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第22話 第六章 死体の鍵
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私達は、さっき使った2‐Bには入る気になれず、通り過ぎて2‐Cの教室に入った。蟲は見当たらない。
「すみません。取り乱して……」
「いいや。しかしあの廊下の具合じゃ、職員室どころか、一階はほぼ夜煌蟲に制圧されたも同然だな」
斯波方先輩はさっきと同じように、椅子に後ろ向きに腰を下ろした。私も、その横の椅子に座る。
ようやく涙が止まり、落ち着いて来た。自失している場合ではない。
皮肉にも私は、ここに至ってようやく、絶対にこの学校から脱出してやる気になっていた。死んだ人達の分まで生きなければ、などと思い上がっているわけではない。ただ、そうしなければならない気になった。
「状況が、随分変わっちまったな」
「はい……」
さっきの、柚子生先輩の亡骸が頭に浮かぶ。ただ床に伏して、もう二度と動かない体。それをすっぽりと分厚く包んだ、夜煌蟲のおぞましさ。
ふと。
ふと、その光景に、疑問が生じた。
「あの、先輩。柚子生先輩は、どうやって死んだんでしょうか」
「どう?」
「首の辺りから血もたくさん出てましたし、外傷が死因だと思うんです。夜煌蟲のせいで自殺する人には、刃物で首を切ったり突いたりする人は多いとは聞きます。でも柚子生先輩は左手は空いてて、右の手に端末を持ってました。近くに、刃物なんて落ちてませんでしたし。そもそも、利き手に物を持ったまま、左手に持った刃物で自殺するでしょうか」
言いながら、不安がどんどん膨らむのを感じた。なお言葉はずるずると、私の喉からこぼれて行く。
「刃物が、倒れた体の下に隠れてるとか……、でもそれだと左手も添えたままになってそうな気がします。刃物を使ったんじゃなく舌を噛んだんだとすると……、あんなに血って出るものなんでしょうか。確か、舌って噛むと喉の奥に丸まって窒息死するんですよね。口からはそんなに血が出ないんじゃないか……と……」
先輩は、私をじっと見て、
「つまり?」
と促した。
「つまり、……自殺じゃない、……かもしれない……」
斯波方先輩が、椅子の背もたれに預けていた体を起こした。
「……そうだな。少なくとも、単に蟲のせいで自殺したわけじゃねえ。俺もそう思うぜ」
「じゃあ」
「職員室に近づけない以上、新九郎がどうやって死んだのかは分からねえ。だが、柚子生さんは状況から見て、自殺ってのは不自然だ。だとすると、殺した奴がいるってことになる。恐らくは――」
そう、恐らくは。考えたくはないけど、
「さっき私達を襲って来た、女子みたいなのが、他にも」
「ああ。あの女はタイミングから言っても、柚子生さんを――柚子生さん達、なのかもしれないけどな――殺したとは思えない。つまり最低でももう一人、同じような奴がいるってことになる。この校舎のどこかを、今もうろついてる」
あれは一体、何なのだ。自殺を邪魔されて抵抗した殿音先輩とは違って、ただ斯波方先輩を殺そうとした。転落したのも、自分で飛び降りたわけじゃない。
思わず、教室のドアを見た。廊下側は真っ暗だ。あの緑の光が近づいて来る光景は、できればもう見たくない。
「蟲がある程度、取り憑いた人間の行動……まあ、主に死に方だな。それを操れるらしいってのは聞いたことあるけどよ、人を襲うってのは初耳だ」
「操れる?」
「例えばスクランブル交差点の真ん中で手首切らせたって、周りが助けて死に損なっちまうだろ。だから、人気の無い山の中に感染者を入り込ませて首吊らせるとかな、その程度なら前例もあるがな。刃物使って人を狙うってのは、聞いたことがねえ。何にせよ降りかかる火の粉は払うだけだけどよ、対処法は、……張り倒すしか、ねえんだろうな」
やむを得なかったとはいえ、さっきの女子を蹴り飛ばしたのはかなり不本意だったらしく、斯波方先輩が歯軋りした。
