上 下
20 / 39

第二章 ダンテと離婚希望の君7

しおりを挟む
 ダンテが一気にダッシュした。
 リドーレは、作戦通りゴール前に走り込む。
 ダンテに、二人の相手選手が飛びかかってきた。
 私は、それを見た瞬間に、魔道の発動体制に入る。

「爆ぜろ、――」
「ルリエル!」
「オッケー、爆炎よッ!」

 最近自分でもあまり見ていなかったレベルの、容赦ない火柱が、フィールドから噴き上がった。
 さっきの二人が上空に吹っ飛ばされ、ぼとぼとと地面に落ちる。
 そして、確かにけがしていないのを確認する(落下のダメージもないようだ)と、私は次の魔法をつがえた。

「穿て、――」

 相手の誰かが、「ま、待てよ! なんだよあの魔道……」と悲鳴を上げたけど。

「待たないっ! 紫焔よッ!」

 私の右手のひらから飛び出した紫色の炎の矢が二発、遠間にいた敵のもう二人を直撃した。
 これも、けがさせることなくただ転ばせただけだったけど、衝撃がゼロというわけではないらしく、しばらく立ち上がっては来られない。

「はあっはっは! がら空きだなあ!」

 ダンテが突進する。
 残る四人のうち、魔術師ウィザードらしい一人が、「盾よ!」と叫んだ。すると、彼ら四人の体の前に、光の盾が現れる。
 よおし、あんなものかいくぐる技はいくらでもあるけど、

「逆巻け、――」

 ここは潔く、正面から出力勝負!

「渦炎よッ!」

 渦を巻いて殺到した炎の帯が、光の盾をあっさりと砕き、四人ともを巻き込んで炸裂した。四つの人影が空中に舞い、またもぼとぼとと落ちる。
 うち二人はキーパーだったので、完全に敵ゴールが無防備になった。

「リドーレ!」
「は、はいい!」

 ダンテからリドーレへのパス。
 今度はしっかり受け取ったリドーレは、ボールをきっちりとゴールの中に投げ込んだ。

 実況が叫ぶ。
『ゴオオオオル! ダンテのカットインからのアシスト、そしてリドーレが決めたああ! それをおぜん立てしたのは、赤いマスクの魔道士ソーサラー! なんというフロントラインかああああ!』

 リドーレが自分の手を見て、
「ゴール……いつ振りだ……?」
 と呟く。

 それをダンテが、
「おら、センターサークルに戻れ戻れ! すぐにもう一点だ!」
「は、は、はいいい!」

 私も、再び魔素を収束して、構成し、錬成を準備する。

「う、ううう……くそ……」と復活した相手チームが立ち上がり、陣形を整えた。

「フェイス・オフ!」と再び審判が告げる。
 それと同時に私は、

「舞え、――」
「嘘だろ!?」と敵チーム
「嘘じゃないっ! 火群よッ!」

数十個の火球が、雨あられとフィールドの一角に降り注いだ。
ボールを取りに来ていた敵チームがその威力でなぎ倒されて、ダンテがやすやすとボールを捕まえる。

「よし、速攻!」
「はいい!」

 もともと、ダンテの突破は、一筋縄では止められない代物のようだった。
 相手はどうしてもダンテを食い止めるほうに注意が行き、そうなると私の魔道を直撃で食らってしまう。
 かといって私の魔道を警戒していると、集中力が散漫になって、ダンテに抜き去られてしまう。

 向こうの魔術師ウィザードも耐久力アップやスピードアップの魔術を使ってくるんだけど、スピードアップは効果が切れるまで爆炎で空中に吹き飛ばし続けていればいいし、少々の耐久力アップでは私の魔道は止められなかった。

『こ、これは、メメン・トモモリの一方的な攻勢になってきました! とにかく、本日特別加入の魔道士ソーサラーが、リョシナカの面々を片っ端から吹っ飛ばす! 落ちてきては吹っ飛び、落ちてきては吹っ飛んで、もはやお手玉状態! かつてこんな戦術があったでしょうか!? どういう威力と魔力量をしているんでしょう!?』

 そうか、普通の魔法使いだと、三十分ハーフの間ずっと魔法なんて使い続けられないから、こういう戦い方は無理なのか、と今更気づいた。
 逆に言えば、それができるプレイヤーならなんの遠慮もなく魔法を使い放題なわけで、つまり私は計六十分の間、好きに魔道を撃ちっぱなしでいられると。

「よおおおおし、燃えてきたわっ! 爆炎よッ!」

 どごおんっ!

