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裏界線と裏世界と切風5
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どうしていいか分からず、茉莉は切風と伊織をきょろきょろと見比べた。
それを見て、切風が苦笑する。
「それができないんだよ。いい? おれが、お前らの役に立てない理由は三つある。まず、一方的に群れを追放されてること。……それで無邪気に合流できるほど、おれは性格よくないよ」
「はっ……。申し開きもございません」
「いや、伊織が悪いんじゃねえけども。二つ目、おれには牙がない」
「は? いえ、しかし……」
今度は伊織が、切風と茉莉を見比べる。
「確かに茉莉の体には、おれの牙が封じ込められてるね。でも、あんまりにも強く茉莉と牙が結びついてて、ちょっとやそっとじゃ取れそうにねーよ。おれが牙を剣にして握ってても、茉莉がおれから少し離れると、牙は茉莉の体に戻っちゃう」
「な、ならば! マツリ殿に、切風殿と共に我らに合力をいただければ!」
茉莉の目にも明らかに、切風の目が鋭くなった。
伊織もそれを見て、息を呑む。雷蘭ははらはらとして、右拳を口に当てていた。
「三つ目だ。確かに茉莉を連れてきゃ、おれはそれなりに立ち回れるよ。でも、さっきお前が言ったように、おれは矢玉みたいに突っ込んで行く戦い方しかできない。茉莉を、最前線に連れ回すことになる。茉莉はいいやつだし、……あの二人の孫って聞いたら、なおさらだ」
「いえ、切風さん、戦いましょう。私は切風さんについていきます」
唐突に茉莉がそう言ったので、切風も、伊織も、雷蘭も、ぽかんとして静止した。
茉莉だけが、凛とした表情で切風を見ている。
「あー……あのさ」切風が首をかしげて、「聞いてた? よね? おれの話」
「はい。私にも、戦う理由が三つあります」
茉莉は、右手の指を三本びしりと立てた。
「……いや。ないっしょ。平和に、人間として、普通に暮らせばいいじゃん」
「あるんです! 一つは、その攻め込んできている妖怪って、いずれ人間に害をもたらすって言ってるんですよね? そんなこと、今のうちに止めないと」
あっけにとられていた伊織が、思い出したようにこくこくとうなずいた。茉莉は、この人イタチというより赤べこみたいだな、などとこっそり思ってしまったが。
「二つ目、私がいれば、切風さんは戦えるんですよね? それは、四本あるはずの牙が一本だけじゃ本調子とは言えないんでしょうけど、それでも」
「……ま、そうそう遅れは取らないだろーね。でも危ないからさ、」
「三つ目、……私、今まで、友達ってほとんどできなくて。今でも仲がいいって言えるのは、一人か二人。学校ではいつも一人で過ごしていたんです」
はあ、と雷蘭がいぶかしげな顔になる。なにを言い出したんだ? という風に。
「だから、私が気を許して接することができるのはほぼ家族だけだったんです。両親と、祖父母と。だからもし私が家から出ていけって追い出されたら、凄く絶望的な気持ちになると思うんですよね」
「ん。で?」
そう促す切風は、もう呆けた表情を改めて、口元にいつも通りの笑みを浮かべている。
「切風さんは、きっと昨日、群れを追い出された時、そんな風に凄く深く傷ついたと思うんです。なのに、群れの皆を救いたがってる。でも群れに戻るつもりはない。……ということは、一人でも戦うつもりですよね。……性格、いいじゃないですか」
雷蘭が目を見開いた。霧風の笑みが深くなる。ただし、苦笑に近づいて。
「そこまで分かって、放っておけるわけがありません。あなたの剣は、私が取り上げているようなものですし。昨夜、切風さんが、私と切風さんは同じだって言って助けてくれたから、私も報いたい。祖父母のお友達で、今日まで私を妖怪から助け続けてくれた、あなたのために」
勝手な言い分だ、と茉莉は自分で思う。切風には、そんなことは知らんと突っぱねることもできる。
だが、茉莉は譲れない。つい最近までこの世からいなくなろうとしていた、しかしそれを思い直したという、この人のいい妖怪を守るためには。自分ごとき、非力な人間でも、力になりたい。
「あいつらとオトモダチ、ねえ。まあ、そうかな……」決まり悪そうに背中を椅子に預ける切風が、茉莉に訊く。「そんなにおれ、魏良たちを助けたいように見える?」
「はい。敵がどんな風に襲ってきたかとか、数はどのくらいだったとか、そんなことを訊くのは、どうにかしたいっていう気持ちがあるからですよね」
伊織が、ぱあっと明るい表情で切風を見た。「切風殿……!」
