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夜の病院と、三人目のゴースト

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「危ないでしょう。君が同じ病気になるかもしれない」
「元の病人よりは、フィードバックは幾分ましになるじゃないですか。きっと大したことじゃないですよ」
「そうじゃないこともあるでしょ。この間、私がインフルエンザの人を直した時は、私もかかっちゃったし」
 確かに、先週頃にそんなことがあった。
「とにかく、五月女くんの気持ちはとっても嬉しいしありがたいけど、ゴーストの特性さえ明確には分かってない今のうちは、まだだめ。君が私の立場だったらどう? 水葉さん治してくださいって言える?」
 それは……
「……言えません」
「分かってくれたようで何より。今すぐにどうこうなる病状じゃないから、この話はまたそのうちね」
 先輩のゴーストが腕組みをして、うんうんと首を縦に振っている。
 しかし、その首が、ぴたりと止まった。
「先輩?」
 水葉先輩が、そろそろと右手の指で前を指した。
 そちらに目をやると、何やら、白っぽい人影のようなものが、車道を挟んで、向かいの歩道の上に浮いている。
 ……あれは。
「水葉先輩、あれって……」
「ゴースト、だよね……」
 人影は、女性のように見えた。水葉先輩と咲千花のちょうど間くらいの髪の長さなのが見て取れる。体型も華奢で、ワンピースらしい服装なのが、半透明のせいで余計に弱々しく見えた。
「どうしよう、声かけてみようか」
「でも、どこのどんな人なのかも分かりませんし……」
「最初は皆他人じゃない。危ない人だったら、もう関わらなければいいだけだし」
 こそこそと話していた声は、向こうに届いてはいなかっただろう。しかし、新手のゴーストは、ふと足を止め、こちらを見た。
 目が合ったのが分かる。
 ……無視してもよかったのかもしれないけど。
 僕はベンチから立ち上がり、車が来る気配のないことを確認して、車道を横切った。
 歩道に上がり、ゴーストと向かい合う。
「ええと、もしもし……も変か。僕には、あなたが見えます。話はできますか?」
 ひどく間抜けな声のかけ方をした気がする。
 ゴーストは無言のまま、二三歩たじろいだ。
「あ、と、もしもあなたが僕や、向こうにいるもう一人、見えますよね? あちらはあなたと同じ状態で、僕たちはゴーストと仮称していますが、僕とあの人は知り合いです。あなたが僕たちと特に関わるつもりがなければ、もちろんそれを尊重します。今こうしてお話させてもらったのは、ですね……えー……」
 そこで言葉に詰まった。話しかけたのには大した理由がなく、たまたま見かけたのでせっかくだから、以上のものではない。
 しかし、僕が言葉を探している間に、相手の方に変化があった。
「見えてるのか……本当に」
 それがゴーストから発された言葉なのは、すぐに分かった。でも、想像していたものとは、声の感じが違った。思っていたより、ハスキーというのか、枯れたような声音で、
「初めてだな、こんなの……ここって、現実そっくりな夢の世界じゃなかったのか……いや、これも夢なのか?」
 目を凝らし、ゴーストをよく見る。水葉先輩と会い続けていたせいで、僕のゴーストの視認能力は上がっている。
 男だ。
 男性だ、このゴーストは。しかし、と視線を下に落とす。
 やはり体型は細く、確かに女性物のワンピースを着ている。再び目線を上げてみると、顔立ちはいくらか女性的にも見える。でも。
「夜とはいえ、そんなに真ッ正面から顔を見られたのは初めてだ。……あんたも高校生?」
 ゴーストが笑った。
「そう。一年生。……そっちは?」
「三年。あそこに座ってるやつは?」
「やつ、ではない。僕の先輩だ」
「ふうん。で、何してんだこんなとこで」
「僕たちはそこの病院に用があったんだ。で、たまたまあなたを見て、声をかけた」
「人に見られたり、話したりしたのは今日が初めてだ。よりによって、なあ」
 よりによって?
「僕は早乙女といいます。あなたは、……」
「名乗る必要あるか? それに、もっと他に聞きたいことがあるんじゃないのか」
 そう言って、ゴーストはワンピースの裾をつまみ、くいと小さく持ち上げる。
「別に、誰がどんな格好をしようと自由だと思いますよ」
「別にって言うな。おかしいと思ったらおかしいって言えよ。なかったことにされるよりましなんだよ」
 僕は、そのあまりに棘のある態度に、呆気にとられかけていた。ただならぬ様子を察したのか、水葉先輩のゴーストが車道を渡って、僕の隣に来る。
「……ええと……今、どんな状況?」
「なんだ、お前女かよ。はっきり見えないけどな、夜中に男とそんなんで会ってんのか。気色悪い」
「……あなたって人は、」
 気色ばんだ僕を、先輩が手を伸ばして制する。
「私とこの子はそういうんじゃないよ」
「へえ。ますます気色悪いな」
「先輩、この人、僕が」
「待って待って落ち着いて五月女くん。あんまり、私たちとお話したりはしたくないんですよね? いきなりでしたもんね、それじゃ、私たちは行きますから」
 先輩に促されて、釈然としないながら、僕は彼に背中を向けた。
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