平衡ゴーストジュブナイル――この手紙を君が読むとき、私はこの世界にいないけれど

クナリ

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病院の外のベンチ1

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 僕たちは、病院の裏手に戻った。
 僕はメモ用紙にさらさらと書きつける。
『なんで戻ってきたんですか?』……着いてきておいてなんだけれど。
「大きい病院で、なんだか頼りがいがあっていいじゃない」
 あまりそう思ったことはない。
『それより、そちらは生身なんですし、夜中に出歩いていると危ないのでは』
「だって、こんな機会そうそうないもの。五月女くんは、学校ここから近いの?」
 あまり答になっていない答を聞いて、周囲に気を配りつつも、僕も返答する。
豊四季とよしき高校ですけど』
「え、じゃあ同じ高校だよ。そっかあ、こっちの五月女くんは、私の後輩なんだね」
 そうすると、これからは水葉先輩、と呼ぶことになった。
 傍らを見ると、病院の敷地沿いの歩道脇に古いベンチがあった。病院が置いたものだろうか、ひさしがあって濡れていなかったので、水葉先輩はそこに腰かける。
 僕も幽体で、隣に座った。
 先輩はおおよその見当をつけて、僕のいる方へ微笑んでみせた。
 先輩の髪は、街灯の近くで見ると、漆黒ではなく少し茶色がかっていた。それに、思ったよりも体が細い。防寒のためのマフラーや長めの袖から覗く体のパーツは、どこも少し骨ばっていた。
「五月女くんは、こっちの世界の自分を見た?」
『ええ。僕は幽体離脱したのは今年の七月でした。家にいるのが辛くて、外へ行きたいってそればかり考えていたら、気がついたら幽霊みたいな自分がふわふわ出歩いていて。最初は夢かと思ったんですけど』
「ああ、私もそれ分かる……最初そうだったな」
『僕が暮らしている町とは似て非なる場所だってことは、すぐに分かりました。どこもかしこも少しずつ違っていたから。自分の家に入って、部屋にいた自分の寝顔を見たら、やっぱりちょっと違うんですよね。顔が。あまり愉快な光景じゃなくて、気持ち悪いな、変な夢だなあ、とその時はそれだけで』
 霧雨は、段々と雨足を弱めてきている。やんでしまえば、先輩は僕を見ることができなくなるだろう。僕からは相変わらず先輩が見えるのに。それはなんだか一方的で、悪いような気がした。
「あれ? 五月女くん、今何かした?」
 え、と先輩を見返す。何のことだか分からない。
「雨の中じゃなくても、五月女くんの輪郭が分かるよ。顔立ちまでは見えないけど」
「本当ですか」と口に出してから、メモ用紙にそう書こうとした。が、
「あ、今の聞こえた! 本当ですかって。凄く小さい声だけど、音で聞こえたよ。もっと何かしゃべってみて」
 水葉先輩は両手を拳にして勢い込んでいる。
「何かって言われても……とにかくそれで、夢なら夢でいいやって、別世界の夜を散策していたんです」
「いいよ……聞こえる。続けて」
 ちょうど、慣れない筆談に疲れてきていたので、助かった。
「ただの夢じゃないって気づいたのは、四五日してからのことでした。幽体で近くの公園を歩いていたら、猫を見つけたんです。ガリガリに痩せて、僕はあまり動物を可愛がる性格じゃないんですが、さすがにかわいそうだなと思って」
「うん……」と、先輩が、目の前にその猫がいるかのように眉根を寄せる。
「夢だから餌付けくらい構わないだろうと思って、家に帰って、ツナの缶を取ってきて開けました。この辺で、壁やドアはすり抜けられるけど、つかもうと思えばものをつかめることも知りました。さすが夢だなと。猫にはツナをやって、それから目を覚まして現実に戻ったんです」
 あの時のことはよく覚えている。夢の中でたどった道を、実際に歩いてみるのは、奇妙な感覚だった。
「あ、そうか。それから五月女くん、その子のところに……」