切風は、諦めたような、吹っ切れたような表情で、立ち上がる。
「茉莉。明日、早起きできるかな」
「できます」
迷いなく、きっぱりと答える。既に覚悟はきまっていた。
「よし。日の出の頃に迎えに行くから、少しでも寝ておいて。伊織、ここを出てもう少し詳しく聞かせてよ。やつらの戦い方と、それに一番近い根城を突き止めないと。雷蘭、悪いけどおれらは今日は徹夜だからね」
「はっ!」
■
夜が明けた。
茉莉は仮眠をとった後素早く着替えて軽食――部屋にあったカロリーメイト――をとり、着替えを済ませている。
どういう格好でいればいいのか分からなかったので、七分丈の黒いTシャツに黒いジーンズにしておいた。切風と共に行動するのだろうから、とにかく動きやすいものをと考えると、あまり選択肢がない。
髪は適当に縛って、ポニーテールにした。本当はお団子にまとめればいいのかもしれないが、茉莉は自分の髪にあまり手をかけたことがないので、上手くとめられないため、諦めた。
スマートフォンで時刻を見ると、五時を回ったところだった。
自室のカーテンと窓を開けて家の門を見下ろす。
「迎えに来てくれるって言ってたけど、玄関にいればいいのかな……」
「いや、ここからでいーよ」
いきなり聞こえてきた声に、
「ひえ――」
と悲鳴を上げかけて、すんでのところでこらえる。
「き、切風さん!? なんで!? ここ二階――」
茉莉の部屋にはベランダはない。窓が南側と東側についているだけだった。
切風は、東側の窓のさんをこともなげに指でつかみ、それで空中に静止していた。茉莉が窓から首を出してみてみると、切風の足は完全に中空に浮いている。
「あー眩しい。よくこんなに明るいところで平気だよね、人間て」
「そういえば……妖怪って、昼間でも出歩けるものなんですか?」
「平気なやつもいるし、日が出てる間はてんでだめなやつもいるよ。おれは真ん中くらいかな。本調子じゃない。裏世界なら、表の昼夜は関係ないけどさ」
切風は開いた窓から、茉莉に手を差し伸べてきた。
「ん。行こ」
「行先って」
「もちろん、裏界線から、裏世界」
茉莉もおずおずと手を伸ばして、切風の手のひらに自分のそれを重ねた。
切風がそのまま茉莉を引き寄せて抱きかかえ、窓をつかんでいた手を放す。
体が宙に浮く感覚に、茉莉はまた悲鳴を上げかけたが、なんとか窓だけは外から閉めて、あとは切風に身を任せた。
二人の体は水の中に沈むような速度で、緩やかに着地した。
「あの、今のって、人に見られたら大変なのでは」
「ああ、心配しなくても適当に幻術かけてごまかしてるから大丈夫。じゃ、行くよ」
え、降ります、と茉莉が言うよりも早く、切風は茉莉の腹をひょいと肩に乗せて駆け出した。
担がれたせいで、茉莉の顔は切風の後方を向く形になったので、今出てきた自分の家が高速で遠ざかっていくのを見ることになった。なかなかシュール光景だ。
「悪いねー、早いほうがいいから!」
「そ、それはいいんですけど! 速すぎてちょっと怖いですっ!」
切風の疾走は上下動がほぼないので、彼の肩が茉莉の腹に食い込んで痛いというようなことはなかったが、慣れない体勢で慣れない速度で運ばれると、それなりに恐ろしい。
「もうすぐ裏界線だ。せっかくだから、裏世界に行くための通り方を覚えておきな」
そう言っている間に、住宅地が集まる裏界線の端に着いてしまった。
そこから切風は、ややいびつな碁盤の目のように縦横に走った細い路地へ入り、裏世界の道順を迷うことなくたどっていく。
その方角や曲がる回数を茉莉が懸命に覚えようとしていると、急に辺りの様子が変わった。
家々ばかりが立ち並んでいたはずなのに、鬱蒼とした木々が周囲を取り囲んでいる。
晴れていたはずの空は薄暗く、聞いたことのない声の鳥が騒いでいた。
「入った……んですね?」
「そ。ここはもう裏。裏世界は表とは別の空間だけど、互いの影響は受けるからね。山の中で裏に入ると、たいていこういう景色になるんだよねー。森、山、ちょっとした建物。そんな感じ」
「え、じゃあ、東京とかで裏世界に入ったらビルばっかりとかだったりするんですか?」
「東京かあ。月島から裏に入った時は、古めかしい建物とか、平べったい更地とか、海とかだったな。昼でも夏でもいつも暗いのは、どこの裏世界でも一緒だけど。ずっと月夜だよ、新月はあるけどさ」
森を抜けると少し開けた空き地のような場所に出た。
茉莉はいまだに切風の肩に担がれていたので、「あの、もう下ろしてもらったほうが」と言いかけた時、間近で、ばさばさと鳥の羽音が聞こえた。
「マツリ。あんた、いつまで切風様に乗っかってんの。あたしにお尻向けて」
