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お盆過ぎのお台場の風が、私の伸びた髪をなびかせている。
そろそろ少し切ったほうがいいかもしれない。
「静かなものなんですね、お台場って」
壮弥くんが言う。
私は周りを見回した。
それなりに人出があり、にぎわっているように見える。
「そうですか? 私には、にぎやかに見えますけど」
「ああ、つまり、先週に比べればってことです。おれ、一日中人並みの中で買い物してましたからね」
先週は、年に二回の、夏は三日間で数十万人が訪れる大型同人イベントが、このお台場は国際展示場で開催されていた。
壮弥くんは初めて参加した。
私はサークル参加していたので、壮弥くんが売り子を手伝うと言ってくれたのだけど、申し訳ないので遠慮しておいた。初のイベントは、めいっぱい一般参加者として楽しんでほしかった。
「なるほど、それは納得です」
「三織さん、よくあんな気温と人混みの中で一日笑顔でいられますね」
「それは、楽しいですから。改めて、原稿のお手伝いありがとうございました」
売り子こそ遠慮したものの、今回の同人誌製作には、壮弥くんがアシスタントとして参加してくれていた。
私の部屋で、一心不乱にノートパソコンに向かう私の後ろで、タブレットでなんページもの作画を助けてくれた。細かいベタ塗り――塗りつぶしや、ちょっとしたはみ出しなんかを修正してくれるだけでもかなり助かるものなのだ。
「それは、おれこそ光栄な体験でしたから。あんなスピードで絵が描けるなんて、三織さんって本当に凄いんだなって実感しましたよ」
「そんなそんな。私なんて、まだまだで」
海からの風は、独特の湿った熱をはらんでいた。
まだお昼までには時間がある。でもご飯時にはどこも混むだろうし、残暑というには力強い太陽が容赦なく空で光り輝いている。早めにお店に入るのもいいかもな、と思った。
予定していたレストランへの道すがら、壮弥くんが最近のことを話してくれた。
お父さんの断酒会通いは今のところ続いている。とにかく、アルコール依存症への対応策は一滴たりとも飲まない以外にないと、親子ともども散々周囲から言われているそうで、大変だけど少しずついいほうへ向かっているという。
驚いたのは、海未さんのことだった。
「なんだかあいつ、最近、シンさんといい感じらしいです」
これには驚いた。
「まだつき合ってるとかではないらしいんですが。やたらと気が合うらしくて、海未が戸惑ってるくらい。先週は二人でどこか出かけたみたいですよ。シンさんに『マジでそうなったらごめん』とか言われましたけど、おれに謝ることでもないのにね」
「う、うわあああ……びっくりです。じゃあ、海未さんが壮弥くんに会いに来たあの日に接客されたのが、なれそめってことですよね」
壮弥くんは、今もアンドロアンサスで働いている。
普段着ないような服できれいに堂々と着飾れる場所が、なんだかんだで水が合うということ。気心の知れた仲間が多いこと。それにボディタッチを控えるタイプのキャストとしてやっていくことを、シンさんやオーナーが認めてくれたこと。それでもほかのアルバイトよりも収入がいいこと。お母さんにも納得してもらえたこと。
辞める理由がなくなり、辞めない理由はなくならなかった。だから続けている。
お店が近づいてきた。
建物に当たる光線が強くて、白い壁と黒い影がはっきりとしたコントラストを作っている。
ドアを開けようとした壮弥くんに呼ばれた。
お店の端、壁の途切れたところで手招きしている。
「どうしんたんですか?」
そう答えて、壁に沿って折れた。
白い壁の前から、黒い影の中に入る。あたりにはちょうど人がいなくて、誰からも死角になっている空間。
そこで抱きしめられて、あっと思った時には、唇が合わせられた。
壮弥くんの唇が少しついばむように動いてから、離れる。
「も、もうっ。だめですよ、こんなところで」
「すみません」
壮弥くんが笑う。
初めてのキスは、八月の最初の週末だった。
