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第15話 第五章 イチサカシンクロウ 4
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千堂の死体が、家の近所のため池で発見されたのは、それから一週間もしない日の早朝だった。
千堂は手首を深く切って水に浸し、失血死していた。
恩藤は、
「最近、下校の時に千堂に夜煌蟲が付いていたのを見たぜ」
などと、堂々とうそぶいていた。
結局、千堂の死は夜煌蟲の仕業として処理された。
それから数日後、千堂の遺族は引っ越して行った。
僕は、見送りに行けなかった。千堂の妹の顔を思い浮かべただけで、胸が詰まって呼吸ができなくなった。
更に一週間ほど経った頃、恩藤とその取り巻きが死んだ。
夜煌蟲に取り憑かれての、自殺だった。夜遊び中に、不意に大量の蟲に全員見舞われたらしい。
僕は、それを聞いても嬉しくもなかったし、天罰だとも思わなかった。神様がいるなら、そもそも千堂達をあんな目に合わせるはずが無い。
僕は全てを見過ごしていた先生達のあまりの情けなさに、真実を話すことをためらった。この大人達には、千堂の生も死も、理解できないに違いない。
何日か、抜け殻のような日々が続いた。
後悔はぐるぐると頭の中を回り、夜も眠れなくなった。
それでもこのまま時間が過ぎれば、いつしか千堂達の記憶は鮮度を失くして、忘却に薄められて行くだろう。でも決して、無かったことになどさせない。
僕はまだ、世を儚むつもりは無い。
これからはもう、自分に関わってくれた人を、決して一人にはしない。
そう決めて、僕は日常を取り戻して行った。
高校に入って第四文芸部に入部した僕は、すぐに彼女など作って、でもすぐに振られたりして、早速高校生活に振り回されていた。この部を選んだのは、あまり熱心に活動しなければならない部に入ると、力になってあげたい人を見つけた時に自分に余裕が無くては困るという、そんな理由だった。
そして、二学期から入部して来た時森エリヤという同級生を見て、軽い既視感を覚えた。
ちょっとしたしぐさや言葉遣いから、自分の値打ちをとにかく低く見積もっている彼女の価値観が、ありありと伝わって来た。
千堂と彼女が似ているところなどそれくらいだったけど、それでも、放っておくことができなかった。
馴れ馴れしい僕に、エリヤは戸惑いを隠さなかった。彼女は学年一の変人のように見えたけど、それは単に、人との付き合い方を知らない――そんなことに興味もないし、仮にその気になったとしても恐らくはコミュニケイションの仕方が絶望的に下手――ことが大きいのだと、すぐに分かった。
エリヤに迷惑そうに煙たがられても、僕は態度を変えなかった。ちょっかいを出し、声をかけ、少し困らせているのを承知で、エリヤに関わり続けた。
端から見れば、僕は病気みたいなものかもしれない。
けど、僕はもう、そういう風にしか生きられなかった。
千堂は手首を深く切って水に浸し、失血死していた。
恩藤は、
「最近、下校の時に千堂に夜煌蟲が付いていたのを見たぜ」
などと、堂々とうそぶいていた。
結局、千堂の死は夜煌蟲の仕業として処理された。
それから数日後、千堂の遺族は引っ越して行った。
僕は、見送りに行けなかった。千堂の妹の顔を思い浮かべただけで、胸が詰まって呼吸ができなくなった。
更に一週間ほど経った頃、恩藤とその取り巻きが死んだ。
夜煌蟲に取り憑かれての、自殺だった。夜遊び中に、不意に大量の蟲に全員見舞われたらしい。
僕は、それを聞いても嬉しくもなかったし、天罰だとも思わなかった。神様がいるなら、そもそも千堂達をあんな目に合わせるはずが無い。
僕は全てを見過ごしていた先生達のあまりの情けなさに、真実を話すことをためらった。この大人達には、千堂の生も死も、理解できないに違いない。
何日か、抜け殻のような日々が続いた。
後悔はぐるぐると頭の中を回り、夜も眠れなくなった。
それでもこのまま時間が過ぎれば、いつしか千堂達の記憶は鮮度を失くして、忘却に薄められて行くだろう。でも決して、無かったことになどさせない。
僕はまだ、世を儚むつもりは無い。
これからはもう、自分に関わってくれた人を、決して一人にはしない。
そう決めて、僕は日常を取り戻して行った。
高校に入って第四文芸部に入部した僕は、すぐに彼女など作って、でもすぐに振られたりして、早速高校生活に振り回されていた。この部を選んだのは、あまり熱心に活動しなければならない部に入ると、力になってあげたい人を見つけた時に自分に余裕が無くては困るという、そんな理由だった。
そして、二学期から入部して来た時森エリヤという同級生を見て、軽い既視感を覚えた。
ちょっとしたしぐさや言葉遣いから、自分の値打ちをとにかく低く見積もっている彼女の価値観が、ありありと伝わって来た。
千堂と彼女が似ているところなどそれくらいだったけど、それでも、放っておくことができなかった。
馴れ馴れしい僕に、エリヤは戸惑いを隠さなかった。彼女は学年一の変人のように見えたけど、それは単に、人との付き合い方を知らない――そんなことに興味もないし、仮にその気になったとしても恐らくはコミュニケイションの仕方が絶望的に下手――ことが大きいのだと、すぐに分かった。
エリヤに迷惑そうに煙たがられても、僕は態度を変えなかった。ちょっかいを出し、声をかけ、少し困らせているのを承知で、エリヤに関わり続けた。
端から見れば、僕は病気みたいなものかもしれない。
けど、僕はもう、そういう風にしか生きられなかった。
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