3 / 18
3
しおりを挟む
「放課後だねえ、凛」
「うん、本当に放課後だね、まゆ。じゃあ、帰ろうか」
「お待ちなさい」
席から立とうとした私の肩を、まゆの両手ががしりと押さえた。
「なんだか込み入った話かもしれないと思ったから、凛の話を落ち着いて聞けるように、放課後まで待ったのよ。朝のあれ、なに? あのなんかアイドルみたいな男の人、誰?」
「アイドル……」
っていうには、ちょっと目つきが悪い気がするけれど。
「えーと……あの人は、月詠さんていって……昨日、知り合いになったの」
そうとしか言いようがない。
「その割には、ずいぶん親しいみたいに見えたけど? ……夜に、相手のところにカバンを置いて帰るような知合い方って、なに?」
まゆの目が、じっとりと私を見てる。
「い、いや、そんな意味深な関係じゃなくて。相手のところっていうか、道端だし。多分」
「多分?」
うーん。スミレワタリのことや猩猩のことって、そのまんま話してもいいものなのかな。
まゆなら、ちゃんと言えば信じてくれるかもって思うんだけど。
「がー」
「わっ!? も、もしかして、この声は!?」
その鳴き声のしたほうを見る。
教室の窓の外にある、落下防止用の手すりに、やっぱり、大きいカラスがとまってた。
まゆが、「あ、朝のカラス!?」と声を上げる。
このカラスがいるということは、つまり……
「お迎えに上がりました、先生。一日勉学に励まれ、まことにお疲れ様です。そちらは、お友達ですか? 朝もご一緒にいらっしゃいましたね」
この声。
ぐるん、と窓とは反対のほうへ振り向く。
教室のドアを開けて、そこに月詠さんが立ってた。
「月詠さん! 学校の中に入っちゃって……」
「申し訳ありません、行き違いがあってはいけないと思い……。今後は控えます」
まゆが、完全にびっくりして、私と月詠さんと大鴉とをきょときょとと見比べてる。
「あ、あのね、まゆ。この人たちのことは、私もまだよく知らなくて……」
「お友達に、ご挨拶が遅れました。我が名は月詠。そちらのカラスは、大鴉。ともに、来栖先生に心服申し上げた者です」
「心服……? 凛に……?」
ああっ、よけいにまゆが混乱してる!
さらに、大鴉が、不満げに「ごげー!」と大きく鳴いた。
な、なんだか気に入らなさそうな感じだけど。別にこっちは心服してないぞ、みたいなことかな?
「つ、月詠さん! とりあえず、その敬語やめてもらえませんかっ!?」
「これは異なおおせを……尊崇するかたと、平常語でやりとりをしろと?」
「尊崇してくれなくていいですから!? 普通にしゃべってください、普通に!」
「……承りました、……いえ、分かった。努力いたしま……しよう、先生がそう言うなら」
「先生もだめっ! 学校にいると、また騒ぎになるかもですから、出ましょう! まゆも、一緒に帰ろう!?」
そうすれば、説明の手間も省けると思う。
私の口から、この人たちがどういう人たちなのかを、ちゃんと説明できる自信はない。
まゆは、なにか言いかけてから、こくんとうなずいた。
「初めまして、あたし、日野まゆです。凛とは、昔からも友達で」
「日野さん、今後、お見知りおきを」月詠さんはそう言ってから私へ向き直り、「……しかし、先生……ではなかった、来栖どの」
「凛でいいですっ。みんな、そう呼ぶので」
「では、凛」
「……は、はい?」
月詠さんが、私の顔を覗き込んだ。
私はまだまだ、そのきれいな顔の威力に慣れなくて、ちょっと緊張しちゃう。
「凜は、おれに敬語なのか? 一方的に?」
「だって、どう見ても、月詠さんのほうが年上ですし」
「むう……なんだか、そぐわんな」
「逆より全然いいですっ。ほら、行きましょう!」
そうやって、三人と一羽は、あわただしく教室を出た。
昇降口でローファーに履き替えて、外へ出ると、空は秋にそれになりかけの太陽が、さんさんと光ってる。
朝に騒ぎを起こした校門を、そそくさと全員でくぐった。大鴉は、飛ぶでもなく走るでもなく、私たちの頭上の電線の上をぴょんぴょんと跳ねながら、ついてくる。
私とまゆは、自転車を押して歩いてた。月詠さんは「自転車に乗ってもいいんだぞ」と言ってくれたけど、そういうわけにもいかない。
歩道を歩きだしてすぐに、私は月詠さんに質問した。
「こんな訊き方も変なんですけど……月詠さんて、何者なんですか? 昨夜、明らかに、いろいろ変でしたよね?」
まゆが、「変?」と言ってくる。
私は、昨夜あったことを、かいつまんでまゆに伝えた。
……夢見がちなせいでリアルな夢でも見たんじゃないかとか、小説ばっかり書いてるからそんな妄想したんだとか、そう思われたら嫌だなあ……。
「じゃあ……凛が見たのは、つまり、お化けとか妖怪のたぐいで……結構、危ない目にあったってこと?」
信じてくれる!