思ったより原稿が順調に進んでいたので、息抜きを兼ねて一緒に外で夕食をとった夜。送ってくれた私の家でドアを開けた時、抱きしめられて、それから、そのまま。
あれから、壮弥くんは屋外でも意外に遠慮なく唇を求めてくる。
不意打ちの時もあれば、私のほうでも心の準備をする猶予があるときもある。外の時は、いつも絶妙に人目に触れない場所とタイミングを選んでいるようなので、あんまり強くとがめたことはない。……いや、そういえば、軽くもとがめたことはない。
お店の前へ戻った。両開きの扉を開けて中に入ると、内側にもう一枚ドアがある。
ドアノブに手をかけたところで、髪に軽くキスされた。
もう、と顔を上げたところで、また唇へ、軽く。
それから私がなにも言えないでいるうちに、壮弥くんが二枚目のドアを開け、振り返ったお店の人に「二人です」と声をかけた。
その日は、デート――この言葉、いまだない使い慣れる気配がない――を早めに切り上げて、夕方には私の家に戻ってきた。
この日は、大学の課題をやっつける予定だった。おしなべて、大学というところは夏休みが長いらしい。私の大学もそうで、九月の半ばまで休みである。ただしその分、教授たちが出してくる課題は多かった。
八月の前半までは原稿作業でつぶれたので、これからが課題の正念場なのだった。一応、時間のかかりそうなものは少しずつ進めてはいたので、九月になってから本腰を入れても間に合いそうではあったけど(なおあんなちゃんなどはすでに落としても大丈夫な課題を選別済みだった)、課題全体の把握だけでも今日し直しておこうと思っていた。
「ありがとうございました、壮弥くん。少し上がっていきますか?」
私はドアを閉めて、玄関で靴を脱ぐ前に、軽く壮弥くんを中へ促すしぐさをした。
タイマーをかけていたエアコンのおかげで、部屋の中は涼しい。
「いえ、やめておきます。三織さんの邪魔したくないですから」
「邪魔だなんて、そんなことないですよ。今日のは大した作業じゃないので」
「おれの自制心のほうに自信がないのです」
「あ。そうですよ壮弥くん、最近、外でしすぎじゃないですか?」
「なにをです?」
「なにってそれは、キ……、だから、つまり――」
壮弥くんは首をかしげている。
絶対にわざとだ。
「――つまり、キス、です」
そう言ったのと同時に、唇をふさがれた。
これは不意打ちのほうだった。
壮弥くんが両手で私の肩を持っている。力は込められていないけど、これだけで私は身動きができなくなる。
「確かに、そうかもしれませんね。ほら、邪魔しちゃうでしょう?」
「笑ってますね……。でも、そうですよね。前に言ってましたもんね、強いって」
「え? なにをです?」
「性欲です」
思い出したことを、よく考えずにそのまま口に出しただけだった。
だから、かなりはしたないことを言ってしまったと、言い終わってから激しく赤面した。
「あの違いますよ、壮弥くんが性欲でキスしてるって言ってるんじゃなくて、こう、今の場合の欲求の総称というか、」
「全くです。俺の気持ちを、そんな言葉で表さないでください」
腰と背中に腕が回された。
いつもより強い力で抱き寄せられる。
「壮弥くん、ごめんなさい、私」
「おれがいつも、キスしてる時に唇でなんて言ってるのかも知らないくせに」
え? と顔を上げるのと同時に、また唇が重なる。
確かに、わずかに、壮弥くんの唇が動いている気がする。今まで全然気づかなかった。
なんとかその動きを読み取ろうとする。神経を集中したけど、動きが微妙すぎて、全然分からない。
そんなに長い言葉ではないように思う。二文字か三文字か、それくらいの言葉が何度も繰り返されているっぽい。
そして、唇の動きに気を取られていたので、そのキスがとても長く続いていることに、しばらく気づかなかった。
息継ぎをしても終わらない。
それどころか、腕も胸も肩も、壮弥くんの体に込められている力はだんだん強まっていく。
唇がお互いにひどく熱っぽくなっていった。
強く抱かれすぎて、靴を履いたままの私のつま先が浮きかけていた。
