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「あなたが……ツミ先生……?」

 スイさんが、初めて、私のほうを見た。
 目と目が合う。
 あれ。
 この身長差。この視線。この顔の輪郭、この声。
 最近……どこかで見たような……会ったような……?

 すると、スイさんも目をぱちくりとさせた。

「三木元さん……?」
「や……やっぱり……緒田くん……?」

 アルさんが、「あれ、リアルで知り合い?」と言う声が聞こえる。
 あんなちゃんも「マジで?」と口にした。
 でも私は、そちらに答えるどころじゃなかった。

「お、お、緒田くんですか……? 本当に……?」
「そんな……三木元さんが……ツミ先生……?」

 二人して驚いているものの、その中身は微妙に――いや、かなり異なっているようだった。
 それにしても、彼が私のサークル名などを知っているということは。先生などと呼んでくれているということは」

「お、緒田くんは……私の同人誌を、読んだことが、あるということですか……?」
「ツミ先生……! まさか、お目にかかれるなんて! 読んだことがあるどころじゃありません、先生の本はおれのバイブルです!」

「ば、ばいぶる!? 全然そんなことはないと思いますが!?」
「そんなことはあるんです! もちろん、同人誌であることは重々承知しています! でも、おれは先生の作品には、商業誌でも読んだことのない感動を与えてもらっているんです! そこに商業作品か同人かの区別なんてありません! 一番好きなのは、『スネグラチカの檻』! 確か去年の春のコミハリでの新刊でしたね!」
「ぐはっ!」

 確かに、その作品は、去年の春にコミハリ――コミックハリケーンという同人誌即売会で出したものだった。
 うれしいという気持ちはもちろんあるものの、同人作家としては、即売会以外で、オタク認定していない相手――たぶん彼はオタクなのだろうけど――から自作品の話をされると、いたたまれないという言葉では表現できない謎のショックが体を駆け抜けてくる。
これは、意外に同人作家あるあるらしい。

「それに、『夏の永遠、慕情の獣』もよかったです! 特にあの、『君の心に残れないなら、永遠であるはずのものは、その資格を欠くんだ』っていうセリフ! 最初読んだ時はよく分からなかったんですけど――」
「がふうっ!」

 一般的に、タイトルよりは、作中のセリフを目の前でそらんじられるほうが、同人作家のダメージは大きい……と思う。たぶん。
 織田くんは、さらに、身振り手振りまで加えて一人でセリフを応酬させていく。

「――でも、何度も何度も読み直して、ようやく分かりました! 冒頭のアユの『その先にあるものはなんだと思った?』に対して、ハルイチの『分からないで済まされる時間は過ぎたよ。少年のぼくからは今のぼくが最も遠い』、さらにミーガンの『弾けたね、空が。君も絶対零度の太陽の後を追うかい?』と……あれ、先生? どうされました?」
「うぐうう……ッ、ま、参りました……」

 私は、完全にHPを枯渇させて、ソファに埋もれてダウンした。
 かれんさんが立ち上がり、織田くん――スイさん――になにか注意をして、織田くんがそれに謝っている。
 そして、私の横に織田くんがしゃがみこんできた。

「すみませんでした、先生! おれ、すっかり舞い上がってしまって、ご気分悪くされましたよね……申し訳ないです」
「い、いえ、いいんです。うれしいのは、確かなので。ただ、……私が、それを受け止められるだけの強さがないだけなので……」

 お店の奥から、シンさんまで来てくれた。

「スイ、君は一番若いながらよくやってくれてるけど、こんなに仕事にプライベートを持ち込むのは初めてだね。申し訳ありません、お客様。……お顔が、真っ赤ですね」

 あんなちゃんが「うわほんとだ、トマトみたい」などと半笑いで言う。

「だ、大丈夫です。のぼせただけですから、少しすればよくなります」
「先生、すみませんでした、本当に……」

 私たちの様子を見比べて、あんなちゃんがシンさんに言った。

「あのー、もしできたらなんですけど、このスイくんを三織につけてあげてもらえません?三織も、嫌でこうなったんじゃないみたいだし」

 シンさんが、私たちを順に見やってから、

「ふむ。どう、シン。ちゃんとお相手できるかな?」
「もちろんです! この失態、挽回させてください!」

「三織さんは、いかがでしょうか」

 なにも失態ではありませんよ、と一応断りつつ、私は座り直した。
 嫌な思いをしたとかでは本当にないので、私も少しお話しできたほうがありがたい。
 ふと見ると、あんなちゃんが立ち上がっていた。