「あっ!? その声は雷蘭さん!? お、下ります下ります」
慌てて足をばたつかせて地面に下り、くるりと前を向くと、そこには腰に手を当てて口をへの字にした雷蘭と、カマイタチの伊織、それに二十匹ほどの黒い野犬がいる。
野犬たちは、なぜか麻紐で背中に弓と矢筒をくくりつけていた。
「わっ!? い、犬!?」
と後ずさる茉莉だったが。
切風が気楽そうに告げてきた。
「あ、平気平気。こいつらおれの眷属だから。お前ら、犬の恰好じゃ茉莉が驚くでしょ。人型になれよ」
すると、二十匹の犬が、するすると二足歩行になり、体毛を薄れさせていく。
ほどなく、全員が、和装姿の黒髪の男たちに変わった。青年風の者もいれば、少年のような背格好の者もいる。弓矢は相変わらず、彼らの背中にあった。こうしてみると、茉莉の目には、彼らが戦国時代の武士のように見えた。これで甲冑でも着こめば、さぞかし似合うだろう。
その男たちの一人が進み出た。
「切風様! ついに我らを招集してくださいましたな! この大鴉とカマイタチより話は聞いております、近頃魏良党を一敗地にまみれさせ、この信州を併呑せんとする『赫の王』を討つのだと!」
「相変わらず暑苦しいね、お前たち」
半眼の切風に構わず、男は続ける。
「かつて散り散りになってより我らは信州各地に潜伏し、この時を待ち望んでおりました! いかようにもお命じください!」
茉莉が切風に小声で告げた。
「……切風さんて、人望あるんですね」
切風がちろりと茉莉に目をやり、
「ほー。ないと思ってたんだ?」
「あ、いえ」
「まあいいとも。いいかお前ら、よく聞けよ」
切風が眷属たちを、さっきまでとは打って変わって鋭い視線で律した。
「はっ! 拝聴いたします!」
「敵の根城と戦力は割れたよ。雷蘭と伊織が調べてくれた。あいつらの先鋒がいるのは、黒尾峠のふもとの、通称犬神屋敷だ」
それを聞いて、一団の顔色が明らかに変わった。
思わず、茉莉は切風に問いかける。
「その屋敷って、なにかあるんですか……?」
「ああ。前に、おれが住んでたところなんだ。眷属のこいつらと一緒にさ。確かにおん出てからは帰ってきてなかったけどね、ふざけやがって。絶対取り戻してやる。そうすりゃ、魏良たちとも連絡取りやすくなるだろうし」
切風は半分笑いながら言った。だが、そこにただならぬ感情が込められているのは、茉莉にも感じ取れる。背筋が冷えた。
「いいかお前ら、犬神屋敷は平屋で高さはないけど、人間の家五六件分の広さはあるよね。立てこもられたらちょっとやっかいなんで、一気に切り込んでやろうと思う。物陰とか出合い頭に気をつけて、最低でも一人一殺ね」
人差し指を立ててそう言う切風に、伊織が「お、お待ちください」と手を挙げる。
「あんだよ」
「お伝えしました通り、敵は犬神屋敷に三十匹から巣食っているとのことです。その中には、熊の変化もいると。もう少し、策を練られたほうが」
「策ねえ。茉莉、どう思う?」
「えっ。わ、私ですか? 私は――」
いきなり話を振られて、慌てつつも。
「――私はどう考えても足手まといだと思うんですけど、……私が傍にいないと切風さんは剣を使えないわけなので、あまり離れられないですよね。少なくとも、それを踏まえてどう戦うかくらいは考えたほうがいいかとは思います」
雷蘭が、へえ、おとがいをあげてから、
「あんた、意外に考えてるのね。当たり前か。自分の身の安全がかかってるもんね」
「私の安全は確かに大事なんですけど、仮に私が殺されてしまった場合、剣がどうなるのか分かりませんから。そのまま残るのか、あるいは消えてしまったりするのか」
今度は切風が、感嘆を含んだ声で言ってくる。
「こんな状況で、俯瞰してくれるじゃん。いいね。それを一歩進めて、なにか作戦とか立てられない? もうこの後すぐ攻め込むから、今この場で思いつけばなんだけど」
雷蘭が「切風様?」と不服そうに言う。切風はそれを手で制した。
茉莉は、口元に手を当てて数秒考えてから、切風に聞く。
「皆さん、弓矢を持ってますけど、それで戦うということでいいんですよね?」
「そーそー。おれはもっぱら剣を使うけど、こいつらは弓が得意なんだ。犬の姿でも弓引けるんだよ。ま、雷蘭と伊織は別だけど」
伊織が、「拙者はカマイタチゆえ、切風殿と同じく近接戦闘です」と、人の姿をしながら尾を振った。
一方雷蘭は気まずそうに顔をそらしている。
「雷蘭さん?」
「あー、茉莉、雷蘭はあんまり大した武器はないんだわ。つっついたり引っかいたりはできるんだけど、それくらいで」
雷蘭が唇をかんだ。
茉莉は慌てて、両手のひらを左右に振る。