壮弥くんの唇の動きが大きくなる。私も、それを受け止めるように唇を動かしてしまう。こっそり、口の動きだけで、好きと伝えた。
何度も何度も声にならない告白を繰り返して、それからはもう、私の頭の中は壮弥くんでいっぱいになってしまった。
やがて、唇が離れた。
壮弥くんに抱えられたまま、私の背中が、ずるりと壁を擦る。
二人の吐息が混じって、どちらのものだか分らなかった。
「……ほらね?」
「……はい。あの、壮弥くん」私は両手で壮弥くんの左右の腕を持ち、「課題は、明日からでも大丈夫です。もう少しだけ一緒にいてください」と伝えた。
分かりました、少しだけですね、と壮弥くんが私と一緒に靴を脱ぐ。
私はキッチンに向かい、コーヒーを入れる支度をした。壮弥くんが「おれがやりますのに」と言ってくれたけど、まあまあと言って座ってもらう。
「なんだか、三織さん、楽しそうですね」
「え、私は壮弥くんといる時は、いつもとてもうれしくて楽しいですよ」
「そう言ってもらえると、おれもうれしいです」
「壮弥くん、前に私に、私のマンガが一番大好きだって言ってくれましたね」
今でもよく覚えている。
あんなことを言ってもらえることなんて、私の人生で、二度とあるとは思えない。
「言いました。もちろん今でもそう思ってます。今は、マンガだけじゃなくて、三織さんのこともですが」
「私もです。私は壮弥くんが、世界で一番大好きです。壮弥くんのことを大切にしたいと思えるし、私も、私を大切な存在だと思うことができる……」
壮弥くんが立ち上がり、私を腕の中にすっぽり入れると、髪をなでてくれた。温かくて、気持ちがよかった。
コーヒーが入った。
ローテーブルを挟んで向き合って座り、カップを小さく持ち上げて乾杯のしぐさをして、微笑み合う。
壮弥くんに抱きしめられるのが好きだ。でも、触れ合っていなくてもお互いの大切さが伝わる。これもとてもいいなと思う。
窓の外には、まだほんのりと明るい空に、白々とした月が見えていた。
特別な時間が、また始まる。
終
お盆過ぎのお台場の風が、私の伸びた髪をなびかせている。
そろそろ少し切ったほうがいいかもしれない。
「静かなものなんですね、お台場って」
壮弥くんが言う。
私は周りを見回した。
それなりに人出があり、にぎわっているように見える。
「そうですか? 私には、にぎやかに見えますけど」
「ああ、つまり、先週に比べればってことです。おれ、一日中人並みの中で買い物してましたからね」
先週は、年に二回の、夏は三日間で数十万人が訪れる大型同人イベントが、このお台場は国際展示場で開催されていた。
壮弥くんは初めて参加した。
私はサークル参加していたので、壮弥くんが売り子を手伝うと言ってくれたのだけど、申し訳ないので遠慮しておいた。初のイベントは、めいっぱい一般参加者として楽しんでほしかった。
「なるほど、それは納得です」
「三織さん、よくあんな気温と人混みの中で一日笑顔でいられますね」
「それは、楽しいですから。改めて、原稿のお手伝いありがとうございました」
売り子こそ遠慮したものの、今回の同人誌製作には、壮弥くんがアシスタントとして参加してくれていた。
私の部屋で、一心不乱にノートパソコンに向かう私の後ろで、タブレットでなんページもの作画を助けてくれた。細かいベタ塗り――塗りつぶしや、ちょっとしたはみ出しなんかを修正してくれるだけでもかなり助かるものなのだ。
「それは、おれこそ光栄な体験でしたから。あんなスピードで絵が描けるなんて、三織さんって本当に凄いんだなって実感しましたよ」
「そんなそんな。私なんて、まだまだで」
海からの風は、独特の湿った熱をはらんでいた。
まだお昼までには時間がある。でもご飯時にはどこも混むだろうし、残暑というには力強い太陽が容赦なく空で光り輝いている。早めにお店に入るのもいいかもな、と思った。
予定していたレストランへの道すがら、壮弥くんが最近のことを話してくれた。
