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五月女世界の水葉由良を探して
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無理をしたせいで、何度かの気絶と覚醒を繰り返してから目覚めた翌日の火曜日の朝は、しかめっ面の母さんと咲千花に睨まれながら迎えた。
「お兄ちゃん、結局何だったの、昨日のは」
「昨日のか、昨日のは、何だったんだろうな。うん」
「学校に行こうとしたんでしょ? 自分だけ。この裏切り者!」
「う、裏切りってことはないだろう。僕の方が先に不登校になったんだから、復帰するのも順番からして」
「その話はひとまず後にして、」と母さんがねじ込む。「どうして朝あんな所にいて、それで、何があったの?」
「だから、僕もよく覚えてないんだよ。それより母さん、会社行かないとそろそろ時間なんじゃ」
「子供より大事な会社なんてありません」
ぴしゃりと言われ、でも、僕の方も負けじと言い返す。
「でも、僕だって学校に行くから」
我が家の女傑二人が、目を見開いた。
「お兄ちゃん学校行くの!? 昨日の今日で!?」
「あなたね、大した怪我はないっていっても、あの事故に巻き込まれてるんでしょう!? 今日は様子みて家にいなさい! というか病院に行って、検査なりなんなり」
「昨日充分受けたよ。すぐにどうこうなるような怪我とかはないって言われただろう。それに母さんだって、まさに当事者なのに、ぴんぴんしてるじゃないか。僕のことがなければ、今日普通に会社に行ってただろう?」
うっ、と母さんが軽くのけ反る。しかしすぐに気を取り直して、
「お母さんとあなたじゃ違うでしょう。いい? 今はどうってことなくても、時間を置いたら体のあちこちがおかしいなんてことはあるんだから」
「おかしくなってくれないと分からないじゃないか、そんなの。でも、分かったよ。近々普通に登校しますって、事故のことも含めて、職員室に挨拶に行ってくるよ。それくらいならいいだろう? 確か担任の先生、今日の二時間目が空き時間で職員室にいるはずだから」
咲千花が、やっぱり裏切り者だ、とぼそりと呟いて口を尖らせた。
担任への適当な挨拶は、十五分ほどで終わった。
三時限目が始まるまでは、まだ時間がある。僕は人気のない図書室へ向かい、適当に時間を潰した。
校内に二時限目終了のチャイムが鳴り響く。それを聞いて、二年生の教室棟へ向かった。
二年A組から順番に、ドアを開けて尋ねていく。
「すみません、僕は一年の五月女といいますが、水葉先輩いらっしゃいますか?」
B組で、早くもヒットした。
「ああ、水葉さんね。休んでるよ」と女子の先輩が教えてくれた。
やはり。
本来は、夜を待ってからゴーストで水葉世界を訪ねるのがいいのだろう。けれど、いてもたってもいられない。
二つの世界がどの程度事象を共有するのかは、画一的な法則がまだ見つかっていないので、分からない。水葉世界で怪我をした人が、こちらではぴんぴんしていることはあるだろう。
でも、昨日の僕のあの怪我を先輩が治してくれたなら、五月女世界の水葉由良が無傷でいられるとは到底思えない。
学校を出た僕の足は、水葉先輩の家に向かった。
五月女世界の「水葉由良」と僕では一面識もない。それでも、行かずにはいられない。
ほどなく到着した水葉家は、水葉世界のものとは少し色合いや造りが違った。やはりここは、似ていても別の世界なのだ。
チャイムを押す。
怪訝そうな顔をしながら、中年の女の人が出てきた。緩く波打つ髪と、ほっそりした体が、いかにも上品そうだった。きっと水葉先輩の母親だろう。
「君は? 高校の子? 今日は学校あるわよね?」
「僕は、その……水葉先輩の後輩です。先輩のお見舞いに」
自分では、無難な理由を述べたつもりだったのだけど。
母親は、不信そうな顔をさらに強ばらせた。
「後輩というと、何の後輩なの?」
「いえ、普通に、学校の……」
「ただ高校で先輩後輩というだけで、家までお見舞いには来ないでしょう」
「それは……」
「お見舞いだって言ってうちに来るようじゃ、あまり親しい中でもないみたいね。悪いけど、最近は何かと物騒だしあの子に負担かけたくないから、悪いけどまた改めてくれる?」
そう言って、母親はにべもなくドアを閉めた。
――ああ、水葉さんね。休んでるよ
いつから?
――お見舞いだって言ってうちに来るようじゃ、あまり親しい中でもない
なら、水葉先輩は、どこにいるんだ?