「い、いえいえいえ、空が飛べるってだけで充分凄いですよ! そのメリットを生かすためには、むしろ戦いに加わらないほうがいいくらいじゃないですか!?」
「くそ……人間などに、憐れまれるなんて……。悪かったわね、役立たずで……」
「あ、憐れんでません! 本当に凄いと思ってます! ……で、でも、そうですね。向こうは、平屋の家の中にいる状態なんですよね? その数は、こちらの約一・五倍……そうしたら……」
茉莉は、思案顔のまま全員を見渡して言った。
「こういうのはどうでしょう?」
それから茉莉が口にした作戦を聞いて。
切風や雷蘭を含め、全員が目を丸くした。
そして、全員が、いつしか自然に小さくうなずいていた。
「いいじゃん。それで行こう。異存があるやつ、いる?」
切風が訊くが、誰も声を上げない。
「ほ、本当によさそうですか?」
「少なくとも、さっきおれが言った戦法よりはね。でも、よくそんなの思いついたね?」
「私日本史が好きで、源平合戦とかの戦法にちょっと興味があったりしたので、そのせいかもです。……でも」
「でも?」
茉莉の脳裏には、山次の腕が切り飛ばされた光景が去来していた。
「戦うっていうことは、互いにけがしたり、……死んだりするんですよね。私……」
「ああ、死ぬけど、人間みたいには死なないよ。妖怪だから」
「え?」
いつのまにかうつむきがちになっていた茉莉が、顔を上げる。
切風は、まあ妖怪の死にざまなんか縁がないもんな、と笑って言った。
「確かにけがはするし、苦痛もある。とどめを刺されれば死にもする。でも妖怪が死んでも、人間みたいに死体になって朽ちていくわけじゃないよ。風の中に消えて、いなくなるだけだ。そうしていつか、どこかの風のよどみとか、水のほとりとか、小さな影の中でまた現れ出す。その時には、生まれ変わったようなもんで、前の記憶とかはないけど」
そこに雷蘭が続けた。
「例外は数多くあるから、妖怪全部がそうじゃないけどね。理屈や法則が当てはまらないのが妖怪だから」
「そうなんですか……」
だからといって、人間の茉莉にはそう簡単に吹っ切れるものでもなかったが。
「でも、覚悟は決めます。やりましょう。その敵の妖怪を追い出して、切風さんのおうちを取り戻しましょう」
「おー! いいぞ、茉莉! ……と、言いたいとこなんだけどさ」
「あ、え、はい?」
「茉莉の身が危ないってことには変わりないってのは、分かってんだよね? これからおれたちが始めようとしてるのは、れっきとした戦なんだ。君がいなければおれは戦えないから、君を安全地帯にはいさせらんない。ほんと悪いんだけど。でもで茉莉の作戦を聞いてると、君は前線に出るのを嫌がんないみたいだし。……いいんだね?」
茉莉はうなずく。
「どの道、今私が逃げても、まずいことになるわけですし。逃げてはいけない時の見極めを、しようとしているだけです」
雷蘭が横から首を突っ込んできた。
「まあ、あたしは切風様の剣に逃げられちゃ困るから、いいんだけど。あんたって、人間のくせに、危険からは逃げましょうって親から教わってないの?」
「教わってますよ。こっちに引っ越してからも、慣れない土地に来るんだからって改めて言われました。でも――」
「でも?」
「――でも、危ないことからは逃げろとは言われましたけど、弱っている人たちを見捨てろとは教えられていません」
切風の眷属たちは、その言葉に、感じ入ったような素振りを見せた。
もしかしたらこの時が、得体のしれない人間の娘に、切風以外の信州妖怪が心を許した最初の瞬間だったのかもしれない。
しかし、切風は、唇の端をわずかに曲げて、茉莉に訊いてきた。
「弱って見えてんだ、おれたちは? ……牙を取り戻したおれも? 強いとこみたでしょ?」
茉莉は、一瞬取り繕おうとして、思い直して唇を引き締めた。
そして答える。
「……切風さんが、一番、弱っているように見えます。まるで、生き急いでるみたいに」
雷蘭が気色ばむ。
切風が、再びそれを手で制した。悪いね、と雷蘭に目配せして、それに雷蘭は驚いた。普段粗略に扱われているわけではないが、こんな細かい気遣いをされた覚えもそうない。
「分かった。いいな、お前ら! 茉莉の作戦で決行する! 目標は犬神屋敷、これから二十分後! 合図はしねーから、刻限になったら始めるからね! 遅れんなよ!」
「はっ!」
一様に応える声を聞きながら、茉莉は、これが始まりだと思った。
切風たちが挑もうとしている戦いの全容は、まだ茉莉には見えない。
しかし、容易に決着するものでないことは感じ取れる。
少なくとも、なんらかの一区切りがつくまで。
自分はこの妖怪たちと運命を共にすることになるだろう。