お父さんの断酒会通いは今のところ続いている。とにかく、アルコール依存症への対応策は一滴たりとも飲まない以外にないと、親子ともども散々周囲から言われているそうで、大変だけど少しずついいほうへ向かっているという。
驚いたのは、海未さんのことだった。
「なんだかあいつ、最近、シンさんといい感じらしいです」
これには驚いた。
「まだつき合ってるとかではないらしいんですが。やたらと気が合うらしくて、海未が戸惑ってるくらい。先週は二人でどこか出かけたみたいですよ。シンさんに『マジでそうなったらごめん』とか言われましたけど、おれに謝ることでもないのにね」
「う、うわあああ……びっくりです。じゃあ、海未さんが壮弥くんに会いに来たあの日に接客されたのが、なれそめってことですよね」
壮弥くんは、今もアンドロアンサスで働いている。
普段着ないような服できれいに堂々と着飾れる場所が、なんだかんだで水が合うということ。気心の知れた仲間が多いこと。それにボディタッチを控えるタイプのキャストとしてやっていくことを、シンさんやオーナーが認めてくれたこと。それでもほかのアルバイトよりも収入がいいこと。お母さんにも納得してもらえたこと。
辞める理由がなくなり、辞めない理由はなくならなかった。だから続けている。
お店が近づいてきた。
建物に当たる光線が強くて、白い壁と黒い影がはっきりとしたコントラストを作っている。
ドアを開けようとした壮弥くんに呼ばれた。
お店の端、壁の途切れたところで手招きしている。
「どうしんたんですか?」
そう答えて、壁に沿って折れた。
白い壁の前から、黒い影の中に入る。あたりにはちょうど人がいなくて、誰からも死角になっている空間。
そこで抱きしめられて、あっと思った時には、唇が合わせられた。
壮弥くんの唇が少しついばむように動いてから、離れる。
「も、もうっ。だめですよ、こんなところで」
「すみません」
壮弥くんが笑う。
初めてのキスは、八月の最初の週末だった。
思ったより原稿が順調に進んでいたので、息抜きを兼ねて一緒に外で夕食をとった夜。送ってくれた私の家でドアを開けた時、抱きしめられて、それから、そのまま。
あれから、壮弥くんは屋外でも意外に遠慮なく唇を求めてくる。
不意打ちの時もあれば、私のほうでも心の準備をする猶予があるときもある。外の時は、いつも絶妙に人目に触れない場所とタイミングを選んでいるようなので、あんまり強くとがめたことはない。……いや、そういえば、軽くもとがめたことはない。
お店の前へ戻った。両開きの扉を開けて中に入ると、内側にもう一枚ドアがある。
ドアノブに手をかけたところで、髪に軽くキスされた。
もう、と顔を上げたところで、また唇へ、軽く。
それから私がなにも言えないでいるうちに、壮弥くんが二枚目のドアを開け、振り返ったお店の人に「二人です」と声をかけた。
その日は、デート――この言葉、いまだない使い慣れる気配がない――を早めに切り上げて、夕方には私の家に戻ってきた。
この日は、大学の課題をやっつける予定だった。おしなべて、大学というところは夏休みが長いらしい。私の大学もそうで、九月の半ばまで休みである。ただしその分、教授たちが出してくる課題は多かった。
八月の前半までは原稿作業でつぶれたので、これからが課題の正念場なのだった。一応、時間のかかりそうなものは少しずつ進めてはいたので、九月になってから本腰を入れても間に合いそうではあったけど(なおあんなちゃんなどはすでに落としても大丈夫な課題を選別済みだった)、課題全体の把握だけでも今日し直しておこうと思っていた。
「ありがとうございました、壮弥くん。少し上がっていきますか?」
私はドアを閉めて、玄関で靴を脱ぐ前に、軽く壮弥くんを中へ促すしぐさをした。
タイマーをかけていたエアコンのおかげで、部屋の中は涼しい。
「いえ、やめておきます。三織さんの邪魔したくないですから」
「邪魔だなんて、そんなことないですよ。今日のは大した作業じゃないので」
「おれの自制心のほうに自信がないのです」
「あ。そうですよ壮弥くん、最近、外でしすぎじゃないですか?」
「なにをです?」
