上 下
2 / 16

第一章 クリスマスの吸血鬼!2

しおりを挟む
「私だって、好きで一人でクリスマスにほっつき歩いてるんじゃないんですっ! 終業式の前に、友達とケンカしちゃって……そのまま冬休みに入っちゃったから、どうしようかなーって悩みながら、家でうじうじしてるのもなーっと思って、せめてにぎやかなところに来たのに! は、はぐれ者でなにがいけないんですかっ!」

 半泣きでそうまくしたてる私に、ごほんと咳払いをしたサルが、あらためて言ってきた。

「あ、あー。まあ、いろんな事情があるじゃろう。しかしな、霊力を持った人間の、しかも非力な子供が、護衛もつけずにおるなどというのはな。わしら怪異にしてみれば、とって食ってくれと言われとるのと変わらんのだ。……お前は、少しばかり、運が悪かったな」

 それを合図に、四方向にいた人影たちが、じりっと私のほうに近づいてきた。

「たっ……? 食べられちゃうんですか……? 私……?」
「おう。人の肉なんぞうまいもんでもないが、霊力持ちとなれば話は別よ」

 どうしよう。
 こんな、わけが分からないうちに、一方的に食べられる? 本当に?
これから? 私が? ……食べられる?

 先頭のあたりにいたいくつかの人影が顔を上げた。
 その顔は人間みたいだった。
 でも、異常に口が大きかったり、目が赤かったり、突き出した手の爪がナイフみたいに長くて鋭かったり。
 人間みたいなだけで、絶対、人間じゃない。
 怪異……

 ひゅっ、とのどが鳴った。
 そして、

「や……やだあああああっ!」
「いやもおうもないわ、行くぞお前ら、早い者勝ちじゃ!」

 逃げなきゃ。
 そう思うのに、足がすくんで動かない。
 だめだ。こんなの、どうしようもないよ。
 とうとう、四方から、お化けたちが飛びかかってきそうになった時。

「やめておきませんか」

 静かな声が響いた。
 男の人、だと思う。落ち着いていて、穏やかな声。
 夜空を見上げる。
 ぽかんとした顔のサルも上を見てる。
 空から、一つの人影がゆるやかに降ってきた。
 それは私の前に着地した。

 真正面で、目と目が合う。
 どきっとして、「ひえっ……」と変な声が漏れた。
 月明りしかなくても、顔立ちがはっきりと分かった。私より二歳か三歳年上の少年だ。
 黒髪で、切れ長の目、細いあご。白いっていうより、青白い肌。
 ものすごくきれいな男の子だった。
 服装は黒ずくめで、冬にしてはあまり着こんでないけれど、長袖のボタンシャツ(胸にフリルの装飾がある)も、細身のパンツも、靴まで全部が黒い。
 中学で、かっこいいってよくうわさになってる、バスケット部の部長より、ずっと格好いい。こんな人、アイドルとかでしか見たことない。

「ぼくは、この女の子は食べるべきではないと思います」

 男の子は、すぐ目の前の私をまっすぐに見つめたまま言った。

「そっ? それは、ありがとう……ございます?」

 しどろもどろにそう言った私とは逆に、まわりの怪異――っていうの?――たちは、大声で騒ぎだす。

「てめえ、時雨、なに言ってやがる!」
「せっかくの霊力持ちを、お前、まさか逃がすつもりじゃねえだろうな!」
「いや、こいつ娘を独り占めしようとしてんじゃねえのか!?」

 低くて迫力のある声が、十字路にこだました。

「わ、わっ、わっ!?」

 慌てる私に、時雨って呼ばれた男の子は、くるりと背中を向けた。そして周りから私をかばうように怪異たちをにらみつけてる。それが、背中越しでも分かった。

「独り占めなどしません。ただ、ぼくは、自分より弱い者を傷つけるようなことはしないと誓いました。この子を食べなくても、ぼくたちは飢えるわけではない。いいではないですか、見逃してやりましょう」

 どうも、この人は、私を助けようとしてくれてるっぽい。
 ……そして、怪異たちは、それがものすごく気に入らないらしい。

「霊力持ちを目の前にして、そんなわけにいくかあっ! 時雨、そこをどけ!」

 牙をむき出しにして叫ぶ怪異たちに、私の足がすくんだ。
 鳥肌が立って、体は固まっちゃうのに、力が入らないよ……。
 転びそうになって、つい、前にいた時雨さんの背中に手をついちゃった。
 時雨さんは少しだけ振り返って、小さな声で「大丈夫」って言った。

 そこへ、犬の顔をした人影が、うなりながら走ってきた。
 これは明らかに、私か、時雨さんを狙ってる。
 大きく口を開けた犬人間が、時雨さんの肩に嚙みつこうとした時、時雨さんがさっと身をかわして、同時に犬人間の足を払った。

「ぐべえっ!?」

 それを合図にしたみたいに、ほかの人影も、中には人じゃなくて四本足の動物みたいなのもいたけど、五匹くらいの怪異が一斉に時雨さんに襲いかかった。
 でも時雨さんは落ち着いた様子で、二匹を蹴り飛ばして遠くにやり、もう二匹は片手ずつでつかんで投げ飛ばし、残った一匹(これが四本足だった)はそのまま踏みつけた。
 あっという間に五匹ともやっつけちゃった時雨さんに、残った怪異たちがたじたじとしてるのが分かる。

