夜煌蟲伝染圧

クナリ

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第41話 第八章 灯火天焦

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 柚子生先輩も口を開いた。
「どうしてー? なんで、エリヤちゃんを殺さないの?」
 まるっきり普段通りの『藍崎柚子生』の口調が、この状況ではいかにも不自然だった。
 それが、この人はもう、『柚子生先輩のような何か』なのだということを、ありありと伝えていた。
「柚子生先輩。私は一坂が、少しだけ、正気を取り戻したのを見ました。一坂も斯波方先輩も、蟲には多少の耐性を持っています。だから、……ううん、そうでなくても。蟲に感染したからって、きっとその人の意識がそんなに簡単に消滅してしまうわけじゃないんです。あいつ、私達に会いたくて、殺人タイプに感染しても携帯端末を持ち歩いてたくらいですから。殺すためじゃなくて、もう一度会うために。一坂は、一坂のままの部分を、蟲に取り憑かれても残していた。だから、今のそれが、……斯波方先輩の、意志です。斯波方先輩は、蟲に感染しても、まだ、そこにいる…… 」
 人間は、夜明けにどこへともなく失せて行く夜煌蟲のように、消えはしない。そんな風には、人間はいなくならない。
 どこかに、何かが、残り続けるのだ。何を奪われても。自分の形を失っても。もう、自分ではなくなっても。それでも。
「私を蹴ったのは、夜煌蟲の仕業。手加減したのは、斯波方先輩の意志。両方とも、そこにある……」
 二人の間にはまだ距離があったけど、斯波方先輩が、明らかに柚子生先輩へ向けて包丁を振りかぶった。
「人を殺すのは、殺人タイプの蟲。私を助けようとしてるのが、斯波方先輩の意志。そう、両方ある。でも、蟲の作用は強過ぎて、感染者が止めることはできない。だから斯波方先輩は蟲の生む殺意を利用して、人を殺すことで私を守ろうとしているんです。それは――」
 ここには私以外の人間は、一人しかいない。そしてそれは、蟲を統括する脳の在り処でもある。
 蟲が生みだす、殺人の衝動。
 蟲達の、柚子生先輩の脳を守ろうとする意志。
 柚子生先輩による、蟲のコントロール。
 私を守ろうとする、斯波方先輩の意志。
 全てのせめぎ合いの中で、斯波方先輩は、私を死なせず、私に殺人を犯させず、感染者だけが消え去る方法を、見つけた。
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