「どうしたの、あんなちゃん。トイレ?」
「いんや。あたし、明日早いからそろそろ帰るわ」

「えっ!? そ、そんな、じゃあ私も帰」
「あんたはゆっくりしていきなさい。このスイくんていい子そうだし、面白そうじゃん。あたしがいると、しづらい話もあるでしょ。なんでもしゃべんなよ。別に、好きな時に帰りゃいいんだからさ」

 そう言って、あんなちゃんは自分の会計と私の飲み物代を払って、手を振って帰っていった。
 確かに、オタク方面の話はあんなちゃんがいるとしづいらいところはあるけど、かといって取り残されても、どうしていいか分からない。
 あんなちゃんがいなくなったことで空いたソファのスペースに、織田くんが座る。
 彼は少し体を内向きに縮めて、私に四十五度程度の傾きをつけて座り、人間半個ぶんくらいの間を空けた。そのおかげか、私がよく感じる男子特有の圧迫感みたいなものは、全然出ていなかった。ここに入ってから、つい、性別というものを忘れそうになる。

「先生、なにか、こうお呼びしたほうがいいお名前とかはありますか? あまり、先生とお呼びしないほうがよさそうですよね」
「そ、そうですね、ハンドルネームでもいいんですけど、先生はやめましょうか」

「では、ツミさん」

 うっ。

「どうでしょう。お気に召しませんか?」
「い、いえ。ネットでやり取りしたり、イベントの時はその名前で呼ばれ慣れてるんですけど、男の子に下の名前で呼ばれてるみたいな感じを、経験したことがないので……」

 こんなことなら、ツミというなまえだけでなく苗字も設定しておくんだった。
 緒田くんがつきっきりになってくれるようなので、最初の飲み物以降なにも頼まないのも申し訳ないと思い、軽食や有料のお菓子などを注文する。

「と、ところで、緒田くんは、スイさんと呼んだほうがいいですか? お店で本名で呼ぶのって、もしかしてよくないかもかなって」
「先生……おれなんかに、そんなに気を遣ってくださって……」

 なにやら目を潤ませてくる織田くんに、「そういうのはいいですから!」と突っ込む。

「せん……ツミさんの言いやすいように、なんと呼んでいただいてもいいですよ。店の中で決まりごとがあるわけじゃないので。ああ、でも、『緒田くん』以外のほうがいいかな……」
「あっ、そうなんですか?」

「昔、ノブナガってあだ名つけられてからかわれてたりしたので。あの織田とは字が違うんですけどね。それでは、壮弥って呼んでもらえませんか」
「え! い、いきなり下の名前で!?」

「おれだけが、ツミさんってファーストネームっぽく呼ぶのも、申し訳ないので」
「で、でもそれは、偽名みたいなものですし」

「そうかもしれませんけど、おれにとっては、ずっと憧れていたお名前です。まさか、ご本人をそうお呼びできる日がくるなんて」

 も、もう……。
 そんな扱い、今までに受けたことがないから、どういう顔していいのか分からなくなるな……。
 そこで、ふと気になったことがあった。

「緒田……じゃなくて、そーや、くんは、私の本は読んだことがあっても、私の顔は知らなかったってことですか? 私同人誌の委託販売とか通販もしてないから、本の頒布はイベントでしかしてないんですけど、もしかして来てくれてたり?」

 でも、こんなにきれいな顔の目立つ男のが何度も来てくれたら、すぐに分かりそうだけど。

「実は、おれのいとこが同人誌とか好きで、よくイベントに行ってるんです。それで何年か前に、おれが好きそうな本があったって言って買ってきてくれたのが、『罪と蜜』との出会いでした。それからもなんだかんだでなかなかイベントに行けなくて、毎回いとこにツミさんのサークルの本頼んでたんです。コミハリなんて年に四回あるのに、ほとんど毎回新刊出してるの、ほんとすごいですよね」
「あ、ありがとうございます。さすがに受験の時は、控えもしたんですけど。大学が決まった後は、すぐ復活しましたね……」