持つべきものは、信じてくれる友達だなあ!
「そうだ。凛、昨日の君は、かなり無防備だった。危なかったぞ」
「その節は、本当にありがとうございます。怖かったです……。それで、質問に戻るんですけど。あんなお化けにあんなことできる月詠さんて、何者なんですか?」
「おれは吸血鬼だ。といっても、母親は人間だから、ヴァンパイア・ハーフとか、ダンピールというやつだけどな」
……。
あまりにこともなげに言われたので、どう反応していいか分からなくなる。
「……吸血鬼、ですか?」
「だから、半分だけな」
「今、思いっきり太陽の下を歩いてますけど……」
「純正の吸血鬼でも、強力なのになると太陽光は平気だったりするぞ。すごいよな」
「……月詠さんが平気なのは、吸血鬼なのが半分だけだからなんですか?」
すると月詠さんは、にやりと笑って、
「いいや。強力な吸血鬼だからだ。とはいえ、昼間はかなり弱くなるけども」
「じゃあ、今、弱いんですか……?」
どういう情緒で話していいのかよく分からなくなって、なんだかすごくばかみたいなことを訊いてる気がしてくる。
「ま、夜よりはな。たとえば……」
月詠さんが前を向いた。そこには、トラックが、こっちに向かって走ってきてる。
なにかおかしいな、と思って、そのトラックを見た。ちょっと、ふらついてるように思える。
「え!? あれ……!?」
「運転手が、スマートフォンを見てるな。やれやれ」
トラックは、それほどスピードは出してないけど、今にもセンターラインを越えそうになってる。
「ちょっと待っててくれな、凛。……あ」
「え?」
その時、トラックが、道に空いていたアスファルトの穴にタイヤを取られて、がくんと進路を変えた。
……こっちに……私たちのほうに、突っ込んでくる!
「きゃああああっ!?」と、私とまゆは同時に悲鳴を上げた。
窓の向こうのドライバーは、私のお父さんくらいの年の男の人だ。慌ててスマートフォンを離して、ハンドルを握ろうとするのがスローモーションみたいに見えた。
「ちょうどいい。どのみち、止めてやろうと思っていたから。道の真ん中に立つ手間が省けたよ」
「な、なに言ってるんです!? 月詠さん、逃げて!」
歩道にはガードレールがなかった。
トラックが、すぐ目の前に迫ってる。
「月詠さん!」
どがんっ……!!
嫌な音が響いた。
私とまゆは、目を閉じてしまってる。
頭の上で、くわーと鳴く声が聞こえた。
その声は、どこかのんきで、穏やかで、その調子につられて、そろそろと目を開ける。
「……うそ……」
目の前の光景が、信じられなかった。
トラックは止まってる。
いや、止められてる。
黒ずくめの、黒い髪の男の人に、車体の正面を、右手一本で抑えられて。
ブレーキがぎりぎり間に合った?