明けも暮れもしない暗い空には、刃のような鋭い光をたたえて、月が浮かんでいた。
それを見て、切風が苦笑する。
「それができないんだよ。いい? おれが、お前らの役に立てない理由は三つある。まず、一方的に群れを追放されてること。……それで無邪気に合流できるほど、おれは性格よくないよ」
「はっ……。申し開きもございません」
「いや、伊織が悪いんじゃねえけども。二つ目、おれには牙がない」
「は? いえ、しかし……」
今度は伊織が、切風と茉莉を見比べる。
「確かに茉莉の体には、おれの牙が封じ込められてるね。でも、あんまりにも強く茉莉と牙が結びついてて、ちょっとやそっとじゃ取れそうにねーよ。おれが牙を剣にして握ってても、茉莉がおれから少し離れると、牙は茉莉の体に戻っちゃう」
「な、ならば! マツリ殿に、切風殿と共に我らに合力をいただければ!」
茉莉の目にも明らかに、切風の目が鋭くなった。
伊織もそれを見て、息を呑む。雷蘭ははらはらとして、右拳を口に当てていた。
「三つ目だ。確かに茉莉を連れてきゃ、おれはそれなりに立ち回れるよ。でも、さっきお前が言ったように、おれは矢玉みたいに突っ込んで行く戦い方しかできない。茉莉を、最前線に連れ回すことになる。茉莉はいいやつだし、……あの二人の孫って聞いたら、なおさらだ」
「いえ、切風さん、戦いましょう。私は切風さんについていきます」
唐突に茉莉がそう言ったので、切風も、伊織も、雷蘭も、ぽかんとして静止した。
茉莉だけが、凛とした表情で切風を見ている。
「あー……あのさ」切風が首をかしげて、「聞いてた? よね? おれの話」
「はい。私にも、戦う理由が三つあります」
茉莉は、右手の指を三本びしりと立てた。
「……いや。ないっしょ。平和に、人間として、普通に暮らせばいいじゃん」
「あるんです! 一つは、その攻め込んできている妖怪って、いずれ人間に害をもたらすって言ってるんですよね? そんなこと、今のうちに止めないと」
あっけにとられていた伊織が、思い出したようにこくこくとうなずいた。茉莉は、この人イタチというより赤べこみたいだな、などとこっそり思ってしまったが。
「二つ目、私がいれば、切風さんは戦えるんですよね? それは、四本あるはずの牙が一本だけじゃ本調子とは言えないんでしょうけど、それでも」
「……ま、そうそう遅れは取らないだろーね。でも危ないからさ、」
「三つ目、……私、今まで、友達ってほとんどできなくて。今でも仲がいいって言えるのは、一人か二人。学校ではいつも一人で過ごしていたんです」
はあ、と雷蘭がいぶかしげな顔になる。なにを言い出したんだ? という風に。
「だから、私が気を許して接することができるのはほぼ家族だけだったんです。両親と、祖父母と。だからもし私が家から出ていけって追い出されたら、凄く絶望的な気持ちになると思うんですよね」
「ん。で?」
そう促す切風は、もう呆けた表情を改めて、口元にいつも通りの笑みを浮かべている。
「切風さんは、きっと昨日、群れを追い出された時、そんな風に凄く深く傷ついたと思うんです。なのに、群れの皆を救いたがってる。でも群れに戻るつもりはない。……ということは、一人でも戦うつもりですよね。……性格、いいじゃないですか」
雷蘭が目を見開いた。霧風の笑みが深くなる。ただし、苦笑に近づいて。
「そこまで分かって、放っておけるわけがありません。あなたの剣は、私が取り上げているようなものですし。昨夜、切風さんが、私と切風さんは同じだって言って助けてくれたから、私も報いたい。祖父母のお友達で、今日まで私を妖怪から助け続けてくれた、あなたのために」
勝手な言い分だ、と茉莉は自分で思う。切風には、そんなことは知らんと突っぱねることもできる。
だが、茉莉は譲れない。つい最近までこの世からいなくなろうとしていた、しかしそれを思い直したという、この人のいい妖怪を守るためには。自分ごとき、非力な人間でも、力になりたい。
「あいつらとオトモダチ、ねえ。まあ、そうかな……」決まり悪そうに背中を椅子に預ける切風が、茉莉に訊く。「そんなにおれ、魏良たちを助けたいように見える?」
「はい。敵がどんな風に襲ってきたかとか、数はどのくらいだったとか、そんなことを訊くのは、どうにかしたいっていう気持ちがあるからですよね」
伊織が、ぱあっと明るい表情で切風を見た。「切風殿……!」
切風は、諦めたような、吹っ切れたような表情で、立ち上がる。
「茉莉。明日、早起きできるかな」
「できます」
迷いなく、きっぱりと答える。既に覚悟はきまっていた。