 さすがに進学のためにメリハリはつけなきゃいけないと思って、高三の秋からは受験勉強に邁進した。
 大学合格後最初のコミハリで出したのが『スネグラチカの檻』で、あまり時間がない中必死に仕上げたので、個人的にも思い出深い作品だった。なぜか、受験勉強中とか、修学旅行の夜とか、執筆にとりかかれない状況のほうが面白そうなアイディアがどんどん湧いてくる。あの脳の仕組み、もう少し同人作家に優しい仕様にしてほしい。

「でも、壮弥くん、高二だって言ってましたね。もうアルバイトしてるんですね」
「はい、もともときれいな服を着てみたいなって思ってたら、ここが募集してたんで。夜には閉めてお酒も出さないし、これでも健全な職場なんですよ。この間も、ここのバイトがある日だったんです」

「不健全だなんて思ってないですよ! とても楽しいです。あ、じゃあ、帰宅部?」
「ええ、特にやりたい部活はなかったので。学校内で好きなことしてるか、外でしてるかの違いだと思ってますから、それでお金も稼げるっていうのはいいなあと。キャストのみんなも、オーナーもいい人ですしね」

 先ほどから、シンさんと、別のテーブルに移ったかれんさんやアルさんが、ちらりとこちらに視線をくれる。私を心配してのことだろう。もちろん、もう、まったく大丈夫だった。

「本当ですね。いい人ばかり」
「それに、お客さんもです。ツミさんみたいに」

「え? 私は別に、……」
「お店によって、お客によっては。そんなふうに、屈託なく、でも悪さもしないでいてくれることばかりじゃありませんから」

 あまりはっきりしない言い方だけど、とりあえず、私は今のところ悪い客ではないんだなということが分かって、少しほっとする。
 こういうお店でのふるまい方の正解が分からないので、知らない間になにか迷惑をかけていたらいけない、とは思っていたから。

「あ、私、そろそろ帰らないと。お会計お願いします」
「はい。では、こちらへ」

 バーカウンターとは別のカウンターにレジがあり、そこで支払いを済ませた。
 コンカフェってもっとお金がかかるイメージがあったけど、思ったよりもずいぶん安く済んだ。あんなちゃんが一部おごってくれたのもあるけれど。

 お店のドアを出ると、階段の上まで、壮弥くんが見送りに出てくれた。

「そんな、いいのに」
「おれがそうしたいんで。今日、お会いできてすごくうれしかったですし。あ、でも、三木元さんがツミ先生じゃなくても、もちろんとてもうれしかったですよ。誤解しないでくださいね」

 壮弥くんが、肩を寄せて、少しだけ頭を傾けて、にこやかに言う。しなをつくっているというんじゃなく、健康的なんだけど、不思議な色気のようなものがあった。
 そのせいで、彼の顔を、思わずじっと見てしまった。

「ツミさん、なにか?」
「いえ。壮弥くん、すごくきれいだと思います」

「わあ、ありがとうございます」
「服装もですけど、しぐさも女性的で、麗しいというか……。あの、壮弥くんの一人称って『おれ』ですけど、心が女性ってわけではないんですか?」

「ええ。アンドロアンサスには、少なくともおれの知っている限りでは、心が女性だったり、心身とも女性になりたいっていうキャストはいません。もちろんカミングアウトしてないだけかもしれませんけどね、詮索もしませんし。一応募集の時にオーナーが念を押すみたいです、うちの店は本当に『女装』をするんであって、男が女の格好をするっていうコンセプトだって」
「それなのに、そんなに、見た目もしぐさもきれいになれるものなんですか……?」

 壮弥くんが、両手を口に当てた。
 そういえば、性別の違いは手の甲に出やすいって聞いたことがある。その手の甲は、確かに骨の感じといい、面積といい、男性っぽい。でも、それを隠すつもりはないみたいだった。
壮弥くんだけでなく、そういえばシンさんもそうだったな。指先の揃え方はきれいだったけど、手のつくりそのものの男性らしさは隠していなかった。女性になりたいのではなく、女物の服を着ることがコンセプトというのは、そういうことだろうか。
 ――などということは頭の隅に追いやられてしまうくらい、口に手を当てた壮弥くんがとてもかわいい。

「……ツミさんて、サービス精神旺盛な方なんですか」
「本心です。はっきり言って、憧れます」

「……すごく光栄です。一応女物の服を着ていますけど、なんていうのか、最初は着るだけでよかったのが、鏡を見たり町中の女の人を見ているうちに、その服にふさわしい所作を身に着けたいなって思うようになるんですよね。おれの場合は、ですけど。それで角度とかポーズとかは、工夫するようになってるかもしれません」
「……なんだか私は、自分が、女であることに甘えているような気がしてきました……。今日、もう少し、おしゃれしてくるんでした……」

 すると、今度は、壮弥くんがこぶしを握って、ボクシング選手がガードを固めたようなポーズになる。

「そんな! ツミさんは、充分素敵ですよ!」
「いいんです、おしゃれするのなんて、私の場合イベントの時くらいですし。そういえば、服屋さんなんてしばらく行ってないな……それに、どこのお店行っていいのかあんまりよく分からないし……」

 本気で落ち込んでるわけじゃなくて、ちょっと自虐的になるのは、くせみたいなものだったのだけど。
 壮弥くんは、息を吸い込んでのけぞると、かぶりを振って言ってきた。

「ツミさん、もしそうしたことでお気になさっているなら、このあたりでか、あるいはツミさんの大学の近くで、評判のいいお店をご案内しますよ。詳しい知り合いがいるんで。ああ、どうしよう、もし、もしよければなんですけど、……」

 壮弥くんはひどく恐縮しながら、私と、メッセージアプリのIDを交換してもいいでしょうかと訊いてきた。
 私は渡しに舟だったので、気軽に、

「あ、はい、助かります」

 と言って、私はバッグから、壮弥くんは腰のホルダーから、同時にスマートフォンを取り出してIDを交換した。

「本当は、おれ、お客さんとはあまりこういうことしないんです。別に店からだめって言われてるわけじゃないんですけど、トラブルになりそうじゃないですか。学校行きながらですから、何十人もお客さんと連絡先交換しても、全員をケアなんてできませんし」
「あっ。で、では私、悪いことをしてしまったのでは」

 壮弥くんが微笑んだ。
 顔立ちが整っているだけに、笑顔になって柔らかみが表情に出ると、思わずドキッとしてしまうほどにかわいい。

「先生とは、トラブルになんてしません。なったとしても、おれがどうにかします。そろそろ遅い時間ですから、気をつけてくださいね。本当は、お送りできればいいんですけど」
「いえいえもう。そんなわけには」

「ふふ、それに、おれはこの格好ですしね」と壮弥くんがスカートの横を、両手ともちょんとつまんだ。

「えっ、いえ、格好は全然問題ないですよ。似合ってます、壮弥くん! 一緒に並んで歩くなんて、私のほうからお願いしたいくらいでしてっ」

 壮弥くんが目を見開いた。
 いけない、ちょっと調子に乗りすぎたかな。本心ではあるんだけど。
聞いた話では、キャバクラとかに行く男の人が、お店の女の子と執拗にお店の外で会おうとして、迷惑をかけることがあるらしい。
せっかく悪くないお客だと思ってもらえてたっぽいのに、ここにきて心証を悪くしたくない。

「で、では私はこれで! あの、……」
「はい?」

「……また来ても、いいですか?」

 壮弥くんが、全身でうなずいてくれた。

「もちろんです。お待ちしてます、ツミさん!」

 ちょっと年相応のかわいらしいところが見られた気がして、私は、微笑ましい気持ちで、何度も振り返って手を振りながら階段を下りた。
 胸がどきどきしていた。
 思いがけないことがいくつもあって、とても特別な日になったと思った。

 でも、暗くて寂しい細い路地に出ると、心細さも芽生えてきた。
 やっぱり、暗い道は怖い。早く、人通りのあるところに出よう。
 ……ここ最近、時々、家に帰る途中、不穏な気配を感じることがある。
 後ろから、誰かがついてきているような。
 かぶりを振る。
 夜道を歩く不安のせいで、きっと神経過敏になっているんだって言い聞かせた。
 早歩きで、大通りに出た。
 たくさんの歩行者や車が通るのが見えると、ほっとする。
 でも、もし不審な人が、本当に私を後からつけてきていたりしたら。
 その脅威は今、見えなくなっただけで、なくなったわけじゃない。
 気のせい。気のせいに決まってる。
 ……でも、痴漢は、気のせいじゃなかった。

 壮弥くんの顔が頭に浮かんだ。
 女装姿のものも、この間見た男の子状態のものも、両方。
 さっき別れたばかりなのに、また会いたい気持ちが、滔滔と胸の中に流れ込んでくる。
 声が聞きたい。一緒に、隣を歩いて欲しい。
 ……わがままだなあ、私は。ファンだなんて言われて、舞い上がってるみたいだ。
 足を速めた。
 さっきまでの楽しい気持ちを抱えて、それがこれ以上目減りしてしまわないように自分の胸に大切に抱えている様を想像しながら、一人暮らしの部屋に向かった。



「おやおやー、これはツミ先生~。昨日はお楽しみでしたかね?」

 翌日のお昼、あんなちゃんに、学食でいきなりそう言われて、汲んできたばかりの麦茶を倒しそうになった。

「ツ、ツミ先生じゃないっ。こんな昼間にその名前を呼ぶなんて……!」
「夜にしか呼んじゃいけない呪いでもかかってんの、その名前……? いやーマンガ描いてるってのは聞いてたけどあんな熱心なファンがいるほどとはねー」
「……それは、私も驚いた……」

「しかもあの子、スイくんだっけ。めちゃくちゃかっこいいじゃん。メイクとってもそうとうなもんでしょ、あれは」
「……それも、そう思う……」

「あれ、なに、どうしたの。なんかテンション低い……わああっ!?」

 私は、いきなり、あんなちゃんに抱きついた。
 もう、自分ではどうしようもなく、困り果てていた。

「助けて、あんなちゃん!」
「な、なに!? 講義のノートが欲しいの!? ってそんなんあたしより三織のほうがきれいにとってるか! じゃあレポートの相談!? ってこれもあたしがしたいくらいだわ!」

「じ、実は……そのスイくん――壮弥くんと、今度出かけることになってしまって……」

 ほう、といったあんなちゃんの目が、きらりと光る。

「どうしてそんなうらやま面白いことに? 詳しく聞かせてもらおうか」
「私、壮弥くんに、家か大学の傍で服が買うとしたらどこがいいだろうって、相談に乗ってもらうことになって」

「ふんふん」
「それで連絡先交換したから、昨夜さっそく、壮弥くんがメッセージをくれたんだけど」

「ふんふん」
「よさそうなお店が、大学の近くなの。で、ちょっと分かりにくい場所にあるから、地図と住所だけだと迷うかもって」

 そこで、あんなちゃんの右の眉だけがぴくりと上がった。

「ほほお。で?」
「壮弥くんが、今日私の講義が終わった後、ここまで来てくれるから一緒に行きませんかって……壮弥くんの高校、ここから近いみたいで……」

 そういえば、同じ路線の電車に乗ってたんだもんね。それにしても、奇遇なものだけど。

「え、あの子高校生なんだ。肌ピチーンと張ってんなあとは思ったけど。ん、あれ? その話、どこに悩む要素があるの?」
「迎えに来てくれるから一緒に買い物に行くところ」

「……それのなにが問題なわけ?」
「だって! 高校生の男の子となんて、なに話せばいいの!? あと、お礼とかってしたほうがいいの!? どれくらいの値段のものを、どこで買えば!? なにより、もし教えてもらったお店にあんまり気に入った服がなかった場合、買わずに帰るって失礼じゃない!? 無理にでもなにか買ったほうがいいかな!?」

「順番に答えるけど。三織だって二年前まで高校生だったんだから、その時してたような話でいいでしょ。お礼は、まああんまり高くないもので、邪魔にならなそうなものならなんでもいいんじゃないの。で、いい服がなかったら、今日はありがとういろいろ探してみるね、でいいでしょう」
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