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第三章 14
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「これでよかったんでしょうか。大丈夫でしょうか……尾幌先輩」
「今のところ、尾幌エツの周囲に、彼女を傷つける存在はいない。だから何とかなるんじゃないか」
「心配です」
シイカとクツナは、欧華橋高校の裏門からそそくさと出てきた。影が長く延びている。周囲の家々が複雑な陰影を作っていた。カラスの鳴く声が聞こえる。間もなく夜が来る。
「今回は、君も手応えのある仕事だったんじゃないか」
「もう、あんまり急に言い出すのはだめですよ。心臓に悪くって」
シイカが眉根を寄せる。
「鳴島もなかなか、表情豊かになってきたな。ところで、そんなに尾幌エツが心配なら、これから傍についていてやったらどうだ」
「どうやってですか」
「どうやってって。君たちはもう、知り合いだろ」
「……? 知り合いだったら、どうやって傍にいればいいんですか」
夕日が、シイカの顔を軽く驚きながら除きこんでくるクツナを照らす。
「いや、連絡先とか、交換してるんじゃないのか」
「いえ、特には……」
「尾幌エツからは、聞かれなかったのか。君の電話番号やら、SNSのIDやら、メールアドレスやら。君からも聞いてない?」
「いえ……特には……」
クツナは、人差し指の先でこめかみを押さえ、軽く頭を振った。
「悪い。女子高生なら、当然のことだと勝手に思い込んでいたよ。明日にでもまた様子を見に、ここに来てみたらどうだ。尾幌エツの調子が大丈夫そうなら、連絡先の交換を持ちかけてみれば、うまくいくと思う」
「そんなことを聞いて、怒られないでしょうか」
「怒、……ああ、たぶんな。さっき尾幌エツは、君のことを気にかけてたろ?」
「はい。優しい人です」
「で、君も彼女を心配してるんだろ」
「はい。かなり」
「それなら、君たちは友人と呼べるんじゃないか。友達に連絡先を聞いて、怒られるいわれはないだろう」
駅への道を歩ていた二人の影が、ぴたりと道上で止まった。シイカが立ち止まっていた。
「ともだち」
「そうだ。同性の友人でなければ癒せない傷もあるだろう。男女平等の世の中でも、性差による区別が消えることはないだろうしな」
「空木さんがいても、ですか」
「同性同士の友情がそうであるように、異性間のそれも万能ではないさ。だから君が、傍にいてやればいいんじゃないか」
「私、が……」
「そうだ。君がだ。茎川教師にも、空木トワノにも、もちろん僕にも到底できない」
黄昏の色が沈んでいく。オレンジ色から、急激に青、そして濃い藍色へ。
「行きます。私、明日もここへ来ます。邪魔でなければ、ですけど」
「ああ。頼む」
「でも、……空木さんと尾幌先輩って付き合ったりするんでしょうか」
「ん……。それは、そうはならないんじゃないか」
「なぜですか? 空木さんは尾幌先輩が好きだって茎川先生に言ってたんですよね? 今は友達でも、あれだけ仲がよかったら、もしかしたら」
「恐らくだが。空木トワノは、数日内に、茎川教師に訂正するんじゃないか。尾幌エツが好きだと言ったのは、間違いでした。僕の勘違いでした、なんて風に」
「どうしてですか? クツナさん、空木さんの繭を見たんですか。だからそんなことが分かるんですか?」
「まあ、直接彼の繭を覗き込んだわけじゃないが、そんなところだ」
再び、二人は歩き出した。
闇が深くなってきているので、シイカからはクツナの顔がよく見えない。しかし、何か、感じ取れるものがあった。
「……クツナさん」
「ん?」
「……笑ってませんか」
「いや。全然笑ってないふ」
「ふって。何ですか、何がおかしいんですか」
「おかしくないぞ、何も。よかったなあ、トモダチができて」
「そうですよ。クラスではまだそこまでの人はいませんから、尾幌先輩が人生初友達ですよ」
クツナが吹き出すのを、シイカは聞き逃がさなかった。
「笑ってる! すごく笑ってます!」
「な、鳴島、君、さっきの友達のくだりから、ちょっとスキップ気味なんだよ。いや、僕や父だけじゃなくて、同年代の女子なんかとも話すことが日常的にあったらいいんじゃないかとも思ってたんだが、今回ちょうどいい機会で、いい方に転がりそうでよかったなあと。鳴島、学校に友達全然いないって言ってただろ?」
「……色んな意味で、大きなお世話なお仕事だったような気がしてきました」
「そう言うなって。お陰で友達ができたんだろ」
「そうですよ、人生初の」
「やったな」
「やりました。あ、また笑ってる!」
騒ぐ二人の頭上で、空の月が輝きを増していく。満月ではなかったが、欠けてはいても、暗闇の中でひときわ明るく。