「よし。日の出の頃に迎えに行くから、少しでも寝ておいて。伊織、ここを出てもう少し詳しく聞かせてよ。やつらの戦い方と、それに一番近い根城を突き止めないと。雷蘭、悪いけどおれらは今日は徹夜だからね」
「はっ!」
■
夜が明けた。
茉莉は仮眠をとった後素早く着替えて軽食――部屋にあったカロリーメイト――をとり、着替えを済ませている。
どういう格好でいればいいのか分からなかったので、七分丈の黒いTシャツに黒いジーンズにしておいた。切風と共に行動するのだろうから、とにかく動きやすいものをと考えると、あまり選択肢がない。
髪は適当に縛って、ポニーテールにした。本当はお団子にまとめればいいのかもしれないが、茉莉は自分の髪にあまり手をかけたことがないので、上手くとめられないため、諦めた。
スマートフォンで時刻を見ると、五時を回ったところだった。
自室のカーテンと窓を開けて家の門を見下ろす。
「迎えに来てくれるって言ってたけど、玄関にいればいいのかな……」
「いや、ここからでいーよ」
いきなり聞こえてきた声に、
「ひえ――」
と悲鳴を上げかけて、すんでのところでこらえる。
「き、切風さん!? なんで!? ここ二階――」
茉莉の部屋にはベランダはない。窓が南側と東側についているだけだった。
切風は、東側の窓のさんをこともなげに指でつかみ、それで空中に静止していた。茉莉が窓から首を出してみてみると、切風の足は完全に中空に浮いている。
「あー眩しい。よくこんなに明るいところで平気だよね、人間て」
「そういえば……妖怪って、昼間でも出歩けるものなんですか?」
「平気なやつもいるし、日が出てる間はてんでだめなやつもいるよ。おれは真ん中くらいかな。本調子じゃない。裏世界なら、表の昼夜は関係ないけどさ」
切風は開いた窓から、茉莉に手を差し伸べてきた。
「ん。行こ」
「行先って」
「もちろん、裏界線から、裏世界」
茉莉もおずおずと手を伸ばして、切風の手のひらに自分のそれを重ねた。
切風がそのまま茉莉を引き寄せて抱きかかえ、窓をつかんでいた手を放す。
体が宙に浮く感覚に、茉莉はまた悲鳴を上げかけたが、なんとか窓だけは外から閉めて、あとは切風に身を任せた。
二人の体は水の中に沈むような速度で、緩やかに着地した。
「あの、今のって、人に見られたら大変なのでは」
「ああ、心配しなくても適当に幻術かけてごまかしてるから大丈夫。じゃ、行くよ」
え、降ります、と茉莉が言うよりも早く、切風は茉莉の腹をひょいと肩に乗せて駆け出した。
担がれたせいで、茉莉の顔は切風の後方を向く形になったので、今出てきた自分の家が高速で遠ざかっていくのを見ることになった。なかなかシュール光景だ。
「悪いねー、早いほうがいいから!」
「そ、それはいいんですけど! 速すぎてちょっと怖いですっ!」
切風の疾走は上下動がほぼないので、彼の肩が茉莉の腹に食い込んで痛いというようなことはなかったが、慣れない体勢で慣れない速度で運ばれると、それなりに恐ろしい。
「もうすぐ裏界線だ。せっかくだから、裏世界に行くための通り方を覚えておきな」
そう言っている間に、住宅地が集まる裏界線の端に着いてしまった。
そこから切風は、ややいびつな碁盤の目のように縦横に走った細い路地へ入り、裏世界の道順を迷うことなくたどっていく。
その方角や曲がる回数を茉莉が懸命に覚えようとしていると、急に辺りの様子が変わった。
家々ばかりが立ち並んでいたはずなのに、鬱蒼とした木々が周囲を取り囲んでいる。
晴れていたはずの空は薄暗く、聞いたことのない声の鳥が騒いでいた。
「入った……んですね?」
「そ。ここはもう裏。裏世界は表とは別の空間だけど、互いの影響は受けるからね。山の中で裏に入ると、たいていこういう景色になるんだよねー。森、山、ちょっとした建物。そんな感じ」
「え、じゃあ、東京とかで裏世界に入ったらビルばっかりとかだったりするんですか?」
「東京かあ。月島から裏に入った時は、古めかしい建物とか、平べったい更地とか、海とかだったな。昼でも夏でもいつも暗いのは、どこの裏世界でも一緒だけど。ずっと月夜だよ、新月はあるけどさ」
森を抜けると少し開けた空き地のような場所に出た。
茉莉はいまだに切風の肩に担がれていたので、「あの、もう下ろしてもらったほうが」と言いかけた時、間近で、ばさばさと鳥の羽音が聞こえた。
「マツリ。あんた、いつまで切風様に乗っかってんの。あたしにお尻向けて」
「あっ!? その声は雷蘭さん!? お、下ります下ります」
慌てて足をばたつかせて地面に下り、くるりと前を向くと、そこには腰に手を当てて口をへの字にした雷蘭と、カマイタチの伊織、それに二十匹ほどの黒い野犬がいる。
