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キサラギ・サラが死んだ理由 2
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「おい、さっきの問題が解決してないぞ。ラジカセの音くらいサラは聞き分けるし、首に縄がかかったまま、歩き回るやつがいるかって。証拠は何一つないし、第一そんないい加減な仕掛けで殺人が出来るか?」
「殺人は出来ませんよ。殺すつもりが無かったんですから」
先輩の呼吸が止まった様に見えた。
「おっしゃる通り、こんな方法で殺人は無理です。首の縄の件もそうですし、せっかくの雷雨の音も、音質でラジカセだと見抜かれてしまう可能性が高い。そもそもさっきも言いましたが、計画実行途中で頓挫する可能性も高い。寮の部屋と冬のプール棟じゃ気温が違い過ぎるから、それでサラ先輩に自分がいる場所が寮ではないと気付かれることも充分あり得る。そして何より危険なのは、サラ先輩がプールに落ちずに生き残った場合、彼女には犯人がすぐに特定出来てしまう。自分の部屋で、睡眠薬を飲んだ時に隣にいた人間がそうだと」
「だったら……」
「だからつまり、犯人の目的は、それなんです。犯人が誰だか解り、その明確な殺意もサラ先輩に伝えることが出来、殺意は本気でありながらも、手順のまずさにより、サラ先輩は生き延びる……ように仕立てる。これが犯人の望みだったんです。殺す気なんて、……きっと無かった」
目の前の人物には、もう、さっきまでの突き刺す様な気性は感じられない。
しおれる様に、意気が鎮まっているのが解った。
「こんな手の込んだこと、普通はいきなりやろうとはしないでしょう。では誰ならやるだろう? 密会した部屋で睡眠薬を飲んで眠るほどにサラ先輩が気を許しているのに、一方では彼女に殺意を伝えようとする人物。それは、何度も別れ話を切り出したのにサラ先輩に許してもらえない、そこで極端な方法で自分の悪意を伝えてまでも別れようとする、追い詰められた恋人くらいではありませんか。もちろん、事後に彼女が、自分のされた仕打ちを周囲に吹聴する様な性格ではないのを織り込んだ上で。決して彼女を殺さない様にしながら殺意を伝えるのは、しんどかったでしょうね。こんな、いびつなやり方になってしまった。しかも……サラ先輩は、死んでしまった。この話が事実と違うというなら、どうぞ僕に反駁してください。おっしゃる通り、証拠は無いですよ。でも、説得力はあるでしょう? 反駁せずにこのまま帰るのなら、僕はこの話を学校中に匿名で流布させます。警察にも、届けます」
僕が話し終わると、わずかな沈黙が訪れた。
それを破ったのは、日比野先輩だった。長く、長く嘆息してから、その口が開く。
「合ってるよ。ほとんど、合ってる。……あいつが目覚めた時にどこにいるのか気づきやすいよう、ざらざらしたプールサイドに、じかに寝かせたんだ。ロープだって長くて……プールからはずいぶん離した。寝ているサラとプールの間にビート板を置いて、目を覚ましたサラがプールに向かって歩けば、つまずくようにもした。ロープは首にかけただけじゃなく、サラの体のあちこちに触れさせておいた。間違ってもロープに気付かずに落ちたりしない様に。ラジカセの音だって、演劇部が持ってた古い代物で音なんて割れまくってた。なんで、……なんで、落ちたりしたんだ……」
急激に憔悴していく男を見て、僕の感情は逆に昂って行く。
「気付いているんでしょう。サラ先輩は、ロープに気付かずに落ちたんじゃない。あなたの意志を理解したから落ちたんだ。自分がたった一人、身も心も預けていた人に、一方的に別れの意志を伝えられて。受け入れられずにいたら、ついにはこんな真似までされたんです。偽だろうと似非だろうと、恋人から殺意を向けられた時の彼女の気持ちなんて、人には到底察することは出来ません。絶望して、フェイクの殺人道具を敢えて使って、彼女は死んだんです。彼女が死んだ後、おそらくあなたは計画が上手くいったかどうか確認するために当日の深夜にでもプール棟に再度忍び込み、彼女の遺体を発見したでしょう。最悪の事態だ。でも、もうどうすることも出来ない。形の上では自殺なのを幸いに、あなたは黙り通そうとしたんでしょうね。そして、ラジカセやビート板を片付けた。……ここで一つ、訊きたいことがあります。その時、あなたがリピート設定にしていたであろう雷雨の音のテープ。それは、止まっていませんでしたか?」