「なにってそれは、キ……、だから、つまり――」
壮弥くんは首をかしげている。
絶対にわざとだ。
「――つまり、キス、です」
そう言ったのと同時に、唇をふさがれた。
これは不意打ちのほうだった。
壮弥くんが両手で私の肩を持っている。力は込められていないけど、これだけで私は身動きができなくなる。
「確かに、そうかもしれませんね。ほら、邪魔しちゃうでしょう?」
「笑ってますね……。でも、そうですよね。前に言ってましたもんね、強いって」
「え? なにをです?」
「性欲です」
思い出したことを、よく考えずにそのまま口に出しただけだった。
だから、かなりはしたないことを言ってしまったと、言い終わってから激しく赤面した。
「あの違いますよ、壮弥くんが性欲でキスしてるって言ってるんじゃなくて、こう、今の場合の欲求の総称というか、」
「全くです。俺の気持ちを、そんな言葉で表さないでください」
腰と背中に腕が回された。
いつもより強い力で抱き寄せられる。
「壮弥くん、ごめんなさい、私」
「おれがいつも、キスしてる時に唇でなんて言ってるのかも知らないくせに」
え? と顔を上げるのと同時に、また唇が重なる。
確かに、わずかに、壮弥くんの唇が動いている気がする。今まで全然気づかなかった。
なんとかその動きを読み取ろうとする。神経を集中したけど、動きが微妙すぎて、全然分からない。
そんなに長い言葉ではないように思う。二文字か三文字か、それくらいの言葉が何度も繰り返されているっぽい。
そして、唇の動きに気を取られていたので、そのキスがとても長く続いていることに、しばらく気づかなかった。
息継ぎをしても終わらない。
それどころか、腕も胸も肩も、壮弥くんの体に込められている力はだんだん強まっていく。
唇がお互いにひどく熱っぽくなっていった。
強く抱かれすぎて、靴を履いたままの私のつま先が浮きかけていた。
壮弥くんの唇の動きが大きくなる。私も、それを受け止めるように唇を動かしてしまう。こっそり、口の動きだけで、好きと伝えた。
何度も何度も声にならない告白を繰り返して、それからはもう、私の頭の中は壮弥くんでいっぱいになってしまった。
やがて、唇が離れた。
壮弥くんに抱えられたまま、私の背中が、ずるりと壁を擦る。
二人の吐息が混じって、どちらのものだか分らなかった。
「……ほらね?」
「……はい。あの、壮弥くん」私は両手で壮弥くんの左右の腕を持ち、「課題は、明日からでも大丈夫です。もう少しだけ一緒にいてください」と伝えた。
分かりました、少しだけですね、と壮弥くんが私と一緒に靴を脱ぐ。
私はキッチンに向かい、コーヒーを入れる支度をした。壮弥くんが「おれがやりますのに」と言ってくれたけど、まあまあと言って座ってもらう。
「なんだか、三織さん、楽しそうですね」
「え、私は壮弥くんといる時は、いつもとてもうれしくて楽しいですよ」
「そう言ってもらえると、おれもうれしいです」
「壮弥くん、前に私に、私のマンガが一番大好きだって言ってくれましたね」
今でもよく覚えている。
あんなことを言ってもらえることなんて、私の人生で、二度とあるとは思えない。
「言いました。もちろん今でもそう思ってます。今は、マンガだけじゃなくて、三織さんのこともですが」
「私もです。私は壮弥くんが、世界で一番大好きです。壮弥くんのことを大切にしたいと思えるし、私も、私を大切な存在だと思うことができる……」
壮弥くんが立ち上がり、私を腕の中にすっぽり入れると、髪をなでてくれた。温かくて、気持ちがよかった。
コーヒーが入った。
ローテーブルを挟んで向き合って座り、カップを小さく持ち上げて乾杯のしぐさをして、微笑み合う。
壮弥くんに抱きしめられるのが好きだ。でも、触れ合っていなくてもお互いの大切さが伝わる。これもとてもいいなと思う。
窓の外には、まだほんのりと明るい空に、白々とした月が見えていた。
特別な時間が、また始まる。
終
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