野犬たちは、なぜか麻紐で背中に弓と矢筒をくくりつけていた。
「わっ!? い、犬!?」
と後ずさる茉莉だったが。
切風が気楽そうに告げてきた。
「あ、平気平気。こいつらおれの眷属だから。お前ら、犬の恰好じゃ茉莉が驚くでしょ。人型になれよ」
すると、二十匹の犬が、するすると二足歩行になり、体毛を薄れさせていく。
ほどなく、全員が、和装姿の黒髪の男たちに変わった。青年風の者もいれば、少年のような背格好の者もいる。弓矢は相変わらず、彼らの背中にあった。こうしてみると、茉莉の目には、彼らが戦国時代の武士のように見えた。これで甲冑でも着こめば、さぞかし似合うだろう。
その男たちの一人が進み出た。
「切風様! ついに我らを招集してくださいましたな! この大鴉とカマイタチより話は聞いております、近頃魏良党を一敗地にまみれさせ、この信州を併呑せんとする『赫の王』を討つのだと!」
「相変わらず暑苦しいね、お前たち」
半眼の切風に構わず、男は続ける。
「かつて散り散りになってより我らは信州各地に潜伏し、この時を待ち望んでおりました! いかようにもお命じください!」
茉莉が切風に小声で告げた。
「……切風さんて、人望あるんですね」
切風がちろりと茉莉に目をやり、
「ほー。ないと思ってたんだ?」
「あ、いえ」
「まあいいとも。いいかお前ら、よく聞けよ」
切風が眷属たちを、さっきまでとは打って変わって鋭い視線で律した。
「はっ! 拝聴いたします!」
「敵の根城と戦力は割れたよ。雷蘭と伊織が調べてくれた。あいつらの先鋒がいるのは、黒尾峠のふもとの、通称犬神屋敷だ」
それを聞いて、一団の顔色が明らかに変わった。
思わず、茉莉は切風に問いかける。
「その屋敷って、なにかあるんですか……?」
「ああ。前に、おれが住んでたところなんだ。眷属のこいつらと一緒にさ。確かにおん出てからは帰ってきてなかったけどね、ふざけやがって。絶対取り戻してやる。そうすりゃ、魏良たちとも連絡取りやすくなるだろうし」
切風は半分笑いながら言った。だが、そこにただならぬ感情が込められているのは、茉莉にも感じ取れる。背筋が冷えた。
「いいかお前ら、犬神屋敷は平屋で高さはないけど、人間の家五六件分の広さはあるよね。立てこもられたらちょっとやっかいなんで、一気に切り込んでやろうと思う。物陰とか出合い頭に気をつけて、最低でも一人一殺ね」
人差し指を立ててそう言う切風に、伊織が「お、お待ちください」と手を挙げる。
「あんだよ」
「お伝えしました通り、敵は犬神屋敷に三十匹から巣食っているとのことです。その中には、熊の変化もいると。もう少し、策を練られたほうが」
「策ねえ。茉莉、どう思う?」
「えっ。わ、私ですか? 私は――」
いきなり話を振られて、慌てつつも。
「――私はどう考えても足手まといだと思うんですけど、……私が傍にいないと切風さんは剣を使えないわけなので、あまり離れられないですよね。少なくとも、それを踏まえてどう戦うかくらいは考えたほうがいいかとは思います」
雷蘭が、へえ、おとがいをあげてから、
「あんた、意外に考えてるのね。当たり前か。自分の身の安全がかかってるもんね」
「私の安全は確かに大事なんですけど、仮に私が殺されてしまった場合、剣がどうなるのか分かりませんから。そのまま残るのか、あるいは消えてしまったりするのか」
今度は切風が、感嘆を含んだ声で言ってくる。
「こんな状況で、俯瞰してくれるじゃん。いいね。それを一歩進めて、なにか作戦とか立てられない? もうこの後すぐ攻め込むから、今この場で思いつけばなんだけど」
雷蘭が「切風様?」と不服そうに言う。切風はそれを手で制した。
茉莉は、口元に手を当てて数秒考えてから、切風に聞く。
「皆さん、弓矢を持ってますけど、それで戦うということでいいんですよね?」
「そーそー。おれはもっぱら剣を使うけど、こいつらは弓が得意なんだ。犬の姿でも弓引けるんだよ。ま、雷蘭と伊織は別だけど」
伊織が、「拙者はカマイタチゆえ、切風殿と同じく近接戦闘です」と、人の姿をしながら尾を振った。
一方雷蘭は気まずそうに顔をそらしている。
「雷蘭さん?」
「あー、茉莉、雷蘭はあんまり大した武器はないんだわ。つっついたり引っかいたりはできるんだけど、それくらいで」
雷蘭が唇をかんだ。
茉莉は慌てて、両手のひらを左右に振る。
「い、いえいえいえ、空が飛べるってだけで充分凄いですよ! そのメリットを生かすためには、むしろ戦いに加わらないほうがいいくらいじゃないですか!?」
「くそ……人間などに、憐れまれるなんて……。悪かったわね、役立たずで……」