「渦炎よッ! 」

 きゅぼおっ!

「火群よッ!」

 ばごごごご!

「紫焔よッ!」

 ずどどどんっ!

「爆炎よ爆炎よ爆炎よッッッ!」

 どん、どん、どばごおん……!

 ああ、気持ちいい!
 かつて、こんなに気持ちいい対人魔道攻撃があっただろうか。
 合法的に、お日様の下で、相手にけがをさせることもなく、全力でぶっぱなし放題!

「ルリエル……よだれ垂れてるぞ」

 いつの間にか隣に来ていたダンテにそう言われて、我に返る。
 ふと客席を見ると、キールが嬉しそうに拍手してくれていた。リシュは若干、引いていた。

「あ、え、う、嘘。あれ、今何対何? 試合時間てあと何分?」
「今、十五対ゼロだな。ちなみに前半は残り十分くらいだ。ここまで、全得点をリドーレが決めてる。全アシストはおれだがな。歴史的な点数だぜ。……まあ、今日の試合は奴のプレイヤーとしての評価にはつながらんだろうが、いい思い出にはなるだろ」

 そうか。それじゃあ……

「この、魔道ボーナスタイムは、後半入れてもあと四十分ほどで終わっちゃうのね……」
「……いや、それはどうとは言わんが、ちったあ相手のことも考えてやったらどうだ? 敵チームの半分くらい、泣き始めてるぞ」

「私、真剣勝負に臨んで手を抜くっていうのは、最大級の侮辱だと思ってるの」
「……あそう」

「というわけで、――爆炎よッ!」

 私たちは戦法を変えないまま、戦い続けた。
 ただし、全てがこちらの目論見通りにはいかなかった。誤算もあった。
 前半終了時点、二十八対ゼロのスコアが積み上がった時。
 敵チームの監督が危険を申し入れてきて、私たちの試合は、前半だけで終了した。

 なお、一試合だけで今シーズンの得点王になれそうなゴールを挙げたリドーレは、顔から色んな液体を流して喜んでいた。
 ……けど、棄権試合になったことで、その得点記録が参考記録になってしまったことは、一応記しておく。




「嘘……だろ?」
「本当よ。別れてください」

 試合の後、私とダンテがつき添って、フルクトラさんはリドーレと相対した。
 場所は、邪魔が入らないよう、スタジアムからそう離れていないホテルの一室を借りていた。
 セレラは、隣に借りたもう一室で、キールに見てもらっている。リシュには、買い出しの荷物を持って先に帰ってもらった。

「な、なんでだよ……なんで今日、こんな人生最良の日に、そんなことを言う……おれは今日から、生まれ変わると思ったのに……あんな活躍をして、今までにない点を決めて……」
「今日の活躍は、全部、ダンテさんとルリエルさんのお陰でしょう」

 ぴしゃりと言われて、リドーレが怯んだ。

「い、今まで、夫婦としてやってきたじゃないか……それなのに、おれを棄てるのか? あの、傷ついて、裏通りをとぼとぼ歩いてたお前を、おれが救ってやったのに……」
「出会った頃、王宮で体操局の役員をしているという嘘をつかれて、……その後、本当はお酒を飲んでばかりのマジカルボウルの二軍選手と知って……あの時、別れるべきだったの。そんな大切なことで、これから一緒に暮らしていく相手に、嘘をつくような人とは」

「そ、それは、お前を愛していたから……」
「お酒を飲んで、好き勝手に振舞うのを支えて欲しかったから? そんな都合のいい愛は、愛とは言いません」

 ぎし、とリドーレが歯ぎしりした。かちかちと奥歯を鳴らしてから、口を開く。

「な、なら、こっちだって言わせてもらうけどな。プレッシャーなんだよ。男が欲しそうだったから手を出してやったのに、結婚が決まったら、化粧も服もいかにも女として見られようとしやがって。それはこっちだって、身も心も愛してやるって言ったさ。でも、リップサービスってもんもあるだろ。お前の気分をよくしてやろうと思って言っただけだ、その責任取れなんて言われたって萎えるんだよ」
「なにそれ……責任ってなに!? 私は、そんなこと言ってない!」