ううん、違う。
だって、月詠さんが手のひらを当てている分が、大きくへこんでる。
月詠さんが止めたんだ。
うそ……。
「誰もけがをしなくて何よりだが。感心せんな、お前の運転は」
そう言って、月詠さんは、運転席でパニックになってるドライバーを見た。
それは後ろ姿で、私には月詠さんがどういう顔をしているのか分からなかったけど、今朝使ってた、視線の不思議な力――瞳術? をまた使ったんだと思う。
ドライバーの目がとろんとして、さっき見てたスマートフォンを手に取ると、どこかに電話をし始めた。
「警察にかけさせてる。面倒だから、おれたちはこのまま退散しよう。……立てるか、二人とも?」
私とまゆは、そろって腰を抜かしてしまってた。
お互いに「ひえええ……」と震えながら、抱き合ったまま立ち上がる。
「すまなかった。君たちを抱えて逃げてもよかったんだが、そうするとあの運転手は事故で大けがか、最悪、それ以上のことになるかもしれないと思ったんだ」
「い、いえ、いいことだと思います。……助けてあげたんですね、あの人のこと」
「いいや。そういうわけでもない」
え? と私は月詠さんを見た。
「おれが守りたかったのは、あくまで君と、君の友人だ。あんな優しい物語を書く君が、目の前で人の大けがなんて見たら、気に病んでしまうだろう」
「い、いえ、それは私じゃなくても誰だって……」
月詠さんは、柔らかく微笑んで続ける。
「ただでさえ、多感な時期だからな。そして君が友人を大切にしているであろうように、おれも君の友人は大切だ」
月詠さんが、まだ中腰だった私たちの手を取って、立たせてくれた。
その時にまゆと月詠さんの目が合って、まゆは赤面して「ど、どうも……」とつぶやく。
そうだよね、そうなっちゃうよね、月詠さんに見つめられると……。
「さて。とりあえずは全員、無事に済んだようだが。……こいつ、憑かれてるな」
「疲れてる? ……運転のし過ぎってことですか?」
「いや、疲労のことじゃない。なんらかの怪異の影響を受けているということだ。この感じは、……どうやら、夢魔か」
むま。
って、なんだろう。
私とまゆがそろってぽかんとしてるのを見て、月詠さんが説明してくれた。
「夢魔というのは、人の眠りにかかわる悪魔だ。一言で夢魔と呼んでも、いろんなやつがいるけどな。人を、眠くもないのにいきなり眠りに落としたり、集中力を奪ってぼけっとさせたりもする。今のは、催眠のような力で正常な判断力を失わせたんだろう」
ええっ。
「な……なんで、そんなことを……」
「なんでって、それが夢魔だからだ。人間が、子供を産んだり社会を作ったりするのと同じだよ。そうしなければ生きていけない。怪異ってのは、そういうもんだ」
すると、まゆがぐいっと顔を突き出して、
「あの、その夢魔とか、怪異? って、世の中にたくさんいるんですか? それとも今のは、たまたま私たちが出くわしちゃったってだけなんですか?」
月詠さんは、ふむ、とうなずいた。
「日野さんの言うたくさんというのが、どのくらいの規模と密度のことを指しているのかは分からないが、おそらくは、君たちが考えているよりは多いだろうな」
「そうなんですか……?」と、私は思わずうめいてしまう。
そんな、お化けみたいなものが、世の中に大勢……?