「あ、憐れんでません! 本当に凄いと思ってます! ……で、でも、そうですね。向こうは、平屋の家の中にいる状態なんですよね? その数は、こちらの約一・五倍……そうしたら……」
茉莉は、思案顔のまま全員を見渡して言った。
「こういうのはどうでしょう?」
それから茉莉が口にした作戦を聞いて。
切風や雷蘭を含め、全員が目を丸くした。
そして、全員が、いつしか自然に小さくうなずいていた。
「いいじゃん。それで行こう。異存があるやつ、いる?」
切風が訊くが、誰も声を上げない。
「ほ、本当によさそうですか?」
「少なくとも、さっきおれが言った戦法よりはね。でも、よくそんなの思いついたね?」
「私日本史が好きで、源平合戦とかの戦法にちょっと興味があったりしたので、そのせいかもです。……でも」
「でも?」
茉莉の脳裏には、山次の腕が切り飛ばされた光景が去来していた。
「戦うっていうことは、互いにけがしたり、……死んだりするんですよね。私……」
「ああ、死ぬけど、人間みたいには死なないよ。妖怪だから」
「え?」
いつのまにかうつむきがちになっていた茉莉が、顔を上げる。
切風は、まあ妖怪の死にざまなんか縁がないもんな、と笑って言った。
「確かにけがはするし、苦痛もある。とどめを刺されれば死にもする。でも妖怪が死んでも、人間みたいに死体になって朽ちていくわけじゃないよ。風の中に消えて、いなくなるだけだ。そうしていつか、どこかの風のよどみとか、水のほとりとか、小さな影の中でまた現れ出す。その時には、生まれ変わったようなもんで、前の記憶とかはないけど」
そこに雷蘭が続けた。
「例外は数多くあるから、妖怪全部がそうじゃないけどね。理屈や法則が当てはまらないのが妖怪だから」
「そうなんですか……」
だからといって、人間の茉莉にはそう簡単に吹っ切れるものでもなかったが。
「でも、覚悟は決めます。やりましょう。その敵の妖怪を追い出して、切風さんのおうちを取り戻しましょう」
「おー! いいぞ、茉莉! ……と、言いたいとこなんだけどさ」
「あ、え、はい?」
「茉莉の身が危ないってことには変わりないってのは、分かってんだよね? これからおれたちが始めようとしてるのは、れっきとした戦なんだ。君がいなければおれは戦えないから、君を安全地帯にはいさせらんない。ほんと悪いんだけど。でもで茉莉の作戦を聞いてると、君は前線に出るのを嫌がんないみたいだし。……いいんだね?」
茉莉はうなずく。
「どの道、今私が逃げても、まずいことになるわけですし。逃げてはいけない時の見極めを、しようとしているだけです」
雷蘭が横から首を突っ込んできた。
「まあ、あたしは切風様の剣に逃げられちゃ困るから、いいんだけど。あんたって、人間のくせに、危険からは逃げましょうって親から教わってないの?」
「教わってますよ。こっちに引っ越してからも、慣れない土地に来るんだからって改めて言われました。でも――」
「でも?」
「――でも、危ないことからは逃げろとは言われましたけど、弱っている人たちを見捨てろとは教えられていません」
切風の眷属たちは、その言葉に、感じ入ったような素振りを見せた。
もしかしたらこの時が、得体のしれない人間の娘に、切風以外の信州妖怪が心を許した最初の瞬間だったのかもしれない。
しかし、切風は、唇の端をわずかに曲げて、茉莉に訊いてきた。
「弱って見えてんだ、おれたちは? ……牙を取り戻したおれも? 強いとこみたでしょ?」
茉莉は、一瞬取り繕おうとして、思い直して唇を引き締めた。
そして答える。
「……切風さんが、一番、弱っているように見えます。まるで、生き急いでるみたいに」
雷蘭が気色ばむ。
切風が、再びそれを手で制した。悪いね、と雷蘭に目配せして、それに雷蘭は驚いた。普段粗略に扱われているわけではないが、こんな細かい気遣いをされた覚えもそうない。
「分かった。いいな、お前ら! 茉莉の作戦で決行する! 目標は犬神屋敷、これから二十分後! 合図はしねーから、刻限になったら始めるからね! 遅れんなよ!」
「はっ!」
一様に応える声を聞きながら、茉莉は、これが始まりだと思った。
切風たちが挑もうとしている戦いの全容は、まだ茉莉には見えない。
しかし、容易に決着するものでないことは感じ取れる。
少なくとも、なんらかの一区切りがつくまで。
自分はこの妖怪たちと運命を共にすることになるだろう。
明けも暮れもしない暗い空には、刃のような鋭い光をたたえて、月が浮かんでいた。
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