いきなり指をさしたのは失礼しました。石田といいましたね。いい機会です、私に対して、頭のひとつくらい、ここで下げたらどうです?」
「……はあ? なにお前、敬語だけど上から? てかなんでおれが?」
「当時は幼かったかもしれませんが、今は若くはあっても幼くはないでしょう。していいことと悪いことの区別くらいはつくはずです。過去の過ちを認める勇気くらいは、持ち合わせておいででしょう」
「お前……なんだよそのしゃべり方、なんか変だぞ」
そう言われて、「私」はくわっと目を見開く。な、中身が違うと、迫力が全然違うんだね……。
「その口からお前呼ばわりされるいわれはないッ!」
「し、時雨さん! いいです、もうその辺で!」
石田くんはすっかり混乱してるみたいで、いつもとはぜんぜん違う様子の「私」を見ておどおどしてる。
私としては時雨さんをなだめはしつつも、……正直ちょっぴり気分いいな。
「さあ石田とやら、今ここでその頭を下げて詫びるならよし、さもなくば――」
「さ。さもなくば? なんだよ?」
「――さもなくば、すごくつつかれることになります」
「はあ? つつ……? そんなんで誰か謝ったりするか!」
すると。
周りの電線に、いつの間にか十何羽もののカラスがとまってた。
そのカラスたちがいっせいに石田くんめがけて舞い降りてきて、頭をくちばしでつつき始める。
「い、いててっ!? あいって! な、なんだこれ!? 空羽、お前か?」
「お前?」と、時雨さんが入った「私」の体が耳に手を当てた。なかなかの意地悪アクションだった。
「そ、空羽! 空羽さん! 分かった、悪かったよ! これお前……じゃない、空羽さんがやってんのか!? やめて、やめさせてくれよ、いてててて!」
「悪かった? それで謝ったおつもりで?」とまた時雨さん。
「す、すみませんでしたああ! ばかなこと言いました、おれがばかでした! ごめんなさいいいっ!」
時雨さんが、「私」の指をぱちんと鳴らす。
カラスたちは、一斉に飛び上がって、影も形もなくなった。
ついでに、石田くんもどこかへ逃げて行っちゃった。
「カラスたちには、つまらぬものをつつかせてしまいました。……とまあ、」
時雨さんの「私」の目が、ぱちんとウインクする。
「こんなところです。いかがでしたでしょうか」
「えっ? あっ?」
私は、まばたきした後に、自分の体に戻ってた。
目の前には、戻ってもウインクしたままの、ブルーのシャツの時雨さんがいる。
「こんなことできるんですか……」
「しもべとして、主の危機の際に体をお借りして助力するためのものです。だから誰とでもというわけにはいきませんが、今日は有意義に使えましたね。それと」
「それと?」
「思わぬ邪魔が入りました、目的地へひとっとびでお運びします。いでよ、ガルガンチュワ・コンドル!」
「今度はなんですか? ……わっ!?」
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※5万字前後で完結予定。
※1日1話更新。
※第15回童話・児童書大賞用作品のため、アルファポリス様のみで掲載中。→noichigoさんに転載。
【奨励賞】おとぎの店の白雪姫
ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】
母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。
ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし!
そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。
小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり!
他のサイトにも掲載しています。
表紙イラストは今市阿寒様です。
絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。
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