「すごい……」って、こんな状況なのに思わずため息が出ちゃった。

 すると、怪異の中から、和服を着た背の高いおじいさんがとことこと歩いてきた。
 ……普通の人間に見えるけど……たぶん、違うんだと思う。よく見ると、白目が不自然なくらい鮮やかに黄色いよ……。

「時雨。本気か。霊力持ちがおれば、さらって食らう。それが我らのならいであろう。それを否定するというのだな」
「強き祓い師を打倒し、それを食らうというのなら分かります。しかしこのような、年端もいかない無力な女子をというのは」

「……ふん。よかろう。好きにするがいい」

 おじいさんの言葉に、怪異たちがざわめく。
 時雨さんが、すっとお辞儀をした。

「はい。オサ、お聞き届けいただきありがとうございます」
「その代わり、時雨。お前とは今日限りだ」

 驚いた時雨さんが、ぱっと顔を上げた。
 その表情は後ろにいる私からは見えなかったけど、すごく動揺してるのは伝わってくる。

「どういうことですか? オサ?」
「吸血鬼の王族でありながら、家族も城も失ったお前が、日本で転々としていると聞き、わが群れに拾ったのは、その力が役に立つと思ったからよ。だがそうしてわれらの足並みを乱すのならば、お前を我らの群れに留め置く理由はない」

 さっき蹴り飛ばされたり投げられたりした怪異たちが、こくこくってうなずいてる。

「ばかな。ぼくはオサに拾われてからこの一年、あなたの群れに忠実に尽くしてきたつもりです。この群れがぼくの新しい家族だと、そう言ってくれたではありませんか」
「残念ながら、お前はその家族よりも小娘をとるのだろう。ならばこちらにも考えがあるということよ」

 おじいさんは、ぱっと後ろを振り向くと、右手を挙げた。

「さあお前ら、これより時雨は、はぐれ者だ。霊力持ちを食えんのは口惜しいが、あやつへの最後の土産と思ってくれてやれ。行くぞ」
「お、お待ちください! オサ、みんな! ぼくは、この群れを、ぼくのこの世で最後の家族だと思って……居場所を転々としてきたぼくにようやく帰る場所がやっとできたと、どれだけうれしかったことか!」

 歩き出しかけたおじいさんが、首だけでこっちを振り返る。

「ほお。では、今からでも構わん。その娘を、我らに差し出すか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ヴァンパイアハーフにまもられて

クナリ
児童書・童話
中学二年の凛は、文芸部に所属している。 ある日、夜道を歩いていた凛は、この世ならぬ領域に踏み込んでしまい、化け物に襲われてしまう。 そこを助けてくれたのは、ツクヨミと名乗る少年だった。 ツクヨミに従うカラス、ツクヨミの「妹」だという幽霊、そして凛たちに危害を加えようとする敵の怪異たち。 ある日突然少女が非日常の世界に入り込んだ、ホラーファンタジーです。

超イケメン男子たちと、ナイショで同居することになりました!?

またり鈴春
児童書・童話
好きな事を極めるナツ校、 ひたすら勉強するフユ校。 これら2校には共同寮が存在する。 そこで学校も学年も性格も、全てがバラバラなイケメン男子たちと同じ部屋で過ごすことになったひなる。とある目的を果たすため、同居スタート!なんだけど…ナイショの同居は想像以上にドキドキで、胸キュンいっぱいの極甘生活だった!

【シリーズ1完】白獣の末裔 ~古のシャータの実 白銀に消えたノラの足跡とイサイアスに立ちはだかる白い民の秘されし術~シリーズ2

丹斗大巴
児童書・童話
✴* ✴* 母の教えを励みに健気に頑張る女の子の成長と恋の物語 ✴* ✴* ▶【シリーズ2】ノラ・ジョイの白獣の末裔 お互いの正体が明らかになり、再会したノラとイサイアス。ノラは令嬢として相応しい教育を受けるために学校へ通うことに。その道中でトラブルに巻き込まれて失踪してしまう。慌てて後を追うイサイアスの前に現れたのは、なんと、ノラにうりふたつの辺境の民の少女。はてさて、この少女はノラなのかそれとも別人なのか……!?   ▶【シリーズ1】ノラ・ジョイのむげんのいずみ ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~ 母を亡くしてみなしごになったノラ。職探しの果てに、なんと盗賊団に入ることに! 非道な盗賊のお頭イサイアスの元、母の教えを励みに働くノラ。あるとき、イサイアスの正体が発覚! 「え~っ、イサイアスって、王子だったの!?」いつからか互いに惹かれあっていた二人の運命は……? 母の教えを信じ続けた少女が最後に幸せをつかむシンデレラ&サクセスストーリー ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*

異世界子供会:呪われたお母さんを助ける!

克全
児童書・童話
常に生死と隣り合わせの危険魔境内にある貧しい村に住む少年は、村人を助けるために邪神の呪いを受けた母親を助けるために戦う。村の子供会で共に学び育った同級生と一緒にお母さん助けるための冒険をする。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...