「そうだ。そして、凛。君はこれから、様々な怪異に狙われることになる可能性が高い。というか確実にそうなる」
「なんでですかっ!?」
「才能があるからだ」
「なんの!?」
「怪異を見る才能」
「怪異を……見る……?」
才能がある、っていう言葉にはあこがれる。
ずっと、小説を書く才能が欲しいと思ってたし。
でも、怪異を見る才能って、もしかしてあんまりありがたくないやつなのでは……。
「あ、あのっ」とまゆがもう一度入ってくる。「ひょっとしてそれって、凛が、危ない目にあうってことですか? 今みたいに?」
「ああ、似たようなことが増えるだろうな」
「そんな……」とまゆが絶句する。
「ともあれ、場所を移すか。ちょうど、案内しようと思っていた場所があるんだ。少し歩くが、つき合ってくれ」
「え、でも、」私はトラックを振り返る。確かに運転手さんにけがはないみたいだけど、このままにしておいていいのかな。
「もうすぐ警察が来るだろうし、ほとんど無傷だから心配いらないだろう。夢魔の影響も、あの程度なら、しばらく安静にしていれば抜けていく。さ、行こう」
■
「うん、本当に放課後だね、まゆ。じゃあ、帰ろうか」
「お待ちなさい」
席から立とうとした私の肩を、まゆの両手ががしりと押さえた。
「なんだか込み入った話かもしれないと思ったから、凛の話を落ち着いて聞けるように、放課後まで待ったのよ。朝のあれ、なに? あのなんかアイドルみたいな男の人、誰?」
「アイドル……」
っていうには、ちょっと目つきが悪い気がするけれど。
「えーと……あの人は、月詠さんていって……昨日、知り合いになったの」
そうとしか言いようがない。
「その割には、ずいぶん親しいみたいに見えたけど? ……夜に、相手のところにカバンを置いて帰るような知合い方って、なに?」
まゆの目が、じっとりと私を見てる。
「い、いや、そんな意味深な関係じゃなくて。相手のところっていうか、道端だし。多分」
「多分?」
うーん。スミレワタリのことや猩猩のことって、そのまんま話してもいいものなのかな。
まゆなら、ちゃんと言えば信じてくれるかもって思うんだけど。
「がー」
「わっ!? も、もしかして、この声は!?」
その鳴き声のしたほうを見る。
教室の窓の外にある、落下防止用の手すりに、やっぱり、大きいカラスがとまってた。
まゆが、「あ、朝のカラス!?」と声を上げる。
このカラスがいるということは、つまり……
「お迎えに上がりました、先生。一日勉学に励まれ、まことにお疲れ様です。そちらは、お友達ですか? 朝もご一緒にいらっしゃいましたね」
この声。
ぐるん、と窓とは反対のほうへ振り向く。
教室のドアを開けて、そこに月詠さんが立ってた。
「月詠さん! 学校の中に入っちゃって……」
「申し訳ありません、行き違いがあってはいけないと思い……。今後は控えます」
まゆが、完全にびっくりして、私と月詠さんと大鴉とをきょときょとと見比べてる。
「あ、あのね、まゆ。この人たちのことは、私もまだよく知らなくて……」
「お友達に、ご挨拶が遅れました。我が名は月詠。そちらのカラスは、大鴉。ともに、来栖先生に心服申し上げた者です」
「心服……? 凛に……?」
ああっ、よけいにまゆが混乱してる!
さらに、大鴉が、不満げに「ごげー!」と大きく鳴いた。
な、なんだか気に入らなさそうな感じだけど。別にこっちは心服してないぞ、みたいなことかな?
「つ、月詠さん! とりあえず、その敬語やめてもらえませんかっ!?」
「これは異なおおせを……尊崇するかたと、平常語でやりとりをしろと?」
「尊崇してくれなくていいですから!? 普通にしゃべってください、普通に!」
「……承りました、……いえ、分かった。努力いたしま……しよう、先生がそう言うなら」
「先生もだめっ! 学校にいると、また騒ぎになるかもですから、出ましょう! まゆも、一緒に帰ろう!?」
そうすれば、説明の手間も省けると思う。
私の口から、この人たちがどういう人たちなのかを、ちゃんと説明できる自信はない。
まゆは、なにか言いかけてから、こくんとうなずいた。
「初めまして、あたし、日野まゆです。凛とは、昔からも友達で」
「日野さん、今後、お見知りおきを」月詠さんはそう言ってから私へ向き直り、「……しかし、先生……ではなかった、来栖どの」
「凛でいいですっ。みんな、そう呼ぶので」
「では、凛」
「……は、はい?」
月詠さんが、私の顔を覗き込んだ。
私はまだまだ、そのきれいな顔の威力に慣れなくて、ちょっと緊張しちゃう。
「凜は、おれに敬語なのか? 一方的に?」
「だって、どう見ても、月詠さんのほうが年上ですし」
「むう……なんだか、そぐわんな」
「逆より全然いいですっ。ほら、行きましょう!」
そうやって、三人と一羽は、あわただしく教室を出た。
昇降口でローファーに履き替えて、外へ出ると、空は秋にそれになりかけの太陽が、さんさんと光ってる。
朝に騒ぎを起こした校門を、そそくさと全員でくぐった。大鴉は、飛ぶでもなく走るでもなく、私たちの頭上の電線の上をぴょんぴょんと跳ねながら、ついてくる。
私とまゆは、自転車を押して歩いてた。月詠さんは「自転車に乗ってもいいんだぞ」と言ってくれたけど、そういうわけにもいかない。
歩道を歩きだしてすぐに、私は月詠さんに質問した。
「こんな訊き方も変なんですけど……月詠さんて、何者なんですか? 昨夜、明らかに、いろいろ変でしたよね?」
まゆが、「変?」と言ってくる。
私は、昨夜あったことを、かいつまんでまゆに伝えた。
……夢見がちなせいでリアルな夢でも見たんじゃないかとか、小説ばっかり書いてるからそんな妄想したんだとか、そう思われたら嫌だなあ……。
「じゃあ……凛が見たのは、つまり、お化けとか妖怪のたぐいで……結構、危ない目にあったってこと?」
信じてくれる!