「時森。ここからが正念場だぜ。これまでとは、考え方を変えなきゃならない。生き延びるためにだ」
「すみません。取り乱して……」
「いいや。しかしあの廊下の具合じゃ、職員室どころか、一階はほぼ夜煌蟲に制圧されたも同然だな」
斯波方先輩はさっきと同じように、椅子に後ろ向きに腰を下ろした。私も、その横の椅子に座る。
ようやく涙が止まり、落ち着いて来た。自失している場合ではない。
皮肉にも私は、ここに至ってようやく、絶対にこの学校から脱出してやる気になっていた。死んだ人達の分まで生きなければ、などと思い上がっているわけではない。ただ、そうしなければならない気になった。
「状況が、随分変わっちまったな」
「はい……」
さっきの、柚子生先輩の亡骸が頭に浮かぶ。ただ床に伏して、もう二度と動かない体。それをすっぽりと分厚く包んだ、夜煌蟲のおぞましさ。
ふと。
ふと、その光景に、疑問が生じた。
「あの、先輩。柚子生先輩は、どうやって死んだんでしょうか」
「どう?」
「首の辺りから血もたくさん出てましたし、外傷が死因だと思うんです。夜煌蟲のせいで自殺する人には、刃物で首を切ったり突いたりする人は多いとは聞きます。でも柚子生先輩は左手は空いてて、右の手に端末を持ってました。近くに、刃物なんて落ちてませんでしたし。そもそも、利き手に物を持ったまま、左手に持った刃物で自殺するでしょうか」
言いながら、不安がどんどん膨らむのを感じた。なお言葉はずるずると、私の喉からこぼれて行く。
「刃物が、倒れた体の下に隠れてるとか……、でもそれだと左手も添えたままになってそうな気がします。刃物を使ったんじゃなく舌を噛んだんだとすると……、あんなに血って出るものなんでしょうか。確か、舌って噛むと喉の奥に丸まって窒息死するんですよね。口からはそんなに血が出ないんじゃないか……と……」
先輩は、私をじっと見て、
「つまり?」
と促した。
「つまり、……自殺じゃない、……かもしれない……」
斯波方先輩が、椅子の背もたれに預けていた体を起こした。
「……そうだな。少なくとも、単に蟲のせいで自殺したわけじゃねえ。俺もそう思うぜ」
「じゃあ」
「職員室に近づけない以上、新九郎がどうやって死んだのかは分からねえ。だが、柚子生さんは状況から見て、自殺ってのは不自然だ。だとすると、殺した奴がいるってことになる。恐らくは――」
そう、恐らくは。考えたくはないけど、
「さっき私達を襲って来た、女子みたいなのが、他にも」
「ああ。あの女はタイミングから言っても、柚子生さんを――柚子生さん達、なのかもしれないけどな――殺したとは思えない。つまり最低でももう一人、同じような奴がいるってことになる。この校舎のどこかを、今もうろついてる」
あれは一体、何なのだ。自殺を邪魔されて抵抗した殿音先輩とは違って、ただ斯波方先輩を殺そうとした。転落したのも、自分で飛び降りたわけじゃない。
思わず、教室のドアを見た。廊下側は真っ暗だ。あの緑の光が近づいて来る光景は、できればもう見たくない。
「蟲がある程度、取り憑いた人間の行動……まあ、主に死に方だな。それを操れるらしいってのは聞いたことあるけどよ、人を襲うってのは初耳だ」
「操れる?」
「例えばスクランブル交差点の真ん中で手首切らせたって、周りが助けて死に損なっちまうだろ。だから、人気の無い山の中に感染者を入り込ませて首吊らせるとかな、その程度なら前例もあるがな。刃物使って人を狙うってのは、聞いたことがねえ。何にせよ降りかかる火の粉は払うだけだけどよ、対処法は、……張り倒すしか、ねえんだろうな」
やむを得なかったとはいえ、さっきの女子を蹴り飛ばしたのはかなり不本意だったらしく、斯波方先輩が歯軋りした。
「時森。ここからが正念場だぜ。これまでとは、考え方を変えなきゃならない。生き延びるためにだ」
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