驚く先輩の表情が、その通りだと告げている。
「なぜ……それを知ってる」
「知りませんよ。でも彼女には、彼女の様な人なら、そうするしかなかったはずなんです。ラジカセを止めることが出来るのはただ一人、サラ先輩だけです。音が鳴り続けていれば、サラ先輩が首を吊った後、不審に思った誰かが入って来て、あなたが回収する前にラジカセを見付けてしまうかもしれない。そうすると、自殺としては極めて不自然な場面になります。かといって、目が見えない彼女にはそのラジカセやビート板を元あった場所に返すことが出来ない。自分が死んだ後、万一にもあなたに疑惑の目が向かない様にするにはどうすればいいか。……サラ先輩は自分の首にかかったロープを一度外し、プールサイドを歩いてラジカセを見付けて停止させ、また元の場所に戻ってロープを首へかけ直し、そして……プールへ降りたんじゃないでしょうか。こうすれば、ラジカセを最初に見つけるのは、計画の首尾を確認しようと間もなく現れる、あなたです。これは、サラ先輩があなたの企みをすべて理解した上で、死後あなたに迷惑をかけない様に自分がそれに気付いたことを伝える、ただ一つの方法でもあったんです」
言葉数が増え、早口になると、つい癇癪を起こしそうになる。
伝えるべきことを残らず伝えるため、冷静さを失わない様に意識して、続けた。
「だから、あなたは気付いていたはずです。これは本気の殺意が無いのに人が死んでしまった事故ではなくて、悪意が用意した舞台で一つの生命が存続することを諦めさせられた、事件なのだと。これを自殺と呼んでいいんでしょうか? 気丈な様でも、きっとあの人はずっと不安だったんだ。その不安を受け止めてくれる人は、あなたしかいないと信じていた。そのあなたに拒絶を突き付けられた時、寒く、冷たくて硬い床の上、一人ぼっちの密室で、どんな気持ちだったでしょう。ラジカセから鳴り続ける雷雨の音を自分の手で止めた時、どんな気持ちだったでしょう。彼女の、別の選択をする意志は奪われてしまった。彼女は自ら死んだかも知れない。でもそれは、自殺なんて呼べない。あなたが殺したのと同じなんだ。あなたなんかのせいで、彼女は死んだんだ」
傍らの壁に、日比野先輩がぐったりと寄りかかり、力無く口を開いた。
「俺には、サラは重過ぎた。君らは知らないだろうが……あいつはいつも明るく振る舞っていたけど、いつちぎれてしまうか解らない、か細い糸みたいだった。まいりかけると、いつも俺によりかかって来た。俺の方が、そんなあいつを見ているのも限界だったんだ。あいつは、自分が足手まといだと思っていつも俺に気を遣っていた。それも辛かった。だから、こうまですれば、騒ぎ立てたりせずに大人しく受け止めて、引き下がってくれると思ったんだ。俺は、ただ、別れて欲しかっただけだ」
苦しそうに顔をゆがめる先輩を見ていると、抑えようとしていた苛立ちがまたぶり返して来た。
「それで、別の女の人に乗り換えようとしたんですか」
「何が悪い。くっつこうが離れようが、皆やってるだろう」
「皆って、誰です。サラ先輩は、『皆』とやらじゃない」
「お前だって、自分が俺の立場になれば解るんだよ!」
そう言って、日比野先輩はその場にくずおれた。
「……俺をどうする」
「別に、どうもしませんよ。何をしたって、サラ先輩は帰って来ないんですからね。ただ……あなたのしたことを知っている人間が、サラ先輩の他にも一人はいるってことは、覚えておいてください」
そう告げて僕は、例の窓枠へ歩き出した。
「おい、待てよ。やっぱり言いふらすつもりか……」