持つべきものは、信じてくれる友達だなあ!
「そうだ。凛、昨日の君は、かなり無防備だった。危なかったぞ」
「その節は、本当にありがとうございます。怖かったです……。それで、質問に戻るんですけど。あんなお化けにあんなことできる月詠さんて、何者なんですか?」
「おれは吸血鬼だ。といっても、母親は人間だから、ヴァンパイア・ハーフとか、ダンピールというやつだけどな」
……。
あまりにこともなげに言われたので、どう反応していいか分からなくなる。
「……吸血鬼、ですか?」
「だから、半分だけな」
「今、思いっきり太陽の下を歩いてますけど……」
「純正の吸血鬼でも、強力なのになると太陽光は平気だったりするぞ。すごいよな」
「……月詠さんが平気なのは、吸血鬼なのが半分だけだからなんですか?」
すると月詠さんは、にやりと笑って、
「いいや。強力な吸血鬼だからだ。とはいえ、昼間はかなり弱くなるけども」
「じゃあ、今、弱いんですか……?」
どういう情緒で話していいのかよく分からなくなって、なんだかすごくばかみたいなことを訊いてる気がしてくる。
「ま、夜よりはな。たとえば……」
月詠さんが前を向いた。そこには、トラックが、こっちに向かって走ってきてる。
なにかおかしいな、と思って、そのトラックを見た。ちょっと、ふらついてるように思える。
「え!? あれ……!?」
「運転手が、スマートフォンを見てるな。やれやれ」
トラックは、それほどスピードは出してないけど、今にもセンターラインを越えそうになってる。
「ちょっと待っててくれな、凛。……あ」
「え?」
その時、トラックが、道に空いていたアスファルトの穴にタイヤを取られて、がくんと進路を変えた。
……こっちに……私たちのほうに、突っ込んでくる!
「きゃああああっ!?」と、私とまゆは同時に悲鳴を上げた。
窓の向こうのドライバーは、私のお父さんくらいの年の男の人だ。慌ててスマートフォンを離して、ハンドルを握ろうとするのがスローモーションみたいに見えた。
「ちょうどいい。どのみち、止めてやろうと思っていたから。道の真ん中に立つ手間が省けたよ」
「な、なに言ってるんです!? 月詠さん、逃げて!」
歩道にはガードレールがなかった。
トラックが、すぐ目の前に迫ってる。
「月詠さん!」
どがんっ……!!
嫌な音が響いた。
私とまゆは、目を閉じてしまってる。
頭の上で、くわーと鳴く声が聞こえた。
その声は、どこかのんきで、穏やかで、その調子につられて、そろそろと目を開ける。
「……うそ……」
目の前の光景が、信じられなかった。
トラックは止まってる。
いや、止められてる。
黒ずくめの、黒い髪の男の人に、車体の正面を、右手一本で抑えられて。
ブレーキがぎりぎり間に合った?