「言ってなくても伝わるもんなんだよ。ちょっとちょっかい出されただけで、露骨に抱かれたがりやがって!」

 なっ……。こ、このお。
 思わず、進み出そうになったけれど。
 先にフルクトラさんが言い返した。

「なら、そうかもしれない。そういう気持ちが、私には確かにあったから。でも、今はもう違う。自分に欠けているものを、あなたで埋め合わせようっていう気持ちは、もう全然ない。あなたも、同じ気持ちってことよね」

 話が離婚の方向へ進んで、リドーレが、しまったというよにちょっと後ずさった。
 おお。いいぞ、フルクトラさん。
 思わず私は拳を握った。
 けれど、その一方で。

「お、お、お前……そんな言い方……」

 リドーレは、言葉だけじゃなく、手も震えていた。アルコールの禁断症状だろうか。
 彼の目に、どんよりと濁った光が走っている。あまり追い詰めると、危険かもしれない。
 その時、ダンテが、二人の間に割って入った。さすがだな、こういうところ。

「今日のゲームは、フルクトラさんから、お前への最後の土産だ。いい思いしただろう? 若い頃はずいぶん期待されていたんだろう、その頃を思い出してやり直せよ。自分の力でな。フルクトラさんとセレラがお前の人生に寄り添うのは、ここまでだ」

「か、勝手な……勝手なことを言って……」
「勝手なことは、お前がし続けてきたんだ。これはその、ただの結果だよ。フルクトラさんは、今の家はお前にやるとよ。引っ越しにはおれとルリエルがつき合う。妙な真似するんじゃねえぞ」

 リドーレが、いよいよ全身を震わせて、怒りを隠さなくなった。

「セレラも……奪うっていうのか……やっと手に入った、おれの子供を……本当にかわいがってきたのに……」
「だから、お前の因果応報で、その子供を失うんだ。稼ぎもないのに一人でお使いにやって酒買わせて、お前の本当ってなんなんだよ」

「あ、あい、愛してた……おれなりに……」
「その愛が仮に、いいか仮にだぞ、正しいものだったとしても、伝え方を間違えていれば、人を幸せにはしない。人の気持ちを考えない親切が、本当の優しさとは言えないようにだ。一方で、人から忌まれる行為でも、本当に相手と向き合えば、救いをもたらすことはある。たとえば、……マジカルボウルや素手格闘パンクラティオンをやめてから、おれが今至った場所なんかは、そういうところだ」

 ダンテが私に目配せした。
 ……たまに嬉しいこと言ってくれるな、こやつめ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エデンワールド〜退屈を紛らわせるために戦っていたら、勝手に英雄視されていた件〜

ラリックマ
ファンタジー
「簡単なあらすじ」 死んだら本当に死ぬ仮想世界で戦闘狂の主人公がもてはやされる話です。 「ちゃんとしたあらすじ」 西暦2022年。科学力の進歩により、人々は新たなるステージである仮想現実の世界に身を移していた。食事も必要ない。怪我や病気にもかからない。めんどくさいことは全てAIがやってくれる。 そんな楽園のような世界に生きる人々は、いつしか働くことを放棄し、怠け者ばかりになってしまっていた。 本作の主人公である三木彼方は、そんな仮想世界に嫌気がさしていた。AIが管理してくれる世界で、ただ何もせず娯楽のみに興じる人類はなぜ生きているのだろうと、自らの生きる意味を考えるようになる。 退屈な世界、何か生きがいは見つからないものかと考えていたそんなある日のこと。楽園であったはずの仮想世界は、始めて感情と自我を手に入れたAIによって支配されてしまう。 まるでゲームのような世界に形を変えられ、クリアしなくては元に戻さないとまで言われた人類は、恐怖し、絶望した。 しかし彼方だけは違った。崩れる退屈に高揚感を抱き、AIに世界を壊してくれたことを感謝をすると、彼は自らの退屈を紛らわせるため攻略を開始する。 ーーー 評価や感想をもらえると大変嬉しいです!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました

久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。 魔法が使えるようになった人類。 侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。 カクヨム公開中。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...