それが、シイカの目には、ずいぶん眩しかった。
「今のところ、尾幌エツの周囲に、彼女を傷つける存在はいない。だから何とかなるんじゃないか」
「心配です」
シイカとクツナは、欧華橋高校の裏門からそそくさと出てきた。影が長く延びている。周囲の家々が複雑な陰影を作っていた。カラスの鳴く声が聞こえる。間もなく夜が来る。
「今回は、君も手応えのある仕事だったんじゃないか」
「もう、あんまり急に言い出すのはだめですよ。心臓に悪くって」
シイカが眉根を寄せる。
「鳴島もなかなか、表情豊かになってきたな。ところで、そんなに尾幌エツが心配なら、これから傍についていてやったらどうだ」
「どうやってですか」
「どうやってって。君たちはもう、知り合いだろ」
「……? 知り合いだったら、どうやって傍にいればいいんですか」
夕日が、シイカの顔を軽く驚きながら除きこんでくるクツナを照らす。
「いや、連絡先とか、交換してるんじゃないのか」
「いえ、特には……」
「尾幌エツからは、聞かれなかったのか。君の電話番号やら、SNSのIDやら、メールアドレスやら。君からも聞いてない?」
「いえ……特には……」
クツナは、人差し指の先でこめかみを押さえ、軽く頭を振った。
「悪い。女子高生なら、当然のことだと勝手に思い込んでいたよ。明日にでもまた様子を見に、ここに来てみたらどうだ。尾幌エツの調子が大丈夫そうなら、連絡先の交換を持ちかけてみれば、うまくいくと思う」
「そんなことを聞いて、怒られないでしょうか」
「怒、……ああ、たぶんな。さっき尾幌エツは、君のことを気にかけてたろ?」
「はい。優しい人です」
「で、君も彼女を心配してるんだろ」
「はい。かなり」
「それなら、君たちは友人と呼べるんじゃないか。友達に連絡先を聞いて、怒られるいわれはないだろう」
駅への道を歩ていた二人の影が、ぴたりと道上で止まった。シイカが立ち止まっていた。
「ともだち」
「そうだ。同性の友人でなければ癒せない傷もあるだろう。男女平等の世の中でも、性差による区別が消えることはないだろうしな」
「空木さんがいても、ですか」
「同性同士の友情がそうであるように、異性間のそれも万能ではないさ。だから君が、傍にいてやればいいんじゃないか」
「私、が……」
「そうだ。君がだ。茎川教師にも、空木トワノにも、もちろん僕にも到底できない」
黄昏の色が沈んでいく。オレンジ色から、急激に青、そして濃い藍色へ。
「行きます。私、明日もここへ来ます。邪魔でなければ、ですけど」
「ああ。頼む」
「でも、……空木さんと尾幌先輩って付き合ったりするんでしょうか」
「ん……。それは、そうはならないんじゃないか」
「なぜですか? 空木さんは尾幌先輩が好きだって茎川先生に言ってたんですよね? 今は友達でも、あれだけ仲がよかったら、もしかしたら」
「恐らくだが。空木トワノは、数日内に、茎川教師に訂正するんじゃないか。尾幌エツが好きだと言ったのは、間違いでした。僕の勘違いでした、なんて風に」
「どうしてですか? クツナさん、空木さんの繭を見たんですか。だからそんなことが分かるんですか?」
「まあ、直接彼の繭を覗き込んだわけじゃないが、そんなところだ」
再び、二人は歩き出した。
闇が深くなってきているので、シイカからはクツナの顔がよく見えない。しかし、何か、感じ取れるものがあった。
「……クツナさん」
「ん?」
「……笑ってませんか」
「いや。全然笑ってないふ」
「ふって。何ですか、何がおかしいんですか」
「おかしくないぞ、何も。よかったなあ、トモダチができて」
「そうですよ。クラスではまだそこまでの人はいませんから、尾幌先輩が人生初友達ですよ」
クツナが吹き出すのを、シイカは聞き逃がさなかった。
「笑ってる! すごく笑ってます!」
「な、鳴島、君、さっきの友達のくだりから、ちょっとスキップ気味なんだよ。いや、僕や父だけじゃなくて、同年代の女子なんかとも話すことが日常的にあったらいいんじゃないかとも思ってたんだが、今回ちょうどいい機会で、いい方に転がりそうでよかったなあと。鳴島、学校に友達全然いないって言ってただろ?」
「……色んな意味で、大きなお世話なお仕事だったような気がしてきました」
「そう言うなって。お陰で友達ができたんだろ」
「そうですよ、人生初の」
「やったな」
「やりました。あ、また笑ってる!」
騒ぐ二人の頭上で、空の月が輝きを増していく。満月ではなかったが、欠けてはいても、暗闇の中でひときわ明るく。
それが、シイカの目には、ずいぶん眩しかった。
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