「はい。まだ夜だったんで、こっそり家を抜け出して、同じ公園に行ってみました。そうしたら、遊具の種類や配置が夢の中とは少しずつ違ってたんですが……同じ場所に、猫がいたんです。それも、ツナ缶に頭を突っ込んで食事中の」
「夢の中でやったことが、現実でも起きてた」
 頷きながら、あの時の驚きを思い出す。
「もちろん、全く同じじゃありません。でもそれから僕は、幽体離脱中に色々なことを町の中でやってみました。落ちていた空き缶を、すぐ脇の塀の上に置いたり、空き地の草をむしってみたり。そうすると、現実でも、同じようなことが起こるんです。実行しているのは僕じゃない。缶を置き直したのも、草を引き抜いたのも、たまたまそうした、僕以外の誰かです。でも、結果として同じようなことが起きてしまう。……だから僕は、仮説を立てました。水葉先輩も、同じ考えなんじゃないですか」
 先輩の今夜の口ぶりからは、僕と似たような経験を通して、同じ結論にたどり着いたのだろうことが察せた。
「うん。私と五月女くんはきっとそれぞれ、よく似た並行世界に生きてるんだね。そして幽体離脱すると、もう一方の世界へ行ける。そこでやったことは、自分が元いた世界にも反映されて、同じような現象が起きる」
 僕が昨夜、病院の前で見たのは、僕の世界に幽体でやってきた先輩だったということだ。
「私と五月女くんがお互いにだけ、かろうじて姿を見たりすることが出来るのは、同じ能力を持っているからなのかな」
 能力。降って湧いたようなこの特性を、まるで自分の力のように能力と呼ぶのは、少々おこがましいような気がした。でも、性質とか特質とかよりは、そう呼んだ方が適当な気もする。
「能力か……。何だか、少年漫画の主役になったような気分です」 
「少年漫画の主役は、自分のいるのとは別世界に生霊を飛ばすような、迂遠な能力は持たないと思うよ」
 先輩が、あはは、と笑った。
 うえん、という言葉を日常会話で初めて聞いた気がする。
「今日のあそこが、五月女くんの家なんだ? でもこっちの世界にいる五月女くんは、私のことを知らないままなんだね。ちょっと不思議」
 そうだ。こんなに話したというのに、僕の世界の水葉先輩は僕のことを知らない。
「五月女くんの世界をA、私の世界をBとしようか。AB二つの並行世界は、平行しながら、平衡したがっている。だから、私と君はこうして話せたのかな」
「僕は驚いてます。こんなこと、初めてなので」
「私だって。君はいい人そうだし、よかった」
「別に僕は、いい人ではないですけど」
「そうかな? お腹を空かせた猫を助けたいと思う人は、いい人だと思うよ」
「ちゃんと面倒みられるなら、そうかもしれませんね」
「先のことは別だよ。何とかしてあげたい、っていう気持ちが最初にあるかどうか」
「そんなこと言ったら、大抵の人はいい人ですよ。僕はどちらかといえば、冷たい人間です」
「だったらどうして、自分の体に悪影響が出るのを承知で、他人の怪我を治してあげてるの?」
 思わず顔を上げると、水葉先輩は、ぼんやりとしか見えていないはずの僕の目を、まっすぐに見ていた。当てずっぽうに、だとは思う。けれど、視線を外すことができなかった。
「それ……は」
「当たった? やっぱりそうなんだ。私もだよ。だから、病院にいるんだよね」
 先輩も……。同じ。
「五月女くんも、怪我や病気をした人に幽体で触れると、その痛みとか不調を、自分の幽体に吸い取ることができるんでしょう?」
「そう……そうです。掃除機みたいに吸うって言うよりは、触れた手を通じて怪我が乗り移ってくるって感じですけど」
「で、実体が目を覚ますと、吸い取った症状が少しましになって、自分の体に現れている?」
「はい。今日は足の骨折でしたけど、多分打撲くらいになるんじゃないかと」
「じゃあ、もう一度同じ質問だよ。どうして、そんなことをするの?」
「それは……」
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