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catastrophe 1

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 月曜の朝は、静かにやってきた。
 顔を洗い、鏡を見る。今までと何も変わらない。でも今日から少しだけ変わる。
 何となく照れくさくて、母さんや咲千花には、僕の決意を話していない。咲千花には出かける前に、母さんには帰ってきてから報告すればいいだろう。
 時計を見る。六時ちょっと過ぎ。少し早いけど、慌ただしいよりはいい。
 母さんがそろそろ出かける時刻のはずだ。最近は早出が続いている。うちから歩いて五分ほどのところにあるバス停へ、今日も小走りで向かうだろう。
 階下へ聞き耳を立てていると、玄関のドアが開く音が聞こえた。
 意を決して、部屋を出る。
 学校へ行くのは、もちろん、僕の一つのけじめでもある。けれど、同時にもう一つの目的があり、登校する勇気を振るい起こせたのは、こちらが大きかった。
 僕と水葉先輩は、同じ高校に通っている。
 ということは、その先輩と一緒に高校生活を過ごしている詩杏さんと幹臣さんも、五月女世界のその人たちがいるはずだ。
 接触できないだろうか。そしてもし五月女世界の彼らも水葉世界と同じようにこじれているなら、彼らを仲直り――という表現が合っているかは分からないけど――させることで、水葉世界の先輩の悩みも解決するかもしれない。
 具体的にどうなればいいのかはまだ見当もつかない。それでも、何か、先輩の役に立ちたい。
 気がつけば、手が汗ばんでいた。どうしてだ。怯えることなんてないぞ。僕はただ、僕の席だと学校が認めてくれる場所に行くだけだ。そして、僕の恩人を少しでも助けるために、一歩踏み出すだけだ。
 前に履いたのがいつだかももう覚えていない革靴を
、下駄箱から引っ張り出した。
 つま先を靴の中へ滑り込ませた、その時。
 外から、異様な衝撃音が聞こえた。
 周り中の空気を震わせるようなその音は、どう考えても尋常なものではない。
 ドアを弾くように開けて、僕は外へ飛び出した。
 音が聞こえてきた、右手の方へ駆ける。
 いきなり、一台の自転車が、僕のすぐ脇をすり抜けて行った。ヘルメットで顔は見えなかったけれど、僕の高校の制服を着ていた。細いタイヤが鋭く回転し、まるで逃げるように、あっという間に後方へ消えてしまう。
 前へ向き直った僕の前方、ちょうどバス停の辺りに、嫌なものが見えた。どう見ても、バスがバス停に、正常に停まっているようには思えない。
 萎えそうになる足を辛うじて交互に前へ動かす。
 近づいていくと、眼前に広がってきたのは、想像していたよりもずっと凄惨な光景だった。
「そんな……」
 市営の白いバスが歩道へ乗り上げ、コンクリート製の塀に突っ込み、横転している。車体の前方はどうやら大きくひしゃげており、白い煙が上がっているのが見えた。
 塀のある敷地は、随分前に人のいなくなった工場のものだった。
 辺りにはまだ人の姿は見えない。元々さほど人が多く住んでいる地区ではないし、人々が家を出るには少し早い時間だからだろう。
 もう少しすれば人が集まってくるはずだ。でも、それを待っているわけにはいかない。
 僕はバスに駆け寄った。リアガラスが大きく割れていたので、そこから首を突っ込む。
 生臭い匂いが鼻をついた。
 夜明けが近づき、空を白ませつつある陽の光が、おぼろげにバスの中を照らした。
 赤い。
「何で……こんな……」
 乗車人数はさほど多くなく、十人いるかどうかというところだった。この荒れた車内では、正確には数えようがない。
 かすかにうめき声が聞こえる。
 救急車だ。
 僕はスマートフォンを取り出すと、生まれて初めての百十九番をコールした。動転しながらも状況を伝え、電話を切る。
 そうしたらもう――することがない。怪我の応急処置について学校で習ったこともあるけれど、その時に想定されていたものとは規模が違いすぎて、正確な判断ができる気がしない。
「母さん……」
 いるはずだ。あの中に、母さんが確かに乗っている。
 横倒しになったバスの内壁やシートに、血しぶきが散っているのが見えた。人間とは、どれだけ出血したら助からないのだろう。
 いや、出血以前に、衝撃でのショック死……即死も有り得る。救急車があと数分で来たとして、果たして間に合うのか。
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