「だったら、どうします」
言いながら振り向く。精一杯の敵意を視線に込めて。
「死なせますか、僕も」
それ以上は、彼の顔を見る気になれなかった。
そのままプール棟の外へ出て、寮へ向かって歩きだす。
「殺人は出来ませんよ。殺すつもりが無かったんですから」
先輩の呼吸が止まった様に見えた。
「おっしゃる通り、こんな方法で殺人は無理です。首の縄の件もそうですし、せっかくの雷雨の音も、音質でラジカセだと見抜かれてしまう可能性が高い。そもそもさっきも言いましたが、計画実行途中で頓挫する可能性も高い。寮の部屋と冬のプール棟じゃ気温が違い過ぎるから、それでサラ先輩に自分がいる場所が寮ではないと気付かれることも充分あり得る。そして何より危険なのは、サラ先輩がプールに落ちずに生き残った場合、彼女には犯人がすぐに特定出来てしまう。自分の部屋で、睡眠薬を飲んだ時に隣にいた人間がそうだと」
「だったら……」
「だからつまり、犯人の目的は、それなんです。犯人が誰だか解り、その明確な殺意もサラ先輩に伝えることが出来、殺意は本気でありながらも、手順のまずさにより、サラ先輩は生き延びる……ように仕立てる。これが犯人の望みだったんです。殺す気なんて、……きっと無かった」
目の前の人物には、もう、さっきまでの突き刺す様な気性は感じられない。
しおれる様に、意気が鎮まっているのが解った。
「こんな手の込んだこと、普通はいきなりやろうとはしないでしょう。では誰ならやるだろう? 密会した部屋で睡眠薬を飲んで眠るほどにサラ先輩が気を許しているのに、一方では彼女に殺意を伝えようとする人物。それは、何度も別れ話を切り出したのにサラ先輩に許してもらえない、そこで極端な方法で自分の悪意を伝えてまでも別れようとする、追い詰められた恋人くらいではありませんか。もちろん、事後に彼女が、自分のされた仕打ちを周囲に吹聴する様な性格ではないのを織り込んだ上で。決して彼女を殺さない様にしながら殺意を伝えるのは、しんどかったでしょうね。こんな、いびつなやり方になってしまった。しかも……サラ先輩は、死んでしまった。この話が事実と違うというなら、どうぞ僕に反駁してください。おっしゃる通り、証拠は無いですよ。でも、説得力はあるでしょう? 反駁せずにこのまま帰るのなら、僕はこの話を学校中に匿名で流布させます。警察にも、届けます」
僕が話し終わると、わずかな沈黙が訪れた。
それを破ったのは、日比野先輩だった。長く、長く嘆息してから、その口が開く。
「合ってるよ。ほとんど、合ってる。……あいつが目覚めた時にどこにいるのか気づきやすいよう、ざらざらしたプールサイドに、じかに寝かせたんだ。ロープだって長くて……プールからはずいぶん離した。寝ているサラとプールの間にビート板を置いて、目を覚ましたサラがプールに向かって歩けば、つまずくようにもした。ロープは首にかけただけじゃなく、サラの体のあちこちに触れさせておいた。間違ってもロープに気付かずに落ちたりしない様に。ラジカセの音だって、演劇部が持ってた古い代物で音なんて割れまくってた。なんで、……なんで、落ちたりしたんだ……」
急激に憔悴していく男を見て、僕の感情は逆に昂って行く。
「気付いているんでしょう。サラ先輩は、ロープに気付かずに落ちたんじゃない。あなたの意志を理解したから落ちたんだ。自分がたった一人、身も心も預けていた人に、一方的に別れの意志を伝えられて。受け入れられずにいたら、ついにはこんな真似までされたんです。偽だろうと似非だろうと、恋人から殺意を向けられた時の彼女の気持ちなんて、人には到底察することは出来ません。絶望して、フェイクの殺人道具を敢えて使って、彼女は死んだんです。彼女が死んだ後、おそらくあなたは計画が上手くいったかどうか確認するために当日の深夜にでもプール棟に再度忍び込み、彼女の遺体を発見したでしょう。最悪の事態だ。でも、もうどうすることも出来ない。形の上では自殺なのを幸いに、あなたは黙り通そうとしたんでしょうね。そして、ラジカセやビート板を片付けた。……ここで一つ、訊きたいことがあります。その時、あなたがリピート設定にしていたであろう雷雨の音のテープ。それは、止まっていませんでしたか?」