心当たりは、一つあった。
無理をしたせいで、何度かの気絶と覚醒を繰り返してから目覚めた翌日の火曜日の朝は、しかめっ面の母さんと咲千花に睨まれながら迎えた。
「お兄ちゃん、結局何だったの、昨日のは」
「昨日のか、昨日のは、何だったんだろうな。うん」
「学校に行こうとしたんでしょ? 自分だけ。この裏切り者!」
「う、裏切りってことはないだろう。僕の方が先に不登校になったんだから、復帰するのも順番からして」
「その話はひとまず後にして、」と母さんがねじ込む。「どうして朝あんな所にいて、それで、何があったの?」
「だから、僕もよく覚えてないんだよ。それより母さん、会社行かないとそろそろ時間なんじゃ」
「子供より大事な会社なんてありません」
ぴしゃりと言われ、でも、僕の方も負けじと言い返す。
「でも、僕だって学校に行くから」
我が家の女傑二人が、目を見開いた。
「お兄ちゃん学校行くの!? 昨日の今日で!?」
「あなたね、大した怪我はないっていっても、あの事故に巻き込まれてるんでしょう!? 今日は様子みて家にいなさい! というか病院に行って、検査なりなんなり」
「昨日充分受けたよ。すぐにどうこうなるような怪我とかはないって言われただろう。それに母さんだって、まさに当事者なのに、ぴんぴんしてるじゃないか。僕のことがなければ、今日普通に会社に行ってただろう?」
うっ、と母さんが軽くのけ反る。しかしすぐに気を取り直して、
「お母さんとあなたじゃ違うでしょう。いい? 今はどうってことなくても、時間を置いたら体のあちこちがおかしいなんてことはあるんだから」
「おかしくなってくれないと分からないじゃないか、そんなの。でも、分かったよ。近々普通に登校しますって、事故のことも含めて、職員室に挨拶に行ってくるよ。それくらいならいいだろう? 確か担任の先生、今日の二時間目が空き時間で職員室にいるはずだから」
咲千花が、やっぱり裏切り者だ、とぼそりと呟いて口を尖らせた。
担任への適当な挨拶は、十五分ほどで終わった。
三時限目が始まるまでは、まだ時間がある。僕は人気のない図書室へ向かい、適当に時間を潰した。
校内に二時限目終了のチャイムが鳴り響く。それを聞いて、二年生の教室棟へ向かった。
二年A組から順番に、ドアを開けて尋ねていく。
「すみません、僕は一年の五月女といいますが、水葉先輩いらっしゃいますか?」
B組で、早くもヒットした。
「ああ、水葉さんね。休んでるよ」と女子の先輩が教えてくれた。
やはり。
本来は、夜を待ってからゴーストで水葉世界を訪ねるのがいいのだろう。けれど、いてもたってもいられない。
二つの世界がどの程度事象を共有するのかは、画一的な法則がまだ見つかっていないので、分からない。水葉世界で怪我をした人が、こちらではぴんぴんしていることはあるだろう。
でも、昨日の僕のあの怪我を先輩が治してくれたなら、五月女世界の水葉由良が無傷でいられるとは到底思えない。
学校を出た僕の足は、水葉先輩の家に向かった。
五月女世界の「水葉由良」と僕では一面識もない。それでも、行かずにはいられない。
ほどなく到着した水葉家は、水葉世界のものとは少し色合いや造りが違った。やはりここは、似ていても別の世界なのだ。
チャイムを押す。
怪訝そうな顔をしながら、中年の女の人が出てきた。緩く波打つ髪と、ほっそりした体が、いかにも上品そうだった。きっと水葉先輩の母親だろう。
「君は? 高校の子? 今日は学校あるわよね?」
「僕は、その……水葉先輩の後輩です。先輩のお見舞いに」
自分では、無難な理由を述べたつもりだったのだけど。
母親は、不信そうな顔をさらに強ばらせた。
「後輩というと、何の後輩なの?」
「いえ、普通に、学校の……」
「ただ高校で先輩後輩というだけで、家までお見舞いには来ないでしょう」
「それは……」
「お見舞いだって言ってうちに来るようじゃ、あまり親しい中でもないみたいね。悪いけど、最近は何かと物騒だしあの子に負担かけたくないから、悪いけどまた改めてくれる?」
そう言って、母親はにべもなくドアを閉めた。
――ああ、水葉さんね。休んでるよ
いつから?
――お見舞いだって言ってうちに来るようじゃ、あまり親しい中でもない
なら、水葉先輩は、どこにいるんだ?
心当たりは、一つあった。
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