ううん、違う。
だって、月詠さんが手のひらを当てている分が、大きくへこんでる。
月詠さんが止めたんだ。
うそ……。
「誰もけがをしなくて何よりだが。感心せんな、お前の運転は」
そう言って、月詠さんは、運転席でパニックになってるドライバーを見た。
それは後ろ姿で、私には月詠さんがどういう顔をしているのか分からなかったけど、今朝使ってた、視線の不思議な力――瞳術? をまた使ったんだと思う。
ドライバーの目がとろんとして、さっき見てたスマートフォンを手に取ると、どこかに電話をし始めた。
「警察にかけさせてる。面倒だから、おれたちはこのまま退散しよう。……立てるか、二人とも?」
私とまゆは、そろって腰を抜かしてしまってた。
お互いに「ひえええ……」と震えながら、抱き合ったまま立ち上がる。
「すまなかった。君たちを抱えて逃げてもよかったんだが、そうするとあの運転手は事故で大けがか、最悪、それ以上のことになるかもしれないと思ったんだ」
「い、いえ、いいことだと思います。……助けてあげたんですね、あの人のこと」
「いいや。そういうわけでもない」
え? と私は月詠さんを見た。
「おれが守りたかったのは、あくまで君と、君の友人だ。あんな優しい物語を書く君が、目の前で人の大けがなんて見たら、気に病んでしまうだろう」
「い、いえ、それは私じゃなくても誰だって……」
月詠さんは、柔らかく微笑んで続ける。
「ただでさえ、多感な時期だからな。そして君が友人を大切にしているであろうように、おれも君の友人は大切だ」
月詠さんが、まだ中腰だった私たちの手を取って、立たせてくれた。
その時にまゆと月詠さんの目が合って、まゆは赤面して「ど、どうも……」とつぶやく。
そうだよね、そうなっちゃうよね、月詠さんに見つめられると……。
「さて。とりあえずは全員、無事に済んだようだが。……こいつ、憑かれてるな」
「疲れてる? ……運転のし過ぎってことですか?」
「いや、疲労のことじゃない。なんらかの怪異の影響を受けているということだ。この感じは、……どうやら、夢魔か」
むま。
って、なんだろう。
私とまゆがそろってぽかんとしてるのを見て、月詠さんが説明してくれた。
「夢魔というのは、人の眠りにかかわる悪魔だ。一言で夢魔と呼んでも、いろんなやつがいるけどな。人を、眠くもないのにいきなり眠りに落としたり、集中力を奪ってぼけっとさせたりもする。今のは、催眠のような力で正常な判断力を失わせたんだろう」
ええっ。
「な……なんで、そんなことを……」
「なんでって、それが夢魔だからだ。人間が、子供を産んだり社会を作ったりするのと同じだよ。そうしなければ生きていけない。怪異ってのは、そういうもんだ」
すると、まゆがぐいっと顔を突き出して、
「あの、その夢魔とか、怪異? って、世の中にたくさんいるんですか? それとも今のは、たまたま私たちが出くわしちゃったってだけなんですか?」
月詠さんは、ふむ、とうなずいた。
「日野さんの言うたくさんというのが、どのくらいの規模と密度のことを指しているのかは分からないが、おそらくは、君たちが考えているよりは多いだろうな」
「そうなんですか……?」と、私は思わずうめいてしまう。
そんな、お化けみたいなものが、世の中に大勢……?