驚く先輩の表情が、その通りだと告げている。
「なぜ……それを知ってる」
「知りませんよ。でも彼女には、彼女の様な人なら、そうするしかなかったはずなんです。ラジカセを止めることが出来るのはただ一人、サラ先輩だけです。音が鳴り続けていれば、サラ先輩が首を吊った後、不審に思った誰かが入って来て、あなたが回収する前にラジカセを見付けてしまうかもしれない。そうすると、自殺としては極めて不自然な場面になります。かといって、目が見えない彼女にはそのラジカセやビート板を元あった場所に返すことが出来ない。自分が死んだ後、万一にもあなたに疑惑の目が向かない様にするにはどうすればいいか。……サラ先輩は自分の首にかかったロープを一度外し、プールサイドを歩いてラジカセを見付けて停止させ、また元の場所に戻ってロープを首へかけ直し、そして……プールへ降りたんじゃないでしょうか。こうすれば、ラジカセを最初に見つけるのは、計画の首尾を確認しようと間もなく現れる、あなたです。これは、サラ先輩があなたの企みをすべて理解した上で、死後あなたに迷惑をかけない様に自分がそれに気付いたことを伝える、ただ一つの方法でもあったんです」
言葉数が増え、早口になると、つい癇癪を起こしそうになる。
伝えるべきことを残らず伝えるため、冷静さを失わない様に意識して、続けた。
「だから、あなたは気付いていたはずです。これは本気の殺意が無いのに人が死んでしまった事故ではなくて、悪意が用意した舞台で一つの生命が存続することを諦めさせられた、事件なのだと。これを自殺と呼んでいいんでしょうか? 気丈な様でも、きっとあの人はずっと不安だったんだ。その不安を受け止めてくれる人は、あなたしかいないと信じていた。そのあなたに拒絶を突き付けられた時、寒く、冷たくて硬い床の上、一人ぼっちの密室で、どんな気持ちだったでしょう。ラジカセから鳴り続ける雷雨の音を自分の手で止めた時、どんな気持ちだったでしょう。彼女の、別の選択をする意志は奪われてしまった。彼女は自ら死んだかも知れない。でもそれは、自殺なんて呼べない。あなたが殺したのと同じなんだ。あなたなんかのせいで、彼女は死んだんだ」
傍らの壁に、日比野先輩がぐったりと寄りかかり、力無く口を開いた。
「俺には、サラは重過ぎた。君らは知らないだろうが……あいつはいつも明るく振る舞っていたけど、いつちぎれてしまうか解らない、か細い糸みたいだった。まいりかけると、いつも俺によりかかって来た。俺の方が、そんなあいつを見ているのも限界だったんだ。あいつは、自分が足手まといだと思っていつも俺に気を遣っていた。それも辛かった。だから、こうまですれば、騒ぎ立てたりせずに大人しく受け止めて、引き下がってくれると思ったんだ。俺は、ただ、別れて欲しかっただけだ」
苦しそうに顔をゆがめる先輩を見ていると、抑えようとしていた苛立ちがまたぶり返して来た。
「それで、別の女の人に乗り換えようとしたんですか」
「何が悪い。くっつこうが離れようが、皆やってるだろう」
「皆って、誰です。サラ先輩は、『皆』とやらじゃない」
「お前だって、自分が俺の立場になれば解るんだよ!」
そう言って、日比野先輩はその場にくずおれた。
「……俺をどうする」
「別に、どうもしませんよ。何をしたって、サラ先輩は帰って来ないんですからね。ただ……あなたのしたことを知っている人間が、サラ先輩の他にも一人はいるってことは、覚えておいてください」
そう告げて僕は、例の窓枠へ歩き出した。
「おい、待てよ。やっぱり言いふらすつもりか……」
「だったら、どうします」
言いながら振り向く。精一杯の敵意を視線に込めて。
「死なせますか、僕も」
それ以上は、彼の顔を見る気になれなかった。
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