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エピローグ 2
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「お、覚えてましたよ! 変わったアルバイト先の変なことができる人です!」
「そんな認識だったのか、この何ヶ月……! 肝心なことは忘れまくった上で……」
「仕方ないじゃないですか、繭がなくなっちゃってたら!」
「言ってることが違うじゃないか!」
「ち、違ってません!」
二人とも立って向かい合ったままで叫び合い、はあはあと肩で息をした。
「君の大声って、久しぶりに聞いた気がするな」
「私も、中学の音楽の合唱の時間とかより今の方が大きい声出したような気がします」
揃って、すとんとソファに腰を下ろす。
「でも、そうですね……大切なことは思い出せましたけど、辛いこともありました。キリさんのこと、クツゲンさんやお母さんのことも」
「『私がいなければこんなことには』とか思ってるんじゃないだろうな」
「えへへ。少し」
シイカの苦笑を見て、クツナは座ったまま身を乗り出す。
「繭使いは、心や体の傷は治せても、運命は編めない。起こることは誰のせいでもないし、出会うことは常に開かれている。鳴島は、僕たちと出会ったことを後悔してるか?」
「ずるいですよ、そんな言い方は」
「君が君を肯定するためなら、何でもするさ。僕たちはつまるところ、独りぼっちずつなんだ。だから独りではな
くなることができる。それを分かって欲しいからな」
シイカがカップを口元に当てた。顔をうつむかせ、カップは少々大きく傾けて、隠した目元をこっそりぬぐう。クツナは、見ないふりをする。
「アルトさん……どうされてました?」
「さてね。とりあえず元気そうではあったが」
「私、思うんですけど。アルトさん、クツナさん以外の人への執着を、切断ではなくて結紮してたんですよね。つまり、切り捨ててはいなくて、ずっと……持っていた」
「言ったろ、切断よりは結紮の方が手っ取り早いんだ。それでも、あるいはその施術が完璧なら、今さら君の中のキリの繭にこだわったりはしなかったかもしれないな。自分への繭使いというのはそれだけ難しいってことでもある」
「不完全な施術だったなら、なぜその後、改めて切断してしまわなかったんでしょう」
クツナがかすかに眉を上げた。小さ過ぎる動作だが、その意味は、シイカへの敬意だった。
「その辺が、あいつの更生においての一縷の望みだな」
シイカがカップを置いた。わずかな沈黙を挟んで、切り出す。
「私……これからもここでお仕事していいですか」
「もちろん。来てくれなくちゃ、困る。もうとっくにそういう存在だよ」
「でも、もう繭使いのお手伝いもできないのに。戻ったのは、記憶だけですもん」
「それでも構わないが、そうと決まったわけでもない」
怪訝な顔をするシイカが、カップを置いた。
「今返した記憶の繭には、アルトのやつが、君から移植したキリの繭をつなげてあった。
君が奴にやった繭が、量だけはそっくり戻ってきたってことだ。結果、つまり今の君には、以前とほぼ同量のキリの繭が宿っている」
シイカが目を見開く。
「あっち行ったりこっち行ったりして、全くの元通りではないから、前までと同程度の繭使いができるくらいに成長するか、そこまでには至らないか、あるいはさらに伸びるか。
どうなるかは僕にも分からないが、試してみる価値はあると思わないか」
「あ、あります! 凄くあります。私、頑張ります」
シイカが上気した顔で立ち上がった。
「僕もアルトもやってるから、なんだか繭の移植ってのは簡単にできているように見えるかもしれんが、結構な革命的技術だぞ、これは」
「凄いです、二人とも」
「ま、必要は進歩の最大の糧ってことだな」
その時、外から犬の鳴き声が響いた。
クツナが頬を掻いて、ぼやく。
「ヨイチのやつ、こんなに鳴くとはなあ。もう少し静かになるよう、しつけられるもんかな」
「元気になりましたよね、本当に」
「そうだな」
「私も」
「ああ」
シイカが紅茶を淹れ直した。
「クツナさんが、いつか言ってたんですけど」
「何だよ」
「いいコーヒー豆を、人と分かち合いたい時があるって。私も今、このお茶を淹れていて、そんな気持ちです」
「僕もだよ。繭を使わずに分かり合うって、いいもんだろ」
テレビもついておらず、屋外からも特に物音は聞こえない。
静寂の中、しばらく、二人も黙る。
それでも居心地が悪くなるということもなく、何か話したいことがあれば口にするだろうし、そうでなければ静かにしている。
そんな自由な沈黙があることに、シイカは驚いていた。
手の中のカップが温かい。いい香りがして、落ち着く。
お互いの大切さが、そんな空間にたゆたっている。
そして家に帰れば、以前よりもずっと安らいで眠りにつける。
目線が合うと、クツナが、目と口元で笑った。
幸せだな、とシイカは思った。
END
「そんな認識だったのか、この何ヶ月……! 肝心なことは忘れまくった上で……」
「仕方ないじゃないですか、繭がなくなっちゃってたら!」
「言ってることが違うじゃないか!」
「ち、違ってません!」
二人とも立って向かい合ったままで叫び合い、はあはあと肩で息をした。
「君の大声って、久しぶりに聞いた気がするな」
「私も、中学の音楽の合唱の時間とかより今の方が大きい声出したような気がします」
揃って、すとんとソファに腰を下ろす。
「でも、そうですね……大切なことは思い出せましたけど、辛いこともありました。キリさんのこと、クツゲンさんやお母さんのことも」
「『私がいなければこんなことには』とか思ってるんじゃないだろうな」
「えへへ。少し」
シイカの苦笑を見て、クツナは座ったまま身を乗り出す。
「繭使いは、心や体の傷は治せても、運命は編めない。起こることは誰のせいでもないし、出会うことは常に開かれている。鳴島は、僕たちと出会ったことを後悔してるか?」
「ずるいですよ、そんな言い方は」
「君が君を肯定するためなら、何でもするさ。僕たちはつまるところ、独りぼっちずつなんだ。だから独りではな
くなることができる。それを分かって欲しいからな」
シイカがカップを口元に当てた。顔をうつむかせ、カップは少々大きく傾けて、隠した目元をこっそりぬぐう。クツナは、見ないふりをする。
「アルトさん……どうされてました?」
「さてね。とりあえず元気そうではあったが」
「私、思うんですけど。アルトさん、クツナさん以外の人への執着を、切断ではなくて結紮してたんですよね。つまり、切り捨ててはいなくて、ずっと……持っていた」
「言ったろ、切断よりは結紮の方が手っ取り早いんだ。それでも、あるいはその施術が完璧なら、今さら君の中のキリの繭にこだわったりはしなかったかもしれないな。自分への繭使いというのはそれだけ難しいってことでもある」
「不完全な施術だったなら、なぜその後、改めて切断してしまわなかったんでしょう」
クツナがかすかに眉を上げた。小さ過ぎる動作だが、その意味は、シイカへの敬意だった。
「その辺が、あいつの更生においての一縷の望みだな」
シイカがカップを置いた。わずかな沈黙を挟んで、切り出す。
「私……これからもここでお仕事していいですか」
「もちろん。来てくれなくちゃ、困る。もうとっくにそういう存在だよ」
「でも、もう繭使いのお手伝いもできないのに。戻ったのは、記憶だけですもん」
「それでも構わないが、そうと決まったわけでもない」
怪訝な顔をするシイカが、カップを置いた。
「今返した記憶の繭には、アルトのやつが、君から移植したキリの繭をつなげてあった。
君が奴にやった繭が、量だけはそっくり戻ってきたってことだ。結果、つまり今の君には、以前とほぼ同量のキリの繭が宿っている」
シイカが目を見開く。
「あっち行ったりこっち行ったりして、全くの元通りではないから、前までと同程度の繭使いができるくらいに成長するか、そこまでには至らないか、あるいはさらに伸びるか。
どうなるかは僕にも分からないが、試してみる価値はあると思わないか」
「あ、あります! 凄くあります。私、頑張ります」
シイカが上気した顔で立ち上がった。
「僕もアルトもやってるから、なんだか繭の移植ってのは簡単にできているように見えるかもしれんが、結構な革命的技術だぞ、これは」
「凄いです、二人とも」
「ま、必要は進歩の最大の糧ってことだな」
その時、外から犬の鳴き声が響いた。
クツナが頬を掻いて、ぼやく。
「ヨイチのやつ、こんなに鳴くとはなあ。もう少し静かになるよう、しつけられるもんかな」
「元気になりましたよね、本当に」
「そうだな」
「私も」
「ああ」
シイカが紅茶を淹れ直した。
「クツナさんが、いつか言ってたんですけど」
「何だよ」
「いいコーヒー豆を、人と分かち合いたい時があるって。私も今、このお茶を淹れていて、そんな気持ちです」
「僕もだよ。繭を使わずに分かり合うって、いいもんだろ」
テレビもついておらず、屋外からも特に物音は聞こえない。
静寂の中、しばらく、二人も黙る。
それでも居心地が悪くなるということもなく、何か話したいことがあれば口にするだろうし、そうでなければ静かにしている。
そんな自由な沈黙があることに、シイカは驚いていた。
手の中のカップが温かい。いい香りがして、落ち着く。
お互いの大切さが、そんな空間にたゆたっている。
そして家に帰れば、以前よりもずっと安らいで眠りにつける。
目線が合うと、クツナが、目と口元で笑った。
幸せだな、とシイカは思った。
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