「そうだ。そして、凛。君はこれから、様々な怪異に狙われることになる可能性が高い。というか確実にそうなる」
「なんでですかっ!?」
「才能があるからだ」
「なんの!?」
「怪異を見る才能」
「怪異を……見る……?」
才能がある、っていう言葉にはあこがれる。
ずっと、小説を書く才能が欲しいと思ってたし。
でも、怪異を見る才能って、もしかしてあんまりありがたくないやつなのでは……。
「あ、あのっ」とまゆがもう一度入ってくる。「ひょっとしてそれって、凛が、危ない目にあうってことですか? 今みたいに?」
「ああ、似たようなことが増えるだろうな」
「そんな……」とまゆが絶句する。
「ともあれ、場所を移すか。ちょうど、案内しようと思っていた場所があるんだ。少し歩くが、つき合ってくれ」
「え、でも、」私はトラックを振り返る。確かに運転手さんにけがはないみたいだけど、このままにしておいていいのかな。
「もうすぐ警察が来るだろうし、ほとんど無傷だから心配いらないだろう。夢魔の影響も、あの程度なら、しばらく安静にしていれば抜けていく。さ、行こう」
■
0
あなたにおすすめの小説
【完結】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで
猫都299
児童書・童話
タイムリープしたかもしれない。中学生に戻っている? 夫に愛されなかった惨めな人生をやり直せそうだ。彼を振り向かせたい。しかしタイムリープ前の夫には多くの愛人がいた。純愛信者で奥手で恋愛経験もほぼない喪女にはハードルが高過ぎる。まずは同じ土俵で向き合えるように修行しよう。この際、己の理想もかなぐり捨てる。逆ハーレムを作ってメンバーが集まったら告白する! 兄(血は繋がっていない)にも色々教えてもらおう。…………メンバーが夫しか集まらなかった。
※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、Nolaノベル、Tales、ツギクルの6サイトに投稿しています。
※ノベルアップ+にて不定期に進捗状況を報告しています。
※文字数を調整した【応募版】は2026年1月3日より、Nolaノベル、ツギクル、ベリーズカフェ、野いちごに投稿中です。
※2026.1.5に完結しました! 修正中です。
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
ホントのキモチ!
望月くらげ
児童書・童話
中学二年生の凜の学校には人気者の双子、樹と蒼がいる。
樹は女子に、蒼は男子に大人気。凜も樹に片思いをしていた。
けれど、大人しい凜は樹に挨拶すら自分からはできずにいた。
放課後の教室で一人きりでいる樹と出会った凜は勢いから告白してしまう。
樹からの返事は「俺も好きだった」というものだった。
けれど、凜が樹だと思って告白したのは、蒼だった……!
今さら間違いだったと言えず蒼と付き合うことになるが――。
ホントのキモチを伝えることができないふたり(さんにん?)の
ドキドキもだもだ学園ラブストーリー。
【奨励賞】おとぎの店の白雪姫
ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】
母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。
ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし!
そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。
小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり!
他のサイトにも掲載しています。
表紙イラストは今市阿寒様です。
絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。
【もふもふ手芸部】あみぐるみ作ってみる、だけのはずが勇者ってなんなの!?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
網浜ナオは勉強もスポーツも中の下で無難にこなす平凡な少年だ。今年はいよいよ最高学年になったのだが過去5年間で100点を取ったことも運動会で1等を取ったこともない。もちろん習字や美術で賞をもらったこともなかった。
しかしそんなナオでも一つだけ特技を持っていた。それは編み物、それもあみぐるみを作らせたらおそらく学校で一番、もちろん家庭科の先生よりもうまく作れることだった。友達がいないわけではないが、人に合わせるのが苦手なナオにとっては一人でできる趣味としてもいい気晴らしになっていた。
そんなナオがあみぐるみのメイキング動画を動画サイトへ投稿したり動画配信を始めたりしているうちに奇妙な場所へ迷い込んだ夢を見る。それは現実とは思えないが夢と言うには不思議な感覚で、沢山のぬいぐるみが暮らす『もふもふの国』という場所だった。
そのもふもふの国で、元同級生の丸川亜矢と出会いもふもふの国が滅亡の危機にあると聞かされる。実はその国の王女だと言う亜美の願いにより、もふもふの国を救うべく、ナオは立ち上がった。
まぼろしのミッドナイトスクール
木野もくば
児童書・童話
深夜0時ちょうどに突然あらわれる不思議な学校。そこには、不思議な先生と生徒たちがいました。飼い猫との最後に後悔がある青年……。深い森の中で道に迷う少女……。人間に恋をした水の神さま……。それぞれの道に迷い、そして誰かと誰かの想いがつながったとき、暗闇の空に光る星くずの方から学校のチャイムが鳴り響いてくるのでした。
村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~
楓乃めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。
いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている.
気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。
途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。
「ドラゴンがお姉さんになった?」
「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」
変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。
・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる