平衡ゴーストジュブナイル――この手紙を君が読むとき、私はこの世界にいないけれど

クナリ

文字の大きさ
上 下
28 / 42

五月女世界の水葉由良を探して

しおりを挟む
■■■

 無理をしたせいで、何度かの気絶と覚醒を繰り返してから目覚めた翌日の火曜日の朝は、しかめっ面の母さんと咲千花に睨まれながら迎えた。
「お兄ちゃん、結局何だったの、昨日のは」
「昨日のか、昨日のは、何だったんだろうな。うん」
「学校に行こうとしたんでしょ? 自分だけ。この裏切り者!」
「う、裏切りってことはないだろう。僕の方が先に不登校になったんだから、復帰するのも順番からして」
「その話はひとまず後にして、」と母さんがねじ込む。「どうして朝あんな所にいて、それで、何があったの?」
「だから、僕もよく覚えてないんだよ。それより母さん、会社行かないとそろそろ時間なんじゃ」
「子供より大事な会社なんてありません」
 ぴしゃりと言われ、でも、僕の方も負けじと言い返す。
「でも、僕だって学校に行くから」
 我が家の女傑二人が、目を見開いた。
「お兄ちゃん学校行くの!? 昨日の今日で!?」
「あなたね、大した怪我はないっていっても、あの事故に巻き込まれてるんでしょう!? 今日は様子みて家にいなさい! というか病院に行って、検査なりなんなり」
「昨日充分受けたよ。すぐにどうこうなるような怪我とかはないって言われただろう。それに母さんだって、まさに当事者なのに、ぴんぴんしてるじゃないか。僕のことがなければ、今日普通に会社に行ってただろう?」
 うっ、と母さんが軽くのけ反る。しかしすぐに気を取り直して、
「お母さんとあなたじゃ違うでしょう。いい? 今はどうってことなくても、時間を置いたら体のあちこちがおかしいなんてことはあるんだから」
「おかしくなってくれないと分からないじゃないか、そんなの。でも、分かったよ。近々普通に登校しますって、事故のことも含めて、職員室に挨拶に行ってくるよ。それくらいならいいだろう? 確か担任の先生、今日の二時間目が空き時間で職員室にいるはずだから」
 咲千花が、やっぱり裏切り者だ、とぼそりと呟いて口を尖らせた。

 担任への適当な挨拶は、十五分ほどで終わった。
 三時限目が始まるまでは、まだ時間がある。僕は人気のない図書室へ向かい、適当に時間を潰した。
 校内に二時限目終了のチャイムが鳴り響く。それを聞いて、二年生の教室棟へ向かった。
 二年A組から順番に、ドアを開けて尋ねていく。
「すみません、僕は一年の五月女といいますが、水葉先輩いらっしゃいますか?」
 B組で、早くもヒットした。
「ああ、水葉さんね。休んでるよ」と女子の先輩が教えてくれた。
 やはり。
 本来は、夜を待ってからゴーストで水葉世界を訪ねるのがいいのだろう。けれど、いてもたってもいられない。
 二つの世界がどの程度事象を共有するのかは、画一的な法則がまだ見つかっていないので、分からない。水葉世界で怪我をした人が、こちらではぴんぴんしていることはあるだろう。
 でも、昨日の僕のあの怪我を先輩が治してくれたなら、五月女世界の水葉由良が無傷でいられるとは到底思えない。
 学校を出た僕の足は、水葉先輩の家に向かった。
 五月女世界の「水葉由良」と僕では一面識もない。それでも、行かずにはいられない。
 ほどなく到着した水葉家は、水葉世界のものとは少し色合いや造りが違った。やはりここは、似ていても別の世界なのだ。
 チャイムを押す。
 怪訝そうな顔をしながら、中年の女の人が出てきた。緩く波打つ髪と、ほっそりした体が、いかにも上品そうだった。きっと水葉先輩の母親だろう。
「君は? 高校の子? 今日は学校あるわよね?」
「僕は、その……水葉先輩の後輩です。先輩のお見舞いに」
 自分では、無難な理由を述べたつもりだったのだけど。
 母親は、不信そうな顔をさらに強ばらせた。
「後輩というと、何の後輩なの?」
「いえ、普通に、学校の……」
「ただ高校で先輩後輩というだけで、家までお見舞いには来ないでしょう」
「それは……」
「お見舞いだって言ってうちに来るようじゃ、あまり親しい中でもないみたいね。悪いけど、最近は何かと物騒だしあの子に負担かけたくないから、悪いけどまた改めてくれる?」
 そう言って、母親はにべもなくドアを閉めた。
 ――ああ、水葉さんね。休んでるよ
 いつから?
 ――お見舞いだって言ってうちに来るようじゃ、あまり親しい中でもない
 なら、水葉先輩は、どこにいるんだ?
 心当たりは、一つあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「史上まれにみる美少女の日常」

綾羽 ミカ
青春
鹿取莉菜子17歳 まさに絵にかいたような美少女、街を歩けば一日に20人以上ナンパやスカウトに声を掛けられる少女。家は団地暮らしで母子家庭の生活保護一歩手前という貧乏。性格は非常に悪く、ひがみっぽく、ねたみやすく過激だが、そんなことは一切表に出しません。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

トキノクサリ

ぼを
青春
セカイ系の小説です。 「天気の子」や「君の名は。」が好きな方は、とても楽しめると思います。 高校生の少女と少年の試練と恋愛の物語です。 表現は少しきつめです。 プロローグ(約5,000字)に物語の世界観が表現されていますので、まずはプロローグだけ読めば、お気に入り登録して読み続けるべき小説なのか、読む価値のない小説なのか、判断いただけると思います。 ちなみに…物語を最後まで読んだあとに、2つの付記を読むと、物語に対する見方がいっきに変わると思いますよ…。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

水曜日の子供たちへ

蓮子
青春
ベンヤミンは肌や髪や目の色が他の人と違った。 ベンヤミンの住む国は聖力を持つ者が尊ばれた。 聖力と信仰の高いベンヤミンは誰からも蔑まれないために、神祇官になりたいと嘱望した。早く位を上げるためには神祇官を育成する学校で上位にならなければならない。 そのための試験は、ベンヤミンは問題を抱えるパオル、ヨナス、ルカと同室になり彼らに寄り添い問題を解決するというものだ。 彼らと関わり、問題を解決することでベンヤミン自身の問題も解決され成長していく。 ファンタジー世界の神学校で悲喜交々する少年たちの成長物語 ※ゲーム用に作ったシナリオを小説に落とし込んだので、お見苦しい点があると思います。予めご了承ください。 使用する予定だったイラストが差し込まれています。ご注意ください。 イラスト協力:pizza様 https://www.pixiv.net/users/3014926 全36話を予定しております

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

処理中です...