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第34話 第七章 ラスト・トーク 2
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「蟲達を操れる、というのとは少し違うんですね。あなた自身が、蟲の一部だと」
「そう。最初は、操るって言うか、藍崎柚子生があたし達にこれこれこう行動してくれって、お願いするような感じだったんだけどね。今のあたし達はそれぞれで、全てでもある。主従関係じゃないわ、各々がおおよそ、全部であるというだけ。そのあたし達と藍崎柚子生の利害が一致して、今夜のことは起きたのよ。藍崎柚子生は、教師達の殺害。あたし達は――」
私は、職員室の窓から見える、校庭を埋め尽くすような膨大な緑の光に目をやった。
「繁殖、……ですか」
「そう。お陰で、随分この学校の中で殖えられたの。藍崎柚子生は、もう戻って来ないかもね。この子は、ずっと寂しかったんだよ。髪と肌の色が、人と違うでしょう。外国人て言うの? 子供の頃から、色々あったみたい。けらけら笑ってても、死んでしまいたいって、心の中では何度も思ってた。そういう子はね、あたし達から、……逃げづらい」
そう言って、蟲はくすくす笑う。
「ここ何年かで流行り出した、ステルスって言ういじめ方あるよね。あれもね、多分あたし達の仲間の仕業よ。人間達があたし達への対処を確立しつつあるから生み出された、新しい、自殺させる形。人間の皮をかぶってても、中身はもう違う。でも、ただのいじめ好きな人間も混じってる。あたし達の中にも、上手くやる子達がいるのねえ。どうする、いじめっ子達を片っ端から解剖して、お腹にあたし達がいるか見てみる?」
蟲の笑いが、甲高くなった。
何がおかしい。人が泣いたり、あるいはもう泣きも笑いもできなくなったりすることの、何が楽しい。
私の目の前にいるものは、人間じゃない。だから人間としての怒りなんて、お門違いだとは分かっていた。
でも。それでも。
「あなたを、……許さない」
「そう。じゃあ、どうする?」
「あなたをどうにかして動けなくさせて警察へ渡すつもりだったけど、一歩進めて、何とか気絶させてから、そうします。その脳に触れている限り意志がどうのって言いましたよね。あなた達の知能の確立には、人間の脳を利用してるんだ。なら、柚子生先輩の体の意識が途切れれば、学校の蟲全部、ただの有象無象になるんでしょう? そうしたら、逃げるチャンスも出て来るはずです。気を失ったあなたをその辺りに縛り付けておいて、一旦私だけ脱出して通報してもいいわけですから」
蟲の笑いは、哄笑に変わった。
私達と同じ感情が、蟲達にはあるのだろうか。
分からない。知る必要も、無い。
「どうやって。学校中に広がってる、その緑の光全部があたしなのよ。エリヤちゃん一人、今すぐにだってどうにでもできるのに。あたしは、もう勝ってる!」
「私の方が有利なはずです。蟲には多少の耐性があるみたいですから、私がそこまで駆け寄る方が、蟲が私を自殺させるよりも早い。仮に、殺人タイプ――これは、私達がそう呼んでいるんですけど――を取り憑かせて私の人格を壊しても、私が真っ先に殺すのは目の前のあなたです」
「……へえ。本気、なのね。そんな細い腕で、この体を簡単に殺せるかなあ。人間て、意外にしぶといのよ」
柚子生先輩の顔から、笑みが消えた。気味悪さに気圧される前に、私は駆け出すため前傾した。二人の間の距離は、ほんの数歩分しか無い。
「でもそっちがそのつもりなら、あたしも身を守らないと、ね」
彼女がそうつぶやくのと同時、背後の引き戸を誰かが開けた。
「そう。最初は、操るって言うか、藍崎柚子生があたし達にこれこれこう行動してくれって、お願いするような感じだったんだけどね。今のあたし達はそれぞれで、全てでもある。主従関係じゃないわ、各々がおおよそ、全部であるというだけ。そのあたし達と藍崎柚子生の利害が一致して、今夜のことは起きたのよ。藍崎柚子生は、教師達の殺害。あたし達は――」
私は、職員室の窓から見える、校庭を埋め尽くすような膨大な緑の光に目をやった。
「繁殖、……ですか」
「そう。お陰で、随分この学校の中で殖えられたの。藍崎柚子生は、もう戻って来ないかもね。この子は、ずっと寂しかったんだよ。髪と肌の色が、人と違うでしょう。外国人て言うの? 子供の頃から、色々あったみたい。けらけら笑ってても、死んでしまいたいって、心の中では何度も思ってた。そういう子はね、あたし達から、……逃げづらい」
そう言って、蟲はくすくす笑う。
「ここ何年かで流行り出した、ステルスって言ういじめ方あるよね。あれもね、多分あたし達の仲間の仕業よ。人間達があたし達への対処を確立しつつあるから生み出された、新しい、自殺させる形。人間の皮をかぶってても、中身はもう違う。でも、ただのいじめ好きな人間も混じってる。あたし達の中にも、上手くやる子達がいるのねえ。どうする、いじめっ子達を片っ端から解剖して、お腹にあたし達がいるか見てみる?」
蟲の笑いが、甲高くなった。
何がおかしい。人が泣いたり、あるいはもう泣きも笑いもできなくなったりすることの、何が楽しい。
私の目の前にいるものは、人間じゃない。だから人間としての怒りなんて、お門違いだとは分かっていた。
でも。それでも。
「あなたを、……許さない」
「そう。じゃあ、どうする?」
「あなたをどうにかして動けなくさせて警察へ渡すつもりだったけど、一歩進めて、何とか気絶させてから、そうします。その脳に触れている限り意志がどうのって言いましたよね。あなた達の知能の確立には、人間の脳を利用してるんだ。なら、柚子生先輩の体の意識が途切れれば、学校の蟲全部、ただの有象無象になるんでしょう? そうしたら、逃げるチャンスも出て来るはずです。気を失ったあなたをその辺りに縛り付けておいて、一旦私だけ脱出して通報してもいいわけですから」
蟲の笑いは、哄笑に変わった。
私達と同じ感情が、蟲達にはあるのだろうか。
分からない。知る必要も、無い。
「どうやって。学校中に広がってる、その緑の光全部があたしなのよ。エリヤちゃん一人、今すぐにだってどうにでもできるのに。あたしは、もう勝ってる!」
「私の方が有利なはずです。蟲には多少の耐性があるみたいですから、私がそこまで駆け寄る方が、蟲が私を自殺させるよりも早い。仮に、殺人タイプ――これは、私達がそう呼んでいるんですけど――を取り憑かせて私の人格を壊しても、私が真っ先に殺すのは目の前のあなたです」
「……へえ。本気、なのね。そんな細い腕で、この体を簡単に殺せるかなあ。人間て、意外にしぶといのよ」
柚子生先輩の顔から、笑みが消えた。気味悪さに気圧される前に、私は駆け出すため前傾した。二人の間の距離は、ほんの数歩分しか無い。
「でもそっちがそのつもりなら、あたしも身を守らないと、ね」
彼女がそうつぶやくのと同時、背後の引き戸を誰かが開けた。
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